田口ランディ Official Blog runday.exblog.jp

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
プロフィールを見る
画像一覧

<   2012年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

セロリスープ

四季のなかでは、冬が一番好きです。特に12月から1月にかけての季節、こんな寒い日の曇った窓硝子を透かした外の景色を眺めて、ぼんやりとしていると、こころのなかの雪原にしんしんと雪がふり続くようです。二〇代の頃は寂しくてやりきれなかったのに、だんだん、寂しさそのものになって真っ白になっていくような、この感じがとても平安で美しいものに思えてきた。寂しいことが苦しくなくなるのは、救いですね……。ずっと、寂しくてたまらなかったから。寂しくて恋しくて、いつもなにかを求めていた心から、解き放たれていくのは、なんという安らぎだろうか、と、この季節になると、そのことをとてもしんと思うんですね。

若い頃って、クリスマスやお正月に一人でいるのが辛かった。自分だけが取り残されたみたいで、誰かと一緒にいたくって、誰かとつながっていたくて、なにかをしていないではいられなかった。でも、そういうことにだんだん興味がなくなって、お掃除をしてきれいになった空気の澄んだお部屋で、あったかいスープを手をかけて作ったりして、それをゆっくり時間をかけて飲みながら、遠くの山に雪が降っている、そのグレイの雲を眺めているのが、心から静かに幸せでみちたりて感じるとき、ああ、生きていて良かったなあと思う。

あんなにせつなくて、人恋しくて、寂しかったわたしが、こんなふうに一人を楽しめるようになるなんて、思いもしなかったけれど、人間は変わるし、なにを幸せと思うかということも、どんどん変化していく。その変化を拒まない自分でいられたことが奇蹟だと思う。かつて、したかったことと、いましたいことは違うし、そして、これからも違うのだ。でも、いま、この瞬間にじぶんがしたいことがわかるということを、いまは幸せだなあと感じる。

静か……。とても静かな、一日でした。 セロリスープもおいしくできた。
by flammableskirt | 2012-01-21 15:58
小田和正さんの曲は、テレビCMに使われているため、よく耳にしますが、CMでは、印象的な歌詞を切り取ってしまい、その部分だけを強調して映像と組み合わせるため、ほんとうの歌詞とは違う意味に受けとっていることに気がつきました。

つい先日「言葉にならない」という曲を、偶然に全部聞いて、この曲が別れの曲であることを初めて知ったのです。CMでは、サビの部分しか使われていないので「感動で言葉にならない……」という意味に、単純に受けとっていました。でも、違ったのですね、とても悲しい歌詞だったんだ……と。

もう心は離れてしまったけれど、だけど、この人との出会いはほんとうにすばらしくて、自分にとってかけがえがない出会いで、たくさんのことを学んで、たとえ別れてしまっても自分にとってすごくすごくいいものだったんだよ、ということを相手に伝えたいんだけど、だけど、いろんな思いがこみあげてきちゃって、ああ、言葉になんかならないよ……という、すごくせつない歌だったんだなあ……と。でも、いい歌詞だなあと思いました。

それで、自分がどれくらい誤解してこの方の曲を聞いているのか確認したくなって「たしかなこと」という曲も、聞いてみました。これもCMに使われている曲なんですが……。やっぱりかなり誤解していました。この歌詞はたいへん意味深い歌詞でした。

大好きな人がいる、この人を愛している。だけど、いまいったい自分になにができるんだろうか……と、誠実に悩んでいる男性の心情を歌っているのです。安直に「君を幸せにする……」なんて言えない。たぶん、小田さんという人はとても精神的に成熟した人なんだろうな、と思いました。大人なんだな……と。それが歌詞に出ていました。だけど、この歌詞は若い子には通じないかもしれないなあ……、20代でこの気持ちがわかる人がどれくらいいるのかなあ……とも。

この歌詞のすごいところは、「一番たいせつなこと」というのは、平凡でありきたりな毎日の暮らしのなかで、相手に対する気持ちを静かにもち続けることだ、と言いきっているのです。この広い世界であなたと僕が出会ったこの不思議、自分はその意味を探して生きる……つまり、出会いを自分の生きる意味としてとらえなおし、それを問い続ける……と言うのです。

そして、相手がどんなに辛くても、自分には側にいることしかできない、と語ります。この人は、辛さや苦しみというのは、誰かが救えるものじゃなく、自分しか自分を救うことができないってことを、わかっているんです。だから安易に相手を「助けてあげる」と言わないのです。だけど、僕は必ずあなたの傍らにいるよ、そして、僕は僕の人生を誠実に懸命に生きていし、それが僕にとって君をたいせつにするということなんだよ、と歌っているのです(この歌詞はwoh wohでした)。

