田口ランディ Official Blog runday.exblog.jp

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


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「ふくしまキッズ」を支援しようと、奈良のお母さんたちが小さなお話会を開いてくれました。原発のこと、放射線のこと、これからのこと、子どもたちのこと、そしてわたし自身のこと、わたしとつながるあなたのこと、いまわたしが勉強しているブッダのこと、生きるってこと、悩むってこと、心をしずめること、鎮魂のこと、ふだんわたしが感じていることをお話ししたいと思っています。定員は30名の小さな会ですから、落ち着いて対話ができると思います。奈良の小さなホテルです。フライヤーがとってもかわいい!「つながる星のじかん」というタイトルもすてきです。
お申し込みはホームページから。http://starainbow.exblog.jp/16147281/
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by flammableskirt | 2012-06-30 08:57

取材を受ける側の気持ち

朝日新聞の取材を受けました。30日に掲載されるようです。原爆の問題、原発の問題についてお話しましたが、とても語りきれるものではありませんでした。私の考えは自分の著作に書いています。できればそれを多くの方に読んでもらいたいと思いました。インタビューは記者の方に書いてもらう原稿で、私が書いたものではありません。文章を書く仕事をしているので、自分で書きたいという思いが強くあり、本を書いたのです。新聞に載った記事から興味をもって、より突っ込んだ内容を描いている著書を手にとってくださる方がいらっしゃることを願います。いつも、取材を受けることで「書かれてしまう側の気持ち」を体験できることは貴重な機会と受け止めています。こんなにも伝えられないものか……と。私に書かれた人も同じ思いをしているのかもしれない。そう思うと不安になります。いつも「これでいいのか?」と問う気持ちが大事なんだと、自分に言い聞かせています。

ヒロシマ、ナガサキ、フクシマ: 原子力を受け入れた日本 (ちくまプリマー新書)

田口 ランディ / 筑摩書房


by flammableskirt | 2012-06-29 14:06

遺伝子治療が怖い理由

「いのちのかなしみ 私のカラダの情報は誰のものか」著・河原ノリエ/春秋社 という本を読んでいます。作者の河原ノリエさんは、ゲノム情報の解析に興味をもち、遺伝子治療が多くの人間の個人情報の上に成り立つことに疑問を持ちます。子育てをする一人に主婦が「遺伝子治療」という最先端科学に立ち向かいながら一人のノンフィクションライターとして育っていく過程が面白い。同時に、「個人情報」とは何か?なぜ遺伝子治療が個人情報と深く関わるのか、わかりやすく優れた科学評論でもあります。さらに、彼女の父親との関係……彼女は子どもの時に顔に大やけどを負っています。子ども時代に風貌により偏見を受けて育ち、それゆえ「血筋」による偏見に深い共感をもつことができた女性が、遺伝子治療に挑んでいく……。女性しか書けない本……と思うのは、テーマが幾重にも幾重にも重複し重なりあいながらも包括的に進んでいくことです。それゆえ、科学ノンフィクションであり、自伝であり、文明論であり、哲学書でもある……ジャンルに収まらない本になっています。だから、すばらしいと思う。いろんな読み方ができる。いろんな考え方がわいてきます。科学に興味をもっている女性の方には特におすすめです。

いのちのかなしみ: 私のからだの情報は誰のものか

河原 ノリエ / 春秋社


by flammableskirt | 2012-06-29 13:59
友人の紹介で知り合った高井さんは、日本で唯一の箱庭療法の教材を作っている会社を経営しているという。「一度、箱庭を作りに来ませんか?」と誘われて、さっそく行ってみた。箱庭は箱庭療法として主に心理カウンセリングで使われる。だから、カウンセリングに行かないと出来ないと思っていた。高井さんの会社では、心理療法としでなく、リラクゼーションや自分を見つめるための道具として箱庭を研究しているそうだ。グループ箱庭、体験箱庭などのコースがあるという。

箱庭療法のことは、河合隼雄先生の本を読んで知っており、いつか一度、自分でも作ってみたいと思っていた。またとないチャンスと思い、今日、池袋の近くにある高井さんの会社まで出かけて、箱庭体験をさせてもらった。

カウンセラーの女性が立ち合ってくれるが、基本的に何も言わない。でき上がったあと一緒に観賞してくれて、感想を話し合ったりする。分析などせず、そばで見ていてくれるだけなのがかえってうれしかった。終ったあとに、お茶を飲みながら、しみじみとでき上がった箱庭を一緒に眺めた。

