業を燃やす
2025年 06月 14日
灸をもっと深めなければ……。
お灸は、……弘法大師空海が唐から持ち帰って広めたと言われており、いまも弘法灸や大師灸と呼ぶ地域がある。近年、お灸は世界的に広まっている。特に発展途上国では免疫を上げることでお灸が公衆衛生的に使用されている。……だけど、お灸の文化を持っている国はとても少ない。
日本は鍼も灸も「文化」を持っている。すごい。世界の宝だと思う。文化だけは、歴史が必要で、文化を持っていること自体が世界的、地球的な遺産なんだからさ。
お灸は日本においては……鎮魂としての文化を持っている。鎌倉時代に鎌倉仏教と結びついたことがゆえんだと思う。あの時代、鎮魂が社会全体のテーマとなったのは戦乱の世が続いたからだ。救済や鎮魂は日本人の大テーマになり、そして宗教が生まれた。法然や、親鸞が登場した。
鎌倉時代にお寺と結びついた東洋医学は仏教の影響を受けている。お灸もまた然りで、「供養のための灸」という文化が生まれた。亡くなった方を思ってお灸をする。「この熱さが、死者の無念を引き受ける」「この熱さが死者の業を焼くから引き受ける」……そんな風に思ってお灸をする。
これが日本人だ!と思う。実に日本的な優しさだ。そういう灸文化を持っている国なんて他にはない。このとてつもなく文化的な価値を鍼灸学生に教えたいと思う。授業には……文化的記述がまったくないのが本当に残念だ。国内にさまざまな灸文化が残っているけれど、地方の共同体が消えている今、多くの文化は共同体といっしょに消えつつある。
私がやりたいのは「灸」という文化の復興。日本には「水子灸」という風習もあり「流れてしまった子供のためにお灸の熱さを引き受ける」として灸をする。「さぞかし寒かったろう……」と、灸の熱を水子に差し出しながら、自らに灸を据える。
お灸が「すえる」という動詞で表現されるのは、自らの痛みでもって報いる……ような深い意志を持っているからだ。据える……の意味は、心をしっかりとそこに定める。ブレさせないこと。だから「腹を据える」と言う。お灸も据える……だ。
定めてそこに置くことには「意味」がある。日本人にとってはもぐさを火で燃やすこと、そのものが一つの儀式であり、魂を定めてじっと熱に耐えることは修行でもあった。修験が山に入る前にも業としての灸があった。身体を整え、心を整える。それが灸という日本文化。
鎌田東二先生と最後にお会いしたとき、先生の手がとても冷えていたので、先生の合谷にお灸を据えた。市販の台座灸だった。灸が燃え尽きるまでの短い時間だけが、今、思い出される。灸を据える時は先生を思う。そういう弔いの時空全体が灸なのだ。
文化としてのお灸を広めたい。ただ、免疫を上げる……のではなく、お灸が美しい生活習慣であり、美しい所作であるような灸文化を育てたい。もっとお灸のことを知りたい……。文化としての灸を伝える者になりたい。
……それが、私の灸道だ。この私に灸文化を語らせろ〜!…と思いつつ、答案用紙をじっと見る。この向こうに遥かで美しい世界が広がっている。私はそれを知っている。だから今日も伝える。文化がいつか教科書の載るように、伝える。卒業まであと少し。あー、早く仕事を再開してーー!。
梅雨だ〜、今年も梅干しつくるぞ〜。
by flammableskirt
| 2025-06-14 13:58
| 日々雑感