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東へ、西へ。

九月の終わりから十月の頭まで、イタリアの各地でイタリア人ジャーナリストのピオ・デミリアと「福島原発事故」に関する講演を行ってきた。ローマ、パルマ、そしてフェラーラの「internazional」の作家フェスティバルにおいて、多くのイタリアの人たちが関心をもって私たちの話を聞き、さまざまな質問を投げかけてきた。

十月の中盤からシンガポールに行き、そこでも福島原発事故に関しての講演を行ったのだが、西と東の温度差にとまどいを感じた。シンガポールはASEANの優等生であり、いままさに成長している国。国内は活気がありイケイケどんどんな雰囲気だ。外は熱帯だが一歩室内にはいるとまるで北極圏。ものすごい冷房で寒くてたまらない。ベイエリアには奇抜なビルが建ち並びすさまじいほどのイルミネーションだ。シンガポールは原発建設を検討していたが日本の事故を受けて中止したと聞いていた。そのことを、シンガポール人に質問すると「ああ、でもそれはまだ決定ではない……」と言葉を濁す。どこかで「原発は必要」と考えている雰囲気だし、日本の事故への関心はイタリアよりも遥かに薄い。

「こんな冷房は無駄じゃないの?」というと「シンガポール人にとって冷房をきかせるのはおもてなしなんです」との答え。なんとなく日本のバブル期を思い出す。そして、バブル期を経験している自分としては、たとえばあの時期に外国人がやってきて「日本人は電気を使いすぎだ」と言っても、そんな言葉に耳を貸さなかったろうと思う。たぶん、いや、絶対に貸さなかったろう……。アジアの新興国は、エネルギーは必要だと思っている。ベトナムも原子力をすすめるつもりのようだ。中国も、もちろん。

アジアに対して、私はなにができるのだろうか……と考えた。シンガポールで原発の話が伝わらないと感じるのは、シンガポールは豊かさの先になにがあるのかをまだ見たくないからだと感じた。
私たちの社会が直面している問題に、きっとこの不思議な近未来国家もいつか直面するのではないか。それともしないのか? ……わからない。しかしとにかく、淡路島に匹敵する国土しかない国が原発を必要とするほどの電力を使うのか……。あまりにも大きなリスクを背負うことを、私は訴えたつもりだが、伝わったという実感がもてない……。

イタリアではシンポジウムの席上で、男性の論客たちがあまりに「政治論」や「技術論」に終始し、論だけが舞い上がり、福島で暮らしている人たちの心情がないがしろにされた気がして、つい感情的になってしまった。だが、私が福島で人々の生活にどんな変化が起こっているのか、母親の不安、子どもたちの不安、そして土地を追われ、結婚の問題や未来に悲観する少女たちの話をすると、会場はしんとなり、そっと目頭を押さえている婦人もいた。終ってから何人かの女性たち、みな、母親であったり、祖母であったり、そういう人たちが「あなたの言うことがとてもわかる、がんばってください」と声をかけ、肩を抱きしめてくれた。傷ついているのは私ではない。でも、私が受けたこの優しさを、私はどうやってか本当に必要な人に届けなければいけないだろうと思う。

