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by flammableskirt
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2009年 09月 21日 ( 1 )

認識というもの

新しい小説とノンフィクションを同時に進行させており、そのテーマが「人間は認識できないことをどう扱うか?」というものである。想像を絶するようなこと、絶対にありえないような現実に遭遇したときに、それは多くの場合「幻覚」とか「妄想」として処理される。だが、その人がそれを現実と認識しているのであれば、それは現実である。

現実をどう認識するか、というのは、つまり人生をどう生きるか? あるいは生きたいかということと繋がる。
多くのノウハウ本は「あなたは現実をこう認識できるように自分を変えなさい」と教えている。たとえば、よく言われるのは自分にとって困難なことにぶつかった時こそ、それをチャンスだと思いなさい、ということだ。「大変なことになった!」という現実認識を、「今こそチャンスだ!」に変えろという訳である。

だが、まあ、こういうことは言うはたやすいが、行なうのは難しいねえ。たとえば、いきなり強姦に襲われて「今こそチャンスだ!」とは思えないだろう。世の中にものすごくたくさんのノウハウ本があるけれども、私は思うにそれを必要とする人は、ほんとうに幸せな人なのだと思う。だから、ノウハウ本が好きで出るとすぐ買ってしまうという人は恵まれた人である。なぜなら、血へどを吐いて死ぬほど辛い目にあったら、あんなものしゃらくさくて読む気もしないからである。そういうひどい目に合ったことのない人が、あれを買うのであって、そして、あんなに売れるのだから日本の多くの人は本当にラッキーで幸せなのだと思う。

では、それを書く側の人はどうかと言えば、これも幸せな人だと思う。なぜかと言えば、徹底的に物事を肯定していくことを他者に伝えようと思ったら、まず自分がそう思い込まなければ、他者を説得できる本は書けないからである。私は私が思い込んでいることでしか人を説得できない。私が私を欺くことは難しい。まずは自分が正しいと思ったことしか書けない。私の場合、何が正しいかわからないというのが本音だから、本もそういう本ばかりである。なにがなんだかわからない、ということを書いているのであって、これもまったく誰の人生にも役立たないだろう。成功するための本を書く人は、自分が成功していると確信ている。でなければ書けない。では自分が成功していると確信しているのだから、その人は成功していようがいなかろうが、本人の認識では成功しているのであり、だから幸せなのである。

私が思うに、その道のプロという人たちは、ノウハウ本は書かないのである。ノウハウではないことを知っているからだ。だから、ノウハウ本を書く人のほとんどはセミプロである。案外とどの分野にも属さない妙にふわふわした人たちである。しょうがないのである。他人になんらかの形で「こうすればうまくいく」という幻想を与えようとした場合、その人たちもいっしょに同じ夢を見ることになる。同じ夢の世界にいるわけだから、現実的な場面では中途半端になりがちなのである。

そんなことは日常茶飯事に起こっており、たとえば会社に行けば会社の夢を見ている。みんなで会社という夢を見て、その幻想を共有していっしょに働いているわけだ。だから家に戻って来ると別モードに切り替わるわけである。集団、組織、とにかく人間がひとまとまりになったら、そこには場が生まれ、そしてその場にはある雰囲気をともなった世界が構築され、そこに関与することで夢見の状態になる。それはネットでも、同じ。ソーシャルネットワークに加われば、そこにまた幻想的空間が出現し、日常生活に影響を与え始める。

人間はめんどくさい動物である。頭のなかに世界を構築できる。だから作家なんて職業も成り立つ。私の頭のなかで作った世界を、外にむかって放出している。気持ち悪い職業である。私の悪夢が漏れ出している。この現実をありのままに見るなんてことは人間には不可能、とカントは言った。

だとしたら、私たちが認識できる限界点とは……?
ということをぐちゃぐちゃ考えながら、今日ももう半分が過ぎてしまった。
by flammableskirt | 2009-09-21 12:08