田口ランディ Official Blog runday.exblog.jp

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
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武田鉄矢さんの「今朝の三枚おろし」(文化放送)という番組で、今週月〜金まで「アルカナシカ」(角川学芸出版)が紹介されている。この番組は「紹介しますよ」という連絡が来ないので、いつもリスナーの人から「紹介されていますよ!」と教えてもらい、びっくりする。朝の早い番組(6時40分頃?)で、今朝、やっと聞けた。カントとスウェーデンボルグの解説は、さすがの武田さんも苦戦している様子だった。
武田さんはたいへんな読書家で、本は「献本しますよ」と言っても断わられる。「いやいや、本は自分でお金を出して買いますから」とおっしゃる。なので「アルカナシカ」もお送りしていない。今回もご自身で買ってくださったのだろう。なんの義理もなく読んで、おもしろかったら紹介する……というスタンスなのだと思う。
この本は、文章は単純だけれど内容はかなり込入ったわかりにくい本だ。こんな紹介しずらい本を選んでくださってありがたい。なにより、こんなにおもしろがって読んでくださって、うれしい。
本の著者には、読者の声はなかなか届かないものなのだ。直接、肉声で感想を言ってもらえることは少ない。やっぱり肉声の感想はうれしい。書き言葉とは違う。わくわくするうれしさがある。だから、編集者のみなさまにもメールではなくて電話で感想を伝えてほしいと思うのだけれど、最近はメールの感想が多いのだよね。それも、もちろんうれしいのだけれど、肉声で語ってもらうのが、私はやっぱりいちばん幸せを感じますねえ!ああ、なんだか書き手がこんなことをだらだらと言うのも、みっともないね……。すみません。
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by flammableskirt | 2011-08-31 12:40

夏が終る、そして秋。

イタリア人のサルバトーレさんたちとピザの炊き出しに福島県南相馬市へ。桜井市長とともに記念写真。本場ナポリピザは子どもたちには好評でした。
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無人の町を防護服で撮影する外国人カメラマン。とても暑い日だった。
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岩手県の早池峰神社夏の大祭に参加。早池峰神楽は今年も素晴らしかった。
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東北は美しい。早池峰の夏山にユリの群生が……。
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岩手県陸前高田の津波のあとのガレキ。まだ撤収は終っていません。
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長崎県 長崎「水辺の森音楽祭」今年もたくさんのミュージシャンが参加しました。
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長野県上原(わっぱら)のストーンサークル。「原始感覚美術祭」の参加メンバーと遺跡めぐり。
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木崎湖「原始感覚美術祭」に出展した香川大介さんの作品の前で記念撮影。この展示、すばらしかった。
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たくさんのみなさんのご支援によって「ふくしまキッズ林間学校」無事終了。北海道新聞に掲載された記事。さあ、次は冬の計画です。
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もっともっと、いろんなことがあって、抱え切れないほどの夏だった。
でも終ってしまえば、もうなにもあとかたもなく、記憶と写真だけが残る。
そして、秋だ。
風景のなかを移動しているだけの自分。
けっきょくのところ、書かなければ私の痕跡などなにもない。
by flammableskirt | 2011-08-31 12:20
被災地支援講演会「REAL」第2弾を 9月13、14日に開催します


気仙沼に本拠地を置くNPO法人「森は海の恋人」と沿岸部からの支援活動を行うSONERS主催、【被災地支援講演会「REAL」】第2弾を開催いたします。東日本大震災における災害時のリアル、被災者のリアル、支援活動のリアルを多くの方々に伝え、深く認識して頂くことにより、被災地支援についてのみならず、今後の社会や一人の人間としてどうあるべきかを考えて頂くために行われます。被災地の現状を知ることで「もしも自分が被災者だったら」という視点を持ち、今、被災地に必要な物が何かを理解するきっかけとなることを願っております。
今回の講演会は、REAL2、REAL3と称して、2日間にわたり各日2部構成で開催する予定です。両日とも違った内容を講演いたしますので、全ての部に参加されてもお楽しみ頂けます。

【日時】
REAL2: 2011年9月13日(火)

