間柄って、どんな柄?
2010年 09月 10日
ぼんやりと朝からそのことを考えている。
虐待とは直接関係ないけれども、子供が中学二年生になるまで、それなりにいろんなことがあった。細かいことだけれど、そういう小石がたまっていって、身体も心もどんと重たくなるんだと思う。小石は捨てられないけれども、この小石は軽くすることができる。誰かと共有するたびに軽くなる。不思議な小石だ。
子供のことは、身近な同級生のお母さんが一番頼りになった。でも、お母さんたちとつきあっていくことも難しい。私はたまに新聞とかテレビに出たりもするので、ちょっと相手にひかれがちである。本を読んだことのある人は「ファン」という形で接近してくる。これだと永遠に友達にはなれなくなる。自分で言うのもなんだけれども、地域で誰かと友達になるにはちょっとしたハードルがある。自分の側にも相手の側にも……だ。
ぶっちゃけ普段着のままで「これが私です」を通すしかない。そうするとだんだん「なんだ普通の人なんだ」ということになる。それまでの期間が、微妙であり、そこはかとない居心地の悪さというのがある。
お母さんというのは、組織化されていない。帰属意識というのが特にない。特別な塾や、習い事、サークルに所属していれば別だけれど、そうでなければ授業参観に集まってきたお母さんには、それぞれに別々のバックグラウンドがある。なんとなく気が合う人、共通点などを探り合いながら、お近づきになっていくというのは、わりと高等テクニックであり、それだけで気苦労を感じる人も多いんじゃないかなあ。
つきあい、というのは人によってもイメージが違う。どういうつきあい方をするのがベストか、なんてことはマニュアルはない。その場その場だ。自尊心、自意識のもちかたがとても左右する。自尊心が高い人は、常に相手にバカにされないように気を配る。ほんとうに自尊心が高くて自分が好きな人は、人はどうでもいいものであるが、そういう人は少ない。自意識の強さは常に他人が自分を意識して動いているような錯覚を起す。なんでも、自分を中心に因果を考えている。そして、私も含めてだけれど、自分がどういう人間なのか自分ではよくわからない。
そういう状態で他人の反応だけを見ながら、集団のなかでたちふるまうというのは、ほんとうに骨の折れることだけれども、幼稚園、保育園、小学校と、母親が地域の教育場面をかなり支えており、なにかにつけて招集をかけられて、見ず知らずの相手といっしょに給食費を計算したり、垂れ幕を作ったりしていかなければならない。
みんな実にうまくその人間関係を泳ぎ切り、情けない義務教育を根底で支えているのだから、世の母親というのはなんとレベルの高い人たちだろうと、つくづく感心したりする。でも、やっぱりこれは相当に難しいことで、がんばっても出来ない人はいるし、そうなると学校にも出てこない。そして横のつながりが絶たれて、一番、迷惑をするのはたぶん子供なんだと思う。
子供にしてみれば母親が他の子供の母親と、気心の知れた関係であり、なにかの折りには助け合っている……ということは、一種のセーフティーガードだ。同級生の母親の何人かと、自分の母親が交流がある場合、子供は心のどこかでほっとしていると思う。年がら年中、いっしょにくっついているということではない。なにかあった時に「お迎えお願いできる?」と声をかけられる程度の間がらでいいと思う。でも、この「間柄」という柄は実に曖昧で抽象的な模様なのである。
対人スキルというのは、学校で習うことがない。そんなことは大人になれば自然に身につく……というのが、日本人の考え方だ。この国に異文化の人がとても少なかったから、いままでは全員が雰囲気を読めるはずだったのだ。
でも、すべての人がそうだとは限らない。ある場面において自分がどう対応していいのか、ということがよくわからないお母さんは、たぶん一つの学級に3,4人は確実にいるのではないか?と思う。なんだかそんな気がするのだ。私ですらこれほど困難に思っていることを、皆がそう易々とやっているとは考えられない。それぞれに苦労しているのだろう。
そして苦労が実ればいいのだけれど、まったくボタンかけ違ってしまって挫折し、傷つき「もうダメ」と引っ込んでしまう人は多いんじゃないだろうか。
だいたい人間は、自分の親を見て対人スキルを学ぶので、手短に手本となるような大人がいなかった場合、子供の対人スキルも下がると見てよいと思う。対人スキルというのは社交というよりも、ある緊張場面で葛藤を強いられ時に、どう対処するかということだ。明るく振る舞っていても、葛藤が生じた時にまったく対応できないで、ものすごい墓穴を掘るという人は、これまたけっこう多いのである。
虐待を食い止めるために、虐待するお母さんを支援する……というのは、火事になったから水をかけるみたいな方法なんだよな。火事は起こるが、あれ、焦げ臭いなと誰かが気がつき、大丈夫、と声をかける。これが最良のセーフティーネットだ。気心の知れた間柄になること。でも、この「間柄」という柄の服はオーダーメイドなのである。自分で手づくりしなくてはならない。
裁縫が苦手な人はどうしたらいいんだろう?

