田口ランディ Official Blog runday.exblog.jp

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


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7月15日「いのちのエール」
イベントに寄せて

「私にとっての田口ランディさん」

   森のこもれび 山崎直

田口ランディさんは、私にとって衝撃を与える作家です。
作品との最初の出会いは、「春秋」という冊子に佐藤初女さんのことを書いた短編でした。読んだ時、私はあまりの衝撃で言葉を失いました。

初女さんのことを私は、何も分かっていなかった
…このことを思い知らされたのです。

初女さんは、おむすびの作り方を教えているのではなく、本当に伝えたいことは信仰。でも、なかなか理解されず、おむすびの話になってしまうので、ランディさんにそれを書いてほしいと言われたのです。

信仰とは祈りだと…

私はおむすび講習会を企画し、初女さんのおむすびを結ぶ姿は数え切れないほど見てきたのに、何も分かってなかったのです。

初女さんが大切なことを頼む、田口ランディさんはどんな方だろう…そして、この短い文章の中に初女さんはめったに笑わないと、正直に書いてあったのに驚き、どうしても会ってみたくなったのです。

この日の出会いが、初女さんとの対談に繋がっていきました。

講演会が済んで、出演者と主催者という
私たちの関係も終わるものと思っていましたが、年末に、お約束はしてなかったのですが初女さんが、私たちが来るのを待っているという連絡があったのです。92歳の初女さんを待たせてはいけないと、年が明けて弘前に飛んで行きました。

殆ど交流のなかった作家との旅行…この展開に私は緊張していましたが、
会って程なくランディさんって初女さんと似ていると思ったのは、
どんな人にも分け隔てなく接して下さるということです。
これは、簡単そうでなかなかできないことです。

それと、さり気ない心使いも…直ぐに打ち解け楽しい旅となりました。
初女さんはその時「ぬか床は生物多様性だと思うの。

ランディさんに生物多様性のその先を書いて欲しいの」と言われたのです。
初女さんが一番伝えたいことを託す人、それが田口ランディさんなのです。

私はこの難問の宿題を貰ったランディさんを他人事のように見ていました。

ところが、つい最近

『みんな初女さんを見ているけれど、本当は初女さんの横に立って初女さんと同じものを見つめなければいけないのよね』

というランディさんの言葉に出会い衝撃を受けました。
私は初女さんが見ているものを見ようともしていなかったのです。
ランディさんの本質を突く言葉に立ち止まされ、自分を見つめる私
語りたくても言葉にできなかったものを、ランディさんに託す初女さん

初女さんにとっても、私にとってもランディさんは大切な人です。

このランディさんと共に、初女さんのことをわかち合いたい!という思いで
「いのちのエール 初女おかあさんから娘たちへ」の準備をしています。
心響く集いになることを、心に描きながら…

                山﨑 直



いのちのエールイベント特設ページ
# by flammableskirt | 2016-06-15 16:40
大好きな青森のお母さん、
初女さんのことばをお伝えします。

あなたはとってもとうといの
やさしく、そっと、たいせつにね。


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「いのちのエール」
 
講演:田口ランディ(作家)
「佐藤初女さんから娘たちへ」


映画上映「地球交響曲第2番」
 


2016年7月15日(金)
18時半開場・19時開演  21時終演
定員300名・全席自由 チケット:2,500円
かなっくホール(神奈川区民文化センター)

※京浜東北線・横浜線の東神奈川の駅から1分
 都心からも近いです

アクセスはこちら
facebookでも情報発信中(初女さんのすてきな写真がアップされています)
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講演会「いのちのエール」
開催にあたって

森のこもれび 山﨑 直

今年の2月に佐藤初女(はつめ)さんが亡くなり、動けなくなってしまった自分がいました。
ようやく「元気になりたい!」という思いが立ち上がって来た時に、追悼ではなく、初女さんのことをわかち合う集いをしたいと思ったのです。
もし追悼としたなら、初女さんのことを知らない人は、足が遠のいてしまうでしょう。
佐藤初女さんのことを、全く知らない人たちにも来て欲しいと思ったのです。
そんな時、田口ランディさんの著書『いのちのエール 初女おかあさんから娘たちへ』を読み「初女さんから教えてもらったことを、次の世代の人たちに伝えるために、心のバトンを手渡すような、そんな気持ちで、書きました。」
という一文が目に飛び込んで来て「これだ!!」と思ったのです。
講演会では、初女さんの出演する「地球交響楽第2番(ガイアシンフォニー)」の映像と田口ランディさんのお話で佐藤初女さんの心を感じて頂けたらと思います。
初女さんは「出あいは未来をひらく」と言っていました。この日の出会いが、どんな未来に繋がっていくか楽しみです。
わくわくしながら、皆さんのお越しをお待ちしています。


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プログラム
1. 佐藤初女さん紹介ビデオ(ガイアシンフォニー2番より)
2. 講演:田口ランディ
「いのちのエール・初女おかあさんから娘たちへ」
3. わかち合い
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お申し込み方法
●あらかじめメールまたは電話にて、お名前・ご住所・電話番号・枚数をお知らせ下さい。
電話:046-834-0386(山﨑)
メール:komorebi@sc4.so-net.ne.jp

●予約の確認連絡から10日以内にゆうちょ銀行へお振り込み下さい。
(10日を超える場合は自動的にキャンセルになりますので、改めて予約確認をお願い致し ます)
●お振り込みをもってご予約が確定致します。
●振込用紙の控えはチケットと交換させて頂きますので、当日必ずご持参下さい。 (チケットの郵送はありません)
●託児はありません。車椅子ご利用の方は、事前にお電話でお知らせ下さい
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お振込み先
ゆうちょ銀行 振替口座:00280-6-81909 名称:森のこもれび
振替口座へ銀行からお振込みの場合 支店名:029店 当座 0081909

主催:森のこもれび http://www014.upp.so-net.ne.jp/m-komorebi/ 協賛:ミュージックハーベスト 後援:神奈川県教育委員会、中央公論新社
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田口ランディ(たぐちらんでぃ)
1959 年生まれ・女性・2000 年に処女作「コ ンセント」を出版。大ベストセラーとなる。デビュー当時から佐藤初女さんと交流、初女さんの生き方に感銘を受け数多くのエッセイを執筆。2015年には交流を綴った「いのちのエール 初女おかあさんから娘たちへ」(中央公論新社)を出版 「初女さんとの約束」であった本の出版はお互いの誕生日である10月3日に。翌年、2月に初女さんは逝去。

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(写真は2015年7月 佐藤初女さんと共に)


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イベントに寄せて
『初女さんとの出会い』

田口ランディさんに「すなおさんは、どうしてそんなに初女さんが大好きなの」と聞かれたとき、間髪入れず「初女さんがいなかったら、今の私はいないから」と答えていた自分がいました。
そう、初女さんに出会っていなかったら、あの悲しみと折り合いがつけられずいまだに「なぜ」を繰り返していたかもしれません。
 「元気が取り得!」と言っていた息子が、放課後、友達とリレーをした後で「疲れた」と言って校庭に寝転がり、なぜかそのまま心臓が止まってしまったのです。
何がなんだか分からないまま葬儀を終え、2~3日経ったときに息子の空のお弁当だけが返ってきたのです。
最後に息子が食べたのは、私が作ったおむすびでした。
もっと美味しいものを食べさせたかった。この思いは消えない苦しみとなってさらに私を苦しめていきました。
悲しむことにも疲れ果て、ボロボロになっていた時に、新聞の小さな告知で初女さんの講演会を知り飛んで行きました。初女さん出演の『ガイアシンフォニー2番』を観て泣き崩れてしまいした。
そして、講演で初女さんが「おむすびはソウルフードです」と話されたのです。
その一言で、息子の最後の食べ物が「おむすび」で良かったんだと初めて思えました。帰って直ぐに初女さんに手紙を書きました。すると間もなく「佐藤です」というお電話があり、夢のような思いで初女さんのお声を聴いていました。
森のイスキアに呼んで頂き、息子の写真を長い間見ていた初女さんの頬に一筋の涙が伝わっていくのを見た時、私の抱えて来た悲しみや苦しみはすべて受け止められた。生きていこう!と、思えたのですあれから13年。
講演会を6回やらせて頂き、最後の講演会が田口ランディさんとの対談でした。
ランディさんとの出会いも初女さんが与えてくれたのです。
今年の2月に初女さんが亡くなり、心の中に初女さんの存在と不在を感じながら、ランディさんが語る初女さんを聴きたく、講演会の準備をしています。
「初女さんとの出会いなくして、今の自分はいない」
どんなに歳を重ねても、この思いは色あせないと思います。

