晴天、風強し。

今年2月に同居していた義母が脳梗塞で倒れて入院。
リハビリのための転院の直後に地震があった。原発事故、義母の死……慌ただしい日々があっという間に過ぎて、もう四月も終る。

昨年末に70個植えたチューリップの球根が、今年はやや遅れて開花して、義母の葬儀の時にとてもきれいだった。毎年、いろんな種類のチューリップを植える。そして切り花にして部屋に飾り、また近隣の人たちに分けたりする。義母の遺影の前にも毎日飾った。そうして、チューリップの季節も終る。

初夏に向けて、ダリアの球根を買った。50個ばかり植えてみることにした。グラジオラスも……と思ったが、とりあえずダリアだ。ダリアも品種改良されていろんな形、色の花がある。今年は花が咲いてくれることが、やけにうれしく慰めになっている。植物は夏に向ってぐんぐん伸びている。新芽が吹いてくると、ふと、屋久島の新緑を思いだし、懐かしい。

義母が亡くなり、一人残された義父はずいぶんと落ち込んでいたが、いい感じにぼけてもいるので、悲しみに暮れることはなくなった。92歳。18歳からの7年間を戦地で過ごした。つい先日、ナスの苗を買って来たのだが、植えるでもなく庭に放ってある。根気が続かないようだ。

「蕎麦を打とうかな」とか「ランを分けようかな」とか、いろんなことを思いつくのだが、いざとなると腰が上がらない。自分もいつかそうなるのかな……と義父を見ていて思う。こうして元気にしている時間もいつか終わり、身体も動かなくなり頭もぼけてきて、他人から見たら無能な人になるんだろうな。そういう自分の姿を思うと、義父にはもっと充実した毎日を送ってほしいと願わざるえない。

だが、私の考える充実と義父の充実は違うんだろう。いったい日々のなにが充実なのか92歳まで生きてみなければ92歳のことはわからないに違いない。

「足がじんじんするんだよ」と、夕ご飯の時に言う。「どうしたんだろうねえ?」「わからん。年をとるとみんなこうなるんだろうか。足がじんじんする」
「おじいちゃんは、元気なほうだよ」と私が言う。
「まあそうだな」と言い、今度は「背中がかゆい」と言う。

身体のことが気になるというのは、よいことだと思う。
自分の身体の不具合がわかるのが健康というのだ。不健康な人は身体の不具合がちっともわからないのでひどい無理をする。

今日から朝型の生活に戻した。いろいろあってすっかり生活のリズムが狂ってしまった。でも、暖かくなったし、朝5時前に起きて仕事をするという生活に切り替えた。今日は暗いうちに仕事場に来たら、やはり朝はすごく能率が良い。

夜半の雨が嘘のように晴れて、よい天気になった。今日はダイアローグ研究会で東京に行くので、今夜はまた夜更かしになるのだろう。だが、明日の朝もちゃんと起きて、神田明神にお参りに行って気功をして、それから出かけよう。

連休に、夏に向けて花を植えよう。植え替えのシーズンだ。観葉植物の土も変えよう。そしてふと、被災地には花があるかなあと思う。福島は花の美しい土地だけれど、花は咲いているのだろうか。神戸の震災のときに、花はとても喜ばれた。無駄なものかもしれないが、生きるためにはたくさんの無駄が必要だ。無駄なことを省いてしまったら、人生、なにも残らない。精魂込めて無駄をすることを、美学というのかもしれない。
by flammableskirt | 2011-04-28 07:31

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