世界にイエスという
2009年 04月 29日
きれいなものには、誰でもイエスと言えるけれど、
汚いもの、穢れたもの、悲惨なものを肯定するのは難しいことだ。
私は、メキシコで幻覚きのこを食べたときに、
ものすごく汚いトイレが、汚いトイレのまま、燦然と光り輝いている……という、
不思議な体験をした。
きれいとか、汚いとかではなく、世界がイエスという、
そういうことはあるのだと思う。
ただ、ふつうの意識状態ではあの境地には到れない。
特別な時だ。
たとえば人が死ぬとき。
死んだ父の遺体はひからびたミイラみたいだった。
でも、メキシコの汚いトイレのように燦然と光り輝いていた。
こういうことは、人生にほんとたまにある。
それを体験できただけでも、生まれてきてよかったと思える。

