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by flammableskirt
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写真集「WAVE〜All things change」森永純
宇宙の思索としての波

田口ランディ



 わたしは、波を知っていると思っていた。
 もう十分すぎるほど、波を知っているから、波という単語を聞いただけでわたしのなかに浮かぶ景色が、ある。なにより、わたしは海辺に住んでいる。波を見ようと思えば、台所の窓からベランダに出ればいい。トタン屋根が続くその先に海があり、海の表面を覆っている象の皮膚のような皺が波で、それは退屈しのぎにもならないほどありきたりなものとしてそこにあるから、改めて波を見ようという気も起きやしない。わたしは海を見ている。青くて、時として鈍色で、時として黒いあの巨大な水の塊を、見て、いまさら慰めにもならないわ、と思う。見て、終る。ああ、海だわ、と。

 もう二十年以上、ここに住んでいるのだもの。都会のひとたちが海を見たいと云い、東海道線を走る列車が小田原を過ぎて根府川駅にさしかかったころ、海が陸を押し退けてぐっと拓けるのを嬉しがる様を、羨ましく思うくらい、すっかり海とはねんごろになってしまい、さらに波は海の属性として、海よりもかなり低い地位を与えてきたと思う。

 森永純さんが「波を撮っている」と語ったとき、わたしに見えていたのは、わたしが経験していたのは、台所の窓から見えるあの、退屈な海にへばりついた無数の皺だった。波はもちろん日々変化しているのだろうけれど、だからって、波が波以外のものになるわけでもなく、風が吹けばとげとげしく立ち上がり、一晩中、砂浜にどったんどったんと打ち寄せて、その波の音を聞きながらわたしは毎夜、眠る。もはやその音すら意識することがなくなったほどあたりまえのこととして、波はそこにあった。

 2011年3月11日に三陸沿岸を襲った大津波は、東海地方のこの地に影響を与えることはなかったけれど、波をみくびっていたわたしにも少なからず心的外傷となったようで、震災以降は無自覚に海岸に降りることを避けていた。波打ち際を散歩するようになったのは2013年になってから。家から歩いて五分の海岸に丸二年ほど降りなかった理由を説明ができない。海岸は積極的に降りる必要のない場所だった。そこは、人の領域と海の領域の接点で、立ち入る人間に緊張を強いる聖域なのだと思った。

 でも、津波の後も、波にまつわるわたしのイメージは悲しいほど貧困で、三十年も波を撮りつづけているという森永さんの創作スタイルは、理解しがたかった。ただ、理解しがたいものに対する好奇心を失っていないことが、わたしの凡庸さの唯一の救いであると思う。

 波を知っているわたしは、波など撮ってなにが面白いのかしらと思っていた。ことばをもった人間の傲慢さで波という体験を、波ということばの中に閉じこめていたと思う。そういう偏屈さが表現者としての限界なのだ。この写真集はわたしの世界観を切り裂いてことばの世界の偏狭さから救い上げてくれた。それが視覚芸術の力なのか。いや、違う、やはりことばで閉鎖された世界のその向こうの本質を見ようとする一人の表現者の直感、その強い、あるいは、かろやかな、跳躍の力なのだと思う。

 写真集に収められた「波」は、波であることに間違いはないのだけれど、私が知っていると思い込んでいた波ではなかった。波にして波に非ずの波だった。
 りんごということばで規定されたどのようなりんごも存在しないのだ、と以前に谷川俊太郎という詩人が詩に書いていた。その詩は少し理屈っぽい詩であったので、その詩に書かれていることを、わたしは頭で理解した。それはそうだ、りんごというのは便宜的な総称であって、個々のりんごは一つとして同じものはないのだ……と。それもまたことばで考えたことであって、再びことばの世界に自閉していく宿命をもっているから、ことばにしようともがけばもがくほど、世界は平べったく了解されてしまう。詩人、あるいは作家は、了解されてしまう宿命のことばを使い、目の前のあるがままの事象に対してことばを越えていこうとことばで挑んでいるドン・キホーテのような存在なのかもしれない。

 森永さんが見ている波は、波ということば(概念)に縛られることのない自由さをもっていた。波は、地球、もしかしたら宇宙全体と共鳴し合う現象として、いまここに生起している美しい流体だった。水という物質は、いまだに謎でありどこからやって来たのか知れないのだという話を読んだことがある。わたしたちの惑星は水の惑星と呼ばれており、この豊饒な生態系は水なくしてありえない。そんなことは、子供でも理屈で理解していることだけれど、実際にわたしたちは「水」ということば以上に水を知らない、ということを、知らない。波は、まぎれもなく水の様相、水の姿態なのだと直感し、水の神秘に向かって心が少し啓けたとき、その小さく開いた扉の隙間からまばゆい白光が差し込んできて、生命という、わたしそのものがそれであるのに、理知を拒み続けるこの不思議な現象を荘厳したように感じた。なにもかもことばでわかった気になっている、そんな脳細胞に光の雨が降り注ぎ、ひたひたと波が寄せ、永遠流転のことばを越えた世界に招かれていくようだった。

 この写真家には、世界はこう見えているのか、という驚きと同時に、それは確かにわたしが知っているなにかであること、わたしのなかに同じ視点が存在することが、はっきりとわかり、もういいかい、と眼を覆っていた手をはずされたように、明るさと喜びに満ちて、ページを閉じた。写真は白い紙の上の抽象的な黒い染みである。にもかかわらず、この染みのパターンがどのような星の歴史を物語っているのか、わたしはことば以前に知っていた。たぶん、この写真を見るひとたちはみな、それがわかるはずだ。でも、いったい、その力はなんだろう、どこから来るのだろう。このことばを越えた波のはるか彼方からやってくる叡知は。 
 存在の極限に向かうような表現の在り方を、あえてことばにするのはとても陳腐なこと。この豊饒な沈黙に、ことばは必要ないと知りつつ……。でも、偉大な寡黙な仕事を一人でも多くの方に知っていただきたくて。


この写真集は限定600部で在庫わずかです。
ご興味のある方は以下のサイトでごらんください。
http://www.kazetabi.jp/森永純-写真集/

たぐち
# by flammableskirt | 2014-10-08 09:11
神の依りし顏

東京ノーヴィ・レパートリーシアター公演
「古事記 天と地といのちの架け橋」

2014年10月8日初演を観て


田口ランディ


顏が、際立っていた。
今夜、わたしが体験したのは、神の顔の前に座るという神秘。
日本人であるなら、たぶん誰もが了解している「神の面相」というものがある。
恵比寿神や大黒神という、わたしたちにとって馴染み深い神さまたちは、なぜか一様に、独特の笑みを浮かべている。不思議な笑みだ。人間の美意識では量ることのできない、得たいの知れない超越的な笑みだ。時として不気味にも思える笑みだ。

神は笑っている。神の笑みを、わたしは(たぶんわたし以外のたいがいの人も)、酉の市で売られる熊手か、神社に祀られた石像か、あるいは居酒屋に飾られた木彫りの像でしか、体験したことがない。いまどき神を演じる者はいない。お神楽や能は神を舞って見せてくれるが、神の顔は面であり、生身の人間が神を顏に宿すことはしない。

ところが、この舞台において俳優たちに課せられたのは「神を顏に宿す」ことだった。「古事記 天と地といのちの架け橋」は、俳優たちがその顏で神を表現するという、神話世界への斬新な試みであり、しかもそれが成功していたのだから、日本人は神の顔を細胞で記憶しているのだと納得するしかない。

顏が美しかった。微笑むとは、花が咲くことを意味することばでもある。顏が花となって舞台に咲いていた。面白いとは、顏が照らされて白く輝く様である。輝く神の顏は客席を照らし、燦々と祝福していた。見た者はみな顏によって祝われる。祝いとは、石に神が宿り磐(いわ)となること。転じて神の宿りを寿ぐことば。今宵、無数の祝いの顏が、舞台から世界を荘厳していた。

