偏差値という基準

昨日は小学校で懇談会があり半日出かけてきた。
子どもは最終学年になり、修学旅行などの行事もあり今年はますます忙しそうだ。

ずっと、地元の公立中学に進む……と言っていたのに、どうしたわけか、気まぐれに受験すると云いだした。もちろん、受験するのはいっこうにかまわないが、勉強しないで受かるわけがない。力試しに受けてみればいいよ、と言っていたら、無責任な周りの人たちが「○○ちゃんなら受かるわよ」的なことを言いだし、その気にさせてしまった。

冗談じゃない。受かるわけがない。というのも、のほほーーーんと遊び呆けてきた子どもの、偏差値は40程度だ。悪くすりゃ38,9である。その気になっている学校は偏差値55であり、おまえ、どうやって受かる気だよ? と、母は気が知れないのである。

本人は、過去にまったく偏差値などの興味なかったため、自分の実力など忘れている。とりあえず、昨年の全国テストの偏差値を机の上に赤丸つけて置いてきた。これを見てもやると言うのなら、協力はするが、ああどうかさっさと諦めてくれ……と願っている。

うちの娘は、口が達者でものおじしないので大人からよく褒められる。だが、それと偏差値とはまったく相関関係にないことを理解していない。世の中には評価の基準がたくさんあり、偏差値という基準で計られたら、あんたなんてぜんぜんたいしたことないのよ!
 ……ということに気がついて、それでも「わたしはわたしだから、いいわ」と言いだすか、あるいは「こんなことでは自分はダメだ」と思い勉強するのか、どっちだろう? とドキドキする。

ただ、だんだん頭の回転の良くなってきた子どもが、地元の中学を見て、なんだか自分のイメージと合わないと思うようになったのは事実で、地元の中学には子どもをわくわくさせるような、精彩がない。私は田舎の公立中学に通っていたが、中学時代、自分の中学が大好きで、中学に通うのが楽しくて楽しくてたまらなかったのだが、そんな、楽しそうな雰囲気は感じられない。それは、この町全体のぐじゅぐじゅとしぼまっていく雰囲気、教育にほとんど無関心に見える行政に、原因があるのかなあ、とも思う。
ま、子どもにとっては住めば都。自分の通った中学が最高で、一番いいし、それっきゃない。どこに行ってもそこで学べるものがあるのでいいんじゃないかと思う。ここに来なければよかった……と思うことが一番つまらん。いまいるここが天国だと思えるガキに育てたつもりなので、学校なんぞ行けるところに行きやがれ、である。

田舎ゆえ、学校が極端に少なく、学校選びの選択肢はないに等しい。
まあとにかく、あの偏差値を自覚したとき子どもがどう思うのか、それが楽しみだ。これまでただ遊びほうけてぽよーんとした子だったが、だんだん、思うままにはならない人生の悩みというものに直面しつつある。大人になったんだなあ……と思う。
悩んでくれ〜。悩むために生まれてきたんだから、せいぜ悩んでおくれ。母さんは悩み疲れて老いたので、これからはあんたにまかせた。
by flammableskirt | 2008-04-16 11:10

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