ユニットか社会か?

家に三日くらい続けていると、やっと家に戻ったのだなあ……という気分になってくる。
それまでは頭が旅の延長のように興奮しており、民宿にいるみたいなのだ。
ばあちゃんも、民宿のおばあちゃんみたいな愛想を言うし(笑)
というのも、私が留守にするので戻って来た私にどう対応していいかわからないのだ。
それでお客さんみたいな接し方をするのである。実の母じゃないからしょうがないが。
でも、三日くらい続けて台所にいるとだんだん家族っぽくなってくる。

しばらくは家に居たいなあと思う。
ほんとにあちこち行った。先々でたくさん勉強したし考えることもあった。
いっぱい話をしたし、話を聴いた。
ホテルの部屋で起きて、次の行動に向かうために身支度をして、
見たこともない場所へと電車に乗るのはわくわくするが、
それをいつまで続けるの? と私のなかの私が言う。
この場所で、この町でやれることがあるのじゃないか? と。
確かにそうだ。足下を踏み固めて、根を張るということか。
そもそも結婚して、子どもを産んで、お互いの親を引き取って、
それ以上の根の張り方があるだろうか?
だが、まだその先もあると、私のなかの私が言う。
そして、もうたくさんという私もいる。
たいがいもうたくさん、という私が押し切ってどこかへ飛んでいくのだが……。

私がそうなのだから、
たとえば夫婦共働きで都会に暮らし、子どものいない人はどうなのだろう。
私はまさに30代は夫婦共働きで子どもがいなかった。
そして永遠にこのままでいいと思った。
38歳のときに子どもを産んで、初めて家族というものを意識したとき、
3人じゃとても無理と思い、カメを飼い、猫を飼い、ついに年取った両親を呼んだ。
それでも五人じゃまだバランスが悪く、東南アジアからの留学生を受け入れようか、
などと考えている。年代バランスがちょうどよくなるためには、
20代や30代の若者が家族に必要なのだ。
二人のときは考えもしなかったことを、三人になったら考えるようになった。
二人はユニットなんだな。
でも三人からは、社会になる。集団社会の小さな形はどうあるべきか考えるようになった。

この先、子どもが独立し、親が死んでゆくと、
またしても二人のユニットになる。
そして、どちらか一人になる。
それも楽でいいし、慣れているが、
集団社会というものを、さらに追求してみたいという気持ちもある。
しょせん、生きてあと二、三十年だし、やったことのないことをしてみたい……みたいな。

自分が年をとったな、と感じる瞬間は、
すでに経験したことをやろうとする時だ。経験があれば手順がわかっていて失敗しない。
新しいことをめんどくさいと思うとき、ああ、私も老いたなと思う。
最近は、たいがいのことばめんどくさいが、めんどくさいなあと思いつつやることにした。
めんどくさいことはめんどくさいのだ。でも、まだ、出来ないわけじゃない。
めんどくさいなあと思いながら、だらだらとはやれる。
by flammableskirt | 2008-11-19 09:42

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30