ファースト&コンビニエンスの政治を?


社民党の福島瑞穂党首が「言葉に責任をもつ政党運営」と言って、鳩山連立政権を離脱した。
福島瑞穂さんはスジを通したかもしれない。そして社民党の連立離脱を受けて民主党内ももめている。今朝、鳥越俊太郎さんが出演している番組を観た。海江田万里さんがコメンテーターからぼんぼん投げられる「野次」に苦虫をかみつぶしたような顔で耐えていた。

一人のコメンテーターの男性が「鳩山さんは、勉強したら海兵隊の必要性がわかったって言ってたじゃないですか。ってことはですよ、それまで勉強してなかったってことじゃないの?」と、勝ち誇ったように言っているその表情が印象的だった。
(あなたは、なんてうれしそうなんでしょう)
と、私は思った。私にはその男性がとてもうれしそうに見えたのだ。そして、なにがうれしいんだろうと思った。自分の足りない頭でも突っ込めるだけのネタがあって、鬼の首をとったようにうれしいのだろうか。
世論調査では、とマスコミが言う。鳩山内閣支持率はどんどん下っています。
これでは今度の選挙を戦えない。
この「今度の選挙を戦えない」というセリフは何度も何度も聞いたのだが、この言葉のリアリティからとても遠いところに生きている自分を実感してむなしくなる。
選挙とは……、なんだろうか。
政治家として立候補するのであれば、一人で街頭に立てばいいじゃないかと思う。頭を下げてお願いして、当選した後でふんぞりかえる。そんな人に投票などしたくない。以前に友人の橘川幸夫さんが「お願いされて投票するのはイヤだ。あなたが政治家になってくださいとお願いできるような人に投票したい」と。

今年、パリの地下鉄で不思議なものを見た。地下鉄に乗り込んできた男がいきなり演説を始めた。「私の妻は難病であり、彼女の治療には非常に莫大なお金が必要である」隣で妻らしき女性が神妙に立っている。どうやら、日本で言うところの物乞いであるらしいのだが、お願いをしている口調ではなく、プレゼンをしていた。こちらの国では物乞いすら哀れみを売りにはしないのか!と驚いた。

社民党は、スジを通しただけだ、と私は思う。少なくとも、鳩山総理は沖縄県と日本の在り方を変えたいとアメリカと対峙した。その過程においてどのようなやりとりがあったのか知れないが、報道を見る限り鳩山総理はとても孤立していたように思う。
福島瑞穂さんは、沖縄県の基地問題に関しては鳩山総理とほとんど同じ意見だったのではないか。だとすれば社民党のすべきことは鳩山政権批判や鳩山総理潰しではなく、鳩山総理の援護射撃でなければならないはずだ。なぜなら鳩山総理以外にいったい誰がこの膠着した基地問題と向き合ってくれるんだろうか。テレビの報道だけで得たわずかな情報で私はものを言っているので、もしかしたら間違っているかもしれないが、鳩山総理の態度から諦めは感じられないし、投げやりも感じない。くじけている風もなく、叩かれれば叩かれるほど元気になっているようにすら見える。おかしいんじゃないの?と思うほど前向きであり、日米合意が最終決着ではなく、まるでここからが始まりだと考えているように見受けられるのだ。

この鳩山政権が潰れたら、沖縄の問題はますます解決が難しくなるということを福島瑞穂党首は考えたのだろうか。スジを通したことで、沖縄の基地移転への道をより複雑に困難にしただけではないか?
私には。福島瑞穂さんがどんなに正論を通してもそれは逃げ腰にしか見えない。

私は社民党には連立に残ってほしかった。だからとても残念だ。連立に残るという泥をかぶり、とことん根気強く、鳩山政権を支えていっしょに協力して、この連立政権を維持し、4年の間にもう一歩、できれば基地撤退の足がかりを作ってほしかった。

