墜落した日

墜落した日_c0082534_14552971.jpeg
成長するっていうのは、痛いことだ。成長って言葉には良いイメージしかない感じするでしょ。だけど……。六三歳で鍼灸学校に入学して、孫みたいな若者たちと一緒に初めて鍼を持った。
最初の試験は70点代。自分の足に刺す鍼は「いてっ!」人に刺すのは怖い。試験の時は先生にじっと見られて緊張。手がぶるぶる震えた。
毎日、練習して自分に刺しても痛くなくなって、それから同級生に実習で刺して、家族に刺して、とにかく毎日練習して、鍼管を使った鍼がほぼほぼ刺せるようになってから、鍼管を使わない練習を始めた。
学校で使う鍼はセイリンという会社の鍼で、先が尖っている。この鍼で鍼管を使えば誰でもすぐに刺鍼できるようになる。でも、その分、雑な刺鍼になりがちだ。
学校では鍼管を使って鍼を軽く指先で叩いて皮膚に刺入する。四回以上叩かないように指導された。この叩き方が雑な人が多い。強く叩くとそれなりに痛いし、鍼がぐっと入り過ぎてしまう。
微妙な足先などのツボに刺す時は、鍼管はちょっと邪魔だし、プラスチックの鍼管は扱いやすいけれど皮膚感覚を掴みにくい。気の去来が指先に伝わらない。
学校での実技試験がほぼほぼパーフェクトになった頃から、鍼管を使わないで刺す練習を始めた。使う鍼は学校推奨の鍼ではないので、自宅で自分や家族、友人を相手に練習をした。
新しいことに挑戦するのは楽しい。去年は鍼管を使わずに鍼を刺す練習に明け暮れた。そして、年末くらいにはほぼほぼそれも出来るようになってきた。その頃からスランプになった。
上達している気がしなくなった。むしろ下手になっているような気がしてしょうがいない。初心の頃のほうが気も捉えられたし、勘も働いていたんじゃないか、そういう不安が出てきて「これでいいのかなあ?」と迷うことが増えた。
そのことを山本先生の相談したら「誰でもそういう時期がありますよ」と言われた。なんていうのかな、自分が次に何を目指したらいいのかよくわからなくなった。だって、学校の鍼も手を抜いてもどうにかなっちゃうし、実技を落とすことなんかなくなった。
成長が止る感じって、不安になる。そうこうしているうちに、出来ていたはずだった鍼管を使わない刺鍼が、うまくいかない事態が起き始めた。
「あれ〜。同じようにやっているのにめっちゃ痛い時がある。なんでだろう?もう完璧って思っていたのにな」
痛い鍼では自分以外の人の刺せない。くない鍼を目指している。だって自分が痛いの嫌いだもの。
「公孫を刺す時に痛い時があるんですが、どうしてでしょう?」って先生に相談したら「録画して送ってみて」と言われた。録画して送ると「鍼が深過ぎる」との指摘。
えー、でも学校では1.5センチ刺さないと試験に合格しないし(笑)、深く刺す癖みたいなのついちゃってる。深く刺して響かせるのがいい、みたいな学校の風潮はイヤだけど、そこで勉強しているから浅いと不安になるのだ。
「見本、送ります」と先生から動画が送られてきた。「うわっ、浅い!こんな浅くていいのか?」
「押し手ももっとふわっと包み込むように」との指摘。確かに、先生の押し手は私と違うなあ……。
「この場合、押し手はどういう役目になるんですか?」と質問すると「気を浮き上がらせているんです。公孫の気は沈んでいることが多いので……」と言われた。
その時、目からウロコが千枚くらい落ちた。あ、そーか。押し手は気を誘っているんだ。鍼管を持つ役割から解放された左手は、右手と一緒に気を鍼に通す役割をしていたのか!
鍼管があると、気の動きがわからないなあと思っていたはずなのに、鍼管を使わなくなったら皮膚に鍼を刺すことに意識が向き過ぎていて、気が鍼を通ることを忘れてしまっていた。
そのあと、先生は凄い事を言った。
「皮膚に刺さっていない部分の鍼も大切ですから」
皮膚に刺さっていない鍼は……どんな働きをしているんだ?
「皮膚に刺さった鍼は、地面から出ている植物だとイメージしてください。ランディさんの鍼だと、光合成できないですよ(笑)」
こ、これまた目からウロコが千枚落ちた。植物!そ、そうか。鍼は鍼単独で存在するんじゃなくて、鍼と皮膚と気はひとつとして捉えないといけなかったのだ。鍼ばかりを刺す気になって、バランスをないがしろにしていことに気づいた。
ううううう……奥が深い。
先生はそのバランスを生け花に例えて「その都度、美しいバランスで鍼と皮膚と気が統合されるのは芸術的だ」と言う。そ、そ、そんな超高度な抽象と具象の統合された領域があるのか!
それはもう、私が学校で教わっているものとは全く別の領域の現象世界の話であるけれど、身体と気と鍼のバランスを目指してみたい、そういう領域に入れるのなら、入ってみたい……と、再び、猛烈に欲が出てきた。もっと、上手くなりたい。
また初心に戻って出直しな気分……、やろうとしているレベル高すぎ。成長するって、何度も地面に墜落する感じなんだな。でも、あの壁の向こうの空を見てみたい。すげえ、高い壁が目の前に突如出現。いま、それを見上げている。
はあーーーー。
この年になっても、まだチャレンジが出来るなんて、いい師に巡り合って幸せだなあ……。鍼灸って面白いんだぜって、もっと伝えられるようにがんばろう!若い人が、高いところを目指してくれるように学んだことは全部、伝えていくぜ。

by flammableskirt | 2025-02-18 14:55 | 日々雑感

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31