森のこもれび 山﨑 直

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いのちのエール」講演会を応援しています。
 エッセイスト 山田スイッチ

2014年11月24日に、佐藤初女さんと田口ランディさんの
講演「深き森の語らい」を聞きに、青森から逗子文化なぎさホールへ出かけた。

初女さんはこの時、たしか92歳だった。
大好きな初女さんと、ランディさんの対談。
どんなことを語られるのかと、のんきにわくわくしていた私は
講演が始まってすぐ、田口ランディさんが初女さんへと朗読された
詩によって、あまりにも深い深い場所へ意識を連れていかれ、
呆然と涙を流していた。

「自分が
 自分が
 そう思って生きて来た
 自分のことばかり考えて
 自分の都合を押しつけて
 何かをしてあげようと思い
 してあげることに夢中になり
 相手の話はよく聞かず
 一を聴いて十を知った気になり
 何かが上手くいかないと
 外側に理由を探し
 苦しいのは自分だけだと感じ
 持っているものの有り難みをわかろうとせず
 ないものばかりの数を数えて
 ああしようこうしようと計算し
 思い通りにならないと
 腹を立てて苦しみ
 苦しいことも全部人のせいにして
 誰かが自分を幸せにしてくれると思い
 叶わぬと嘆いて
 手に入らぬものは あれはすっぱい葡萄だといい
 手に入れたものは たいしたものではないと満足が出来ず
 そういう自分をどうにかできると思い
 自分ではないものに憧れて
 自分が
 自分がと
 自分のことばかりしゃべってきた
 自分のことばかり考えていると
 だんだん苦しくなってどうしようもなくなって
 心が破れそうになった
 そんな時
 初女さんは
 そっと教えてくれました
 言葉を超えてね
 言葉を超えるってどういうことかな
 と思った
 ずっと分からなかった
 言葉はいつもここにある
 私を満たしている
 私は考えで一杯
 でも初女さんの隣にいる時
 しんとする
 初女さんはとても静か
 ああ、なんて静かで深いんだろう
 深い森の中の湖のよう
 ほんとうは静かになりたい
 求めているのは静けさなのに
 心はいつも波だっている
 この静けさに、触れたい
 何も話さなくていい
 ただじっと、この沈黙の中にいたい
 沈黙の中にある 無音に耳を澄ます
 こんなに豊かな静寂が
 言葉と言葉の間に満ちている
 すると、はるか遠くから
 私を呼ぶ声がする
 呼ばれた時
 やっと私はここにいると気づいた
 呼ばれている
 空の果てから美しい鐘の音に
 なんだ、私はあの音に
 ずっと呼ばれていたんだ」
 
田口ランディ「いのちのエール 初女おかあさんから娘たちへ」
(中央公論新 社)より

詩が朗読されて、一瞬のうちに
会場の空気が変わった。
誰もが、自分の深い場所へと連れていかれ、
自分の心と呼応していた。

朗読を聞き、初女さんが
「まあ有難うございました。何と申し上げてよいのか。胸がいっぱいになりまし た……」とおっしゃって。初女さんとランディさんは、本当に一つ一つ の気持ち を、正確に伝えようと丁寧に、お話をされて。どんな深く抽象的なことにも、明 瞭に答える初女さんは、本当に年齢を感じさせなかった。

たくさん涙を流した講演の後、
楽屋でお休みになっていた初女さんのお姿を見て、お声をかけられなかった。
初女さんは来場者の方のすべての質問にランディさんと答え、講演時間は長かった。
あれほどがんばった初女さんに、これ以上の気遣いをさせたくなくて。
心の中に「行っちゃダメ」という声が響いた。

この変な気持ちを帰り道、細々とランディさんにお伝えすると
「みんな、初女さんを見ているけど、
本当は、初女さんの横に立って、初女さんと同じものを見つめなければいけない のよね」と、おっしゃってくれた。
初女さんの観ている世界。そこに、少しずつ近づいていきたい。

この講演会が、「森のこもれび」を主宰する
山﨑直さんという、普通の主婦の方が企画し、運営したと聞いて
私は驚いた。
大きなホールに人をこれほど呼ぶには、大変な苦労があったはずだ。

そして初女さんは、直さんが一つの講演会を成功させると、
「次はこんなことをしましょう」と、新たなお題を出されたという。

初女さんが最期に出されたご著書『いのちをむすぶ』(集英社)
では、こんなことが語られていた。

動く……

「悩んでいる人も
本当はどうすればいいかわかっています。
私は、本人が気づくのを見守るだけ。
自分で納得して答えが出せた人は
すぐに行動に移ります。
まわりが驚くほどに
あっさりと変わっていきますよ。

過去にとらわれると
後悔だけになってしまいます。
「過去は終わりました。
また新しく進んでいきます」
と考えてください。
お水もじっととどまっていると
くさってしまうでしょ。
心もまたおなじで
動くことによって生かされるのです。」

初女さんからの、メッセージだと思った。
同じところにとどまらず、動いていきなさいと。
「さあ、動いていきなさい」と。
 
私たちは、初女さんの教えを守って
動いていこうと思う。
ランディさんから語られる初女さんの言葉!
楽しみです。

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(弘前「森のイスキア」にて 山崎直さんと山田スイッチさん)

みなさんのご参加をスタッフ一同楽しみにしています(このイベントは営利目的ではありません。収益が出た場合は森のイスキア、森のこもれびの活動に寄付されます)。
# by flammableskirt | 2016-06-08 19:08
6月4日のアートワークショップは大盛況、アーティストの中津川浩章さんご夫妻も参加してくれて、絵画ワークと工作ワーク、思いっきり楽しみました。芸術は爆発だー!臨床心理士の中谷恭子先生も参加。発見と驚きの一日でした。参加してくださったみなさんありがとう。兵庫県から来てくれた親子さん、本日の講演でもお会いしましょう。よろしくお願いします。
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毎年6月に、湯河原で中谷恭子さんの講演会を企画している。中谷さんとは20年来の友人。亡くなった精神科医安克昌さんを偲ぶ会で出会い、彼女の精神医療への取り組みにめっちゃ共感。「す、すごい、この人と絶対に友だちになりたい!」と思った。

今回も、恭子ちゃんに2泊、我が家に泊まってもらい一緒に過ごした。そして、彼女の人間観察力、集中力の高さに圧倒された……。半日のワークショップに参加してもらったのだけれど、その間にどれくらい人間を観ているか。私だって観察力はあるほう、なんて思っていたのだけれど、激しいショックと驚き。人間に対する興味がケタ違いであることを痛感。ああ、なんて何も見ていないんだ!と、清々しいような敗北感。

「神経は小指の側から発達していくから、親指とひと指し指がうまく使えない子は言葉の発達も遅い。あの子は手先が不器用だったから言葉は単語くらいしか理解していない」とか、「漢字を鏡文字で書いていた」「周りを気にしてアンテナが立っていてよけいな情報を拾いがち」「裂けるチーズの感触は自分の口の大きさに合せられるので安心する」などなど、目からウロコのすさまじい発言を繰り返し、どの指摘も的確。

恭子ちゃんは人間が好きなんだ。人間に見惚れているんだなあ……と、今回、一緒にワークショップをやってみてつくづく思った。これからはもっと恭子ちゃんと一緒にワークをやりたい。友だちだから二人で過ごす時はダラダラ飲んでばかりいて、彼女の人間観察力を私が観察できていなかった。ほんとうにすごい人なんだと、自分の友だちの魅力を再発見。ますます恭子ちゃんを好きになったし、「この人はすごい!」と最初に思った私の直感は正しかったんだ。

