岩崎さんのネギ
「岩崎さんから野菜が届いたよ〜!」
仕事の手を止めて台所に駆けて行くと、夫が野菜を仕分けしている。
長崎県、雲仙で在来種の野菜を育てている岩崎政利さんから届く野菜の宅配が楽しみだ。みんないい顔をしている。個性的で味わい深い野菜たちは岩崎さんが種を採り何十年もかけて固定させてきた、ザ・在来種。
毎回、岩崎さん直筆の野菜にまつわる随筆が同梱されてくる。
「こ、これは九条太ネギへのラブレターだね!」と夫と二人で声に出して読んだ。
岩崎さんは九条太ネギを京都で種を守り続けている農家さんから分けてもらったそうだ。京都の農家さんは京都の在来種を宝のように大事にしている。分けてくれたのは岩崎さんを心底信頼してのことだ。いただいたわずかな種を大切に育て続けて三十年。
種はだんだん長崎の岩崎さんの畑になじみ、姿や味も固定してきた。
野菜の姿が自らおいしさを表現する、そんな野菜を岩崎さんは育てようとしている。時には四半世紀をかけて種を選別しながら、理想の野菜のフォルムや色や味を追求する。岩崎さんの中に理想の九条ネギのビジョンがあるが、でも、それは表現されるまでわからない。野菜が岩崎さんの思いを表現するまで、求めている美は隠されている。
今年はやっと、初めて「おいしさが姿につながっている」のを感じたと書かれていた。三〇年間、九条太ネギと向き合ってきて、やっとネギが岩崎さんに応えてくれた。その喜びと感動が、文章からびんびん伝わってきた。
種から種へと、いのちを繋ぎ続け、野菜が土壌になじみ、岩崎さんにとって理想の九条太ネギに育つまでに三〇年という歳月が必要だったのだ。ほんとうに、野菜づくりとはなんと奥が深いのだろう。
でも、こんなに熱烈に野菜を愛すことができる岩崎さんが、なんだか羨ましかった。畑にいることが心底楽しく、幸せなんだろう。種を通して野菜と交流し続けている。岩崎さんは人間半分、あと半分は野菜みたいな人。いわば、妖精さんなんだよな。
野菜というのは、人間の思いに応えてくれようとするんです。
いつか対談で岩崎さんが語っていた。こんなに愛されたら、ネギも応えたくなるだろう……。
今夜は岩崎さんの九条太ネギを焼いて食べます。
岩崎さんの本、「種をあやす」もすばらしい随筆です。野菜作りの真髄が描かれていますよ。
そして、岩崎さんを慕う若い人たちが企画している「種を蒔くデザイン展2024」も時空間を越えたパワフルなイベントです。