現実を直視すること

音楽家の大友良英さんのブログを読みました。
大友さんの言葉はいつもまっすぐだ。言葉がすうっといろんな障害物を通過して私の中心まで届く。
なぜだろう、大友さんだって同じ日本語を使っているのにな。いったい言葉って、なにが違うんだろう。文法も同じで、ほとんど日常的な単語を、どちらかといえば簡単な単語を使って、大友さんの言葉は構成されているのに、それでもすうっと突抜けていく力がある。言葉って不思議だなあと思う。
大友さんの言葉は、その透過性ゆえに求められているのだと思います。強い言葉じゃない。無理強いの言葉でも、脅す言葉でもない。でも、突抜けてゆく。

大友良英ブログ 
「フェスまであと一日」


プロジェクトFUKUSHIMA、いよいよ始動です。

ブログより抜粋

もう今のわたしの正直な気持ちは、県外の人には
「四の五の言ってないで福島に来いよ、来てみて見ろよ」
なのです。
それは福島はこんなに元気だ、大丈夫だ、なんてことを演出したいのでもなく、
かといって福島がこんなに危険だなどど言いたいのでもなく、
ただただ現実を見てほしいという気持ちなんです。
ネットやテレビの情報でごたごた言うくらいなら来たら現実がわかるから・・・という気持ちでもあります。
ここにはもう3月11日以前の日本はありません。3月11日以降の現実を見据えながら、どうやって生きて行くかという課題を常につきつけられながら、新しい日常をどう獲得していったらいいのかということに、毎日真剣に取り組んでいる・・・それがわたしが見て来た、そして今居る福島の現実です。そしてその現実は、決して福島だけの問題ではないとわたしは思っています。


大友さんが、音楽でやろうとしていることを、私は言葉を使った創作で表現しよう。
自分の得意とするもので、やっていくしかない。
わたしのやれることには限界があるけれど、やったことそのものには限界はないはず。
行為というのは、けっして自己完結するものじゃない。
人間の行為は、どのようなものであれ、なにかしら人を媒介にして伝わっていくものだ。そこには限界というものはきっとない。私一人の力ではないのだから。
だから、自分一人だとは思わず、自分のことをやるしかない。生きていくってそういうことかもしれない。

私の現実を直視すること。
判断や評価をしないで、そのままを見て、それをどう乗り越えるか考えてみること。
大友さんを自分のなかに映してみる。
私の現実は、そのまま福島の現実をつながっている。
私たちは鏡の向こうとこちらで向きあっている鏡像。
by flammableskirt | 2011-08-14 06:32

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31