もっとこの人のスキルをいろんな人に知らせたいなあ。彼女と一緒に仕事ができる若い人たちは幸せだ。こんな観察力、身近に感じることができるなんて、最高にクリエイティブ。観察力や注意力がまだ自分はこの程度か、と思えて幸せ。また明日から、初心に戻ってスタニスラフスキーのメソッドに取り組もう。がぜん、楽しくなってきた。優れた人と一緒に過ごす時間は素晴らしいね。

中津川浩章さんと一緒にワークショップが出来たことも、刺激的だった。あ、他の人はこんなふうにワークするのか、こういう課題を与えるのか。こう考えるのか。一つ一つが新鮮で、次はこうしてみようああしてみようと、どんどんアイデアがわいてきて、次の8月の子どもたちとのワークショップが待ち遠しくなってきた。

自分とは違うジャンルの人たちと共同でなにかをするのは、刺激的で、わくわくして、たまらなく楽しい。発見ばかり。こんなにいろんなことを教えてもらってありがたい。やっぱり人間こそ最上級のメディアで、人間からじかに学べることはいくつになっても無限にあり、学ぶ喜びは尽きることなく、生まれてきてよかったなーとしみじみ。みんなの力を借りてじぶんが学んでいるんだなあ。ありがたいなあ。

兵庫県から泊まりがけでやってきてワークショップと講演会に参加してくれたJYOさん。「楽しかった、サイコーでした!」とほんとうに感激してくれた様子。「また会いましょうね!」とお別れするとき、あれ、ずいぶんと身軽に去っていくなあ……と思ったのだけれど、後から置き去りにされたリュックを発見。これはJYOさんのでは? と思って連絡をすると、やっぱり荷物を持たずにもう駅まで行ってしまったとか。リュックを置きわすれるほど楽しんでくれたのか!と思うとうれしい。取りに戻って大変だったね。JYOさんは、私に「君は兵庫の山田スイッチだ!」と言われてきょとんとしていたけれど、友人のスイッチさんと似てるんだよ。だから、いつかスイッチさんと会わせたい。ぜったいに気が合うはず……、そう思っていたら、名前も聡子で一緒だった!これはもう出会うしかないね!

今回のワークショップで、中谷さんや、中津川さんと一緒にワークをして、興味があるから観察する。興味や関心って愛なんだ、と実感。人間が好きで、愛情をもっているから興味が生まれて、それで魅入ってしまう。やっぱり愛なんだよ、観察って。エゴじゃなくて、純粋な興味。マザー・テレサが「愛の反対は無関心」……のようなことを言ったと聞いたことがあるけれど、関心が愛だということを納得すると、マザーの言葉の意味が立体的になるなあって思った。実感をともなわない言葉や文章は平べったいけれど、言葉がいきなり立体になって手触りを感じる瞬間があって、そういうとき、なんかすごくしあわせだ。

すてきな二日間でした。みなさん、ありがとう!

田口ランディ
# by flammableskirt | 2016-06-05 11:46
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湯河原町で発達障がいの会「色えんぴつ」を始めて七年が経ちました。たくさんのイベントを企画してきました。この小さな町に全国の方が参加してくださいました。「色えんぴつ」は一人ひとりの個性をだいじにする会。どんな方でもご参加いただけます。発達障がいをもつお子さんはとてもナイーブなのでなかなか大勢のなかで遊ばせることが難しいと、親ごさんたちは気にされていますが、健常、障がいにかかわらず、アートや演劇を通して楽しく過ごしてくれました。

今年は8月のサマースクールの前に、2日間にわたり日帰りのアートワークと講演会を行います。発達障がいや思春期の不登校、うつなど、幅広い臨床経験をおもちの中谷恭子先生を神戸からお迎えして、一緒に遊びながら、子どもたちとの接し方をお聞きします。田口ランディも参加して一緒にアートワーク、そして対談を行います。

ご参加をお待ちしています。お一人でのご参加も歓迎です。福祉やアートに興味がある方もぜひご参加ください。すてきな「光の箱」を作ります。

参加希望の方はメールでお申し込みください。
ちょうど湯河原は蛍の季節。ワークのあと蛍と温泉もぜひお楽しみください。

開催日時
6月4日(土)
11時開始 16時終了
場所 宮上幼稚園
ランチ&アート・ワークショップ
「宝石のような光る箱を作ろう!」
きらきらの光の箱をみんなで作ります。誰でも作れて簡単だけど「えっ?宝石みたい」って思うほどきれいです。親子参加でぜひどうぞ。一緒にお昼を食べて楽しい一時を過ごしましょう。
お一人様の参加も歓迎です。工作好きの人!子ども好きの人!童心に戻って遊びましょう。

参加者同士のわかちあい
参加費 大人2000円 子ども1000円
定員 25名

6月5日(日)
中谷恭子&田口ランディ
わくわく生き方講演会
14時開始 16時半終了
場所 宮上幼稚園
第一部 臨床心理士・中谷恭子先生の講演会
テーマ「毎日が幸せになる心の持ち方」
子育て・介護・うつ・上手に乗り切る心の持ち方
歳二部 中谷恭子先生と田口ランディさんの対談
テーマ「悩みが幸せの種になる」
自分を大切に人も大切にする生き方
定員 60名

16時半~17時半 希望者の親睦会
(簡単なお茶会です)
講演会参加費 1000円
(講演中はお子様をプレイルームでお世話いたします)
両日とも、場所は宮上幼稚園の講堂です。
http://miyakami.justhpbs.jp/

◎中谷恭子先生のプロフィール
東北大学教育学部教育心理学科卒業後、現在は兵庫県立光風病院社会復帰療法部に勤務。約30年間、発達障害と関わっている専門家で、病院に勤務の傍ら、多くの子供と接し、学校や地域社会の講演会や研修会などを通し、発達障害・精神障害など、障害の特徴を的確に捉え、それを当事者と関わる人々に誤解なく伝え、家庭・学校・地域社会等々、その人の暮らしている場所や人との関係をより良いものにしていく活動を続けていらっしゃいます。
◎田口ランディ先生プロフィール
湯河原在住の作家・女性・数々のベストセラー小説を出版。広く人間の心の問題をテーマに執筆活動を展開。介護や精神障害・原発や水俣病などの社会問題・仏教にも深い造詣をお持ちです。2001年婦人公論文芸賞を受賞。エッセイや紀行文にも定評があり、作品は海外にも翻訳され高い評価を受けていらっしゃいます。

お申し込みはこちらへ
m.youchien@nifty.com
担当・井上

# by flammableskirt | 2016-05-12 17:29
満員御礼!締め切らせていただきました。ありがとうございます。
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魂を癒す演劇ー 田口ランディさんとお話会

気づけばいつも悪いパターンにはまっている。人間関係、恋愛、仕事、あ、また同じことやっている。わかっちゃいるけどやめられない。でも、いったいこの私を演じているのは誰なの?ほんとうにこの私でいたいの?
どんな役を生きるかは自分で決められます。
できないと思っているだけ。
演劇という遊びを通して、なりたい自分について考えてみませんか?

ゲスト:田口ランディ(作家)
司会:中野 左知子(ドラマセラピスト)
日時:2016年5月27日(金)19:00 - 21:00
場所:スノドカフェ七間町
(静岡市葵区七間町7-8)
   TEL:054-260-6173
料金:2,500円(1ドリンク付)

お申し込み
facebookのイベントページページに参加表明する
https://www.facebook.com/events/929457817152725/

メールで申し込む
rdtsachi@gmail.comまでご連絡ください。


大学で演劇を学んでいた頃、「魂を癒す演劇」という考えに出会い、衝撃を受けました。そしてそれこそが、私が学びたいと思っていたこと、私の将来につながるものだと確信しました。そしてとことん考えた結果、私はドラマセラピストになる、と決意しました。 
演劇は本当に心の癒し、自己成長や精神修行の方法となるのでしょうか?

