自虐的なダメ出し

短編小説を書き上げる。
全ろうあの聴覚障害者で、言語習得以前から聴力を失い、言語を習得できなかった若者の話。
成人になっても言葉を知らない。言葉というもののない世界で生きている。

ここ数日、小説のために言語ということについて考えていた。
言語のない世界は私の想像を絶するため、この青年の視点に立つのは困難を極め、けっきょく健聴者の視点から小説を書いた。それで書いているうちに、時々頭が真っ白になり、自分が一歩たりとも言語の外に出ることができず、言語というものの偉大さに驚愕した。

そして、言語を使うということ、私の認識世界で思考し判断し、そして表現するということの傲慢さと快感についてわずかに知覚した。わずかなものだ。人間はほんとうに自分のことはわからない。
ましては自分が使っている言語、そして言語パターン、思考の癖、思い込み、繰り返し、などなど、まったく無頓着に生きていることに辛くなった。そしてそんなことに気がつかないほうがよほど幸せだし、気がついたところで自分の認識の外に出ることが難しいのだから、どうせすぐ元の木阿弥に戻ってしまうことに悲しくなった。
以前に安部公房の創作ノートを全集のなかで読んだ時に、安部公房が言語にたいへんな興味を示していたことを知ったが、文章表現者が言語というものにひっかかると、がんじがらめになり、なにもかもが嫌になる。
しかし、この足元をすくわれて、なにもかもが「あまりに保守的だ」と感じることは快感でもある。
それが自分も含めてそうであっても、この自虐的なダメ出しは、やはり快感である。

どう身をよじっても、しょせん自分の認識の外に出れないのであるから、開き直るしかないのだが、それでも開き直れなくて、世界を体験して発見しようと意気込んでしまう。
どこかボタンを掛け違えているのはわかるのだが、その掛け違えに死ぬまでに気づけるだろうか……。
by flammableskirt | 2009-11-15 18:05

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30