「どうして、あなたが一生懸命に生きることがわたしを大切にすることなのよ?」と、若い子なら疑問に思ってしまうかもしれないなあ……と思いました。つまり、小田さんはシンデレラストーリーみたいな恋愛を、幸せのゴールって考えていない人なんです。すごく大人なんですね。それぞれがそれぞれの人生を豊かに生きること、そのために二人が出会っている……と考えているんです。かっこいいなあ!でも、こういう男の人はきっと「わたしにこと好きじゃないの? 幸せにしてくれないの?」と言われると、困って黙りこんでしまって、誤解されてふられてしまうのかもしれません……。すごくいい男なのになあ……。

こんな素敵な歌詞とは知りませんでした、これぞ大人の男だ!と思ってしまいましたが、この素晴らしい歌詞もコマーシャルでは、切り取られて、なんとなく甘い子どもの男の歌のように感じられてしまうのが残念だなあ……と。
じつにシンプルに、この有限な人生のなかで本当に人を愛するというのがどういうことなのか……、語られていて、味わい深い曲です。

それに……「自分を大切にしてね」と彼女に語りかけるのです。たぶん、この曲のなかの彼女はなにかとても辛いことがあって、自分に自信を失い、自分のことはほったらかして仕事か、あるいは家族の問題とか、そういうことで手いっぱいなんでしょう。もしかしたら、被災地のボランティアに行って、自分の苦しみと他者の苦しみを重ねているのかもしれません。だけど、そういう彼女に、この男性は、自分を大切にしてください。あなたが、他の人のことを考えて思いやるように、それと同じことを自分に対してもしてあげてね……と、優しく語りかけるのです。ああ、わかってるなあ……。

ぜんたいに、小田さんの歌詞はどこか仏教的な感じがしました。無常観と慈悲が感じられるというのかな(三曲聞いただけで断定してますが)……。というわけで、わたしはあんがいと小田和正さんの歌が好きなのだ……ということに気がつきました。特に歌詞が奥深い。小田さん自身が、とても深い体験をされている方なのかもしれないですね……。
by flammableskirt | 2012-01-15 12:52

わたしのダンス

今年、小説を書き始めて12年目に……。
書き続けていることのほうが不思議な気がする。いつも長編を書くとき「このお話を完成できるのかな?」と不安に思いながら最初の一行を書く。私はノンフィクションもたくさん書いているけれど、だんだん、小説とノンフィクションの境目があいまいになってきた。いま、小説新潮で連載させてもらっている「サンカーラ」は小説ともエッセイとも言えないもので、連載を始める時に「どちらにしたらよいか?」と編集部から聞かれて困った。

「中間みたいなものです……」と答えて、結局小説として扱ってもらえた。明治の頃の作家たちは、小説ともエッセイとも言えないものをたくさん書いていたし、芥川龍之介などはかなりいろんなジャンルの作品を自由に書いていて、作家は昔よりも制約が多く不自由になっている気がする……。特に言葉に関しては、使えない言葉が増えすぎている気がする。

個人的にはだんだん小説のほうが好きになってきた。どうしてだろう。理由はよくわからない。小説を書きたいという思いのほうが年々強くなっている。今年も小説を書けたらいいなあ。小説はなにかがふっと降りて来ないとなかなか書けないのだけれど、それが楽しいと思えるようになってきた。

連載が苦手で、なかなか小説誌に書けないでいたのだけれど、小説が好きになってきたせいか、今年はオール読物にも読みきり連載を掲載している。「ゾーンにて」という、福島の放射能をテーマにした作品で、この連作は自分にとって初めての試みをたくさんしていて(作家にとってはあたりまえのことなので、あくまで私がいままでできなかっただけ)、書いていて小さな発見がたくさんある。

長編にとりかかろうと思っていた矢先に目の手術をしたので、執筆開始を伸ばしている。

年末に最新刊「私の愛した男について」(角川書店)を出版した。表題作は恋愛小説のつもり。他に3篇の短編を収録しているが、そのなかの「森に還る人」と「命につけし名は」に二作は、「ことば」がテーマである。

わたしたちは「ことば」をもったために、この世界を創造もできるけれど、そのことばに縛られて自由さを失ってもいる。とりわけ「ことば」による名づけによって、失われているのは「固有の体験」ではないか。ことばのもつ光と影の部分をそれぞれに書き分けてみた。もちろん、こんなことは作者の一人よがりであって、読者には関係ないことかもしれないけれど……。

「私の愛した男について」という作品の構想はずいぶん昔からもっていた。ただ、書かなかっただけで、こんな話を書きたいという思いがあった。ずいぶん昔に職場の上司と不倫をして、不倫相手の家に放火して子ども二人を殺してしまった女性がいて、その女性のことが頭から離れず、彼女はどうして火をつけなければならなかったのか、その行為から逃れる道はなかったのか……ということを考えていて、それで、この作品を書いた。