今回、作家の田口ランディさんをお招きし、演劇の持つ力について語り合う会を開催できることになりました。スタニスラフスキーを学ばれているいるランディさんとお話ししながら、観るだけではない演劇の可能性を探ることができたら、と思っています。30名くらいの小さなお話会です。気軽にいらっしゃってね。

(中野左知子)
 
 

 
 
# by flammableskirt | 2016-03-31 13:44
写真家・鬼海弘雄さんを知らない方は、まずはちくま文庫から出版されている「世間のひと」という写真随筆を読んでみてください。必ずこの写真家に興味をもつはず。「世間のひと」は表現を生業にしているいろんな友人にすすめてきたけれど、誰もが大絶賛だった。
ひたすら浅草に通い、人々を撮り続けた写真。ポートレイト。それも構図を計算し尽くし、人物だけを真正面からがっちりと捉えた写真。ヨーロッパの巡回個展も大入満員。メディアからも高い評価を受けた。これはマドリッドでの個展の映像。現地メディアが作ったもの。

本人はといえば、シャイで、頑固で、ナイーブで、優しくて、厳しくて、それらのじぶんの多様性を他人に見せることができる根本的な強さをもった人。

弱さは仮面をかぶるけれど、強さは多面を見せる。鬼海さんを見ているとそう思う。
最近、インドを旅してきた鬼海さんは帰国して「インド病だ……」と言う。鬼海さんの撮ったインドは、すごくいい。基本、彼の写真はモノクロ。なのに色がある。色が見える。モノクロだからこそ、見える、インドの色。美しい。写真の前を動けなくなるほど、いい。構図が最高だ。この瞬間をつかまえるのが写真家で、写真家はみんな予知能力者だ。

鬼海さんの風景写真は、私が知っている昭和の時代、劇作家・山崎哲さんが言うところの「人間の裏」を、風景に透かして撮っているところだ。表ではなく裏。
平成に入って、表現者が裏を捉えられなくなった。裏が消えた。フーテンの寅さんも、仁侠映画も、演歌も、美学があった。裏が消えたら表はなんと薄っぺらいことか。裏の美がある。そこを芸術が内包してこそ文化が深くなる。

頭が否定したところで美は美なのだ。つまるところ、美に表も裏もないのだけれど、頭が優劣をつけたがる。でも、からだは知っていて、裏の美と出会うと、生き別れた恋人と会った時みたいに、せつない。鬼海さんは、裏をがっつり捕まえて、妥協がないから、ヨーロッパで高く評価される。日本は、実に裏がいい。

今回の新作写真集は限定800部で、編集者がこだわりにこだわって作っている。版も大きい。印刷の上がりはかなり良さそうだ。印刷のいいものを見たいことのない人が増えた。印刷で写真がどれほど違うか、それは、良い印刷を見れば瞬間わかる。背筋がぞっとするから。印刷にこだわる印刷所と編集者の力がなければ、とうてい実現できない。どんなに社会がデジタル化しても、印刷は職人芸。刷り上がりが楽しみだ。
詳しくはこちらのサイトをhttp://www.kazetabi.jp/
# by flammableskirt | 2016-03-27 12:36
定員いっぱいになりました。ありがとうございます。

湯河原太極拳合宿のお知らせ

梅沢先生の女性らしく優美で、しかもしっかりと武術の太極拳をいっしょに学びませんか?
初めての方でも参加歓迎。私の地元湯河原で、海を見ながら自然と触れあい、太極の世界を体験していただけたら。先生の御好意で信じられない格安価格で実現しました。
あと6名分のお部屋が残っています。定員になり次第締め切りになりますので、ご興味のある方はお早めに申し込んでくださいね。

◎合宿概要
日時 4/16(土)13時集合 ~ 4/17(日)13時頃解散 (現地集合・現地解散)
講師 太極拳指導家 梅澤多賀子
【主催】plumtaichi 梅澤多賀子

宿泊ホテルに集合の後、お稽古会場へ移動します。参加費はお一人様28,000円(税込)です。レッスン代、宿泊代、食事代(夕食・朝食)込みとなっております。お部屋は全てツインルームで相部屋になりますことご了承下さい。相模湾を一望する海辺の丘に建つ、全室オーシャンビューの素敵なホテルです。
◎お申込み方法
必要事項を明記の上、下記のメールアドレス宛にメールをお送りください。お支払口座をメールにて送信させていただきます。お支払いの確認をもって申込完了となりますのでご注意下さい。完了後に合宿詳細をメールにて送信いたします。確認に数日かかる場合もありますことご了解下さい。定員20名に達した時点で〆切とさせていただきます。不明な点やお問い合わせもメールにて承ります。(*今回の参加者は女性限定とさせていただいております。)
件名:湯河原合宿申込み    合宿幹事/Rie 《メールアドレス》 slothrie@i.softbank.jp
①お名前(ふりがな)
②ご連絡先電話番号 *当日もご本人と連絡がとれる電話番号
③ご連絡先メールアドレス 

◎合宿スケジュール
4月16日(土)
13:00集合「ホテル ラ・シェネガ」 ※JR真鶴駅より徒歩15分/車・タクシー5分 http://www.lacienega.co.jp/
↓ 太極拳に必要な荷物だけ持ってお稽古会場ヘ移動(徒歩15分)着替えは稽古会場の更衣室を利用できます。海沿いを散歩しながらの移動です。
13:30太極拳お稽古 「湯河原町 ヘルシープラザ」3F http://www.yugawara-healthyplaza.jp/
17:00終了 →ホテルまで移動~ディナーまで自由時間
18:30ディナー *ホテルのレストランで参加者全員にて懇親会 
          田口ランディ&梅沢多賀子の太極拳トーク

4月17日(日)
6:30~7:30朝稽古(予定) ホテル近くの屋外を予定しています。必要な方は靴のご用意。*自由参加
7:30~9:00各自朝食・チェックアウト (部屋冷蔵庫など館内利用の各自精算を済ませて集合)
9:00 ホテル出発 → お稽古会場へ移動(徒歩15分)*ホテルにて荷物は預かってもらえます。 
9:30太極拳お稽古 「湯河原町 ヘルシープラザ」2F 
13:00解散   ※集合・解散時間以外のスケジュールは凡その予定です。時間の目安としてお考え下さい。
◎お稽古に必要なもの
・稽古着(太極拳パンツ、ジャージなどスポーツができる服装)
・靴(太極拳シューズ、靴底の薄いスニーカーなど屋内で使用できる靴)
・タオルや飲み物(お水、お茶、スポーツドリンクなど)         



*梅澤先生より*
こんにちは。梅澤多賀子です。
合宿ならではの練習をしたい と思います。
日にちを置かずに2日間練習できるので、体にも頭にも持続力が生まれます。
得たものを噛み砕いて、生かしてくだされば 嬉しいです。
太極拳は上達においては一歩一歩進むものなので、先を急ぐことなく、ゆったりとした気持ちで一緒にお稽古してください。 素敵な時間になると思います。 心からお待ちしています。
《plumtaichi主催》梅澤多賀子
                          
田口ランディ
梅沢先生に太極拳を習い始めて4年になります。
まだまだ初心者ですが、太極拳の奥の深さにどんどん魅せられています。
痩せました! 肩凝り、腰痛などの職業病から開放されました。
なにより、ゆったりした動きですが通常とは違う筋肉を使うためからだの感覚が研ぎ澄まされ、
身体を意識できるようになりました。
集中力や、リラックスする状態を体感できるようになりました。
多くの方に太極拳の素晴らしさを知ってほしいです。
# by flammableskirt | 2016-03-13 12:09
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ものごとのしくみ……。奇妙な言葉ですけれど、ひとつの出来事について考えていくと、いろんなきっかけ、環境、人物や、要因が複雑に……いえ、案外とその場面では単純なのですが、絡み合って、歴史が動いていくのがわかってくるんです。

そういうなかで、事件が起り、展開し、また新たな出来事を生みだしていく。その万華鏡のような様相には、ほんとうにすべての人間が関わっているのです。だから、ある一面だけを取り出して、説明しても、そこには必ずズレがあり、真実ではありません。

そのことを理解しつつ、ズレてしまうどうしようもない断絶を諦めつつ、書いた本が「ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ 原子力を受け入れた日本」(ちくまプリマー新書)です。

ここでは、第二次世界大戦でなぜ核兵器が使用されたのか、を、科学史と経済史を追いながら解説しています。当時、どれほど熱烈に世界中の物理学者が「原子核」の存在を追求していたか。ナチスドイツの台頭が、科学者にどんな影響を与えたか。

