友達とネットワーク

ゆうべは久しぶりに橘川幸夫さんとお会いして、およそ3時間も二人でしゃべり続けた。お客さんはよくぞ聴いてくれたものだ。

選挙後の日本というテーマ。私は選挙前も選挙後も変わっていないか?まず自分について考えてみよう。私自身は選挙後に少し変化している。政治について語る機会が増えた。ということは政治について意識を向けている時間が増えたということだ。それは多くの人にとってそうであろうし、だとすれば大きな変化ではないか。

橘川さんの言葉でなるほどと思ったのは、これから自民党は右傾化するだろうという予測。ネオコンのようになる。確かに、対立軸をはっきりさせようと思えば、民主党に対して自民党はより右傾化する可能性がある。それを聞いて、ちょっと怖いなと思ったのは、今後、民主党の政策がなかなか結果を生まなかった場合、より右傾化した自民党がまた政権を取る……ということだ。そんなことは絶対に嫌だと思うが、社会情勢が変化して国民が不安になると、強い政治を自民党に求めるかもしれない。それは怖いなあ。「二極化はダメ」と橘川さんが言ったが、たしかにもう一つの勢力があれば、もっとバランスがいい。じゃんけんぽんの三すくみのようなバランスがほしい。

さらに橘川さんは、もう一つの勢力として「情報新党」を結成すると言い出した。しかも、この政党は議席を持たないと言う。まったく面白い発想をする人だ。

つまり、この情報新党は「この人を情報新党が推します」というお墨付きだけを与える政党だと言う。だから、推された人が何党から出ようとかまわないと言う。橘川さん曰く「国会議員というのはこちらが土下座してでもなってほしい人がなるべき。だから、僕らがなってほしい人に対してそれを表明する手段としての政党を作る」ということなのである。そして、この情報新党は、情報をよく理解し、情報を社会に活用できる能力のある人材を推すというのである。そうしなければ、情報は簡単に国家権力の側に利用されてしまうし、また、情報を理解しない人たちはそれを排除しようとしたり、やみくもに規制したりして、せっかくある情報インフラを国民生活のために還元できないからである。ほんとうにそうだなあと思うので、私も情報新党に入党することにした(笑)橘川さんにはぜひ、いち早く情報新党決起イベントを開催してもらいたい。

橘川さんは全人生をかけて情報ということを考えてきたような人であるので、なにげに言う言葉にやたらと含蓄が深く、すぐには言葉で返せないことが多い。

情報と私たちが呼んでいるところの、たとえばインターネットで増殖を続けるコンテンツ。このコンテンツは情報であるが、果たしてこの情報は私たちに智恵をもたらすのか。私たちはネット上で検索するだけで情報が手に入ると思い込んでいるが、それは「検索」という手法によってすでに誰かに編集されている情報であり、しかも内容的には非常にオリジナリティが低い。ネット上には誰かがなにかの意図のもとに報せようとした情報が記述されているが、その情報発信者を知らなければ、その情報が何を意図して流されているものか知り得ない。ネット上でストレートに検索できる情報は便利そうに見えるが、実は情報というのはそれを探る過程においてひっかかってくる様々な雑多なものが重要なのではないか。その雑多なものを一見無駄に見えるかもしれないがいちいち拾いながら、類推しや予測などの思考をしながら、物事の背後に隠れているものを見つめていくような訓練は、一発で検索できるインターネットの世界では難しいかもしれない。だからと言ってインターネットを否定するのではなく、このシステムの負の部分を自覚しながら、このシステムとつきあっていく、という覚悟が必要だと言うのだ。この文章は多分に私の解釈や、補足が入って私の頭で編集しているので、橘川さんの意図とはズレるかもしれない。私は橘川さんの話をそのように解釈した。
 情報について、自分の生き方や生活スタイルも含めて、どう対峙するかを意識的に考えている人は少ないと思う。橘川さんはそういうことを具体的な行動を伴って実行する人だ。たとえば、インターネットというものの利便性のなかに情報の質が均一化していくことを危惧している橘川さっは、自身がインターネットの利便性を享受する反面で、ネットでは絶対に検索できないような本しか読まないと言うのである。それを意識して自分の生活スタイルに取り入れて修業のように実行しているのである。
 ネットは便利だがその利便性だけを追求していくと、自分の発想自体がネットを超えなくなってしまう。情報というものは無限にあるにもかかわらず、あたかもネット世界だけが情報空間だと錯覚してしまうのだ。たとえば大昔の銀座の商店街の写真集やガイドブック、つまり、いまはほとんどの店がなくなってしまっているようなものを見るのが面白いと言う。それを聞いて思い出したのは、私が「被爆のマリア」という短編集のなかの「イワガミ」という小説を書くきっかけになった写真集のことだ。この古びた写真集は広島放送の資料室に棚に埃をかぶってあった。すでに絶版になっている戦前の広島の町の写真集だったのである。それを手にしたとき、私が知っている広島とは全く違う、原爆が落ちる前の広島の人々の生活や、町並み、映画や歌舞伎で賑わう繁華街の様子から、川を渡る帆掛け船まで、見たこともない風景に息を飲んだのである。ネットで広島を検索すれば、いくらでも原爆の情報は出てくる。だが、あの写真を見なければ私は「イワガミ」という小説の構想を作ることはできなかった。