楽しかった。めっちゃ楽しかった。想像以上に楽しかった。集中した。ふだん、言葉を使って仕事をしているだけに、いっさい言葉がいらない表現活動はとても楽だった。言葉がないってこんなに気楽なんだ〜!さらさらの砂をさわっているうちに夢中になっていた。白い砂の下から青い色が見えてくるのがまた楽しい。いろんな人形や木や置物をどこに置くか、意識せずとも置きたい場所があるのが不思議。人形を置くときに、必ずここでなければダメという感じが新鮮だった。なぜ、ここに置きたいのかは、理屈ではない。なぜクジラの上に蛙が乗るのか、自分でもわからないが、クジラと蛙を組み合わせたらとてもほっとして幸せな気持ちになった。

約一時間。終ったあとの充実感。とっても幸せだ〜。いいな〜箱庭。これってフツーの人が作っても十分、発見があり、気づきがあり、そして、なんだか安らぐよー。ちょっとお疲れ気味の人とか、小さな悩みをもっている人にもいいかも。誰でも体験できるそうですよ。興味のある方はこちらのホームページからお問い合わせください。http://www.meltcom.co.jp/index.php?id=123

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by flammableskirt | 2012-06-27 21:28

舞い降りた「祈り像」

田中千工さんの祈り像を見たとき、なんて不思議な仏像だろうかと思い、すぐにでも作者にお会いしたいと思った。いったいどういう人が、どういう経緯でこれを作ったのか知りたかったのだ。
田中さんが仏像を創り始めたのは、とある事情から心身ともに傷つき、人生のどん底の状態にいた時だったという。ふと、粘土でなにかを創りたいという衝動を感じ、気がつくと仏像が手のなかに現れていた。それは創ったというよりも、仏像が降りてきたと言ったほうがいいかもしれない。以来、田中さんは仏像を創り続けている。最初はブッダだった。苦行に苦しむようなブッタ像。創り続けているうちにさまざまな仏像たちが現われる。慈悲深いもの、修羅と菩薩の二つの顔をもつもの……。すべて粘土で創られている。彼の作品を知る人はまだほとんどいない。まったく無名の人と言ってよいだろう。でも、この仏像にはなにかを感じる。だから、とりあえず見てください。ようやくホームページを立ち上げたという連絡を受けとったので、ここにご紹介します。あなたはこの仏像たちをどう思いますか? 苦しみ悶える一人の人間に突然にやってきた仏像たち。そういうことは、あるのだと思う。私自身が、兄の無残な死を経験して「書きたい」という衝動を得たように、どん底にいる時に現れる、祈りにも似た表現衝動……。自分ではない者が存在するように、なにかを創りだす瞬間。
まずは、彼の「祈り像」を見て、感じてください。

祈り像
by flammableskirt | 2012-06-25 22:03

年よりくさい結論

 ちょうど一まわり、年上の女性と仕事でいっしょになった。私の年齢を聞いて、その方は「若いわねえ」とおっしゃった。最近、若いと言われることはめったにないので新鮮だと同時に、年齢ってほんとうに相対的なものなんだなと感じた。百歳を越えた方を長寿と言うが、百歳を越える人はそうそうたくさんはいらっしゃらないのだから、その方はほぼすべての人が自分よりも年下……若い……ということになる。人類規模で見てもたいがいの人が自分より年下ということになる。それは、どんな気持ちなのだろうかと思った。その場合「若いねえ」という感想は出てくるのだろうか。
 私も、二十代、三十代の人たちを見ると「若いなあ」と思うようになっている。でもこの「若いなあ」という感じはどういう心情なのかあまり考えたことがなかった。若干、うらやましいような気持ちもある。かつて自分がその年代だったことを思い、ああ、ちょうどあんな頃の自分と同じなんだなと思う。あの時から今までの時間を思う。相手が一まわり年下だったら、現在の私になるまでに十二年の時間がある。ああそうだ、時間なのだ。
「若いわねえ」と私が発するとき、その十二年の時間についてなにかを感じているのだ。その時間がまだ相手に与えられていることへの羨望だろうか……。いや、それだけじゃないなあ。なんだろう。
 若いほうがいいと思っているわけではない……と言いたいところだが、現実には心のどこかで「若くありたい」と思っており、そういう自分のせこい若さ願望に、自分で呆れていたりする。アンチエイジング……という言葉にあざとさを感じるくせに、五歳若返るという保湿クリームを顔に塗ってしまう矛盾した自分がいる。
「若いわねえ」というため息は、若さを諦めきれない自分のせつなさなんだろうか……。
 若い男子はたいへん残酷なので、かなり情け容赦なく年配の女性を「おばさん」と言って切り捨てる。「あの田口ランディっておばさんなんだよ」と言われて、不快に感じるというよりも、通りすがりの自動車に泥をはねられた感じがする。相手は無自覚だろうけれど、そこにこめられている柔い侮蔑に傷つくからか。そして、そんなものに傷つくナイーブな自分を逆に責めたりする。
 もちろん面と向ってそんなことを言う人はいないが、後でこっそり tweetしていたりするのを知ってショックを受けることがある。ああ、あんなに感じのいい子がこんなことを呟いているんだな……と。それは男子でも女子でも同じ。おかげで他者への配慮を学ぶ。どちらかといえば年をとるほど学ぶことが多くなった。たぶん、年をとればとるほど年下から叩かれるからだろう。若いうちは怖いもの知らずだったし、若いというだけで許されていたことがたくさんあったんだな、といまになって思う。目上を叩いていればよかった。ずいぶん「あのおじさん」とか「あのおばさん」と言って、目上のことを批判したり冷笑したりした。尊敬しながら笑っていたり……。因果はめぐるということだな。うわあ、すばらしく年よりくさい結論だ。ハラショー。
by flammableskirt | 2012-06-25 11:52
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「福島の子どもの笑顔と元気応援プログラム・ふくしまキッズ夏期林間学校」の準備が今年も着々と進んでいます。昨年の実績が多方面で評価され、新聞にも取り上げていただきました。二年目に2012年。福島の子どもたちを再び北海道へ!今年は1000人の子どもたちに大自然のなかでめいっぱい遊んでほしいと思っています。

