仲良しの奇蹟

クリスマスの今日、気温は下がり、激しい西風が吹いている。皮膚が切れるような寒さ。
これが冬だなあと思う。白い光の冬景色に強風が吹いている風景は、妙に厳かで美しかったりする。
クリスマスのミサ曲と、ビートルズのクリスマスソングをYouTubeで同時に聴いたら、めっちゃシュールでいい感じだった。こういう楽しみ方もあるんだなあ。それは、晴天の強風のクリスマスと共鳴していて、わけのわからない世界の不条理、その混乱に似ている。

人口3万人にもみたない小さな町で、地域の人と繋がりながら暮らしていると、社会を変えようという発想には立てない。自分のできることの限界を知る。私にできるのは、人と人が安心してお互いの弱さや辛さを認めあえる場を作っていくことくらい。人と人は仲良くなるほうが幸せだ。少なくとも、仲良しが集まる場には個人のポテンシャルを上げる力が働く。

ビートルズを見ていていつも思うのは、この四人は仲良しだったんだな、ということだ。モンキーズを見てもそうは思えない。そりゃあそうだ。モンキーズは全米からオーディションで選ばれた四人だけれど、ビートルズはもともと四人が友達だった。たまたま集まった四人が天才だったんじゃない。彼らが仲良しだったから、お互いを安心して出せた。喧嘩もできた。自分をさらけ出した結果としてそれぞれのポテンシャルが上がったとしか思えない。そういうことはよくある。可能性というのは誰かが発掘するものじゃなく、安心して対話ができる場のなかに開花していくものなんだと思う。

だけど、今度は「個人のポテンシャルを上げるための場」というふうに、場が目的化されてしまうと、もうそれだけで場の力は失われていく。目的があることは大切かもしれないけれど、それが人間に向いてはいけないと思う。人間を変えることを目的にしてしまったら、魔法は効かなくなる。それも経験的にわかる。

方法論化しても力は失せるし、目的化しても力は失せる。場というのは見えない生命エネルギーの働く環境なんだけど、それをあえて出現させるためにあざとく立ち回った瞬間から、そのエネルギーは循環しなくなる。なんて不思議なものなんだろう。つまり、場のエネルギーの函数がわからない。

たぶんそれは人間の認識能力の限界と関係があるのかもしれない。私たちはものごとをズレてしか認識できないから、ほんとうに大事なものは、いつもブレて見えて、かすってしまうんだ。そんな気がしている。それはこの物理世界に生きていることの限界なのかもしれない。

ただ、人と人とが仲良くなる。そこに働いている、宇宙の神秘について、私たちは知ることができない。でも、人と人は仲良くなれるし、仲良くなることで力は何倍にもなり、可能性は開花する。人間ってのはほんとうに不思議な生命体だなあと思う。
by flammableskirt | 2010-12-25 12:06

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