 twitterについて、橘川さんが私と同じことを感じていたことはうれしかった。私は常々twitterというのは、人間が自分の行動を意識化するための訓練になると思っていたのだが、橘川さんも同じことを言い「小学生の教育に取り入れたい」と語ったのだ。人間は自分の行動を意識化することがとても大切である。それはなぜかと言えば、意識化した時点でもうわずかな変性意識に入るからだ。意識化しないでぼう然と物事を処理している状態から、一歩抜けて自分の行動を言葉に直す。「いまご飯たべています」「いまお風呂に入ったところ」「これから町に出かけます」「本を読みます」このような行動の意識化、さらには「怒っています」「うれしいです」というような感情の意識化は、私たちを自然と落ち着かせるのである。ぼう然と行為しているのではなく私を見ている私という視点を手に入れるからである。
 twitterの書き込みは140字と限定されているため、そこに入っている書き手の念はとても強く、ただタイムラインにずらずら並んでいるだけでも、そのメッセージから様々なオーラが発せられているように見えてしまう。私は外国人ばかりフォローしているが、北欧から香港、オーストラリア、イタリア……と、世界各国の人々の呟きがタイムラインにリアルタイムで表示されると、なんだかとても不思議な気持ちになる。
 これはまったく新しい体験で、しかも呼びかけようと思えば私はこの人たちにコンタクトすることができるわけなのだ。日々、これを続けていくと、このタイムラインはだんだんリアライズされていき、私のなかではっきりとしたイメージとなって生き生きと生命を帯びてくる。たった140文字と顔写真だが、毎日その人の行動を見ていると、現実の友人のように錯覚してくるのである。
私は彼らの一人に事故があったり、そこで地震が起ったり、あるいは戦争が起ったりしたら、彼らを知る前よりもずっとその地域の、つまり世界のどこかの私の知らない場所について興味をもち、なにか助けたいと思うだろう。つまりボランティアしようとか、世界貢献しようとか、そういう大げさなことじゃなくて、もっと素直な自然な感情として自分にできることを探すと思う。心配だから……。そういう意識の変化を、ネットは確かにもたらしてくれる。
だが、当然ながら負の部分もある。そこをみきわめて、じりじりともつれながらも、試行錯誤を繰り返していく。そういうプロセスがまさに今であり、橘川さんはそれを楽しんでいる。楽しむということは、そこに手を伸ばすということなのだ。手を長く伸ばすというのが楽しむの語源である。
ネットが犯罪の温床になるという危惧は根強く、また、選挙にネットを使うことを反対するおじいさん達は、ネットによる誹謗中傷合戦を怖れているという。およそ人間がやることには必ずメリットとデメリットがある。良い事ばかりの最先端技術など存在しない、と、リスクマネジメントが専門の教授が言い切っていた。私たちはどんなデメリットを選択、リスクを回避できる智恵が出てくる……と。しかしメリットばかりに目を奪われていると、想定内のデメリットへの対応が遅れて、損害は大きくなるのだ。

情報通信ネットワークはさらに進む。後戻りはしないだろう。だとすれば、デメリットを覚悟の上で、楽しむ。自分の人生において情報とどうつきあうか。ネットというものでコミュニケーションを始めてすでに二〇年が経過した。私にとってネットは、自分を表現すると同時に自分の行動を意識化するためのツールだった。ずっとずっと途切れることなく書き続けてきたメルマガやブログは、云わば自己鍛練の場であり、出会いや再会の場でもあった。私に対するネット上の誹謗中傷は熾烈であったが、それでもネットをやめようとか、ネットを否定しようと思ったことは一度もない。
それは私がネットワークの外で、充分に人間関係を育て、基本的に人間が好きで、仲の良い友達、そして大好きな家族をもっているからだと思う。
ゆうべの橘川さんの話が、最後には「友達」というところに帰結したのも、とてもうれしかった。友達は、ほんとうにいいものだ。友達がいるというだけでこの世界に生まれてきた目的の90パーセントは達成したようなものだ。どんな人になりたいか、と聞かれたらこう答えよう。
「友達」
by flammableskirt | 2009-09-04 14:34

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