自分に対する観察力

梅雨が終って驚くほど元気になった。気圧が上がったせいだと思う。
ふだんでも、気圧が下がるとだるかったり頭が重かったりするのだが、今年の梅雨の始めはとくにがくんと体にこたえた。それでも、梅雨は梅雨で楽しかった。蛍や、梅雨の晴れ間の外出や、灰色の空のしたたるような緑や、霧がかかったような山やま。でも、梅雨が明けたときに初めて「ああ、けっこう体がしんどかったんだ」ということに気づく。細胞が除湿されたような感じ……と言えばいいかな。

ここのところ爽やかな風が吹いているので暑さも気にならず、洗濯物もぐんぐん渇くためほんとうに爽快だ。なにか夏がもっている生命力のようなものに感化されたみたいな感じ。それから、たぶん昨年の後半から続いていた私の「心身の潮の流れ」のようなものが、ちょうどいま活気の方に少しずつ動いているのかもしれない。明らかに昨年の後半から今年の前半にかけてとても「潮の流れがきついなかを泳いでいる」感じがした。

長く生きていると「こういうことはままある」と思えるので、思い切って休みをとって人間ドックだとかいままで気になっていたことの片づけとか、そういうことに費やして半年を過ごしてしまった。そうこうしているうちに夏になり、また潮目が変わり、だんだん潮の流れが私の体に沿ってきて泳ぐのが楽になってきた。しんどいときはしんどいなりの過ごし方があり、そうしているといつのまにか時間は過ぎる。

しだいにやりたいことに集中できるようになってきたので、仕事時間を思い切って朝型に変えてみた。七月から朝5時半から仕事をはじめて手のかかる執筆は午前9時までの間にやることにした。夏の朝は涼しく清々しく、ほんとうに集中力が上がるため、自分が思っていた以上にこのやり方が合っていて、とてもうれしくなった。生活を変えるということも、気力や余力がなければ実行できない。これを冬にやっていても続かなかったろう。なにごとにもタイミングというものがあり、自分のための変化は、調子が上向きのときにするほうがいい。そういうことも、五十歳にもなってやっとわかる。

若いころは調子の悪い時に変化をあせって、かえって物事が悪化する……ということを繰り返していた。あれはあれで、海を泳ぐ練習だったのかもしれないが、何度も溺れかけた(笑)
きれいな島影が見えても、風景など見ずにしゃにむに泳いだり、イルカの群れと出会ってすっかり遊んでしまったりといろいろあるが、常に変わり続け、予測すらできないのだから、人生というのはほんとうに興味深い。生きているということが神秘だと思う。そう思うようになると、なにもかもが不思議に思えて、もうとりたててオカルトや超常現象を追いかけなくても、こうしていることのすべてが妙である。
自分の体を通したことは観察すると同時に感じることができる。これが面白いんだな。観察と感じることが同時にできるのは、自分の身体や感情その他、自分の知覚だけなのだよ。それがいかに精妙で不思議なものか、気がつかなかったのだから、それも不思議だ。
by flammableskirt | 2010-07-19 18:28

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