小説というのは多くが人間の心の葛藤を描いており、誰もが心に葛藤をもっているはずだが、葛藤していることに向き合わずにいる人が圧倒的だと思う。なぜなら、いまの時代には葛藤から目を反らしてくれるものが多すぎるからだ。世界にはありあまるほどの娯楽があって、暗い夜を一人で音もなく過ごすことなど、停電の日くらいだろう。それだって、携帯電話に充電してあれば誰とでも繋がれる。

被災する……という体験は、恐ろしく苦しいことではあるけれども、そのような体験を通して暗く一人きりの夜を過ごすことは、その人の人生にとってただ「悲惨なことを経験した」という以上の、自分自身と向き合う時間をもたらしてくれたかもしれないと思う。そうであればいいなと思う。困難や苦難というものには孤独がついてまわるけれど、孤独の裡にしか自分の精神にとってほんとうに大事なものとは出会えないということを、過去のたくさんの文学作品が伝えているから……。

孤独な暗い夜、一人きりの狂おしい夜というものを避けている人にとって、葛藤をテーマとした小説はたぶん無意味なのだろう。あえてそんな辛いことを誰も思い出したくないだろう。でも、やはり小説のテーマは自分の心のなかにわきおこってくる対立する衝動と、どう折りあって自分らしく生きるのか、あるいは生きれないのか、ということになっていくように思う。

わたし自身、いまだに心の裡にある対立する衝動、自分のなかの相対する二人の自分の対決に巻き込まれて、さまざまな社会的な問題と対峙するときでも、自分の心の葛藤との折りあいをつけて、冷静に考えることが難しいことが多々ある。けっきょくのところ、原発の問題も、政治的な問題も、その問題を考えているわたしの内部にある二つの意見、二人のわたしの言い分を両方聞き、そのどちらに対しても平等に扱うということでしか、外的問題にクールに対応することはできないのではないか……と思う。

そのような内的な世界を育てていくために、わたしは本を読んできたし、たぶん死ぬまで読書はわたしの社会性を支えてくれる、たいせつな修業のようなものであると考えている。自分が作家という仕事についていて、読者に対してその内的世界を育てていくような作品を書いているかどうか……、正直、自信がないが、もしこの世界に、たった一人でも、わたしの作品を読んで、なにかを感じてくれる人が存在するなら……それで最高である。

創作はわたしの自己表現であり、わたしがわたしであるという確認行為でもある。それは誰に向けて書かれたというものではないけれど、わたしの書く動機のほとんど99%を占めているのは、宇宙にわたしを知ってほしいという願望である。宇宙空間で一人でさまよっている宇宙飛行士が無限宇宙に向けて発している信号のような、ものなのだと思う。わたしはここにいます……わたしはここにいます……。

この信号は決して悲壮なものではなく、どちらかといえば、宇宙の辺境を飛行しながら、その軌跡を残しているような感じかもしれない。その軌跡の描く物語が、わたしのダンスなのだ。
by flammableskirt | 2012-01-12 17:09
明けましておめでとうございます。
年末に体調を崩してしまったので、新年はゆっくりと休養をとっています。家族と久しぶりに浅草に行って来ました。浅草寺の参道はとても人が多かったけれど、いろんなお店があって楽しいですね。
修復工事も終って、浅草寺はとてもきれいになっていました。ここのおみくじは『凶』が出ることで有名なので、受験生の娘には「引かないほうがいいよ」と言ったのですが、かえって引く気満々にさせてしまいました。
c0082534_165165.jpg


護摩木に合格祈願を書く娘。
c0082534_166319.jpg


無病息災を願ってお線香の煙を頭に……。かなりお正月気分が盛り上がってきてわくわく……。
c0082534_168934.jpg


浅草なので……ポンポコ狸ロードのもんじゃ焼き屋さんに。ここのもんじゃ、おいしいんだよね。
c0082534_1691153.jpg


おなかいっぱいになって外に出たら、紙芝居屋さんが黄金バットを! しかし、黄金バットって本当に正義の味方なのか?人相が悪すぎるのでは?
c0082534_16101627.jpg


この冬は静養のためにずっと家にいたので、たくさんくつ下を編みました。友人にもいっぱいプレゼントした。そして、プレゼントしたくつ下の写真を撮っておかなかったので、どんなのを編んだのか自分でもわからなくなり、とりあえず家にある分だけ記録してみました。今年は毛糸の色を混ぜてカラフルで、ちょっとエスニックな感じを目指してみたよ。
c0082534_16121319.jpg


3本取りして編んでいるので、ルームシューズとしては最高にあったかい!冷え性の人にはぴったり。
c0082534_16131710.jpg


これは、こんやもう片方を編む予定。だいたい二時間半で足一つが編める。
c0082534_16141851.jpg


今年、私が仕事場で合いようしているのは、あまり毛糸をつぎ足して編んだので、左右の色が微妙に違うけれど、そこがまたいいんじゃないか……と自分では思っています。ぬくぬく。
c0082534_16152593.jpg

by flammableskirt | 2012-01-12 16:17