その後、日本が被爆国でありながら原子力大国になるのは、東西対立の構造があり、それは経済史と深く関わっていること。ナショナリズムとは何か。右翼と左翼という言葉はどうして生まれてきたか……、それが、なぜ福島の原発事故と結びついていくか。なるべく多角的に解説しています。

本書は、福島第一原発事故が起った2011年9月に出版しました。ずっと考えてきたことだったので書く準備は整っていました。歴史的にはヒロシマ・ナガサキと、フクシマの被曝はつながっています。それはほんとうに人類規模のスケールで展開されました。

なおかつ、個々の人間のその時その時の小さな感情が大きな事件の引きがねになっています。人間の感情が歴史を動かしている、どんな場合でもそう感じてしまいます。

わたしたち一人ひとりにできることは、じぶんの感情に責任をもつことなのかも。なぜなら、感情が行動を引っ張っていくからです。行動には責任をもてないのです。行動は常に現在完了形だからです。状況のなかでそれぞれが、関わって、やってしまったことは、どうしようもありません。

5年経ったいまのほうが、客観的に歴史の流れを感じられるはず。
中学生にも理解できる文章で書いています。図書館にもあると思います。
イデオロギーを主張する本ではありません。
3月11日が近くなりました。
この日が、一年に一回、核の歴史を思い出す日になればいいな。



「ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ 原子力を受け入れた日本」ちくまプリマー新書

感想ブログ「マイケルと読書と」

現実に5年経って、見えるもの。なにかを、感じていただけると思います。
薄い本です。
# by flammableskirt | 2016-02-27 10:20
ありがとう!
あなたにであえたことが始まりのとき。
ここに花は開くよ!
3月11日のために書いた詩「こうふくのしま」に、いろんな方が曲をつけて歌にしてくださいました。ことばが歌となって風にのってうんと遠くまで飛んでいきますように。他にもたくさん送っていただきました。歌うって、最高の祈りですね。

「こうふくのしま」

作曲と歌 koyomi
作詞   田口ランディ
写真協力 田淵フェアリ




作曲:竹森巧(アップダウン)
作詞:田口ランディ
編曲:中原裕章、竹森巧
歌 :小此木まり
写真協力 トニー谷内&縄文友の会



「こうふくのしま」歌詞
 たぐちらんでぃ

ありがとう あなたにであえたことが
はじまりのとき ここに花はひらく
あなたの目に映っているのは
この世でいちばん うつくしいわたし
苦しくて苦しくて もがいてたときも
あなたのなかに わたしはいたんだ
まなざしにだかれて眠った浜辺
心は静かなさざ波となる

ありがとう あなたにであえたことが
はじまりのとき ここに花はひらく
あなたの目に映っているのは
この世でいちばん うつくしい海
貝殻のこだまに 耳をすまそう
呼びあう名前も 海へとかえる
まなざしのなかに蘇るいのち
かたちあるものはないことを知る

ありがとう あなたにであえたことが
はじまりのとき ここに花はひらく
あなたの目に映っているのは
この世でいちばん うつくしい空
立ち上がる影 生まれ変わる街
はるかに広がる こうふくのしま
長い階段をまたひとつ登ったね
悲しみはひらくよ永遠のドア

作曲・演奏 美炎


# by flammableskirt | 2016-02-25 00:54
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「荻窪6次元トークライブ」
映画「FOUJITA}の作られ方
出演 小栗康平監督 聴き手 田口ランディ
2015年10/21(水)
時間:19:30〜 (19:00開場) 話が尽きるまで
料金:2,000円(ドリンク付)
荻窪「6次元」へのアクセス

今また脚光を浴びている画家、藤田嗣治の半生を描いた映画『FOUJITA』(フジタ)が、2015年11月14日(土)より角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国ロードショー公開されます。
監督・脚本は世界的評価の高い作品を撮りつづけてきた小栗康平さん。
『死の棘』で第43回カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ&国際批評家連盟賞をダブル受賞、『泥の河』『伽椰子のために』『眠る男』などでも、各国の映画賞を受賞してきた小栗康平監督の10年ぶりの新作。小栗映画の集大成とも言える「FOUJITA」に監督はどんな思いを込めたのか。そして、なぜいま「FOUJITA」なのか。
小栗監督の友人である作家の田口ランディさんと共に映画『FOUJITA』製作の秘密、さらに小栗映画の魅力に迫ります。
独自の映画手法を持つ小栗康平監督の言葉に生で触れるチャンス。

予約:件名を「FOUJITA」とし、お名前、お電話番号、参加人数を明記の上、 rokujigen_ogikubo@yahoo.co.jp(ナカムラ)までお申し込みください。
# by flammableskirt | 2015-10-14 16:03
の研究会はどなたでも聴講いただけます。
無料です。予約等は不要ですので、当日に会場にお越しください。


40回身心変容技法&ワザ学・こころ観合同研究会
日時:2015年10月22日(木)13時~17時30分
発表①大田俊寛(埼玉大学非常勤講師・宗教学)「『人間を殺傷しうる人間の』問題~イニシエーションの本質と宗教的暴力」
発表②田口ランディ(作家)「意識変容体験の負の側面」
コメンテータ-:島薗進(上智大学グリーフケア研究所所長・宗教学)
司会:鎌田東二

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# by flammableskirt | 2015-10-09 17:00
NHKカルチャー 京橋教室にて特別講義
「田口ランディがいまお伝えしたいこと」
10月24日土曜日
14時30分から16時まで


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大阪のNHKカルチャー文化講座に呼んでいただきました。
大阪の雰囲気が大好きなのでとても楽しみです。
時間があるのでワークショップ的なことも。
実践的な瞑想の方法などもご要望ばあればなんなりと。
当日に参加者の方たちと会って、細かなメニューは決めようかなと思っています。
申し込みはネットでできます。
終了後にオフ会をしたいけれど、誰か幹事をしてくれないかなー。
名古屋でのオフ会はとっても楽しかったです。
大阪でもできたらいいなー。

https://www.nhk-cul.co.jp//programs/program_1087544.html
# by flammableskirt | 2015-09-16 14:49
終了しました。ほんとうにたくさんの方が来てくださって感激です。
ありがとうございます。

築地本願寺の仏教文化講座
総合テーマ「縁」


「袖すり合うも多生の縁」
講演 田口ランディ
2015年9月26日(土)15時〜16時半
※予約不要・入場無料です



重要文化財に指定されている由緒あるお寺
築地本願寺にて講演をいたします
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「縁」とは仏教のものの考え方の核心。わたしたち日本人になじみの深い「縁」ということばに秘められた深い哲学を、日々の出来事に感じられたらすてきです。
誰にでもわかることばで、楽しく、仏の教えを「今」の感覚で、体感できたらと思います。
どなたでもお気軽にご参加くださいね。

場所 築地本願寺本堂
東京都中央区築地3−15−1

   電話 03−3541−1131
http://tsukijihongwanji.jp/
# by flammableskirt | 2015-09-12 16:05
秋のスペシャル・トーク・イベント

「田口ランディTalk de night in お茶の水」
 なんでも聞いちゃお、話しちゃおう!

日時:10月6日(火) 19:00~20:30(18:30受付開始)
場所:ワテラスコモンホール
   http://www.waterrascommon.com/access.html
  (お茶の水 聖橋口より歩いて5分)
   〒101-0063 東京都千代田区神田淡路町2丁目101番地

出演:田口ランディ(作家)×ナカムラクニオ(聞き手)
参加費:1,000円(当日支払)
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「神様はいますか?」「愛って何ですか?」
「死ぬってどういうことですか?」

「しあわせになることばの贈りもの」をキーワードに、
作家・田口ランディさんによる1日限りの人生相談室を開設!
司会進行は、話題のトークライブハウス「6次元」
オーナーのナカムラクニオさんです。 

人生で誰もが一度は悩むような哲学的な質問から,
日常のささやかな問いまで、
対談形式でみんなでTalk de Night。

当日、参加者のみなさんからランディさんへ
の質問もお受けします。
極秘映像の公開もあり!お楽しみに。


※終了後、田口ランディさんの著書のサイン会も開催
 10日刊行予定の新刊「いのちのエール」も初出荷!