顏の力、そのことを思う。
「顏施(がんせ)」ということばがある。笑みを浮かべることを施しとする仏教のことばだ。顏には神通力があるのだ。顏ということばは「カ(外)・ホ……外へ現れる」という意味であり、顏によって、つまりは、眼と鼻と口の周りを覆う表情筋と呼ばれる筋肉によって、人の心のすべてが外に向かって現れているから、浮かべる表情のひとつで、人を癒し、喜ばすこともできれば、怖がらせ脅えさせもできる。頬も同じに「現れる」の意であるなら、ほほ笑みこそ、裡から外に向かって現れた神の顕現、祝福の開花。そう考えれば、アマテラス、ツクヨミ、スサノオの三神が、イザナギノミコトの顏から生まれ出でたことも、合点がいくではないか。

今宵、劇場に集った観客は無量の「顏施」を受けて幸福に浸ったのだが、この「顏施」は期間限定であるので、もし、なんらかの心痛や、日々の暮らしの疲れに気持ちが沈んでいるならば、神社に参る気持ちでこの舞台に足を運んでみるのもよいかもしれない。
神々の顏によって荘厳される体験はとても希有なものだ。

いま、わたしの好奇心は、客席を離れて、神を現す笑みを浮かべ続ける俳優たちに向かう。
彼らは、公演の間ずっと、過酷なまでに「神の笑み」の表情筋を使い続けるのである。笑みの表情は人間の脳に働きかけ、幸福を感じる脳内物質を誘発することが証明されている。……であるなら、この舞台を通して俳優たちの裡にはどんな変化が起こりうるのか。公演が終了したなら、一人一人に質問をしてみたいと思う。いったい、あなたは、どんなニルヴァーナを体験したのか、と。

上演は13日までです。
この舞台の公演に関しては以下のサイトをご参照ください。
http://www.tokyo-novyi.com/japanese/index.html
# by flammableskirt | 2014-10-08 02:15
2014年10月14日(火)
第20回 ダイアローグ研究会
テーマ
『震災とマンガ~美味しんぼ問題とメディアのありかた』
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ゲストスピーカー
藤本由香里
明治大学国際日本学部教授・マンガ評論家


オーガナイザー
北村正晴 東北大学名誉教授
大森正之 明治大学教授
田口ランディ 作家

今回は、マンガ評論家としても活躍する藤本由香里先生をお招きして、
マンガ学会で「震災とマンガ」を取り上げた時の議論と、それに対する反応を手がかりに、「震災を描く」ということの難しさと、美味しんぼ問題とメディアの在りかた、人々の反応などについて参加者の皆さんと共に考えていきたいと思います。


■日時
2014年10月14日(火)18:30開場/19:00開始/21:00終了
(※途中参加可能です)

■会場
お茶の水駿河台 明治大学リバティタワー
1094教室 9階

皆様のご参加お待ちしております。

ダイアローグ研究会とは?
2010年に発足した対話のための研究会です。主に原子力や核の問題を中心に対話の在り方を模索しています。明治大学においてほぼ隔月で研究会を開催してきました。一般参加者と専門家が対話する場として、原子力の専門家、新聞やテレビに携わるジャーナリストもメンバーとして参加。幅広い年代、さまざまな職業の人たちといっしょに、多角的な問題提起を行い、対話を続けています。
# by flammableskirt | 2014-10-02 13:12
2014年10月5日(日)
18時30分開場19時開演
「アルタイ幻想」
アルタイを知っていますか? そこは限りなく懐かしく不思議な国。いにしえの世から人と精霊が交信する場所。私がご案内いたします。
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これはもう聴くしかない!!
奇蹟の倍音で英雄叙事詩を復活させた男
ボロット・バイルシェフ

5オクターブの声をもつ驚異の歌姫
タンダライ

この二人のシャーマンの共演は圧巻です……。
タンダライの声を一度聞いた人は「忘れられない」と言います。人間の声じゃなかった……と。
ぜひ、この機会に湯河原までいらっしゃいませ!
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わたしがアルタイに初めて行ったのは2003年
音楽家の巻上公一さん、写真家の川内倫子さん、編集者の丹治史彦さん……
タイムスリップしたような不思議な旅、マンモスの洞窟、レーリッヒブルーの山々、そして、驚異の倍音で歌うシャーマンたち。声は翼、魂を乗せて聖地ベルーハ山まで飛ぶ。アルタイの光景が見えますよ。

日時:10月5日(日)18:30開場、19:00開演
会場:湯河原町観光会館大会議室

神奈川県足柄下郡湯河原町宮上566 tel.0465-62-3761
湯河原駅から不動滝・奥湯河原行きバスにて落合橋下車すぐ
ナビゲーター 田口ランディ
出演:ボロット・バイルシェフ、タンダライ(fromアルタイ共和国)
  巻上公一、佐藤正治
チケット:前売3000円、当日3500円
チケット取り扱い:湯河原駅前観光案内所、好文の木、
MAKIGAMI OFFICE tel.0465-63-0578、office@makigami.com
問:MAKIGAMI OFFICE tel.0465-63-0578、office@makigami.com
主催: MAKIGAMI OFFICE
協力:湯河原町観光課
# by flammableskirt | 2014-09-26 18:20
「福島県知事選で議論が盛り上がりますように!」

■いきなり身近になった福島県知事選

「実は、うちの兄が福島県知事選に出ることになりました」

 ……と、友人の中畑美代子さんから電話をもらった時はほんとうに驚いた。中畑さんは青森に住んでいる古い友人。2011年の震災のあと、福島県の子供たちを長期間の林間学校で自然体験をしてもらう「ふくしまキッズ」のプロジェクトを始めた時、シンガーソングライターの彼女に「ふくしま」という曲を作ってもらった。その曲は「ふくしまキッズ」のテーマソングとなり、DVDにもBGMとして使われた。福島出身という彼女の福島への思いが溢れた美しい曲だった。
まあ、そんなわけで中畑さんとは福島つながりだったけれど、彼女のお兄さんが岩手県宮古市の市長を三期つとめた政治家だったことは全く知らなかった。

「びっくりしたと思うけれど、ランディさんにはご報告しておこうと思って……」
人間の縁とは不思議だなあ。いきなり福島知事選が身近に飛び込んできた。
現職の福島県知事が不出馬表明をしていることは知っていた。まだまだ大きな問題を抱えた福島県を引っ張っていくのは誰なんだろう。福島県民ではないにせよ、毎年「川内村自由大学」を開催し、福島県の人たちと交流したり「ふくしまキッズ」の活動を通して、ふくしまの子供やお母さんたちと繋がっているので、これからの福島が気になる。

中畑さんのお兄さんって、どんな人かな、と思った。
宮古市長を三期もつとめているなら、岩手での知名度は高いだろうけれど福島では無名。なぜ、わざわざ地盤のない福島県知事に立候補する気になったのだろう。なんにせよ、本人にお会いして話を聞いてみなければ、なにも発言できないな。
「私、お兄さんにお会いしてみたいなあ、明日ならちょうど都合がつくのだけれど、こんなに急では無理かしら?」
そう言うと、中畑さんは「え? ほんとうに? 兄も喜ぶと思うわ。でもお忙しいのに大丈夫なんですか?」と、とまどい気味だった。

■このままでは福島はやられっぱなし

タイミングよく、翌日の夕方なら時間を作れるというお返事をいただいたので、九月三日に福島に向った。福島は東北新幹線に乗ってしまえばわりと近い。政治というものになるべくかかわりたくないと思っていた。でも、なにか巡り合わせのようなものを感じて、とりあえずどんな方で、何を考えているのかお会いしてみたいなと思った。

中畑さんと一緒に現われた、熊坂義裕さんは1952年福島県生まれ。内科のお医者さんで岩手県宮古市で内科医院を開業していた。1997年に宮古市長に就任し三期をつとめて、次期の岩手県知事と目されていた方らしい。風貌は、中学校の教頭先生という感じ。朴訥な印象、偉そうな雰囲気がまるでない。気さくすぎるんじゃないか、というくらいふつうの方だった。

