田口ランディ Official Blog runday.exblog.jp

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
プロフィールを見る
画像一覧

2009年 09月 19日 ( 1 )

ダメさと、成長

世の中は大型連休ということですが、自由業にはそんなこと関係もなく、日々、同じように仕事場に来て、粛々というかぐだぐだというか……どうなんだろう、私を傍目で見たらどう見えるんだろうか? 他者から形容してもらいたいものですが、とにかく仕事をしている。
何年かぶりで携帯電話を買い替えたのでまだ慣れなくて、設定もうまくできなくて、四苦八苦している。このような「機械」に自分が何歳まで対応できるのだろうか……。いつか「もうダメ……」と思う時が来るのだろうか。きっと来るのだろうな。そんな気がする。だいたい字が小さくて疲れる。もう老眼だから。

民主党の意気込みが、テレビからも感じれて、これでもっと若くてイキのいい人たちが「政治家になりたい」って思ってくれたらいいなと感じる。私は、自民党政権の間ずっと、子供たちにあの政治家の答弁や立ち居振る舞いを見せるのがとても嫌だった。あんな姿を見たらオトナに失望するだろうに……と。いったいなぜあの人たちを選ぶオトナがいるのだろうか?と、ほんとうにほんとうに疑問に思っていた。今回、ふてぶてしく、居直ったような、いんちきの、人をバカにしたような、しゃべり方をする人たちがいなくなってくれて精神的にも楽になった。公共の電波に乗せられる人たちが政治家になってくれてうれしい。

と、思う反面、この間も書いたように自分自身のなかにある、むなしさというかやるせなさというか、そういうものは消えない。私は人間が好きで、人間のなかにいると楽しいゆえ、ひきこもりっぱなしの作家という仕事をやっていると、自分が何もしていないようなものすごい焦りを感じる時がある。小説なんか書いている暇があったら、もっと外に出て活動しろよ、と頭の中でつぶやく私がいるのである。この声はなんだろうか。ちゃんといいお母さんをやって、老人介護して、家族を清潔なシーツで寝かす方がよほど価値のある生き方なんじゃないかという疑問がいつも、頭の隅にある。しょうがない。人間、ひとつの生き方を選択すれば、他のほとんどを捨てなければならない。捨てたものに未練が残るのはあたりまえである。この未練という奴も、昔は嫌いだったが、今となってはなにかとても人間臭いいいもんだと思える。やれてないことを、やりたいと感じるのは往生際の悪いいかにも俗的な心情である。俗ってのはいいもんだと思う。なんだか、せつないしかわいいじゃないか。

私はこの頃いろいろ、わかってきた。人間は成長するものだと思ってきたが、成長はするが変わらないのである。この私が、どこかで俗っぽさが抜けて達観した人物になるなどありえない。私のコアな部分は死ぬまで変わらないのである。それでいいのである。だが、成長はするのである。変わらないのに成長するとはどういうことかと言えば、それは、実に単純なことで、じたばたしなくなるのである。バカはバカのままなのだが、バカだからと言ってじたばたせず、バカはバカなりに笑って生きるのである。これこそが人間の成長というものだ。

だから私は、大人物とか偉人など信じないし、もし、そのようにふるまっている人がいたら、あんまり成長してないなあと思うに至った。人間は年をとっても偉大になどならない。その人の功績がいかに偉大だろうと、その人の内実は変わらないし、変わってしまうのは悲しいことだと思える。それは、自分であり続けられない事情があったのだ。その事情はきっとよほどの辛いことだったのだろうと思うようになった。

私もよほどの大惨事、不運、裏切り……人格崩壊するくらいのことに遭遇しない限り、このまんまだろう。死ぬまでこの、ぐちゃぐちゃした、迷いの多い自分であろう。変わらないだろう。だが、成長はする。人は死ぬまで成長する。成長=人格者という図式がなぜか社会通念になっているが、成長と人間性は関係ない。全く関係ない。成長とは長く成ると書くが(笑)、気が長くなったり、目線が長くなったりすることはある。これは成長かもしれない。だが、私の本質的なダメさやくだらなさは変わらない。変わってたまるかと思う。これが私なんだから。

世の中、がんこな人は辛い思いをしがちであるが、がんこな人はがんこなままで成長してほしいと思う。本人は大変だろうが……、でも、がんこであることがあなたなんだから、がんこでやってくださいと思う。性格というのは、人に言われて直るようなものではない。あなたが固ければ他人が柔らかくなる。がんこな人は柔らかい他人をたくさん作っているのである。うまく言えないが、いまの世の中は「他人をどうにかしよう」という情報が多すぎる。人は変わらないし、変わる必要もないだろう。そういういびつな人間同士がうまくやりくりできるようになるのが、成長というのであって、自分がいい人になることではないと思う。
by flammableskirt | 2009-09-19 12:15