

7年間刑務所に収監され、その間に瞑想を深めた……という女性作家マ・ティダは日本の死刑制度や刑務所に興味があるという。当時、死刑囚の交流者だったことがあり、出版社の計らいで対談をすることになった。
ミャンマーという国に初めて触れた瞬間だった。私にとってミャンマーは「ビルマの竪琴」の国。とても遠い国だった。だけど、ミャンマーにとって日本はとても近いのだと知った。ミャンマーの人たちは日本に親近感を持っている。東南アジアの国としては珍しい。
大東亜戦争の記憶は私が思う以上に、旅する東南アジアの国々に残っていた。バックパッカー世代ではないけれど、三〇代〜四〇代にかけて東南アジアを旅するようになった。私の最初の本はヴェトナムの旅行記だ。
ミャンマーは、正直なところ興味がなかった。長く軍事政権が続き、アウンサン・スーチー女史が拘束されていたことをニュースで知るくらい。
マ・ティダと出会って、彼女が編集長を務めるミャンマーの雑誌に寄稿させてもらった。そしてミャンマーでクリエイティヴ・ライティング講座をミャンマーの作家や詩人の方たちと開催しないか?という提案があり、初めて海外でクリエイティヴ・ライティングを行なうことになった。
集まってくれたのはミャンマーで活躍する詩人や作家たち。彼らと一緒に創作をする機会に恵まれてやっと、かつてミャンマーの表現者が受けていた表現の規制について知った。
1人の詩人は「ひまわり」の詩を書いた。それは自由の象徴。軍部が支配していた頃、ひまわりはスーチー女史の象徴であり、反政府主義であるとして表現に使うことが出来なかったという。黄色もしかり。完全規制ではないが、目をつけられるので自主規制が広まったという。
いま、思うまま感じたままを表現できる時代になってほんとうにうれしい……と涙ぐむ詩人の前で、自分はこの国の歴史を何も知らないのだなあ……と思った。
翌年も、ミャンマー旅行の企画を立てていた。でも、それは実現しなかった。クーデターが起きたからだ。再び、ミャンマーは軍事政権となり、つい最近、軍部主導でとても民主的とは言えない選挙が行なわれた。
みんな、あんなに民主化を喜んでいたのに……、いま、どんな気持ちでいるんだろうか。雑誌は黄色を使うことをためらうのか、ひまわりを描いてはいけないのか。
私は自由なミャンマーしか見ていない。いまのミャンマーは知らない。最近報道されるのはミャンマーの国境地帯で大規模なネット詐欺グループが摘発されたこと。そこに日本人の若者もいたこと。
ミャンマーのジャングルではまだ民族紛争が続いており、ミャンマーは政治的にたいへん複雑な国なのだ……と、友人のカメラマンが教えてくれた。彼がミャンマーの反政府軍のキャンプ跡で撮ったという写真を見せてもらったことがある。
双子の子どもが写っていた。男の子と女の子で、女の子の目は片目だけがブルーだ。廃虚……みたいな小屋の中に二人は身体を寄せて座っている。その目の空虚はホラーすぎて、これは現実じゃないと思った。こんな光景は映画でしか観れないはずだ、って。
「この子たちはなんなの?」
「ここにいたんですよ。誘拐されたのか、あるいは親が死んだのか、捨てられたのか」
「この子たちはいまも生きているの?」
「さあ……。翌年に行った時はいなかったので、街に行ったのか、死んだのか……」
「こういう子たちは、たくさんいるの?」
「少なくはないと思いますよ。ミャンマー多民族国家で、少数民族がたくさんいます。都市部とは違い、国境付近はずっと内紛が続いていますから……」
ミャンマーって、なんなんだ。詩人たちはまた自由を失ったのか。ジャングルでは何が起きているのか。いったいあの双子は誰なんだ。誰が敵で、誰と誰が戦っているのか。
国家という括りでは見えないものがあるのかも。あの片目だけ青い少女のその後を、想像すらできない。
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