少し話をしてお互の緊張がとけてくると、だんだんと熊坂さんの個性が現われてきた。
「どうして、福島県知事に? 熊坂さんは福島県での知名度は低いですから、岩手県知事に立候補したほうが良かったのでは?」と、率直に質問すると、熊坂さんは「福島はふるさとですから」と、声に力を込めた。
「私は宮古で震災を経験しました。知りあいもずいぶん亡くなりました。私ももうちょっとで死ぬところでした。生きていたのが不思議なくらいですよ。もう目の前まで津波が迫っていましたから……。あの時、死んでいてもちっともおかしくない。そういう状況だったんです。ですからね、私にはもう怖いものはなにもないんですよ。震災で原発事故が起こって、福島は大変なことになりました。自分に残された命、どうしても福島のために働いて使いたい、そう思ってしまったんですね。だって、このまま福島がやぱれっぱなしでは、悔しいじゃないですか。福島県知事選は、私が出なければ、これまでの流れを変えられない、そう思って出馬したんですよ」
 これまでの流れ……というのは、たぶん、政府主導型の政策ということなんだろうな、と理解した。
「では、熊坂さんは福島第一原発、第二原発は廃炉に、というお考えですか?」
「そうです。このような事故を起して、再稼働はありえない。福島で原発を稼働させることは二度としない。私はそういうつもりです」
「なるほど。先頃、政府が三十年間中間貯蔵施設とする……という案を提出してきましたが、それに対してはどうお考えですか?」
「保障の問題も含めて、非常に曖昧な対応。政府のいいなりにはなってはならない。だいたい、三十年後に県があると思いますか? とっくに道州制になっていますよ」
 そういう考えの方なのか、痛快だな。
「福島は震災と原発事故でたいへんなダメージを受けています。復興するにしてもお金が必要、だから中央とのパイプの強い人を、という風に市町村の首長は考えるんじゃないでしょうか」
「私もずっと市政に携わってきましたから、そのへんの駆け引きというかは、よくわかっています。ただね、原発被害対策に関しては総見直しをしたいのですよ。私は医者ですから、そして、ずっと社会福祉政策の充実を掲げて政治に取り組み、それを実践してきましたから、いのちとくらしを優先した県政を行っていきたいんです」
「そうですか……、でも、熊坂さん、もし副知事が出馬を表明したら、たぶん勝ち目がないかもしれないですよ……」
「いや、私はそうは思っていない。福島にはいろんな思いの人がいる。自分たちの声を代弁する人間が出てくれば、風は吹くと信じています」

■本人が思うほど知名度はなし
 
熊坂さんと別れてから、私は中畑さんと、福島在住の友人と三人で夕ご飯を食べに行った。福島在住の友人に「今度、知事選に立候補する熊坂さん」と紹介したけれど、きょとんとしていた。知名度的には絶望的なんじゃないか……。熊坂さんは、福祉や医療の分野の様々な諮問委員や理事をしているから、自分としてはそれなりに知名度があると思っているかもしれない。知っている人は知っているだろう。でも、一般の福島県民にとっては「誰?」って感じなんだろうな……と。

翌朝、私は福島県の別の友人に電話をかけて「今度の知事選、どう思う?」と聞いてみた。「知事選?ああ、鉢村さん出てるけど、あんまり評判良くないね。でも他にいなければ彼かなあ、福島は基本的に保守だからね」
「鉢村さんって評判良くないの?」
「なんかいろいろ身辺に問題があって県連も割れたらしいよ」
「ふーん、ねえ、熊坂義裕さんって知ってる?」
「熊坂? よく知らないなあ……」
やっぱり、その程度なんだなと思った。
それでも、鉢村さんはあんまり評判が良くないということは、これからの知名度を上げれば熊坂さんの当選もありなのかな、と思った。
それにしても、福島県の人があまり知事選に興味をもっていないのが意外だった。もう政治に期待をするような気力もないのかな。それとも、選挙はこれからなんだろうか。政治のことに疎い私には現状がよく把握できない。

■意外なところでお名前が……

福島で熊坂さんに会ってから二日後、鳥取県の米子美術館で開催されるアール・ブリュット展で講演するために米子に行った。そこで滋賀県でアール・ブリュットを推進している社会福祉関係の方々と合流したとき、偶然にも鳥取で熊坂さんの話題になった。
「熊坂さん、知っていますよ。滋賀にも社会福祉フォーラムで講演しに来てもらったことがある。熊坂さんは社会福祉に関してはかなりがんばっていましたからね。特に早い時期から発達障害の問題と取り組んだりしていて、福祉にとても意欲のある方ですよ」
「そうなんだ……、福島知事選に出馬されるんですが、福島では知名度イマイチみたいです……私の友達はみんな知らない」
「岩手でがんばっていた人ですからね。よく福島で出る気になったなあ」
「このままじゃ、福島の人たちがないがしろにされっぱなしだ、って言っていました」
「熊坂さんは、お医者さんですからね。もともと彼は糖尿病とかの専門じゃなかったかな」
「あー、それは生活習慣病だから、日常の大切さをわかってる人なんでしょうね。きっといまの福島を見ていられないんだな」
「なんにしても、一本気で、ちょっと面白い人ですよね、子供みたいに純粋で」
「そうそう、だから、そんな正直で大丈夫かなって思っちゃうくらい(笑)」

■選手交代、ついに副知事が立候補

9月11日、評判が悪いと言われていた鉢村健さんが立候補を取りやめ、現職福島県副知事の内掘雅夫さんが立候補を表明した。
選挙の流れはここで一気に変わった。

私は、福島県で市役所つとめをしている友人に電話をしてみた。
「副知事の内掘さん、やっぱり出馬しましたね、副知事の評判はどうなんですか?」
「副知事は評判いいですよ、キャリアで頭がいい切れ者でね、首長たちの信頼も厚いんじゃないですか、大方は副知事になってほしいと思ってますよ」
 やっぱりそうなのか……と思った。
「でも、そうなるともう、副知事で決りってことで、ぜんぜん選挙は盛り上がらないですよね」
「まあ、そういう言い方もできますね。でも、いままでの経緯がわかっているから、周りはやりやすいですよ、副知事だったら。中央ともパイプが太いし」
そういう話を聞いているうちに、とっても複雑な気持ちになってきた。確かに、知事を補佐して震災以降、県政を支えてきた切れ者の副知事が知事になってくれれば、いろいろな政治的問題は解決しやすいのかもしれない。だけど、どうなんだろう、震災後からずっと細かく行き届いていなかった県民の生活とかいのちとか、子供たちの教育とか、そういうことは、えてして、政治的な流れのなかで無視されがちなんじゃないかな。
ふつうに暮らしている人たちのなかには、もっと、人間一人ひとりと向き合うような行政の在り方、いのちを重んじるビジョンを望んでいる人だっているのではないかしら。
「このまんまだと、副知事に決まりって感じですか?」
「まあそうでしょうね」
「それでいいのかなあ……」
「選挙を機会に議論が盛り上がるのはとてもいいことだと思いますけど、どうかなあ……」
「熊坂さん、どうですか? 面白い人だし政治手腕もあるみたい」
「あの人は、福島では知名度がなさすぎますねえ」
知名度か……。知名度って、選挙にはそんなに大事なものだったんだな。だからタレント議員が当選するわけか……。

友人の、南相馬の桜井市長に電話をかけて聞いてみた。
「熊坂さんとお会いしたんだけど、ご存知ですか?」
「会ったことはないけれど、まあ噂ではどういう人かだいたい聞いているよ。熱意のある人だね。だけど、熱意だけではなあ。それに知名度がなさすぎる」
「やっぱりそうなのか……」
「熊坂さんだったら、まだ俺のほうが知名度高いくらいだよ」
と桜井さんは冗談を言って笑った。まあ、ほんとうにそうだなと思った。

