食べて消化するだけの牛
2009年 05月 22日
久しぶりに沖縄に行っていました。
沖縄の情報誌「カラカラ」でお世話になった長嶺さんや、池畑さんとも再開し、二人ともほんとうに元気そうできらきらしていて、うれしくなりました。久しぶりに会う人たちが自分のやりたいことを一生懸命に生きている姿にはほんとうに勇気づけられる。人生っていいもんじゃねーか!泡盛おかわり〜!という感じである。
最近、食べるということを違った見方で考えるようになった。それは年をとったからだと思う。
だんだん代謝が落ちてきて食べたものを消化吸収しずらくなっているのがわかる。若い頃はぱっくんぱっくん飲み込んでごんごん燃える薪ストーブのように燃焼していたのだ。このごろは、食い物を入れるとストーブのなかで燃えずにぶすぶすしている。
人間の身体というものが、いかに「消化吸収」にエネルギーを消費しているのか理解できるようになった。
考えてもごらんなさい。食べたものを溶かして分解して違う成分にして、体内に送ってそれを皮膚とか血とか毛とかにして再生しているんだよ。この精妙にして複雑なシステムを身体がずっとやっているのだから、余分な栄養など取ってしまったら、脂を分解したり、おしっこにして出すためにろ過したり、アルコールを分解したり、もうそれだけで内蔵は疲れ切ってへとへとになる。つまり、食べ過ぎるというのは生態エネルギーの無駄遣いなんだよ。
もう人生も折り返しという時に、食い意地をはって食いすぎて生態エネルギーを消費していたら、まったく効率が悪い。それよりも、エネルギーを執筆や睡眠に回して、良く眠ったり、すかっと仕事をしたりするほうがよほど楽しい日々を送れそうではないか。
とにかく、食べると、それを消化するために身体ががんばっているのがわかるようになってしまった。ああ、身体がしゃかりきになってるなあ……。そして余剰となったエネルギーはどんどん私をデブにする。いいことないじゃんぜんぜん!
食べることは人生の楽しみではあるが、私のようにエネルギー消費が負担な内蔵の弱い人間にとっては、食べることのデメリットの方が大きいのは確実なのであった。それでも、食べないと「身体に悪いよ」と九十歳の祖父母は言い、彼らは三食食べて、ただ消化するためだけにごろごろしているのであった。あんなに食べたら他のことはできないだろうなあ……と思う。二人は太らない。骨と皮である。見事に消費している。身体の性能がいいのだろう。だから長生きしている。でも、なにもしない。おいしいとも、言わない。黙々と食べて、じっと消化している。
最近「食べてすぐ寝ると牛になる」というのは、間違った言い回しだと気づく。「消化のためだけに生きるのが牛」なのである。
そしてたぶん、食べることを中心に生きれば私もそうなるのだろう。知らないうちにこっそりと、牛化するのだ。
沖縄の情報誌「カラカラ」でお世話になった長嶺さんや、池畑さんとも再開し、二人ともほんとうに元気そうできらきらしていて、うれしくなりました。久しぶりに会う人たちが自分のやりたいことを一生懸命に生きている姿にはほんとうに勇気づけられる。人生っていいもんじゃねーか!泡盛おかわり〜!という感じである。
最近、食べるということを違った見方で考えるようになった。それは年をとったからだと思う。
だんだん代謝が落ちてきて食べたものを消化吸収しずらくなっているのがわかる。若い頃はぱっくんぱっくん飲み込んでごんごん燃える薪ストーブのように燃焼していたのだ。このごろは、食い物を入れるとストーブのなかで燃えずにぶすぶすしている。
人間の身体というものが、いかに「消化吸収」にエネルギーを消費しているのか理解できるようになった。
考えてもごらんなさい。食べたものを溶かして分解して違う成分にして、体内に送ってそれを皮膚とか血とか毛とかにして再生しているんだよ。この精妙にして複雑なシステムを身体がずっとやっているのだから、余分な栄養など取ってしまったら、脂を分解したり、おしっこにして出すためにろ過したり、アルコールを分解したり、もうそれだけで内蔵は疲れ切ってへとへとになる。つまり、食べ過ぎるというのは生態エネルギーの無駄遣いなんだよ。
もう人生も折り返しという時に、食い意地をはって食いすぎて生態エネルギーを消費していたら、まったく効率が悪い。それよりも、エネルギーを執筆や睡眠に回して、良く眠ったり、すかっと仕事をしたりするほうがよほど楽しい日々を送れそうではないか。
とにかく、食べると、それを消化するために身体ががんばっているのがわかるようになってしまった。ああ、身体がしゃかりきになってるなあ……。そして余剰となったエネルギーはどんどん私をデブにする。いいことないじゃんぜんぜん!
食べることは人生の楽しみではあるが、私のようにエネルギー消費が負担な内蔵の弱い人間にとっては、食べることのデメリットの方が大きいのは確実なのであった。それでも、食べないと「身体に悪いよ」と九十歳の祖父母は言い、彼らは三食食べて、ただ消化するためだけにごろごろしているのであった。あんなに食べたら他のことはできないだろうなあ……と思う。二人は太らない。骨と皮である。見事に消費している。身体の性能がいいのだろう。だから長生きしている。でも、なにもしない。おいしいとも、言わない。黙々と食べて、じっと消化している。
最近「食べてすぐ寝ると牛になる」というのは、間違った言い回しだと気づく。「消化のためだけに生きるのが牛」なのである。
そしてたぶん、食べることを中心に生きれば私もそうなるのだろう。知らないうちにこっそりと、牛化するのだ。
by flammableskirt
| 2009-05-22 17:35

