御柱祭に行って来ました

あまりにハードなお祭りだったので、参加するだけでへろへろで、写真が撮れてません。
つくづくカメラマンとかジャーナリストはできない、無理、才能まるでなし、と思いました。
c0082534_1774861.jpg

写真は、曳航と行って、御柱を突き落とす坂まで、御柱を運んでいるところ。前後ではたくさんの氏子さんたちが、太い縄を引っ張っています。御柱の上にはこんな風に子供や女の人が乗ったりして、男衆がそれを長い棒で曳いていくのです。

無知な私は、御柱とは、単に急坂の上からデカい丸太を突き落とすだけのお祭り、くらいに思っていたのですが、実際にハッピを借りて御柱を曳くところから祭に参加させてもらうと、ぜんぜん自分が思っていたお祭りと違うことがわかりびっくりしました。やはり、何事も体験してみなければわからないものです。

地元の友人、石埜さんの言葉の通り、このお祭りは山の民のお祭りです。山の民、特に林業を生業とした男たちの仕事スキルがすべて盛り込まれています。山から巨木を切り倒し、それを人力のみで曳いていき、里の神社に建てるまでの工程、縄を編んだり、結んだり、重たいものを長距離運ぶ技術、それらすべてがお祭りとして伝承されているのです。だから、この地の人たちは、いまでも、山で生きることができるはずです。多くの地方で失われてしまった、自然のなかで仕事をして生きるスキルを、お祭りという形で完全保存し、伝えているからです。

いろんな土地を旅して、その土地と共に生きていくために必要だった文化、特に男性の文化が死んでいくのを見ました。熊を獲るのは生きるためです。熊を食べなくてよい豊かな生活になれば熊を獲る必要はありません。だからマタギと呼ばれた人たちが伝えて男文化は消えていこうとしています。でも、熊を獲る……という行為のなかに、自然のなかで弱い人間が生きていくために遠い遠い先祖から受け継いできたさまざまな智恵が、タペストリーの模様のように細かく細かく織り込まれているのです。一つの文化が消えることは、その模様の喪失でもあります。それは相互に関連しあっていて、天候から解体、地質学から植物学と多岐に渡り、しかも生きた智恵であり、その土地に沿った智恵です。もし消えてしまったら、また一から学ばなければならない。かといって、形だけを伝承して頭でわかったところで、もう智恵とは言えないものに変質してしまいます。

諏訪の人たちは、その繊細な山の民としての生活スキルや文化を、お祭りという形で未来まで繋ごうとしたのかもしれないと思いました。御柱はものすごく危険な祭です。でも、もしこの祭を危険だからと言って、近代的な発想でもって「安全」を追求してしまったら、この文化の継承はできなくなるのかもしれないと思いました。でも、そのようにして消えようとしている祭はたくさんあります。秋田のナマハゲなどもそうです。子供のトラウマになるから、という理由で以前のような危険を犯さなくなりました。それはほんとうに、その土地の人たちにとって有意義なことなのか。よそ者の私が口をはさむことではないかもしれないけれど、改めて、祭りって、大切なんだな、いろんな意味があるんだなあ、と思ったのです。

それにしてもすごい人でした。総勢25万人の人出があったと聞きました。交通規制が厳しく、祭の会場である山までのシャトルバスも運休、私は初日、諏訪に午後に着いたところすでに交通規制で道路が封鎖されており、山道を峠越えして、二時間ほど歩いて祭りの村まで向かいました。たぶん、ふつうの人なら封鎖された時点で諦めて、諏訪湖を観光して帰るしかないだろうと思います。かなりハードなお祭りゆえ、下準備なしで行くのは冒険に近いかもしれません。二日間、フルに参加して、意識が朦朧となるくらいへろへろになりました。とにかく歩く歩く歩く。

年のせいか、今も筋肉痛で辛いです。


c0082534_1825847.jpg

by flammableskirt | 2010-04-14 17:26

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30