言葉が論理や整合性だけで一人歩きし始めるとき、いつも自分がゆっくりと巨大なローラーで押しつぶされているような圧迫感を感じて苦しくなる。方法論や解決方法を人間を無視して合理的に語ることによって、問題をほどくことは絶対にできない。すべての問題は人間の問題であり、人間とは矛盾を含んだ存在なのだ。そのことを忘れてしまうと、たくさんの人を傷つけることになる。だが、そのような言説は、正論で強い。いまその正論の嵐のなかで、ただぼう然と言葉を失っている人たちに、語りかけるための言葉が失われていることを、感じる。
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※本場シンガポール「ラッフルズホテル」の「シンガポールスリング」の感想は……甘いっ!
by flammableskirt | 2011-10-31 18:34
10月25日にシンガポールから帰国。26日から福島へ。慌ただしい日々が続き考えをまとめる暇もない。福島では浄土平天文台でローエルの足跡をたどり、天体望遠鏡で天王星と海王星を初めて見た。27日から福島市へ移動。たまたま福島に来ていたヴィム・ヴェンダース監督といっしょに、飯館村の友人宅を訪れる幸運に恵まれた。穏やかだが、真摯さと誠実さをもったヴェンダース監督は魅力的だった。短い福島滞在の間に飯館に行きたいとおっしゃり、夕暮れが迫る飯館村の役場で待ち合わせをした。夕陽がきれいだった。
「私の家にいらっしゃいますか?」という友人の言葉に、監督は「もちろん」と即答。そのまま車で飯館村の森に住む友人宅へ。彼女の住まいは飯館村のなかでも放射線量が高く、庭先で6〜7マイクロシーベルト、裏山にかけては30マイクロシーベルト/時を計測する。ガイガーカウンターは鳴りっぱなしになる。この線量の高さには、ショックだった……。
 ヴェンダース監督はこの土地を離れざるえなくなった友人の訴えをただ黙って聴き続けていた。言葉は少なかったが、その「聴く」姿に慈しみと優しさと、悲しみが感じられ伝わってきた。そして、夜の試写会の後のインタビューで「私は映像の仕事をしてきた者として、目に見える世界を信じてきました。飯館の風景は天国のように美しかった。でも、目には見えない放射能の汚染されている。それを知覚することができない。こんな経験は初めてです。この現実をどう表現すべきか、いまはまだわからりません……。でも、私は必ず、またここに来ます。みなさんとの対話を続けていきたい。これが最後ではなく、これが始まりなのです……」と語った。そして、泣いている友人のほうを見つめ、小さく頷いた。彼女の思いを受け止めていることがはっきりと伝わってきた。それはとても勇気のいることだと思う。人の思いというものは、ほんとうに重いのである。だから、どうにも受け止めきれないことのほうが私には多いのだった……。
 観客からの質問、ひとつひとつにていねいに言葉を選びながら答える監督の佇まいの謙虚さに感銘を受けた。この日、私は誠実さについて学んだ。ヴェンダース監督の映画はもちろん大好きだが、一人の人間、一人の表現者として尊敬できる方だった。ほんとうにお会いできて良かった。尊敬できる他者に出会うと、生きていることが楽しくなる。よく生きていきたいと思う。  
 試写会で観た「ピナ」は、亡きピナ・バウシュに捧げられた美しい映画だった。全編に及ぶダンスシーン。ダンサーたちの身体言語が言葉を介さずストレートに脳に伝わってくる。言語を超えたコミュニケーションに二時間、浸りきった。不思議な快楽だった。言葉を介さないで何かを感じる……ということが、私たちはできる。ちゃんとできるのだ。インスピレーションが沸騰するように浮かび上がってきて、だがそれもまた言語以前の感覚なのでうまく言葉にできない。しなくてよいと思えるようになった。じっと言葉になるまで待てば、言葉はより豊かになるだろう。
 あまりにも言葉を消費しすぎているかもしれないと、このごろ思う。言葉には、間が必要なのだ……。たぶん。
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福島で見つけた田んぼの風景。このオブジェは「つくし」と呼ばれている。まるでおとぎの国の妖精のような姿。行進しているように見える。
by flammableskirt | 2011-10-29 14:58

業務連絡

六本木のライブハウスで朗読会を終えた翌日の9月27日にイタリアに飛んだ。イタリア人ジャーナリストの友人、ピオ・デミリオといっしょにローマ、パルマ、フェラーラと「福島原発事故」に関する講演をして歩き、ピオのヴェネチアの家に泊まり、戻って来た。フェラーラではイタリアの雑誌「international」の作家祭のシンポジウムに参加。世界中のジャーナリストが集まる大きなフェスティバルが、古都フェラーラのお城を中心に開催される。いやおうもなく自分の英語力のなさに無力感を覚え、もうこんな自分はたくさんだ!とブチ切れてしまった。英語をなんとかしたいと長い間思いつつ、決定的な努力もせず今に至る。「その話題は私の得意分野だ、しゃべらせてくれ!」と思いつつ、英語的表現力を駆使できない自分への怒りが炸裂し、来年の語学留学を決めた。決めたことは必ずやる。なぜこれまで決めなかったのか……つまり、優先順位として下だったのだ。だが、もうイヤだ。この自分に耐えられない……。