■優等生かやんちゃ坊主しか政治家にはならない

「ふくしまキッズ」の事務局長吉田博彦さんと、今後のふくしまキッズについて打ち合わせをしたときも、福島県知事選の話になった。
「知事選、副知事が出たら盛り上がらないでしょうねえ。熊坂さんにがんばってもらわないと、議論が全然盛り上がらず、いままでの体制がそのままでいいってことになっちゃいますね……。それが良い悪いではなく、選挙という機会に、声の小さい人たちの思いももっと表に出てほしいなと思うんですが……」
「まあ、福島の知事選は今後の日本に影響を与える選挙だから、ここで完全に現状追従で行くと、これからの政治の流れに影響はあるだろうねえ」
「内堀さんも、熊坂さんも福島県内の原発を全基廃炉する、という点では主張が同じなんです。ただ、熊坂さんのほうは、被害対策の総見直しを訴えているんですよ。経済復興よりも、福祉政策や医療の充実を考えている、そこが違うんだと思うんです。キャラクターも全然違うんですよ。内掘さんは、優等生タイプ、熊坂さんは熱血タイプ」
「ま、政治家というのはものすごい優等生か、はちゃめちゃな奴かどっちかしかなりませんよ、あんな大変なことは、そういう人間しかできないですからね」
なるほどな……と思いながら、私は悩んでいた。

■福島県知事選挙を応援したい

選挙運動は苦手。福島県民ではないし、現状で特定の立候補者を応援するほど福島の県政に詳しいわけでもない。でも、どうなんだろう、選挙が盛り上がらずに、いまの流れで副知事で決まり、というのは、私が出会ってきた子供たち、農家の方、お母さんのたちの思いがあまりにも反映されない感じがしてしまう。
どちらを応援しているというわけではないけれど、圧倒的な知名度の差で、議論が盛り上がらず、投票率も低かったりしたら、それはなにかしらよくない影響を他の地方に与えてしまうような気がした。
なので、私は福島県知事選挙を応援する、というスタンスをとることにした。福島県のことは福島県の方々が考えればいい。考える上で、岩手県で手腕をふるってきた福島県出身の政治家が、いち早く立候補を表明し、これまでの県政の流れを変えたいと主張していることを知ってもらい、考えるための参考にしてもらえればいいんじゃないか。

福島県知事選挙について、みなさんはどう思われますか?
私はこの機会に福島県内外で、様々な議論が盛り上がり、選挙が盛り上がり、誰が知事になっても、いろいろな声に耳を傾けてほしいと思っています。数の論理だけで、押し通してほしくないと思っています。そのために、選挙という制度があるのだと思います。
以下、私が縁あって御本人のお話を直接に聞いた熊坂さんのサイトです。
熊坂義裕 http://kumasakayoshihiro.jp/?page_id=2

2014年10月2日(木)19:00より福島県文化センター大ホールにおいて「福島県知事選挙公開討論会」があります。
どうか選挙が盛り上がりますように……。




 
# by flammableskirt | 2014-09-22 13:59
今年も原始感覚美術際2014に行ってきました。
この写真は今年の初参加のケン・ヒラツカの作品。実はケンちゃんはわたしの小学校中学校の同級生。
久しぶりに再会して楽しかった。ニューヨークに移住して三〇年、石に不思議な模様を彫り続けているケンちゃんの作品、日本でももっと活躍できたらいいのにな。
今回、山の渓流の巨石を使った作品はまさに原始感覚。
ぜひ、生の作品に会いに行ってください。
とってもいいかんじです。
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# by flammableskirt | 2014-08-06 20:29

看取りの論文大募集

以前に私が連載(地域の看取り図)を持っていた雑誌「訪問看護と介護」が看取りに関する懸賞論文を募集しています。看取りの体験を書いて送ってみませんか。
詳しくはhoumon@igaku-shoin.co.jp までお問い合わせください。
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# by flammableskirt | 2014-07-24 13:18
おかげさまで満員御礼になりました。
温泉の地・湯河原の幼稚園で一泊二日のサマースクールを開催します!
子連れなら誰でも参加できるよ。大人一人ならボランティア参加で!
今年はドラマワーク、アートワーク、そして朗読劇と盛りだくさん。
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毎年大好評をいただいている湯河原サマースクール、今年も開催しますよー。このイベントは、湯河原で活動している「色えんぴつ」が主催となって、今年で三回目を迎えます。発達障害をもっているお子さんを連れて、なかなか泊まりがけで遊びに行くのが難しい、というご家族のために企画したものです。でも、健常のお子さんの参加も大歓迎です。昨年は障害をもつ方の参加が三分の一くらいでした。

二日間、絵画やボディワーク、声を使った遊びなど、さまざまなアートワークが特徴のサマースクール。お母さんお父さんのほうが夢中になっているくらいです。今年は、ドラマセラピストの中野左知子さんをお迎えして、いったい何が起こるか私もドキドキしています。温泉、朝のお散歩、みんなで楽しみましょうね。

そして、ボランティア参加してくださる方も、毎年たくさんいてくださってほんとうにありがたいです。基本的にボランティアの方も4000円の実費は払っていただきます。というのは、この企画はほんとうに実費だけで運営しているからです。

今年は巻上公一さんがツアーで参加できない分、田口ランディががんばりまーす!ぜひご参加くださいね。

8月16日(土)~17日(日)
場所:宮上幼稚園
参 加 費 : 4000円 (一人あたり)
布団代 、食事代 、入浴料、保険料込
募集人数:30名
定員になり次第締め切らせていただきます

□お申込はメールまたは FAXで!
m.youchien@nifty.com
(FAX) 0465-62-9417

ファックスをお持ちでない方は 宮上幼稚園までお電話ください。 0465-62-3994(担当・井上)
●申込記入事項 代表者氏名、参加人数・氏名年齢 住所、電話番号、FAX番号、
●申込受付締切 8 月5日
●サマースクール対象年齢
5歳~小学校6年生とその保護者

●昼はみんなでワークショップ 田口ランディ&中野左知子
●みんなで色々お絵描き教室
●カレー&スイカを食べながら楽しいおしゃべり
●こごめの湯で温泉入浴
●寝る前のエンターテイメント、本気の朗読劇!
●子どもたちが眠ってから飲みながらの本音トーク
大人も子どももみーんな楽しい、みーんな幸せ!

スケジュール
● 1 6 日 1 2 : 4 5 集 合
13:00 ワークショップ 1(からだと声のあそび)
14:00 自己紹介タイム
15:00 ワークショップ2 (いろんな素材でおっきな絵を描こう!)
17:30 夕食
18:30 温泉へ出発
19:00 温泉入浴(こごめの湯)
20:00 幼稚園へ到着
20:30 田口ランディ作演出 おとうさんとおかあさんによる朗読劇 音楽・井上誠
● 1 7 日
6:00 起 床
6:30 湯河原散歩(朝市)
8:00 朝ご飯
9:00 ワークショップ 3(いまはまだ秘密だよ)
        シェアリング(ドラマセラピー)
11:00 現地解散
●持ち物 タオルケット・まくら・パジャマ・おふろに必要なもの 翌日の服・洗面用具・クレヨンかクレパス
●保護者同伴であればお友達の子どもさんといっしょに参加していただくことが出来ます。お子さんだけの参加はできません。
●主催:一人ひとりの個性を大事にする会 湯河原色えんぴつ
# by flammableskirt | 2014-07-17 13:39

心のすこやかケア講演会

心のすこやかケア講演会
「自分と家族のために、知っておきたい心の知識」

どなたでも参加できます。無料です。
長年の友人である臨床心理士中谷恭子先生にお話を伺います。
近所にお住まいの方はぜひお運びください。

2014年6月22日(日曜日)
14時〜16時

講演1時間、質疑応答30分
ご希望の方には個別相談も。
場所は、神奈川県湯河原町宮上幼稚園講堂です。
(JR東海道線湯河原駅下車)
地図http://www.navitime.co.jp/poi?spt=00011.040287195
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# by flammableskirt | 2014-06-11 10:37
2014年の始まりのダイアローグ研究会。4月8日という年度始めのこともあるだろうけれど、昨年に比べて参加者は少ない。それが「無関心」の現れであるとは思わない。人はいつまでも間接的な問題にばかり心を向けてはいられない。日々の生活のためのお金のこと、自身の病気、転職、恋愛、親の介護、そういう山積みの問題の合間に、原子力があり、憲法第九条があり、東北の復興があり、現実的にいま困っていないことはだんだんと関心の中心からそれていく。だが、それは生きるためにいたしかたないことだ。

