憑依とは表現の最高のかたち「風の旅人」三号によせて

「憑依とは表現の最高のかたち」
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「風の旅人」第三号
妣の国へ 来し方、行く末
http://www.kazetabi.jp

 田口ランディ
 

わたしの場合なのだけれど、文章を最初に読むのは誰か。そして、文章がどんな媒体に載るのか……は、文章の内容にかなり強い影響を与えてしまう。

書く前から最初の読者である編集者がなにを望んでいるのかを、無自覚に探っているみたいなのだ。
それは作家という職業は、どこか憑依体質のようなものを備えているからではないかと思う。なにものかに自分を差し出すことが表現だとすれば、私はわたしという存在を「祭りの場」であることの雑誌に差し出すことで表現をしているのだと思う。

「風の旅人」という雑誌は、特に《祝祭的》雰囲気の濃い雑誌で、一号一号が《ご神事》の《場》なのである。
作り手がそれを意識しているので、この《場》に参加している表現者たちも、《供物》である自らの存在を表現として差し出す覚悟をくくっている。

今回も《妣の国》というテーマで《祭り》を行うという趣意書が送られて来た瞬間から、脳のどこかがある種の変成意識状態に入る。ぼんやりと現実世界を見ながら、そこに二重写しになっている《妣の国》の気配を探しているのだ。

表現は、私のものであると同時に、その雑誌をどう作りたいかという編集者の意図にかなり委ねられる。もともと作家は《自分が書きたいもの》などないのである。そんなものを求めたらスランプに陥るだけだ。

作家は《書かされてしまう》ことが一番幸せなのである。

何に書かされてしまうか……。それが、編集者の個人的なこだわり、個人的な世界観であってもいいし、社会という集合的無意識の要請、あるいはむくわれない個人の怨霊の声であってもいいし、先祖の因縁であってもいい。

どういうものであれ、聞こえざる声、見えざる言葉によって、突き動かされて書くことが最も幸福な状態であり、私という個人が書きたいものなんて、実はなに一つないのである。

しかしながら、最近はなにをしたいのかわからない編集者と、なにをしたいのかわからない雑誌が増えてしまって、編集者から憑依されてしまう経験は少なくなった。

私のデビュー作は「コンセント」という作品なのだが、この作品はまったく無名だった私のところに、一人の編集者がやって来て、私に憑依したことで書くことができた。

彼はいきなり我が家にやってきて、私の前にバーンとヤン・ソギル氏の「血と骨」という作品を置き「田口さん、あなたならこの女版が書けるはずだ。家族の怨念を書いてください」と、すごい形相で迫ったのだ。

あれが最初の憑依であり、彼が何を望んでいるのかがはっきりと伝わり、同時に、私は死んだ兄の声を聴きそれを言葉に翻訳する……という術を体得したのである。

当時は自分に起こったことが自分でも理解できなかったが、十年近く小説を書いてきて、なにがうまくいき、なにが失敗するのかがやっとわかってきた。そうか、私は単なる触媒だったのだとようやく諦めがついた。私個人には書きたいものなどないのだ。私という肉体をもったこの存在を差し出し、憑依させることで、私はなにかを表現しているのだ。

言葉は光である。言葉は光となって私という有機結晶体を通過する時にプリズムとして分光するそれが《表現=作品》だったのだ。

私を通過していく言葉、その妙なる光を発しているもの、その光源はどこか別のところにあるが、だがその光源は外にあるのか裡にあるのか定かでない。とにかく光は満ちており、そこに《念》という偏りが生じるものを私は感じとる。すると光がこちらに差してくる。

個体である私がその光を通過させると、それは私の個性をともなったプリズムとしてこの世に現れる。
それが、私の作品、表現だったのだ……。

「風の旅人」は、明確な《祭り》の意図をもって私に憑依を迫る洗練されたオカルト雑誌だ。
それゆえこの雑誌に寄せる文章は、私という有機結晶体を実に見事に通過して、プリズムを投射させる。今回の文章も、私が書いたのではなく、私を通過して現われたプリズムだ。そういう文章を書ける場はほんとうに少なくなった。

よかったら体感してみてください。
面白い雑誌です。


追伸
本屋さんでは売っていません。通信販売でしか購入できません。
by flammableskirt | 2013-11-22 11:03

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