申込先:event@goodmornings.co.jp
    *お名前、連絡先(電話番号)、参加人数を記入してお送りください。
     介助や手話通訳が必要な方はご相談ください。

※田口ランディさんから
「いつもたくさんのフォロー、ありがとうございます。
 みなさんとオフラインで交流するのを楽しみにしていますね」

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(写真は8月の親子サマーセミナーにて)
# by flammableskirt | 2015-09-12 13:11

ぼんやりの先

 先日、仏教関係の対談で「なぜ仏教に関わりをもったか?」という質問をされて、困った。
 いろんな細い水脈が集まるようにして、大きな川になった。……そんな感じだから「これだきっかけ!」と言うと、なんだか自分で話していて嘘っぽいなあと感じてしまう。

 私が仏教に興味をもつようになった、水脈のひとつに、ユング心理学がある。

 亡くなられた河合隼雄先生の名著「ユング心理学入門」を二十代の初めに読み、自分の知らない世界の見方に触れ、衝撃を受けた。
 以来、先生の著作、講演録、対談などのほとんどを読んできた。いわば、熱烈な河合ファンだった。河合先生は仏教にも造詣が深く、「ユング心理学と仏教」や、宗教学者中沢新一氏との「仏教が好き!」という対談など、仏教関係の著作も多い。

 だから私は仏教書ではなく、ユング心理学という西洋の学問領域から、河合先生の道案内で仏教に近づいてきたのであり、仏教書や教典を読むようになったのは、ここ数年のことだ。

 まったく話は飛んでしまうのだが、私が小説家としてデビューしたのは四十歳の時だった。二〇〇〇年六月に初めての小説を出版し、その本がよく売れた。文学新人賞をとったわけでもない新人の本が十万部を越えて、第一作にして「流行作家」というものになる。びっくりだ。ドリームジャンボ宝くじを当てたような気分だった。

 問題は作家で在り続けるということだ。
 作品を書かなければすぐに忘れられてしまう。年間何百人もの新人がデビューするらしい。しかも本屋の書棚は、百年前の作家たち、夏目漱石や太宰治と陣地争いをする激戦場である。正直なところ、作家として書き続けることのプレッシャーにかなりまいってしまった。野球選手ではないが、ヒットを出し続けなければ二軍落ち……という、焦りをもっていたと思う。

 私が、河合隼雄先生と対談をしたのは二〇〇三年のことだ。その年「富士山」という短編集を出版した。同じ時期に河合先生は「神話と日本人の心」を出版され、ある雑誌から「神話についての対談をしませんか?」と、もちかれられたのである。

 尊敬する河合先生にお会いできる、それだけで嬉しくて、私は二つ返事でお受けした。その当時、先生は文化庁長官として多忙を極めていらしたのに、なんと、対談を受けてくださった。感激と緊張で、私は地面から十センチくらい浮いていたと思う。

 しかしながら、この対談は私の人生において最も辛い、最悪の対談になってしまった。
 対談の最初に司会者が河合先生にこう質問した。
「先生、ランディさんの新作はお読みになりましたか?」
 先生は黙って頷いた。
「いかがでしたか?」
 すると先生は、無表情に答えた。
「ぜんぜん、ダメだね」

 場が凍りついたのは言うまでもない。司会者も私も言葉を失った。その瞬間に私は頭が真っ白になった。なんとか場を取り繕おうと必死になったが、どんな話題を振っても先生は乗って来ない。「うん」とか「そういうこともあるね」などと気のない返事をするばっかりで、対話が続かないのだ。しまいには目の前で大きなあくびなどしている。

 泣きたいような気持ちであった。どうしていいのかわからない。「神話」の話など、まるで立ち上がって来ない。

 途方に暮れた私は、なにがきっかけでか忘れたが、自分の話を始めた。父親がアルコール依存症でたいへん苦労している。父は飲むと酒乱となり、兄は自殺し、母も心労で兄を追うように亡くなった。

 酒乱の父の話題にだけ、河合先生の目がキラリと光った。やっと身を乗りだして来て、お話を始めた。そして、こんなことをおっしゃった。
「私の知る限り、アルコール依存症の人は宗教的な問題を抱えていますね」
 宗教的な問題? 父がそんなものを抱えているのだろうか。
「なるほど、あなたは、お父さんのおかげで作家になったのだね」

 それは、その通りかもしれないが、当時の私には受け入れ難い言葉だった。
 あの頃、まだ父は生きており、父の起こすトラブルに振り回されていたからだ。居酒屋で暴れたり、失禁したり、泥酔して転んで救急車で運ばれるなど、日常茶飯事。専門家に相談しても「底つきが起こるまでは治療できない」と言われた。
 まことに、アルコール依存症は恐ろしい病気である。

 小一時間ほどで対談が終わり、別れぎわに河合先生が私に不思議なアドバイスをくれた。
「あなたは、もっと諸国漫遊しなさい。あっちこっち行っていろんな経験をしなさい。ですが、そのとき、ぼんやりしていなさい。ありのままの自分でぼんやりとしていなさい」
 ぼんやりしろ。結局、それが河合先生からの遺言となった。

 あれから十数年経つが、私はこの時の対談のこと、そして、河合先生の言葉を忘れることができない。いきなり「ダメだ」と言われたことはショックであり、しばらくは先生に恨みがましい気持ちを持っていた。

 そのうち、父が死に、夫の義父母が死に、三人を看取り、北に南に諸国漫遊しながら、現在に至る。
 アルコール依存症の父の看取りは、いい体験だった。末期がんで、次第に現実から遠ざかっていく父を見ながら、確かに父の内面には宗教的な何かがあるように感じた。ホスピスに入り酒が抜けていくと、父の顔は菩薩のようになった。

 依存症の親の家庭に育った子供は「ぼんやり」が苦手だ。常に親の顔色を読み、家族の中の調停役をするのが末っ子の私の役目だった。ぼんやりする余裕のない家庭だったのだ。

 その私に「ぼんやりしろ」と言い残した河合先生は、凄い方だと思う。ぼんやりしては死ぬ、というような家庭に育ってきたのだからなあ。

 ある時、文化庁で河合先生の側近だったという方にお会いした。私が対談の苦い顛末を話すと「河合先生は、興味がない方に会うような時間はありませんでした。そこまではっきりおっしゃるなら、田口さんは見込まれたのでしょう」と、慰めてくださった。

 いやーでも、あれはメゲるよ。

 この十年間、どんな場所に行って、誰と会っても「ぼんやり」という声が響いてきた。
だから「ぼんやり」を心がけてきた。目的意識を持たず、がつがつ漁らず、何かを成そうとせず、求めようとせず、ただぼんやりそこにいること。
取材をするというわけでもないので、結果としてぜんぜん作品にならない。これでいいんだろうか。
でも、いろんな仕事が来る。じぶんの居場所がある。毎日、忙しい。ありがたいことだ。
ぼんやりしていたのが、良かったのだろうか?

 ぼんやりしていていいんですか? 
 先生、ぼんやりしている場合じゃないんですけど。
 地震が起きて、原発も事故っていますけど、それでも、ぼんやりですか?
 わたしはよく、そうやって語りかけた。
 すると「ぼんやりです」という、厳しい声が返って来る。
 「はあ……」

 ぼんやりしていると、周りから助けられることが多く、優しくされることが多く、どちらかと言えば、施される人になってしまう。作家という肩書きを取ってしまえば、私はさして何の役にも立たないオバサンで、特技もなく、運転免許もなく、誰かの助けがなければどこにも行けない。

  そうこうするうちに、ほっておいても、年をとってぼんやりするようになってきた。
  そんなに上を見なくても、下には頼ってくる若い子たちもたくさんいるのだから、子どもや若い子たちを育てながら、じぶんも支えてもらって生きていけばいいか。

  「ぼんやり」の先に、なぜか……仏教があった。
# by flammableskirt | 2015-07-24 17:40
新刊「ありがとうがエンドレス」に応援ありがとうございます。
若い方だけでなく、30代、40代、50代、60代と、口コミでいろんな年代の方が読んでくださって、とてもうれしいです。twitterのつぶやきを本にしたので、誰でも気軽にすぐ読めます。
ちょっと落ち込んだり、人間関係に悩んだ時に「明日もがんばろう!」って思っていただけたら幸せ、そんなふうに思って、娘のためにつぶやいてきた言葉です。
少しでもみなさんのお役に立てたならほんとうによかった。