この研究会を「ダイアローグ研究会」としているのは、原子力という問題がダイアローグに適しているからだとも言える。この国に住まうすべての人にとってエネルギーは身近な問題だ。生活と直結している。だからこそ、原子力の議論は複雑によじれる。ダイアローグとは、問題解決のための手段の一つには違いないが、時間がかかりすぎるので、解決の方法としてあまり現実的ではない。でも、ダイアローグがなければ、私は、ただ自分のなかに閉じてしまい、思索は平行線をたどり、本で得た知識でもって頭でっかちになり、生身の人間から離れて行ってしまう。

フェイスブックやラインという便利なコミュニケーション手段がいくらでもあるのに、わざわざ場を創り、皆でそこに集まり、話をする……という手間をかけているには、そうすることでしか得られないものがあるからだ。
その人がいることで生まれる場のバランスとニュアンスというものがあり、それは、発言など一言もしなくても、ただ、そこに存在していることで、強い影響力を持っていることを多くの人は気づいていない。沈黙している人の存在の力は、主催者である私こそが一番強く感じているかもしれない。それを感じたいがために続けているような気がする。
だから、「ダイアローグ研究会」はずっと原発について話し合っているけれど、解決を模索していない。その点について今まで批判を受けたこともある。「対話している場合じゃないだろう?」と。「あなたはいったいどうしたらいいと思っているのだ?」と。
その問いに対して、現状、私は「自分の仕事をする」という以外に答えられない。それがこの四年間、ダイアローグ研究会を通して得た私の実感なのだった。

私は音楽家の坂本龍一さんのように、脱原発を声高に叫ぶことは重要だと思うが、でも、彼が天から授かった音楽によって人々に与える影響から見れば、彼の脱原発の言論などほんとうに意識の表層にちょこっと風が吹いた程度のことではないかと思っている。
「戦場のメリークリスマス」という映画の音楽を坂本さんが創った。曲は映画と切り離すことができない。音楽と共に映画のテーマは観客の意識の奥深くに刻まれた。あの映画は価値観の違う西洋人と東洋人が出会い、お互いをリスペクトしていく内容で、戦時下の極限状況の中でも人間と人間は理解しあうことができること、理解するがゆえの深い哀しみを描いている。坂本さんの曲によって、人間存在の理不尽さが浮き彫りになった。それは、直接的ではないけれど、人類の深層心理になにかしらの影響を与えたと思う。そのようなことが芸術表現では可能であり、心の奥深い部分にある人間の神聖さに訴えていくことでしか、千年後の未来はありえないと感じるようになった。

そんな天才的な表現能力をもっていない私たちであっても、個々人にはおよそ無限大の可能性があるのだが、不思議なことに人は「自分ができること」を認識することができず、わりあいと多くの人は「自分はなにもできない」と感じており、「自分にできることはなんだろう」と悩んでいるのだった。
ここには一つ、からくりがあり、その人が存在していることが、他者にどのように働くかということは、その人個人は自覚できないものなのである。だから、一人一人が自分の存在価値を知ることは不可能に近い。それは他者によって常に「与えられ」るしかないもの、他者によって「体験されてしまう私」でしかない。

ダイアローグ研究会にやって来て、なにも発言せず、参加しただけの誰かが、しかし、その場に来てくれたことで、他者に与えている影響は計り知れないのだが、そんなことは本人はまったく知らず、どちらかと言えば「自分はなにもできない」などと思って帰って行ってしまうのだろう。
だから、私に言えるのは「そうではありません」ということなのだ。そこに生身で居るということ、は、すごいことなのだ……と。あそこには三〇人くらいの人間しかいなかった。三〇分の一として場にいることの重さを人は気づけない。それがどんなに私にとって意味をもつのか気にもかけない。
人はその人としてそこに存在しているだけで、どれくらいの影響力をもっているのかを、自分では気づけない存在だ。それは私も同じで、私自身の「とるにたらなさ」に日々落ち込み、日によっては有頂天になり、日によっては無力感に嘖まれてしまったりする。

そういう私にとって、ダイアローグ研究会という本当に小さな会に、来てくれる人がいることが励みであり救いであるのだが、来ている人たちはたぶんそんなことはあまり考えていないのだろうなと思う。
そうやって人は、落ち込んだり悩んだりしながら、修羅を曝すことで実は他者を救っている菩薩のような存在なのだが、そんなことにもまったく気づかないで、ふがいない自分に苦しみながら、生きている。このごろは、それはなんて哀しい美しいことなんだろうと、思われてしょうがない。
# by flammableskirt | 2014-04-09 11:32
二〇一四年の最初のダイアローグ研究会のお知らせです。
事故から三年が経ち、社会状況も刻々と変化しています。この現実に対して個々の方がいろいろな思いを抱かれていると思います。
ダイアローグ研究会も今年はこれまでと違う角度から原発と原発を取り巻く様々な諸問題について対話を試みていきたいと考えています。
次回はこの三年間のダイアローグ研究会の取り組みと、現状の問題意識の共有化を行い、それぞれに見えている現実のすり合わせを行っていきたいと思います。
北村正晴先生と田口ランディの対話を中心に、活発な意見交換ができることを望んでいます。
是非ご参加くださいませ。初めての方でも参加できます。
(定員10名です。定員になったら締め切らせていただきます)

田口ランディ


日時
二〇一四年四月八日 火曜日 午後六時半開場 七時~九時まで。

場所
お茶の水駿河台 明治大学リバティタワー 7階1075教室


テーマ
「原子力と対話 これまでとこれから」
北村正晴・田口ランディ


※参加する方は事務局長の宗野真吾さんまで参加表明のメールをお願いします。
必ず氏名と連絡先メールアドレス(携帯メールとPCメールのある方は両方)をお知らせください。
また、さしつかえなければ年齢とご職業もお知らせください。
参加申し込みメール先
宗野 真悟
super_question_mark@yahoo.co.jp

参加費 無料
# by flammableskirt | 2014-03-30 17:35

木と気

湯河原の自宅の庭で太極拳の稽古をする。終ると身体がぽかぽかになるのだが、その日はなぜか左の腕から指先までとても冷たくて、右手と温度がぜんぜん違うのだ。
「どうして左手が冷たいんだろう。どこか気の通りが悪いのかしら」
なんとなく気になっていた。詰まっているところがあるのかな?
それから数日後に、友人の秋山眞人さんと会って飲む機会があった。西荻窪の古いカフェで夜中まで話し込んでいたとき、私はふとその話をしてみた。
「左手だけがね、とても冷たいの、どうしてかしら?」
「うーん、まあ、そういうこともありますよ」
秋山さんは、めんどうくさいので話をそらそうとする。
「でもね、気になるのよ。ちゃんと見てよ、ほら左手。超能力者でしょう!」
つきあいが長いので、こちらも図々しい。
「あーーうーーーん」
仕方なく私の左手を見ていたが、おもむろにテーブルに指で図を描き始めた。
「玄関がここにあるとする。この玄関からおよそ四五度の角度の、このあたりの場所に大きな木がある……」
想像しなかったことを彼は言い始めた。
「あ、ある。木がある。そしてね、その木は去年の夏に庭を伐採したときに枝を落としたら、ちょっと元気がなくなってる」
「常緑樹だね、なんだろう、杉かなあ」
「丸く枝が張るチャボとか呼ばれている木」
「ああ、そんな感じだ」
「冬になったら枯れてきてとても気になっていたの」
「だいたい木は特定の人間にしかなつかないんだ。その木が手に憑いたんですよ」
「木のせいなの?」
「たぶん……」
「でも、木があるの。枯れそうなの、どうしたらいいかしら?」
「今年は寒かったからねえ、とにかく肥料をあげて。根っこのところに灰を撒いてもいい。肥料をやれば、暖かくなってきたら元気になると思うよ。あ、それからその木の下になにか植えてるな?」
「センリョウを植えている。赤い実のなるやつ」
「あれは栄養を吸い取るから、それも少し切ってやったらいいよ」
それから、彼は「一度見えると映像が消えないんだ。あーーーまだ木が見える」と嫌がっていた。
どうやら透視するために別次元に入り込むとそこから抜けるのが難しいらしい。
「だからあんまりやりたくないんだよ、気持ち悪いから」
「まだ見えるの?」
「見えてる、ここらにその木が」
「ごめんね……」
「いや、でもその木が訴えてきたんだから、しょうがないね、ははは」
家に帰って、肥料をあげて、低木の枝を落とした。もう十日以上経つ。なんだか心なしか幹に艶が出てきたように思える。わずかに残った緑の葉も青々してきたような……。
この木、私になついていたのか……。ごめんな。
夏までに、元気になるかな。そうなったらいいな。
それにしても、ほんとうに見えるんだなあ。ちょっとしたことにももっと気配りをして、自分とつながっているものの気配を聞いたり感じたりできるように生きていこう。
秋山さん、ありがとう……。
# by flammableskirt | 2014-03-16 09:44
田口ランディさんの最新刊『座禅ガール』の発売を記念し、作家・窪美澄さんをゲストにお迎えしてトークショーを開催いたします。

