ねむの木学園と宮城まり子さん

宮城まり子さんが亡くなった。
「ねむの木学園」を何度か訪れて入園者のみなさんの歌や踊りの歓待を受けた。すばらしい施設、北欧の修道院のような美術館。花ばなと絵。一歩足を踏み込むとそこにはねむの木ワールドが広がっていた。
まるで夢の国のような……。しかし、私にとって「ねむの木学園」は若干、居心地の悪い場所だった。この学園の空間全体にうす氷のような緊張感として充満している「不安」を感じたからだ。私が伺った三年前から宮城さんは「もう長くないから」と冗談のようにおっしゃっていた。
所員や入園者のみなさんはそれを聴くと困惑したような笑みを浮かべた。すでにご高齢となった宮城さんがいつか亡くなることを、怖れていらっしゃるようだ……と感じた。

宮城さんが「ねむの木学園」
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を創設した当時、まだ障害者差別は世間に根強く、障害をもった子どもを座敷牢のような部屋で監禁している家も多かった。そんな時代に宮城さんは障害者を芸術によって解放する場所としてねむの木学園を創設。自身も歌手であり、女優であり、舞台演出家であり、ダンサーであり多彩な天才的芸術家であった宮城さんは、その才能と人気の絶世期において、社会的バッシングを受けながら私財を投じて「ねむの木学園」立ち上げてきたのだった。その情熱には運命というよりも宿業を感じる。

戦時中にまだ十代半ばの宮城さんは劇団を結成して九州地方を慰問に歩いたと聞いた。今で言えば中学生の年齢で彼女が戦禍を避けつつ興業をしながら生活する。宮城さんは歌とダンスがあれば生きのびていけることを自ら体験した。その興業の旅がどんなものであったかは語ってはくれなかった。
「歌と踊りがあれば障害者でも生きていけるから」と語った宮城さんは、その自身の哲学をねむの木学園で貫いてきた。そこに、自身も好きだった絵が加わり、ねむの木学園の教育の3本柱となった。
その後、時代とともに、それは主に障害者自らが立ち上がったことによるのだが、障害者福祉が充実していき、障害者への社会的偏見も徐々に減っていく。宮城さんが障害者芸術という新しい道を示して障害者の魂を解放をしようとしたことは確かである。非常に残念なことは、宮城さん自身が芸能人であり、戦後の厳しい時代に芸能活動を行ってきた経験から、障害者に対しても芸事への指導は厳しく、その指導に障害者の個性を生かした自由な表現の発露を認めてはいなかったことだ。だが、そうであったとしても宮城さんの功績が消えることはない。それはほんとうに戦後の障害者福祉の大きな一歩であった。また、天性の芸術家であった宮城さんは子どもたちそれぞれの才能を見抜き、伸ばすことに長けていた。歌、踊り、絵……それらを通して、障害者の存在を世に知らしめた。

宮城さんは、才能豊かな直感の方で、彼女の発想は斬新かつ的確だった。色や形には強いこだわりを持っていた。明確な美意識と世界観があり、自身の世界観を具現すべく「ねむの木学園」を創造していたと思う。あの場所は宮城さんの人生を賭けた作品だったと感じている。
現在の福祉の思想から見れば逸脱している部分もあった。入園者は皆が宮城さんを「まりこおかあさん」と呼んだ。老若男女全員が同じ髪形、そして同じ服を着てのマスゲーム。宮城さんは学園の聖母マリアとして、学園の象徴だった。そのような全体主義的傾向に対して批判をする人も多かったが、さまざまな福祉施設を見学してきた経験から思うことは、ねむの木学園は、ねむの木学園であって他と優劣を比べることができない孤高の場所である……ということだ。障害者福祉施設において、何が入所者にとって幸せか?を定義することは難しい。もっと社会に開かれていくべき……と思うが、社会は十分に障害者に開かれているのだろうか。そうとは思えない。障害者施設の建設に際してはまず住民の反対運動と向き合わねばならない現実がある。
宮城まり子という強烈な存在なくしてあの場は生まれなかった。そして、日本の福祉政策は、いまはまだ1人1人の情熱に頼っている情況なのだと思う。
宮城まり子さんの障害者に対する深い共感は、親を頼ることができずに生き抜いてきた少女時代の体験があってだろうと予想する。
「歌と踊りで生きてきた」と何度もおっしゃった。
「だから私は、子どもたちにもそれを教えてきたのよ」

いま、偉大なおかあさんを失った人々の悲しみはいかほどかと思う。
その喪失をどのように乗り越えていかれるのか、いま、お一人お一人の姿を思い浮かべればその落胆にはかける言葉もない。きっと、彼らは歌うだろう、そして踊るのだろう。

どのような情況でも生きなさい。
宮城さんが身をもって示してきたこと、生きなさい。

by flammableskirt | 2020-03-24 11:14

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