 昨年の活動状況をまとめた映像がありますので、どうかごらんになってください。子どもたち、ほんとうにうれしそうですよ。





正直なところ、今年は福島の子どもたちへの関心は去年よりも薄れているように感じます。なるべく多くの方に知っていただきたいと思い、5月には京都で報告会を行いました。いま京都、奈良、四国などの方たちがそれぞれの土地で応援の輪を広げてくれています。
また、今年は石川県の金沢や、熊本県の天草などでも独自にふくしまの子どもたちと交流するプロジェクトが進んでおります。少人数でも、いろいろな地域の方たちの力が集まることで、たくさんの子どもたちをストレスのない環境で遊ばせることが可能になります。
もし、そのような地域支援を考えていらっしゃる方は、お気軽にふくしまキッズ事務局にご相談ください。協力して活動していきましょう。

今年の支援金はまだまだ目標額にほど遠い情況です。どうかこの活動に共感してくださった方は、ぜひ、告知のご協力をお願いいたします。また、ご支援をよろしくお願いします。
同時に、現在ボランティアスタッフの募集を行っています。ボランティアとして参加したいと思っている若い方たちには、子どもたちと接するための研修を用意しています。きっとよい経験になると思います。一番得意なことで、協力をしてくださいませんか。ご応募をお待ちしています。





残念なことですが、子どもたちの県外合宿プロジェクトには県からの予算がおりませんでした。理由は「風評被害の原因になる」と説明されました。実績は評価されているにもかかわらず、北海道への林間学校の予算はおりません。県内で実施されるなら……可能かもしれないそうです。しかたありません。行政ができないのであれば、民間でがんばっていくしかありません。ふくしまキッズ実行委員会は、来年も、再来年も、最低でも5年間は、この活動を続けていくことを宣言しており、その活動姿勢にたいへん共感しています。この活動は、放射能量の計測値が安全か危険かということに言及しません。その問題に触れると様々な意見対立に巻き込まれてしまう情況があるからです。放射線という心理的なストレスにさらされている子どもたちの心のケアのための活動である……と、私は認識し、今年も支援しています。

どうか、この活動を一緒に応援してくださいませんか。
詳しい趣旨や実勢はホームページをごらんになっていただければわかります。
実行委員の方たちが、ほんとうに命がけでがんばっています。
とってもすばらしいプロジェクトです。