2014年3月27日 (木) 18時30分~
(開場:午後18時) 
●講演会終了後サイン会あり(ご希望のお客様のみ)
※サイン会の対象書籍は『坐禅ガール』(祥伝社刊)のみとさせて頂きます。
また、ゲストの窪美澄さんのサイン本を、会場で販売いたします。
 
本店 8F ギャラリー
100名(申込先着順)※定員になり次第、締め切らせていただきます。
料金 無料
申込書に必要事項をご記入の上、1階レファレンスコーナーにてお申込み下さい。
申込書は同カウンターにご用意してございます。
また、お電話でのお申込みも承ります。(電話:03-3281-8201)
主催:八重洲ブックセンター


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# by flammableskirt | 2014-03-14 23:43
第7回サンガくらぶ
『田口ランディ対話集―仏教のコスモロジーを探して―』(サンガ刊)
『坐禅ガール』(祥伝社刊)刊行記念
田口ランディ対談 
ゲスト:村上光照禅師


「坐禅と神さまと仏さま」

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新刊「仏教のコスモロジーを探して」「坐禅ガール」の出版にともない、日本でも数少ない遊行の禅師である村上光照禅師との対談を行います。

禅を生きている村上禅師の世界観、宇宙観、仏教観は、既成概念に凝り固まった私たちの思考を解き放つ力をもっています。「いまここに在る」とはどういう姿なのかを教えてくれます。

村上さんに接するだけで、その意味が言葉ではなく身体で感じられるのではないでしょうか。

めったにお会いできない方が、今回は伊豆の松崎から来てくださいました。なるべくたくさんの人に「生きる禅」を体感していただきたいです。田口


村上光照禅師についてはこちらをご参照ください。

【日程】
2014年3月29日(土)14:00~16:00(13:30開場)
講演   14:00~15:30
質疑応答 15:30~


【会場】
昇龍館ビル303号室
〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-28-7
JR御茶ノ水駅 聖橋口より徒歩5分 

【参加費】
「一般」 2,500円 
「サンガジャパン定期購読ご契約中の方」 1,800円
「参加当日にサンガジャパン定期購読ご契約の方」 無料(別途、定期購読料5,250円)
※お支払いは当日清算となります。

【予約方法】
件名に「『田口ランディ新刊』刊行記念」とつけて、「お名前」「人数」「お電話番号」「参加費の種別(一般か定期購読か)」を明記の上、ご予約ください。
<<<お問合せ>>>
サンガ東京 tel:03-6273-2181
メール:samghaclub@samgha.co.jp

# by flammableskirt | 2014-03-14 11:24

日々の悟り

一日のうちでも人間の心は揺れ動いているから、日々に悟りもあれば修羅もあるんだ。亡くなったトランスパーソナル心理学のカウンセラーである吉福伸逸先生がそんなふうにおっしゃっていた。

日々の悟り……。それは烏龍茶や珈琲をていねいにいれる時に感じる。烏龍茶はいれる時の作法のようなものがあり、それにのっとって器を暖めお茶を蒸し上げるようにする。いれかたで香りも味も変わってしまう。なにが違うのか自分でもわからないが味が違う。珈琲もそうだ。ハンドドリップでていねいにいれても、味が違う。なぜかその日の気持ちの静まりと関わっているような気がしてならない。無心でいれないと味が透明にならない、雑念が入ると雑味が出てしまう。いつも夫の分と二人分をいれて飲んでいただく。今日は集中できなかった、と思う日は夫もわかるらしく、今日はちょっと雑味が出ているね、と言う。

珈琲は午前中に一回。烏龍茶は午後に一回。どちらも一日一杯しか飲まない。私は外ではほとんど珈琲は飲まない。家で飲む一日一杯の珈琲を瞑想だと思い、丁寧に入れるようになったのは去年からだ。こんなささやかなことだが、すばらしくおいしくいれられた時は、なんとも不思議な幸せに満たされる。台所の風景され美しく見える。優しい気持ちになれる。それは一瞬のことだ。ほんとうに一瞬で、過ぎてしまう。あとはまたぐちゃぐちゃどうでもいいことを考え、悩み、仕事の雑事に追われているのだ。

ほんとうは、仕事の雑事と言ってしまうことだって、茶をいれるように向き合えば、きっとそこにもなにかの幸福が感じられるのだろうけれど、そうはいかない。気持ちをもっていくことが難しい。日々のことすべてに集中できることを、悟りをひらいた人と呼ぶのかもしれない。そういう人はどこにでもいるだろう。なにげなくいるだろう。そして、ささやかに世の中を照らしていると思う。その人を見れば、誰でも、気持ちよいはずだから。

そういう人になりたいなあと思うのだけれど、まったく、ぜんぜん遠くて、いつも焦っていてとにかく早くやらなくちゃ、そしてやりながらもう次のこと別のこと終ったことを考えていて、あっちこっち、物事をやり散らかしながら、時折ぼんやりし、ふてくされ、ささくれだち、淋しくなったり、うれしくなったりしながら、ああ、忙しいとか呟いているのが現状なのである。
# by flammableskirt | 2014-03-14 08:51

