田口ランディ Official Blog runday.exblog.jp

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
プロフィールを見る
画像一覧

アカペラ・音の記憶


地元のお母さんたちのアカペラグループに所属して一年になる。アカペラを唄ってみたいな〜。だけど、音符も読めないし音楽の知識もないけど大丈夫かな、と思っていたところに、父母会で出会った近所のお母さんから「いっしょにやろうよ!」と誘われてその気になった。

が……、絶対音感などもちろんなく、音の取れない私にとってはもう耳で聞いて覚えるしかなかった。ピアノの弾けるお母さんが課題曲をピアノで弾いてCDにいれてくれる。それで練習している。私の音域はソプラノよりやや低く、メゾソプラノ。これは主旋律を唄うソプラノのすぐ下にいて、微妙にシャープやフラットがついた音が多いパートで、私のごとき音のとれない者はすぐに主旋律に引っ張られる。気がつくと主旋律を唄っている。

今回のテーマ曲は「ルパン三世のテーマ」で、歌詞はすべて「シャバダバシャバダバパパヤー」みたいな、あの、プロっぽいかっこいい歌なのであるが、リズム早く、これを三部で唄うのだが、私にとってはめっちゃ難しい。最初に自分のパートのピアノのCDを聞いて音をとろうとがんばっていたのだが、どうしても頭に入らない。

それで、5部構成で唄っている音楽CDを聴いてみた。プロの人がしっかり雰囲気を作って唄っている。あーもうとてもこんなことは無理とショックを受けるが、やはり音楽としてこちらの方がずっと面白い。

そして、音楽としてきっちりと唄われているこの五部構成の「音」は記憶として頭に残るということに気がついてびっくりした。何度繰り返して聴いても単調な「メゾパートを真面目に弾いたピアノ」の音は、まったく頭に残ってくれないのである。それなのに、ゆうべ夜、寝ながら口ずさんでみたら、まるで頭の中で鳴っているかのごとく、鮮明に、プロの人が唄っているあのメロディが再現されたのである。「うわっ、聴こえる!」と思ってびっくりした。音は正確だった。音の記憶というのはこういうものか……と、初めての体験に感動した。

もちろん、音の記憶をもっているが、それを意識したことがなかったのだ。自分がアカペラを唄おうなどと真剣に努力しない限り、音楽の記憶というのは情緒的で曖昧で、その音のひとつひとつに注意などしない。でも、今回は音を再現する必要があるので、その部分に意識的だったのだと思う。

へーー。と思った。人間っていうのはいろんな能力があるもんだなと。そして、少なくとも私の記憶に残るのは、どこかの誰かが、強い情熱とイメージをもって、それを表現しようとしたものであるのだなと、深く深く実感したのだった。

なにかしらの「思い」が、洗練されて表現となったものは鮮明に記憶に残る。そして鮮明であれば、再現が可能だ。私がトレースしたものはもちろん同じものにはならないけれど、誰かがこめた「思い」を私は受けとっているし、私がさらにそこに「思い」をこめれば、きっとそれも誰かにつなげることが可能かもしれない……。

そういうものが、ほんとうはこの世界をすみずみまで満たしていて、だから私たちはなにかを信じて、なにかを好きになって、なにかから力を得て、生きていられるのかなあ……なんて、思ったのだった。
by flammableskirt | 2010-09-09 09:31