# by flammableskirt | 2015-07-19 18:33
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今年も長崎市の水辺の森公園で、水辺の森音楽祭が開かれます。原爆で亡くなった方たちに向けてひたすら音楽を捧げるという音楽祭。参加アーティストが増えて盛り上がりそうです。ぶらりと、来て、音楽を聞いて立ち去るだけでもOK。ビールを飲んだり、お弁当を広げたりして、生きている人間は楽しんでいればよいの。観客はお空の上のひとたち。音楽を聞き、地上の幸せな様子を見て、喜んでいただけたらいい。そんな、音楽祭です。ぜひ、遊びに来てくださいね。

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過去の「水辺の森音楽祭」の様子はこちら→http://runday.exblog.jp/16571077/
# by flammableskirt | 2015-07-16 20:44

7月15日に感じたこと

 昨日(2015年7月15日)はニコニコ生放送の国会中継で、安全保障関連法案が衆院平和安全法制特別委員会で可決されるのを観ていました。この日、採決があるだろうことは予想されていたことでしたから、採決されたことへの強い憤慨はありませんでした。

 それよりも、次々と、登壇し、発言する野党議員の方々と、それを受ける与党議員、安部総理のどちらにも、ことばは響き合っておらず、ただの雑音のように行き交うだけで、ことばは、どうでもいいような、がらくたみたいになって、その場に積み上げられ、無視されていることを目にして、じぶんの肩や胸が苦しくなっていることを感じました。

 与党議員の方たちは、すべての方が、今回の安全保障関連法案に全面的な賛成の意向を示しているわけではないにもかかわらず、起立してください、と委員長に言われたときには、立ってしまうのですよね。組織の一員であるから、そうしなければならない、という、頭の理屈で、全員もれなく立ってしまう。立たざるおえない。
 起立するとき、それぞれの心とからだは、なにを感じているのかしらと、じっと見ていたのですが、多くは手を前に置いてただ棒のように起立し、起立し続けることに耐えられないというように、すぐに別の行動、退室するという行動に移っていかれたのでした。

 戦争はイヤだといいながら、軍部に従わざるおえなかった昭和の時代と今は、こんなにも違うのに、人の心は時代とともに変わるわけではない。代議制民主主義は国民の意見を議員に託すものであるのに、それが機能していない。でも七十年という短い時間で、人間の心がそう変わるわけでないのは、いたしかたないことなのだとも思いました。

 「自民党なんか感じ悪いよね」という紙をもって、強行採決に反対している野党議員の方がいました。これは、国会前のシュプレヒコールでも聞いたのですが、この「自民党なんか感じ悪いよね」という、フレーズが、わたしには妙に心に痛いというか……。ああ、この「なんか感じ悪いよね」というニュアンスに込められた、せつなさというか、攻撃され返されないためのオブラートというか、それがいま生きている人たちが、抱えている、他者との対話回路のエッジなのかな、と、そいうことを感じました。

 委員長の採決を阻止しようとして、野党議員の方たちが回りを取り囲みます。手を振り上げいるものの、ゼンマイ仕掛けの人形のような動き。もう採決があることは想定内なのです。だからそれを本当に阻止しようとしている人がいないことは見ていればわかります。それはとても出来の悪い演劇のようなもので、ただ、演じているうちにだんだん気分が高揚してくるから叫んでいる感じなのです。

 委員長は、悲鳴のような声で採決を終えると、急ぎ退室なさいました。そのあと、この場はどのように締めくくられるのだろうと見ていました。

 場が閉じてしまうと、誰からともなく委員長の机の上に「強行採決反対」の紙が置かれました。すると、みんなが、まるで献花をするように、それぞれに持っていた紙……プラカードを委員長の机の上に置いたのです。それは、とても不思議な光景でした。きれいに並べて置く人もいました。とてもていねいに置くのです。投げ捨てるような人、破り捨てて怒りを表明する人はいませんでした。怒ることも、できないのだなあと思いました。

 そして、一人、二人と、とても、あいまいな感じで、やるかたなく、どこか後ろめたそうな雰囲気すら漂わせて、その場を離れていくのです。なかには、最後まで、紙を両手にもって頭のあたりに上げて意思表示をする人もいましたが、それも、長くは続けることができず、うなだれて、すぐ下げて、その虚無感といいますか、自分がなにをやっているかわからない感じといいますか、それは、与党にも野党にも、どこか共通したものでした。

 この方たちは、じぶんがやっていることと、やらされていることが、お互いにわからなくなってしまっているんじゃないか。もう、自分の実感とか感覚から阻害されたところで生きてしまっているんじゃないか、と、そんな感じを受けたことが、私の中にずうんと鉛みたいに残りました。

 そういう中で、とにかくこれを押し進めるんだ、という、なにか強い信念を感じるのは安倍総理だけでした。あまりにも他の人が「気乗りしない」と思っている雰囲気が匂うので、安倍総理の「やる気」はかえって精彩を放っているようでした。

 中継中、辻本清美議員が画面にずっと映っていたのですが、あの辻本さんでもやはり「茶番だ……」という倦怠感がわかる感じでした。何に本気で立ち向かっていいのかわからない、という空虚な雰囲気は、党派に関係なく国会全体の低通音のようで、ほんとうは、この「憲法第九条」というパンドラの箱を開けてしまうことが、みんなものすごく不安なのではないかと感じました。

 ニコニコ生放送では、コメントというものが流れるのですが、これはとても興味深いのです。リアルタイムで発言している人に対してコメントが流れるのですが、よく相手を見ていて、目つきとか、行動とか、ことばをかんだりするのを茶化してきます。

 また、ステレオタイプで、定番のけなし言葉というのがあり、それをエンドレスで繰り返す人もいます。差別的な発言や、共産党に対してはスパイとか、そういう事を言います。

 見ていて、わかったのは、相手の話を聞こうとはしていないということでした。ですが、話している議員のほうも、ほんとうになにかを伝えようとしているふうにはあまり感じられないので、吊りあいが取れているというか、コメントも含めて、すべてが茶番のような感じなのです。

 私は五十歳を過ぎていますから、強行採決というものを、これまでも何度も見てきました。茶番には茶番なりの熱気や迫力があったのですが、いまやかなりパワーダウンしているように感じました。野党がこんなに覇気を失ってしまったのはなぜだろう。

 でも、野党に覇気がなければ与党にも覇気は生まれない。拮抗するから、力がスパークするわけで、いまや与党も野党もみんな、議員が疲れている感じがしました。

 東日本大震災以降、日本各地で地震が続き、水害も増加。あちこちで火山が噴火し、日本という国土が揺れている。福島第一原発の復旧作業は予定通りには進んでおらず、原子力を国策としてきた日本は、稼働できない原子力発電所を抱え、なおかつこれから廃棄物の処理を検討していかなければなりません。現実的に物理的にあるものをどう解体していくのか。人間の新しい課題です。難題山積みのなかでの、今回の、安全保障関法案とそれにともなう憲法解釈の問題は、個々にかなりの負荷を強いたのではないかと想像しました。最低の投票率で運営される国会。そこで、戦後最大の採決をしようというのですから。

 投票率が伸びないのは、議員のことばが届かないから、からだごと、こちらに向かってくる、ことばがないからかもしれない。わたしたちの、からだはとても正直で、こちらに向いていない相手からは引くのです。でも、それでは、悪循環なのですよね。

 かつて、ハリネズミのジレンマ……ということばが流行った時代があったのですが、いまは、それは病理ではなく、わたしたちの日常になったのかもしれない。総ハリネズミ時代になったのかもしれない。