英語に関してついに重い腰を上げたのは、今日から出かけるシンガポールでの国際作家祭の準備も大きく関係している。シンガポール大学の担当者とのやりとりのメールがすべて英語だった。ビジネスメールくらいなら大丈夫だと思っていたのだが、シンガポールの人の英語というのは、ものすごく丁寧なのだ。つまり、日本で言うところの尊敬語みたいなものに相当するのだろうか。たいへん表現がまわりくどく、そのせいで何を要望されているのか、その本意をくみ取れない。はっきり言ってくれれば簡単なのに……と思う。飛行機便の手配をするためにあなたが何時の便で来たいかリクエストしてくれ……という内容なのだが、それが、親切すぎるほどていねいに書いてある。さらに、シンポジウムの打ち合わせのために、モデレーターや他の出席者とメールのやりとりをしたのだが、これも英語であり、こんな簡単なことをするために要した時間について考えると泣けてくる。
相手の言うことはだいたいわかるが、自分の意志が伝えられない。いつも、日本語を自在に扱っているだけに、同じように英語を使おうとしてしまうのだろう。言語が使えないと、私の知的能力は小学生以下になると実感した……。頭は同じなのに、アウトプット(表現)できないというのはなんと悲しいことか……。

ともあれ、今夜、シンガポールに発つ。そして明日はオープニングレセプションがあり、世界の作家の方たちとお会いするわけだが、またそこで、英語ができないことの苦痛を味わうわけである……。それでも、英語メールでなんとかやりとりができるようになったのは、twitterで英語アカウントを作り、日々、なにかしらの英語でのつぶやきを繰り返し続けてきた成果であり、何事も2年くらい続けてみればそれなりに成果はあるものだ。しかし、書いているだけじゃ喋れるようにはならないのだということも実感。話すためにはたくさん話すことが必要なんだろう。会話は反射神経だものなあ……。私はコミュニケーションしたいだけなのだ。自分の思ったことを相手に伝えたい。この欲求がものすごく強い。できるかぎり、ちゃんと、伝えたいのだ。

というわけで、シンガポールに行ってきます。戻りは25日の早朝で、26日から福島取材に出発する。福島から戻るのは28日の夜です。しばらく留守になります。原稿は全部書いたよ。たぶん大丈夫。ゲラも戻したね。あ、一つだけまだだ。つつみさんごめんなさい。このゲラはシンガポールに持っていきます……。
by flammableskirt | 2011-10-20 08:17
未曾有とも、千年に一度とも言われた東日本大震災を被災して半年少し経て、なお東北各地の震災・津波からの復興・復旧も、福島第一原子力発電所の事故収束もはかばかしく進んでいない。今われわれは、いやおうなく、文明とは何か、科学・技術とは何か、自然とは何か、人間とは何か、といった問いの前に立たされている。そしてその問いは、あらためて、われわれにとって何がどうあることがほんとうに「よい」あり方なのかという、倫理の根本問題につながっている。ここでは、この大きな危機crisisをどう受けとめたらいいのか、そしてそれをどう「よい」転機crisis に転じていくことができるのか、をじっくり論じたいと思います。
■日時 11 月12 日(土)13:00~15:00
■場所 鎌倉女子大学(大船キャンパス)教室棟3 階大講義室
(入場無料 先着順)
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by flammableskirt | 2011-10-18 14:11 | イベントのご案内
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中野区がアール・ブリュット一色に!
この機会に生の芸術、アール・ブリュットを体験してください。
11月5日に中野サンプラザアネモネルームにてシンポジウム開催。
田口ランディも14時45分から講演します。
「アール・ブリュット 魂の甦る場」
みんな来てね〜!
by flammableskirt | 2011-10-15 17:20 | イベントのご案内
「ふくしまキッズ夏季林間学校」に協力してくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました。この夏のプログラムは無事に終了し、800人近い子どもたちが楽しい夏休みを北海道で過ごし福島に戻っていきました。その様子をDVDにまとめたものがYouTubeにアップされていますので、どうかご覧下さい。
また、毎日新聞の記者の方が記事にまとめてくださいましたので、お読みいただければ今回のプログラムについて理解していただけると思います。http://mainichi.jp/select/opinion/yora/
このプロジェクトは五年計画で進めています。引き続きみなさんのご協力をお願いいたします。




「ふくしまキッズ」に関するホームページはこちらです。すでに冬のプロジェクトが始まっています。
by flammableskirt | 2011-10-13 12:35 | イベントのご案内