ノスタルジックな午後
2009年 07月 14日
イタリア人の特派員であるピオが久しぶりにバイクに乗ってやってきた。
いっしょにお茶を飲んで日本語で話す。彼は日本の情報を発信する価値がなくなった、と、淋しそうに言う。日本に長年いて日本のことがきっと好きなんだろうと思う。でも、子供には、これから勉強するなら中国語だと言ったよ、と笑った。
アジアで注目されるのは、日本ではなくインドや中国である。それはもうずいぶん前からわかっていた。だって、日本はとうとう米国追従の外交政策を取り続け、「こんな不平等な世の中はおかしいじゃないのか?」と、声を上げることがなかったからだ。アジアのリーダーになりそこねたのは、植民地支配に対してまったく自分たちの意見をもたずに、ただ大国に追従していたからで、それでもアメリカが元気だった時はまだマシだったけれど、これからはもう、日本はどこからも注目されなくなるんだろう。だって、ほんとうにこの世界はあまりに不公平で、それを誰かがなるべく穏便に変えていかなきゃならない。それを期待されているのが、日本人の多くがあまりよく思っていない中国なんだろう。
イタリア人のピオはそのことをよくわかっているから、ちょっと悲しげだったんだと思う。でも、実際にその通りなんだ。「日本語を学びたい奴なんかいなくなるよ、イタリア語と同じで、ただ一国だけが使う言語だ」まさにこれから日本語なんて、観光地の売店でさえ通用しなくなるかもしれない。別に私は悲観的になってこんなことを言っているわけじゃなくて、日本人っていうのは、あんがいとずっと精神的鎖国状態にあったのかもしれないし、もうこうなったものはしょうがないじゃん、と思う。だって、よく北朝鮮のことを笑うけど、この国だって、相当に変だし、今だに死刑はあるし、教育はめちゃくちゃだし、でも、私は日本が好きだよ。自分の生まれた場所だし、この国の自然はほんとうに美しいなあと、海外に行くたびに思うのだから。
自分たちがどんな風に凝り固まった考え方をもっているのか、なんて、なかなか理解することは難しいんだ。私だって偉そうなことを言ったって、自分が見ている夢から抜けることはできない。だけど、間違いなく世界は変ろうとしているし、日本は取り残されている。それだって、長い目で見れば意味あることかもしれない。
ピオが「日本に来て一番びっくりしたのはエレベーターガールだ」と言って、ものすごく見事にエレベーターガールの真似をしたので大笑いした。「日本人のエレクトリックな声が怖い」と言う。それは私もまったく同じで、なるほどエレクトリックとはよく言ったものだと思った。
それでも私たちは、なんだかかつての日本についてしゃべってるほうが元気が出た。いまやエレベーターガールはいない。駅の自動改札でどなっている駅員とエレベーターガールと比べたら、エレベーターガールのほうが文化の匂いがしたと思う(笑)

