鬼と菩薩

「ゴム手袋の撮り方」という原稿を少し前に書いたのだが……。
写真家 細江英公さんとは数回しかお会いしたことはないが、そのなかでたいへん貴重な過去の写真集をみる
機会に恵まれた。恵まれた機会であるにも関わらず、細江さんの写真と接するたびに、ひどく憂鬱な気分に陥り、立ち直れないという経験をする。細江さんは天才であるので、その作品も多岐に渡っているのだが、たとえば「薔薇刑」や「鎌鼬」などの写真集は、みおわったあとに、穴を掘ってそこに飛び込んで死んでしまいたいような気分になる。あまりにも表現として強く、孤高であり、他の追随を許さない。作品の圧倒的な力。そういうものに私は強く憧れる。そもそも、つまんない作品を書いているし、つまんなことを言っているから他者から突っ込まれるのである。そういうものは表現以前であり、ここまでのものを描ければ、もう、他者はただ圧倒するのみである。もし、これらの作品の前でもまだなにか語ろうと思うバカがいるなら、それはほんとうのただのバカだと私は思う。
圧倒的な強さを表現できる人と、私はこの十年の間に出会い、身近に接し、その作品に触れる機会を得た。これは幸運に違いないのだが、表現者としては、ただもう唖然とし、ぶん殴られて血を流し、申し訳ありませんでした……と、穴を掘って身を投げるしかないのである。私はくずだ……と思う。自分のつまらなさを自覚してしまう。こんなつまらない自分がなにをやっても無駄だと思える。
だから私は細江さんは大好きだが、会うのは怖いし、作品を見るのも怖い。もう70歳を越している細江さんが、カメラを持つと人間ではない。鬼だ。

細江さんは、ふだんはにこやかないたって常識人であるのだが、カメラを持つと人が変わる。おぞましく、アンモラルとされることに踏み込んでいく。そういう表現のあり方はいま非常に難しい。特に刃を他人に向ける表現は「教育上」とか「倫理」という理由で忌み嫌われる。それゆえ、表現は自己へ自己へと向かっていかざるえない。外に向かうと一歩間違えばバッシングされる。表現にとってはたいへんややこしい時代になったと思う。とはいえ、私は1960年代に作家になっていたところで、私は今とたいして変わらないだろう。時代のせいじゃないのだ。私の弱さは私自身の弱さである。

対象に向き合うときの弱さは、いまだに私の弱さだ。私は人に気を使うし、遠慮する。傍若無人にふるまっているように見えながら他人にはたいへん気を使う。他人に踏み込めない。他人を暴けない。
結局、私が家族という題材を選んでしまうのも、家族は他人であって他人でないからだ。家族なら自分を許してくれると思うから家族を描く。だが、同じように他人を描けない。
他人が怖いのである。その弱さは私の内的弱さであり、作品とも呼応している。

細江さんは、ふだん、あんなに優しい人なのにどうして、対象と向き合うと情け容赦なくなるんだろうか……。
そのことを技術的な問題として捕えていたけれども、もしかしたらそれは「対象に対する理解」の問題なのかもしれないとふと思った。私は父や兄を理解していたから、あのように人から見たら情け容赦なく肉親を切り刻んで作品にしたが、私には愛情の表現であった。それと同じように、細江さんも対象を愛して理解しているからこそ、あんなとんでもない作品が撮れるのかもしれない。しかし、私は親兄弟になら無邪気に踏み込めるが、赤の他人にあんな真似はとてもできない……と思う。そこがもう自分の限界なんだろう。
「あなたが、やるんですよ」
と、細江さんに言われたことがある。いや、とても無理だ。私は人間を好きだが、でも人間をとても怖れてもいる。どうしても精霊のように無邪気にはなれない。恐ろしくて踏み込めない一線がある。そこを越えたら相手は邪鬼になり怒り狂って私を殺すかもしれないと思うからだ。その一線を私はいつも越えられないで、こっち側でいい人ぶって笑っているのだ。だから、凡庸なのだ。そのことをわかってしまうので、細江さんの作品をみるのはほんとうに辛い。

どうやって、鬼になるか……。
だが、鬼になるためには、菩薩であり天使でなければならない。
その、どちらも、私には自信がない。
アル中で死んだ父親が、夢に現われて、自分の十本の指をすべて切ってそれを私にくれた。
この指をオマエにやる、とそう父は言いたげに無言で指し出してきたあの指。
あの指を、首にかけて生きる自信がまだない。
by flammableskirt | 2010-06-10 17:08

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