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原爆の黒い雨と原発の補償

8月6日の広島に行ってきました。今回はNHKの番組のゲストを依頼され、原爆ドーム前の生放送に出演しました。意見を求められたのは、広島の原爆と福島の原発のこと。この二つを作品としていて語れる……ということで呼ばれたようです。

いま、広島市は国に対して「黒い雨が降った地域の認定範囲拡大」を求めています。国が認めている認定範囲はとても狭い。現実にはもっと広範囲に黒い雨が降り、その雨を浴びた人たちが被曝して健康を害しています。認定範囲で黒い雨を浴びた人には医療費が無料になります。でも、認定範囲を少しでもはずれた人たちには補償がありません。黒い雨は広範囲に降りその雨によって健康被害を受けている人たちを救済してほしい……。広島市の調査を国は「科学的合理的根拠がない」として認定範囲拡大は実現しませんでした。原爆による被曝の補償ですらいまだこのような現状なのです。

認定……という問題は、これから福島第一原発の被曝と健康被害においても表面化してくるでしょう。水俣病の認定の時もそうですが、認定範囲が政府の都合で拡大したり縮小したりするのはすべて「財源」がないからなのです。限られた予算の中で補償を行うので、財源がなければ認定範囲を狭くしてしまいます。科学的証明はそのいい訳としていかようにも都合のよいように解釈されてしまいます。水俣病の認定も、加害企業であるチッソの経営が悪化するといきなり難しくなりました。いまも多くの人が認定を待ちながら亡くなっているのです。

広範囲に国民の健康被害を引き起こす事故や事件が起きたときに、補償はいつも「財源」によって規定されてしまいます。でも、国の役割とは国民の生命の安全を第一に守ることではなかったのか……と、この国の有り方に疑問をもちます。原発事故には保険がかけられません。どのような保険会社も原発事故に対する保障はしません。それは、リスクが高すぎて保障できないからです。だとすれば、国が政策として原発をすすめるのであれば、事故が起こった時の被害者に対する補償の財源を確保して運用しなければならないし、もし、財源で保障できないのであれば「国民の生命」をないがしろにしているのだと思います。被曝の認定、水俣病の認定……歴史的にずっと同じことを繰り返すのはもうやめなければいけない。命の補償を財源でまかなえないことはやってはいけないのです。

原発による放射線被曝に関していえば、私はもう認定という制度では解決できないと感じています。あまりに広範囲だからです。これからの時代には、国民全員が被曝したという考え方に立って、新しい健康と医療のあり方を創造していかなければならない。どこの誰が被曝した、どこが安全でどこが危険……などという二項対立で議論をしている場合ではなく、この国土全域が被曝し、この国の全員がなんらかのリスクを負った……という、そういう認識に立って、福祉制度、医療制度も含めて改革していかなければ、ずっとずっと同じような「線引き」による人命無視が続いていくように感じます。

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原爆ドーム前。夕方5時ですがまだ陽射しが強かった。
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生中継でもろに直射日光を浴びました。目が焼けて痛い……。
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夜になると灯籠流しが始まります。いつものハチロクの広島の風景。今年はあげ潮だったので、灯籠は海ではなく川上に流れていきました。
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元安橋を渡って通り一本裏に入ると、人は誰もいません。ここが爆心地なのですが、訪れる人はいません。
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通りを外れるとこんな人だかり……。ライトアップされた原爆ドームと、真っ暗な爆心地は目と鼻の先にあります。
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いつも複雑な気持ちになります。被曝の歴史を語り継ぐと言うけれど、ここに暮らす人たちにとっては悲惨な歴史的過去よりも、いまの生活を大切にしたいと思うのはあたりまえのこと。広島という街に暮らす人たちにとってのハチロクと、外からやって来て去っていく私とは感覚が違います。同じことが福島にも言えるのでしょう。その土地に暮らす人にとってなにがたいせつなのか……、歴史的事件の継承を考えるときいつも立ち止まってしまいます。
by flammableskirt | 2012-08-07 13:19