あの石に飛ぶしかない。

私を官能小説家と呼ぶ人がいる。旅行記作家と思う人もいる。オカルト、精神世界系と言う人もいれば、社会派だと言う人もいる。福祉関連や、終末医療を扱う作家だと思っている人も多い。わたしは、すべてに興味があり、自分にリミッターをつけていないため、なんでも興味のままに取材するし、興味のままだから作品にならないことも多い。原爆の問題は12年もかけてやっと新書と短編集を一冊ずつ出した程度。原爆だの原発だの、そんな話題にいまの読者はついて来ないと言われることが多かったが、やっと読んでもらえる。だからと言って、それもまた興味の範囲の一つであり、なんの専門家でもない、ということは自由である。しょせんわたしに専門的な知識などない。フィクションとかノンフィクションとかそういうこともあまりどうでもよく、そんな区分に意味があるのか、堅苦しくつまらないだけじゃないかと思う。物事はボーダーレスが面白く、マアジナルであればあるほど愉快だ。曖昧なものが好きだ。結論や終わりの見えないもの。そういうものがかっこいいと思って生きてきた。そういうものに子どもの頃から憧れていた。不自由な制約のなかに展開される自由こそクリエイティブだ。紀行文だと言われれば紀行文のなかに紀行文を越えるものを展開させたいと思う。限りなく紀行文に閉じこめられたときに限りなく紀行文じゃないものが成立していく。この世界、この諸行のなかに生きている以上、わたしは小石の上を飛んで川を渡るように、さまざまなジャンルをまたいで、越えて、あちら側へ行こうとしているだけ。彼岸に渡るまで、この川を越えるために流れをまたいでたどらねばならぬ、さまざまな石。その石に足を置くために、悩み、考え、工夫していくしかない。この石に足を置いても滑らないだろうか、と、石と対話しながら、一歩ずつ進む。いま、とても滑りやすくそして遠い石まで飛ぼうとしていることを感じる。流れは急だし、あそこに飛ばないと先がない。他の石もない。そういう場面はこれまでの人生にも数々あったが、滑って転んで命からがら流れから這い出してみれば、あんがいと瀬は浅く、あら、濡れることを覚悟すればどうってことなかったんじゃない、と思うこともしばしば。今回は、深そうだ。落ちたら、どうなるかな、と思いながら飛ぶべき石を見ている。あの石に飛ぶしかない。どの石? あの石。というわたしと直接に対話をしたい方はダイアローグ研究会においでください。http://runday.exblog.jp/16846774/
by flammableskirt | 2011-09-13 11:32

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