3月11日が過ぎて

 2011年4月11日から始まった「アノニマス・エイド東京慰霊祭」は今年で4回目。なぜか今年がいちばん気持ちがざわざわして落ち着かず、どうにも足下が揺れているような不思議な感覚に陥った。イベントのあいだも床がぐらぐらしているように思えた。第一回目の時は読経の最中に大きな余震があった。あの時は本当に揺れていた。
 三年目となる今年は私の気持ちが揺れているのだろうか。
 若松英輔さんとの対談のなかで、若松さんが「使命」というお話しをされた。「だれか」が「あなた」の存在によって「なにか」を感じているはずだ。必ず「あなた」は「だれか」にとって「なにか」の働きをしている。それが
使命だ……と。
 私も私のはかりしれないところで「なにか」の働きをしているのだろうか、しかし、私にはその実感が湧いてこず「使命」という言葉の前に途方に暮れていた。正直なところ「なにもできていない」自分を責めるような思いがあり「なにもできない」のではなく「なにもしない」ということだろうと、これまたいじわるな自分が言い、その通りだなとうなだれる自分がおり、それをまた「猿芝居だ」と冷めて見ている自分がおり、複数の自分に分裂したまま、まとまりを失っているような感じだった。
 いろいろなことをやったような気がするが、そのどれもが中途半端な自己満足に過ぎなかったのではないか、とか、いま自分のやっていることも、単に自己満足なのじゃないか、などと、考えるようになっている。
 そういう、少しささくれた思考に入ってしまうのはなぜだろうか。きっと疲弊しているのだなと思った。端的にいえば自分の当時者性がどんどん薄れてきて、そのことにとまどいつつ、内心はほっともしていて、心が矛盾を起こしているのだと思う。
 こういう時、なにか強い信念とか、わかりやすい答えを求めているのがわかる。答えをお水のようにごくごく飲み干して身体を潤したい。そう感じる。
 空中の存在しない椅子に腰掛けているような状態で、姿勢を維持することができないのだ。思考の筋力が弱い。ピンと立つなり、どかっと座るなり、はっきりできたらいいのだが、それもできない。
「ダイアローグ研究会」も4月から再開するのだが、どうにも気が重いのである。原発の問題からも気持ちが逃げてしまっている。考えたくないなあという積極的な逃げではなく「考えなくちゃいけないけどぐずぐず」という感じだ。以前のようにそこにすぐ気持ちを持っていけないでいる。
 2010年から始めたダイアローグ研究会は4年目に入るのだから、そろそろ中だるみ的に疲れが出てしまうのかもしれない。安倍政権になってから特に、原発問題に関して場を立ち上げていく気力が落ちているのは、話の方向が多岐にわたり拡散してしまうからだろうか……。どこかで「こんなこと続けても無駄なんじゃないか」という、魔の声が響いている。なんのために、誰のために、場を創ろうとしているのか。自分のなかの軸がわからなくなっている。
 一緒に動いてくれる仲間がいるので、なんとか続けているが、一人では到底、無理だろう。私は焦っていると思う。とても強く、苛立っている。この状況に。たぶん。そして怒っている。対話なんかすっとばして、力と数でこの状況を変えたいと願う自分もいるのだ。そのほうがてっとり早いし、すかっとする。そういう自分の中の衝動を抑えつけて「対話」などと言っても、自分に自分が食われていく。だから、仏教に静けさを求めているのだろう。自分の修羅を静めたいからだ。
 そんな時、いつも思い出すのは気功の師である新渡戸道子先生の言葉だ。
「田口さん、ゆっくりは怖くない。怖いのは止めてしまうことよ」
 ゆっくりは怖くない。
 呪文のように繰り返している。
 ゆっくりは怖くない。
 怖いのは止めてしまうこと。
# by flammableskirt | 2014-03-13 11:20
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劇団態変 30周年記念公演
『Over the Rainbow -虹の彼方に』


劇団「態変」はその名の通り、「たいへん」な劇団なのである。洒落ではなく、存在そのものが「たいへん」であるし、存続そのものが「たいへん」なのである。

この劇団は大阪にある。東京に住む私としては演劇を観るために大阪まではちょっとなあ……と思いつつ、なぜか足を運んでしまう。なにを観たくて足を運ぶのか、説明するのが難しい。

劇団という名はついているものの、一般的な私たちが想像する劇団とはちょいと趣が異なる。この劇団の構成員は全員が「身体障害者」である、それも、こんなことを言ったらすぐ「差別用語」と糾弾されてしまいそうだが、並の障害ではなく、かなり重度の障害者によって維持されているのである。
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劇団の座長である金満里は、ポリオという病気で肢体不自由である。彼女の障害者施設時代の親友という女性を、私がボランティアとして介護していたことがある……というのは、後になって知ったことである。まったく世間は狭い。24時間介護が必要な脳性小児麻痺の高木美鈴さんを介護していたのは、私がまだ20代の頃である。

劇団は30周年を迎えるというから、ちょうど私が介護ボランティアをしていた頃に立ち上がっているわけだ。しかし、長らく私はこの劇団の存在を知らなかったし、もし当時、知っていたとしてもあまり興味を持たなかったかもしれないと思う。

劇団も当初は試行錯誤を繰り返しており、どちらかといえば「障害者が演じているから」ということで社会からは注目されていたろう。もちろん、主催者である金満里は「冗談じゃない、私たちは演劇をやっているのだ!」と主張し続けてきたが、個々の団員が魅力的な俳優に成長していくために、芸術の神はちっぽけな同情を施すことなく、30年という歳月と苦難を課したのである。

昨年の伊丹アイホールでは、連日満席だった。客演していたピアニストのウォン・ウィンツアンとの即興による舞台は、美しく残虐だった。
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ある役者にこの劇団の話をしたところ「そんなに重度の障害をもっていても、人に見られ舞台に立つことはうれしいのだろうか?」と呟いていたのが印象的だ。舞台に立つとは人に見られること。それが俳優である。俳優とは、その場に立つだけで空間を次元転位してしまう能力をもつ者たち。だから人に非ず、優れた者として「俳優」なのである。

「態変」の舞台は、俳優の存在自体がすでに私たちの想像を超えている。というのは、私たちは自分の身体の正常なイメージしかもっていなことが多いからだ。私の手がなかったら、足がなかったなどと、ふだん私たちは考えない。だが、それは常に起こりえる。事故で、病気で、災害で、戦争で……。
その日常の危うさを、がつんと突きつけられる。無言でだ。開演したとたん、いきなり次元転位である。

今回、「態変」は大阪のABCホールという大舞台に挑む。
これまた「たいへんな事態!」である。そんな大ホール、800人の観客席を埋められるというのか? しかし、彼らは「たいへん」に動じない。存在そのものが、人生そのものが「たいへん」な彼らに、いまさら「たいへん」もクソもないのである。ひたすらあっけにとられるのみだ。その、勇気と根性としぶとさが、いま、私には必要だなと思うから、やっぱり足を運んでしまうのだろう……。

一人でも多くの人に、この「たいへん」な事態を体験してほしいと願う。

【日時】
3月21日(金・祝)18:30
3月22日(土)13:30 / 18:30
3月23日(日)13:30
 ★アフタートークあり


【会場】
 ABCホール (大阪市福島区)
 http://asahi.co.jp/abchall/map/index.html

【チケット】
 一般3,500円 学生2,500円 シルバー3,000円 障害者介助者ペア6,000円

【出演】
 金滿里 楠本哲郎 小泉ゆうすけ 上月陽平 下村雅哉 向井望 山口幸恵 植木智(新人)+エキストラ
 演奏: 山本公成(Sax,Flute) 中島直樹(Bass) 信藤真実(Dr.) 
 ★3/23 アフタートーク:金滿里×倉田めば(薬物依存回復支援団体「Freedom」代表)

【チケットご予約】
予約フォーム  http://www.asahi-net.or.jp/~tj2m-snjy/form/ticket2.html
TEL  06-6320-0344(劇団態変)
E-mail  taihen.japan@gmail.com

態変ホームページ
http://www.asahi-net.or.jp/~TJ2M-SNJY/jtop.htm
# by flammableskirt | 2014-03-03 12:56

