ヴィム・ヴェンダース監督と飯館村へ

10月25日にシンガポールから帰国。26日から福島へ。慌ただしい日々が続き考えをまとめる暇もない。福島では浄土平天文台でローエルの足跡をたどり、天体望遠鏡で天王星と海王星を初めて見た。27日から福島市へ移動。たまたま福島に来ていたヴィム・ヴェンダース監督といっしょに、飯館村の友人宅を訪れる幸運に恵まれた。穏やかだが、真摯さと誠実さをもったヴェンダース監督は魅力的だった。短い福島滞在の間に飯館に行きたいとおっしゃり、夕暮れが迫る飯館村の役場で待ち合わせをした。夕陽がきれいだった。
「私の家にいらっしゃいますか?」という友人の言葉に、監督は「もちろん」と即答。そのまま車で飯館村の森に住む友人宅へ。彼女の住まいは飯館村のなかでも放射線量が高く、庭先で6〜7マイクロシーベルト、裏山にかけては30マイクロシーベルト/時を計測する。ガイガーカウンターは鳴りっぱなしになる。この線量の高さには、ショックだった……。
 ヴェンダース監督はこの土地を離れざるえなくなった友人の訴えをただ黙って聴き続けていた。言葉は少なかったが、その「聴く」姿に慈しみと優しさと、悲しみが感じられ伝わってきた。そして、夜の試写会の後のインタビューで「私は映像の仕事をしてきた者として、目に見える世界を信じてきました。飯館の風景は天国のように美しかった。でも、目には見えない放射能の汚染されている。それを知覚することができない。こんな経験は初めてです。この現実をどう表現すべきか、いまはまだわからりません……。でも、私は必ず、またここに来ます。みなさんとの対話を続けていきたい。これが最後ではなく、これが始まりなのです……」と語った。そして、泣いている友人のほうを見つめ、小さく頷いた。彼女の思いを受け止めていることがはっきりと伝わってきた。それはとても勇気のいることだと思う。人の思いというものは、ほんとうに重いのである。だから、どうにも受け止めきれないことのほうが私には多いのだった……。
 観客からの質問、ひとつひとつにていねいに言葉を選びながら答える監督の佇まいの謙虚さに感銘を受けた。この日、私は誠実さについて学んだ。ヴェンダース監督の映画はもちろん大好きだが、一人の人間、一人の表現者として尊敬できる方だった。ほんとうにお会いできて良かった。尊敬できる他者に出会うと、生きていることが楽しくなる。よく生きていきたいと思う。  
 試写会で観た「ピナ」は、亡きピナ・バウシュに捧げられた美しい映画だった。全編に及ぶダンスシーン。ダンサーたちの身体言語が言葉を介さずストレートに脳に伝わってくる。言語を超えたコミュニケーションに二時間、浸りきった。不思議な快楽だった。言葉を介さないで何かを感じる……ということが、私たちはできる。ちゃんとできるのだ。インスピレーションが沸騰するように浮かび上がってきて、だがそれもまた言語以前の感覚なのでうまく言葉にできない。しなくてよいと思えるようになった。じっと言葉になるまで待てば、言葉はより豊かになるだろう。
 あまりにも言葉を消費しすぎているかもしれないと、このごろ思う。言葉には、間が必要なのだ……。たぶん。
ヴィム・ヴェンダース監督と飯館村へ_c0082534_14504326.jpg

福島で見つけた田んぼの風景。このオブジェは「つくし」と呼ばれている。まるでおとぎの国の妖精のような姿。行進しているように見える。
by flammableskirt | 2011-10-29 14:58

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31