 国会前の中継も見ました。夜の十時を過ぎる頃もたくさんの人が国会前で抗議行動をしていました。
 野党議員の方がいらして、演説をなさいました。最初は、共産党の志位さんで、コメントには「案外、演説うまい」と、流れていました。確かにわかりやすくて明るかったけれど、ことばがするする滑っていくように感じました。社民党の吉田さんの演説はニコ生では不評でした。「何を言いたいのかわからない」というコメントに頷くしかありませんでした。ずっと抗議行動をしている若い人たちに向けて、語ることばを、この人たちはもっていないのだなと感じました。わかりあえないと、どこかで思っているのだと。同時に、コメントではブーイングできるけれど、本人を前にしてはできないのかもしれないとも思いました。人と一対一でむきあったときは、閉じてしまう。あの場で、生の吉田さんに「なに言ってんだかわかんねーよ、おやじ!」と言えたら、吉田さんもぐっとアクセルが入るかもしれない。でも、そういうコミュニケーションの取り方は、昭和の郷愁なのかなあ……と。

 香山リカさんが登壇して「こんな社会にしてしまってほんとうにゴメンナサイ」と謝罪をしていました。「わたしたちの世代の責任です、ゴメンナサイ」と。わたしは香山さんと同世代ですから、その気持ちはとてもよくわかるのです。でも、それを言っていいのかな、と、複雑な気持ちでした。ぐっと腹にしまって、ありがとう、行くぞ!と、やるぞ!と、言うほうがいいんじゃないか。ゴメンナサイと言われて、若者は、踏ん張れるのだろうか。ことばが、相手のほうに行かずに、とぐろを巻いてしまっているような、なにかこう、苦しい感じを受けました。

 憲法を護れと、国会前で抗議している若い人たちと、四十代、五十代、六十代の、彼らの親世代の、まさに私の年代の人間の、ことばが、響きあっていかないのはどうしてだろう、と、自分の問題として考えました。
 双方に微妙な遠慮がある。わたしは、上の団塊の世代よりも、他者と対立するのが苦手だと思います。その傾向は、より下の世代に行くほど強くなっているのではないか。

 本音で、ぶつかり合うなんて昭和なことは、もう、いまの子どもたちの「からだ」ではできない。からだが違うようになった。そう言っていたのは、最後のアングラ劇作家とも言える山崎哲さんでした。劇団員と向きあいからだとことばを見づづけててきた山崎さんが、最近は声も出ない子が多くなった。大きな声が出せないんだ……と。からだも、内側に閉じていて空気が吸えない、コミュニケーションがうまくできない子が増えた……と。

 国会前で、みんなが叫んでいました。何時間も。シュプレヒコールは続いていました。それは、すごいこと。声と、ことばと、からだで、響きあうこと。反発でもいい、怒りでもいい、からだが、発する声に、ことばが導かれるような、そういう、ことが、生きていくうえですごく大事なんだ。
 ひとりひとりにとって大事なことが大事なんだ。政治とは、直接関係はないように見えるかもしれないけれど、わたしの関心は、そこでした。そこが突破口だ、と。
 響きあう声と、からだ、そして、ことば。


 

 
# by flammableskirt | 2015-07-16 17:11
満席になったので締め切らせていただきます。
たくさんのご応募ありがとうございます。


森のなかの小さなスタジオでピアノの演奏と朗読とトーク。
ゆったりのんびりきもちよくなっていただければ幸せです。
昔からのお友達の笹川敏幸さんが企画してくださった少人数の会です。
まだ少しお席があります。
札幌でのコラボは二回目。楽しみです。
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http://stlight-live2015-06-28.strikingly.com
日時 2015年6月28日(日) 午後4時開演 (午後3時30分開場)
会場 芸森スタジオ 札幌市南区芸術の森3丁目915-20 TEL 011-206-7355
入場料 ¥3,500(予約制)
予約申込 光のサロン事務局 メール office@light.st
 
車でお越しの場合
札幌市中心部から車で約30分

国道453号線を支笏湖方面→「常磐小学校」交差点を右折(支笏湖方面)→すぐ右の側道へ入る(藤野方面)→坂道を上がり「札幌アートヴィレッジ」へ(直進)
「北広島IC」より道道341号線を常磐方面へ22km

地下鉄ご利用の場合
真駒内駅間の送迎あり(予約時にお申し出ください)
# by flammableskirt | 2015-06-15 12:57
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「仏教読書会」では何をしているのですか?
というご質問をお受けしたので、お答えします。

月に一度の仏教読書会では仏教関連のテキスト(今は『私とは何か』上田閑照)をみんなで輪読しつつ内容を話しあっています。

本をきっかけにしながら仏教の考え方を身につけていくことを主体にしているので、本を分析するというよりも、書かれてあることと現実の自分の心の出来事を重ねて、体験をみなで話し合う感じです。

話し合うと言っても、ゆるい会なので、まったく発言しない人もいますし、それはそれでよいし、その時になにかテーマをもっている人はいっぱいお話をしてしまったりします。

その日、その時、その場所に、共に集まっていること事態が奇跡です。
自分の意志で来ていると同時に、そこに来させられているということもできます。

そのような仏教的なものごとの見方を、繰り返し学んでいます。

今回のテキストでは「私は、私なくして、私である」という、とてもシンプルで、それでいて深い問題を繰り返し論じています。

私は、個人としての私、自我としての私であると同時に、「言葉」で表現されうる世界、を超えたなにか……、の表出である、ということ。

ひと昔前ですと「ワンネス」などと言われたりしていましたね。
言語を超えたところの世界はつながりあっている。あるいは、すべてはひとつのエネルギーである。最近では「ノンデュアリティー」などという考え方も脚光を浴びています。

時代時代で、いろんな表現がされてきましたが、富士山の登り口が違っても頂上は一緒……という感じではないでしょうか。

世界認識の枠を広げて、個人であると同時にもっと大きなものの一部としてのつながりあった自分、を、どう捉えるか。それを、スピリチュアルの言葉ではなく、仏教的な言葉で、今ふうに考えている……ということをやっています。私にとっては仏教の言葉のほうが使い勝手が良いので、仏教の言葉を借りている……というだけなのです。

仏教用語は漢字で書かれているので、漢字文化圏の日本人は「漢字」を見るだけで「感じる」ものがあるのです。

スピリチュアルの用語はカタカナで表記されることが多いので、目新しいけれど字面から何かを感じるということはないですね。感覚としてつかまえにくいので、ふわふわしたまま、わかった気分になって、使ってしまうところがあります。

日本は漢字文化を理解できる数少ない民族なので、漢字のニュアンスを即座に把握できる。漢字のほうが抽象的なことを捉えやすいので、仏教の用語を使ったほうが感覚的に理解しやすいと思っています。

「私とは、個であると同時に、空である」という、世界の二重性のなかで「私」を感じることが、このテキストの主題です。般若心経で言えば、色即是空、空即是色。この八文字を、どう自分の感覚として体感するか……。

瞑想や坐禅ではなく、言葉を通して体感するためには「わからない」「矛盾している」「頭がエラーする」という感覚がとても良いです。「矛盾していて頭が真っ白」「思考停止」という状態を、体験することで、言葉から世界の二重性にちょことっとだけ触れてみるか……という感じで進めています。

たとえ、すべてが「私の心が創り出した物語」であっても、人間として地球に生まれた以上は物語の世界に生きていかざるえないのです。空の悟りを得ても、腹が空では生きていけない、お金がなければ水も飲めないのが、私たちです。

だからと言って、この「物語」の中だけで生きていては、あるとき「なんのために生きてるんだ?」という疑問がわいてきます。悩みも深まるばかり、なので、バランスをとって、物語は物語として楽しみつつ、その外側の言葉を超えた世界についても感じてみよう、ということを思って始めました。

もうすぐ始めてから丸二年になります。気長にやっているとだんだん、模様の中に隠された記号が見分けられるような、そんな感覚が生まれてきます。面白い感覚です。

ご利益は特にありません。少し前向きな気分になったとしても、それはご本人の努力のたまもので、読書会とはなんら関係ありません。

どのようにかなってもらったり、変化してもらったりすることを目的にしていないので、どのようにもしないし、どのようであってもいいという、いいかげんな読書会なので、はりきって来られた方はがっかりなさいます。

第四火曜日7時から、お茶の水で行っています。
10月で一区切りになるので、いまは新しい参加者は積極的に募集はしていません。かといって、来る人は拒まないので、途中から参加される方もいます。
# by flammableskirt | 2015-06-15 10:16