基地がなくなるためにほんとうに必要なことは、沖縄県民が一枚岩になることだと思う。基地に依存させられてきた沖縄県にとって、基地がなくなることは経済的に大きな痛手であることは間違いない。「基地はないほうがいい。出ていってほしい。だが、基地がなければ困るかもしれない」という矛盾を感じている人は多い。たとえ時間がかかったとしても、基地に依存しない沖縄の経済基盤というものがなければ、基地が去ったあともなんらかの遺恨を残すだろう。
自分のことは自分で頑張れ、という言い方は無情である。沖縄県の歴史を考えれば、全国の知事会も団結して沖縄県とのなんらかの連携を模索し、移転先として手を上げなくとも、別の形で共に復興の道を探してほしかった。

「うちには関係ない、国がなにかを提案すべき」という態度の知事が多かったことは、沖縄県民をさぞうんざりさせ、げんなりさせたろうと思う。
沖縄に対する報道を見るにつけ、「沖縄、沖縄」と言いながら、すべての人が逃げ腰であるかのごとき発言が平然と流される。そのデリカシーのなさはあたりまえのごとく私のなかの無関心の反映であるのだと思うに至った。

私は昨今の報道、そして私たちの日常会話のなかに、私たちの意思を託したはずの政治家、そして首相に対してまったく尊敬の態度が消えてしまったことがせつない。人を敬い、その人の名前にせめて「さん」をつけて呼び、批判と同時に評価もするという、他者に対する誠実さが失われている。「鳩ちゃん」「ぽっぽちゃん」などと愛称で呼ぶことも、呼び捨てにすることも、あまりにも子どもじみている。それを子どもたちに見せつけていることのデメリットを想像すると恐ろしい。

少なくとも、鳩山総理は、誰かに対して不誠実な態度で発言をしたり、だらしない格好で座ったり、横柄に上からものを言ったり、冗談で国民を煙に捲いたりすることをしない、人間としての誠意ある態度をとり続けている。そのことに対して、今朝の番組のコメンテーターたちは、朝からわんわんきゃんきゃんと身勝手なことを吠えまくったあげくに「人間としてはいい人かもしれないけれど、政治家としては……ね」と言い切ったのである。
この発言は、たいへん意味深い。人間として誠実であることの評価が、もうこの国ではこんなに低いのである。

モラルの低下が叫ばれるが、モラルは低下して当然なのかもしれない。それは、日本の中核にあり社会をリードしている年齢層の男性たちが、モラルというものをリーダーの資質のなかでこれほど過小に考えているのだから……。そのことはなにを意味するかと言えば、教育の低下を意味する。というのは、人間性、誠実さ、モラル、そのようなものは、子どもたち、次世代への教育を大切に思うのであれば、非常に重視される事柄であるからだ。だが、多くの大人たちはもはやそのことに興味も関心もないことを、ほんとうに悲しく思う……。

官僚も他の政治家も、国民も、いま支えなければならないのは鳩山政権であり、この政権の指向したモラルを、どう実現していくかに力を合わせていけば、難しい問題であっても、まったく新しい展開へと、問題の質自体が変化していくのではないかと期待している。わずか8ヶ月で、これまでの政治の流れを変えることは無理だ。私は無理だと思う。時間がなさすぎる。なにが出来るだろう。少なくとも約束の時間は4年あるはずだ。ファーストフードやファミレスのように、なんでも望んだものがすぐに出てくるわけではない。

昨日、病院に精密検査に行ってきたのだが、待合室の隣の席に座っていた男性は「予約時間からもう40分も過ぎている。どうなっているんだ」と怒り、対応した看護師が「月曜日なので
初診の方が多くて時間がかかっているのです」と言うと、「もういい。二度と来ない」と帰ってしまわれた。スーツ姿の60代くらいの男性であった。あの方は、ふだん人に待たされることのない方なのだろうか。

待つことができなくなったら、人はどうなっていくんだろう。
by flammableskirt | 2010-06-01 10:18

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