ふくしまキッズ実行委員会ホームページ

文責・田口ランディ
by flammableskirt | 2012-06-21 16:05
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ウォン・ウィンツアン&上畑正和
いつも朗読の時に音楽を演奏してくれる大好きな二人のピアニストが、なんと共演することになりました。二台のピアノ、二台の足踏みオルガンで音の世界を紡ぎだします。7月6日(金)三鷹芸術文化センター風のホールにて!ぜひぜひ聴いてほしいすてきな二重奏!二台の足踏みオルガンの奏でる天上の音楽。いまから楽しみだなあ。
お問い合わせはこちらにhttp://uz-schedule.seesaa.net/article/269805137.html
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by flammableskirt | 2012-06-14 12:50
7月1日(日)小林麻里さん著「福島・飯舘 それでも世界は美しい 原発避難の悲しみを生きて」の出版記念イベントとして「いのちを巡る対話」と講演会を行います。場所は名古屋ですが、お近くの方はぜひ遊びに来てください。詳細は以下のホームページをごらんください。浦河べてるの家の向谷地さん、小林麻里さん、私の鼎談もあります。原発避難を生きる小林さんの体験談は壮絶ですが、希望を感じます。http://www.eco-branch.jp/event/pg192.html
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by flammableskirt | 2012-06-14 10:13
じぶんの内的の問題をよく考えたい……と思う人が増えているように思う。もしかしたら昨年の震災やそれに伴う原発事故がきっかけになっているのかもしれない。イベントや講演会、研究会などに来てくださる方の表情や質問、切実になっている気がするのだ。生き方のこと、精神性のこと、そういうことを知りたいという、強い、意思を感じることが多くなった。あるいは、私じしんがそのように変わってきているからそう感じるのか。それとも、両方なのか。

昨年はどうしても外に外にと動き、外からの要請のままにひたすら動いていたような気がする。たぶん、多くの人がそうやって大きな災害の余波のなかでじぶんのあるべき様を模索していたのだろう。少し時間が経って、ようやく外に向っていたものがじぶんの内側へ戻ってきた。

それは、忘れるとか、薄れるとか、そういうことではなく、じぶんのこととして受け止めようとしている……ということなんだと思う。

きのう、ある友人と話しをしていて「じぶんの内的と向き合う……という言葉は、慣用句のようになってしまって、すらっと使われてしまいがちだけれど、いったい、内的とはどこで、向き合うとはどういうことか……ということを教えてくれるものは少ない。私じしんもよくわからないまま、使ってきて、わかったような気になっていた。だから、もういちど、内的と向き合うとはどういうことが考えているんだ」という話しをした。
「たぐちさんは、内的と向き合うというのは、どういうことだと思うんですか?」
と聞かれたので、わたしは「わたしを体験することだと思う」と答えた。

内的と向き合うという、ことは、どこかに内的というものがあるのではなくて、私の感情をありのままに体験することなんだと思う。私は私の感情……とくに、あまり自分にとって都合がよろしくない感情に関しては体験するのを避けようとしていると思う。その感情を、なるべく頭で考えず、思考で合理化することなく、素直に体験することが、自己の内的と向き合うということなんじゃないかなあ……と。

「こころと身体」ということを、多く作品のテーマにしてきたし、自分でもずっと考えてきた。「からだの声を聴く」ということも、慣用句になっていて、あまり深く考えられずに使われているけれど「からだの声」というのは、感覚で、快感、不快感、異物感、痛み……といったものだ。多くは不快であり、この不快感と感情というのが、強く強く結びついていることは、もう疑いがない、

でも、いったい感情とはなんなのか……と考えていくと、感情と感覚というのは違っていて、私たちが通常「感情」と呼んでいるものには、実は「ことば」が伴っていて、ことばで思考することで「怒り」や「憎しみ」というものははっきりと具体化されてしまう。でも、ことばを使わないで、ただ、怒りを感じることに専念してみると、怒りとは身体感覚で、やがて消えていく……。

喜びは、ことばを使わないで感じることのほうがおおい。私は喜びを感覚的に感じている。喜んでいるときにそれを言葉にしてリフレインしたりしない。感覚として感受する。怒りは、怒りの原因を何度も何度も繰り返し言葉で思考したりして味わってしまうのに、喜びは、ことばではなく「ああああああ……」という感嘆符のようなものとして感じているのだ。どうして、怒りだけが思考とこんなに結びついてリフレインされるのか……。損だな、と思う。

わたしを体験する……ということはとても難しい。わたしの心の動きを観察するということだし、わたしのご都合主義を……目の当たりにすることになるからだ。でも、大きな理不尽な出来事というのは、人間を矛盾に陥れ、いやおうもなく「わたしを体験」させてしまう。そういうことが、一年前にあったのだから、多くの人がこころのなかを探ろう、体験しよう、知ろうと思うのは、必然なのだし、できれば、これからブログにも、そういうことを書いていきたいと考えています。

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by flammableskirt | 2012-06-10 09:34