デコポン

この四月からА新聞に記者とし入社するという青年と会った。
人間は見たまんまだ、という人生経験におけるエビデンスを重視する私は、相手の顔を人間存在の価値の中心に置いてしまうのだが、その意味において青年は「純粋で良いひと」だった。通俗的な形容をすれば「きれいな目をした青年」だった。
 どうして記者になったのか、という質問しか、初対面の青年に対して思いつかない自分の凡庸さにうんざりしたが、まさか「ハムスターを飼っているか?」とか「君にとって天皇はどういう存在か?」などと聞くのも変だし、とりあえず当たり障りのないところで話題を振ってみたところ、穴を掘って埋まりたいくらいの模範解答が戻って来た。
学生時代に水俣に行って、胎児性水俣病の患者さんや親御さんたちと出会い、彼らの生き方に触れたことが職業選択のきっかけになったのだと言う。水俣に多少の縁のある私は、彼が出会った人々のことも知っていたから、彼の水俣における内的変容体験に対してある程度の想像力は発揮できたのだが、なにかしっくりこないのだった。
それはたぶん、年長者が若者に向って「そう簡単にわかってもらっては困る」的な、経験主義的上から目線なのだと、自覚はしているのだが、口うるさいおばさん的にななにかひと言付け加えなければ、この、ものすごく美談的な職業選択理由を受け入れたことになってしまう、と焦り、ごちゃごちゃと水俣病事件と呼ばれる現象世界の複雑怪奇さってすごいのよ、とごたくを並べてみたのだが、そもそも、なぜ彼の純粋な職業選択の理由を私が受け入れ拒否しているのか……。なぜ、私にとって彼の美談的職業選択理由が都合が悪いのか、よくわからなかった。
なんとなく、おせっかいな説教をした気分になって、ちょっと落ち込んだまま家に戻ってくると、偶然とはすごいもので、水俣の友人から「デコポン」が届いていたのである。水俣の「デコポン」はすごくおいしいので、私はうれしくなってさっそく、がつがつと食べながらダンボールに入っていた友人の手紙を読んだ。
この友人は水俣に住んでいるけれど、水俣病とはまったく関係ない。水俣市に住んでいる人がみんな水俣病に関心をもっているかといえばそうではなく、どちらかといえば市民のマジョリティは水俣病ってあんまりよく知らないし関わりたくもないと思っているのである。
 彼女は、私が水俣に行った時に小さな手芸店を開いていて、しかもだんなさんを若くして亡くして一軒家に一人で住んでいて、どういういきさつだったか忘れたけれどもなにか意気投合してご飯を食べ、彼女の家に泊めてもらったのだった。彼女と水俣病は遠く、彼女と私のつながりも水俣病ではなく、彼女に「あなたも水俣に住んでいるのだから水俣病に関心を持ちなさいよ」という気もなく、今年も「デコポン」を送ってもらって喜んでいるわけである。
手紙には「また水俣に来たら遊びに来てね!」と書いてあった。
遠慮があってレコーダーすら回せないという度胸のない私には、、きっと記者という仕事はできないと思う。それを職業としたことで失ってしまうものがあることを私は恐れていて、その恐れを青年に伝えたかったのかもしれない……と、デコポンを食べながら思った。気持ちを伝えるっていうのは難しいなあ。そもそも、自分がなにを伝えたいのかわからないことのほうが多いのだから……。
ごめんな、青年、がんばれよー。
# by flammableskirt | 2014-03-02 17:33

依存症的生活実感

ある文芸誌に、50枚の短編の約束をしたのに勢い100枚を書いてしまい、それでも全然終わらない。編集者も困っていて申し訳ないのだけれど、春になって暖かくなると気分的に不安定になるため、現実逃避で執筆依存症になる。なにかしら書いていれば他のことを考える余裕がないので、ひたすら書くようになる。
私の父はアルコール依存症だった。依存傾向を遺伝的にもっていることは若い頃に気がついていた。やはり自分はどこか過剰で、勢い余ってよく人生街道から転げていたからだ。父のアルコール依存症を通して、依存症にはほとんど治療方法がないことを知った。一度、アルコール依存になったら、二度と酒を飲まないという選択しかない。つまり、酒を飲まない酒依存症として生きていくだけである。そして、酒を飲まない方法として、別のものに依存するのは有効な手段である。
依存傾向が強い人間は自分にとって最も害がなく、しかも実益が伴うものに依存の上書きをするのが得策であり、私の場合は執筆に依存するのがサバイバルの現実的な手段として有効なのは誰の目にも明らかだ。
というわけで、春は憂鬱であるので依存傾向が強くなり、書かずにはおれなくなって、むやみやたらと書いてしまうし、書くことでしか安定できないのである。特に今年は、気分的に不安定で、不安定だと仕事が安定するという、依存症にとっては最も幸せな循環を作ってしまっているため、いくらでも書けてしまうのだが、依存症なので歯止めが効かないのである。
こうなってくると、もうどこでもいいから書きたいし、来た仕事は全部受けてしまうし、ネットにだって、ブログにだって、ほらこのようにどんどん書いてしまうのである。まさに依存症の本領発揮であり、よって今年はすでに六冊も出版が決っており、これは依存症の悪化を意味すると同時に、収入の安定を意味する。それでも、まだ書きたいし、書くことに依存しているから書けないという状況はありえないのである。
春が去り、初夏が来て気分が安定し、依存症がおさまってしまった時に、目の前に原稿締め切りのハードルが地平線まで続いているような事態だけは避けたいので、受けたものはすぐ書く。夜中にハムスターが、ひたすらエネルギー消費のためにのに回し車を回している姿を見ると、あれは私だなと思うのである。
# by flammableskirt | 2014-03-01 14:24

ゴドーを待ちながら

急に暖かくなって、しかも、今日は三月になってしまいました。
月が替わる時に感じる「必死で走っているのに出遅れた感」はなんだろうなあ……と思います。
死ぬまでこんな感じなんだろうか、死期が迫ってくるときも、あーがんばったけど、なにかに遅れをとった気分だなあ……と思うのだろうか。この「あー、なんか遅れている」っていう感じの気分の根拠はどこにあるのだろうか?
やるべきことをやっていないで、たとえば確定申告の書類の一部がまだ手元にないとか、そういうせいなのか?
わからないなあ……とにかく、私の気分は、季節にいつも急かされていて「あ、ちょっと待ってよ今行くから、あーーー!」なのだった。

昨日は東京ノーヴィ・レパートリーシアターの「ゴドーを待ちながら」の千秋楽を観劇し、打ち上げに参加させていただいた。
「ゴドーを待ちながら」は、サミュエル・ベケットのあまりにも有名な戯曲だけれども、知的な遊戯として演じられてしまうことが多かった。今回の舞台は、演出家アニシモフ氏の今日的な解釈と役者の力量がすばらしく、結末になにかしらうっすらと光が差してくる思いがして、美しい舞台だった。ベケットに対して敬意のある、戯曲に忠実な舞台であり、だからこそ演じるのが困難で、だからこそベケットの世界観を観客に届けられるのだと思った……。
ベケットは、いつの時代にも前衛であり続けるところがかっこいいな……。やはり、すごいのだ。以前にはわからなかったが「ゴドーを待ちながら」の主題は普遍的であり、普遍的なテーマは古くならないのだった……。
そういうものに触れると、私のなかには「やる気」と「挫折感」が同時に立ち上がってくる。だいたい常に私の中には二つの相反する感情が同時に存在し、その時その時の微妙な傾斜で心という玉がころころと移動しているのである。
この傾斜は、春になるとなぜか「挫折感」の方向に角度を増すため、心はゆるやかに確実に憂鬱になるのだった。この憂鬱は、人恋しさとワンセットになっており、理由もないのに……というか、さまざまな、表面的な理由によって朝からちょっと淋しい気分になっている。

単なる傾斜であるから、時々刻々と移り変わっているのだけれど、月の変わり目は「出遅れた感」がいなめないので、理由もなく心は自分を責めるほうへと傾斜して、ころころと不安定に転がっている。あー、めんどくさいなと思うのだった。

坐禅などというのは、この傾斜を平らにするためのものなのだろうな。多少の傾斜は「言葉」を排除することで、身体感覚に転じていく。気分ではなく「身体の感じ」として受け止めることによって、この傾斜のころころは消えていく。消えていくとわかっているのだが、消えてしまうとなんだか物足りない気もして、あえて傾斜のなかでころころしているのは「趣味」であり、この「趣味」を「わびさび」という日本人的な美意識まで高めてしまえば、春の朝に感じる孤独も、俳句やら短歌に結晶するんだろうな。

しかし、古典の教養もなく、歌心もないので、そういう境地にもなれず、なんだかうだうだしているのだった。

こういう朝は、豆を挽いて珈琲をいれると、あのひきたての香りが少し傾斜を「幸せ」の方に戻してくれるのだが、ゆうべちょっと打ち上げで飲みすぎてしまって、胃がもたついているので、珈琲を飲む気になれない。

だいたい、久しぶりに飲んだりするから、よけいに翌朝どよんとしてしまうんだ。そこにもってきて、やっぱりベケットはすごいのである。ベケットは観念的だと思っていたが実は違うのだなあ。やはりベケットは自分の血肉になるまで人間存在とはなにかを考えた人だったんだろう。そういう時、きっとベケットは憂鬱な気分になっていたに違いない。

私も、来ないゴドーを、待っているんだよな……と思う。
だから、月が替わると、ああ、やっぱりとうとう来なかったと思うんだろう。
そして、また待ち始める。
なにかがやってくるのを。
# by flammableskirt | 2014-03-01 10:50