埋葬
2012年 02月 15日
年を重ねるごとに、じぶんはごうまんであったと思う。
あまりにもものを知らなかったし、知らないということに気づくことすらできなかった、わたしというものが誰なのかもわからなかったし、なにがほんとうでなにが嘘かもわからなかった。
いまも、わたしはあまりにもものを知らないし、一日のなかで知らないということに気づいていられる時間は短く、わたしがどのような顔をいくつもっていて、日常にあふれかえるたくさんの言葉のなにがほんとうでなにが嘘かもわからない。あいかわらずわからないのだけれども、年を重ねるごとに、じぶんはごうまんであったと思うようになったのは、以前よりもずっとことばがざっくりと身体に刺さってくるからだろう。
だれにたいしての何にたいしてのことばも痛いのだ。
その人のことをなにも知らない。その人が朝起きたときなにを最初に考えるか。その人にどんな父や母がいて、どんな子ども時代を送り、なにを大切に思っているか。なにも知らない。それでも、ほんのわずかな、聞きかじりのことばでもって、ばっさりと相手を切断し、てきとうに調理し、並べて、ほらねこんなくだらないのよ人間って……と言っているかのようなことばに触れると、哀しい。
バラバラになった頭や、腕や、足や、指、その断片を拾って、大地に穴を掘って埋めて祈りたいと思う。ことばを悼んで、ことばをもういちど土に埋めて、地中のみみずや蟻たちの力で分解させ、泥にもどして原初のちからを復活させてあげたいと思う。
どうじに、じぶんもそのようにことばを大地から分離し、その力を奪い、ごうまんにもことばで世界や人間を切り取り、切断し、並べて、悦にいっていることを思い出し、しかも、それはわたしに属しているきわめて人間的な一面であることに間違いはなく、このごうまんさと、死ぬまでつきあっていかなければならないこと、それがまぎれもない自分であることに、やりきれなくなる。
気をぬけば、無自覚に、ことばを使ってしまう。
「ほらね、すべては単純なのよ。こんなにくだらないのよ、世の中は。こんなに俗悪なのよ世界は」と、笑いながら切り刻み、安っぽいことばの器に腕やら足やら頭やら並べて、さあ、わたしのお手並みはこんなもの……と、人間存在を手玉にとるごうまんさを、あたかも力であると勘違いして、誰かのたましいを踏みにじってしまうのだ。
それを、見るのも聞くのも辛いが、そのくせ、おなじことをしてしまう。
見ないわけにはいかないが……、それでも、哀しい。
ことばが死んでいくのを、感じながら、一日の終わりに「ごめんなさい……」と祈る。
どうか、どうか。明日、埋めた死骸から、新しい命が芽吹いていますように……。
あまりにもものを知らなかったし、知らないということに気づくことすらできなかった、わたしというものが誰なのかもわからなかったし、なにがほんとうでなにが嘘かもわからなかった。
いまも、わたしはあまりにもものを知らないし、一日のなかで知らないということに気づいていられる時間は短く、わたしがどのような顔をいくつもっていて、日常にあふれかえるたくさんの言葉のなにがほんとうでなにが嘘かもわからない。あいかわらずわからないのだけれども、年を重ねるごとに、じぶんはごうまんであったと思うようになったのは、以前よりもずっとことばがざっくりと身体に刺さってくるからだろう。
だれにたいしての何にたいしてのことばも痛いのだ。
その人のことをなにも知らない。その人が朝起きたときなにを最初に考えるか。その人にどんな父や母がいて、どんな子ども時代を送り、なにを大切に思っているか。なにも知らない。それでも、ほんのわずかな、聞きかじりのことばでもって、ばっさりと相手を切断し、てきとうに調理し、並べて、ほらねこんなくだらないのよ人間って……と言っているかのようなことばに触れると、哀しい。
バラバラになった頭や、腕や、足や、指、その断片を拾って、大地に穴を掘って埋めて祈りたいと思う。ことばを悼んで、ことばをもういちど土に埋めて、地中のみみずや蟻たちの力で分解させ、泥にもどして原初のちからを復活させてあげたいと思う。
どうじに、じぶんもそのようにことばを大地から分離し、その力を奪い、ごうまんにもことばで世界や人間を切り取り、切断し、並べて、悦にいっていることを思い出し、しかも、それはわたしに属しているきわめて人間的な一面であることに間違いはなく、このごうまんさと、死ぬまでつきあっていかなければならないこと、それがまぎれもない自分であることに、やりきれなくなる。
気をぬけば、無自覚に、ことばを使ってしまう。
「ほらね、すべては単純なのよ。こんなにくだらないのよ、世の中は。こんなに俗悪なのよ世界は」と、笑いながら切り刻み、安っぽいことばの器に腕やら足やら頭やら並べて、さあ、わたしのお手並みはこんなもの……と、人間存在を手玉にとるごうまんさを、あたかも力であると勘違いして、誰かのたましいを踏みにじってしまうのだ。
それを、見るのも聞くのも辛いが、そのくせ、おなじことをしてしまう。
見ないわけにはいかないが……、それでも、哀しい。
ことばが死んでいくのを、感じながら、一日の終わりに「ごめんなさい……」と祈る。
どうか、どうか。明日、埋めた死骸から、新しい命が芽吹いていますように……。
by flammableskirt
| 2012-02-15 16:20