第1部:16:00~17:30(開場15:30)
第2部:17:45~21:00(開場17:30)
*2部は飲酒があるため20歳以上の方が対象です

REAL3: 2011年9月14日(水)

第1部:16:00~17:30(開場15:30)
第2部:17:45~21:00(開場17:30)
*2部は飲酒があるため20歳以上の方が対象です

1部
津波で破壊された東北エリアのまちでは今、「復興」だけではなく、従来の考えにとらわれない新しいまちづくりが求められています。自然と共に生きるまちづくりを目指す時、そこに必要なものは意外にも「鉄」でした。畠山重篤氏が「自然と鉄」についてわかりやすく解説します。
2部
テーマ1:今後の津波といった水害に備え、被災者のみならず、海に囲まれた国に住む私たち全員が学ぶべき、「セルフレスキュー」についてお話いたします。
テーマ2:被災者の本音をリアルに語る場とします。前回のように被災地の現状を説明し、復興支援のあり方を問うだけでなく、実際に支援活動に関わる団体や企業の方々もご参加頂きながら進めていきます。

*講演内容、講演者、時間は変更することがございますのでご了承ください。
【定員】第1部・第2部 各200名

お申し込みはこちからら

http://jp.devex.com/real2
by flammableskirt | 2011-08-26 18:24
明日8月27日から長野県木崎湖で開催されている原始感覚美術祭に行ってきます。
8月28日には吉増剛造さんとの対談や詩の朗読会なども企画されていますので、長野の近くにお住まいの方はぜひ遊びに来てください。この美術祭、盛りだくさんでなかなか楽しいですよ!
私は8月30日まで参加しています。

原始感覚美術祭
http://primitive-sense-art.nishimarukan.com/
http://primitive-sense-art.nishimarukan.com/event2011.html#kouen




9月3日は、「グレイト・スピリット展」開催中の清里の写真ミュージアムで、チャリティーイベントを行います。
ウォン・ウィンツアンさんとコラボで詩の朗読とパフォーマンス。
以前もご紹介しましたが「グレイト・スピリット展」はすばらしい写真展です。特にエドワード・カーティスのガラス版のプラチナプリントは写真ミュージアムの収蔵コレクションですがなかなか見ることができません。この機会にぜひご覧ください。10月10日まで開催しています。
http://www.kmopa.com/index.htm

K・MoPAチャリティ・ライブ2011
9月3日(土)午後2:00~4:00

田口ランディの朗読とウォン・ウィンツァンのピアノ演奏が交錯する、音と詩の世界。
「グレイト・スピリット」展に見る写真の魅力も語ります。収益は、東日本大震災の被災地と、写真家・井津建郎氏が地雷の被害にあった子どもたちのために開院した「アンコール小児病院」に寄付します。


田口ランディ/作家
1959年東京生まれ。2000年『コンセント』で小説家としてデビュー。「秘境や聖地を巡る旅」や「生きるということ」に関するノンフィクションも著書多数。北米のネイティヴ・アメリカンを撮影したエドワード・カーティスの写真に魅せられたひとりでもある。
2011年『マアジナル』(角川書店)、『アルカナシカ』(角川学芸出版)刊行。

ウォン・ウィンツァン/ピアニスト、作曲家、即興演奏家 
瞑想の体験をとおして、超越意識で奏でる音楽スタイルを確立。サトワミュージックより22タイトルのアルバムをリリース。NHK番組「九寨溝」「こころの時代」「にっぽん紀行」の音楽でも知られる。その透明な音色で「瞑想のピアニスト」と呼ばれている。


●9月3日(土)午後2:00~4:00
●会場:K・MoPA音楽堂
●参加費:一般3,000円 2名様以上はお一人2,500円 小・中・高校生は無料
 (友の会・会員は各1,000円引き)※当日券は各500円増
●定員: 150名 / 全席自由
●要予約:住所、氏名、参加人数をお知らせください。
   info@kmopa.com






by flammableskirt | 2011-08-26 18:14 | イベントのご案内

久しぶりの屋久島

明日から、久しぶりに屋久島に行ってきます。
NHKのお仕事で「国際森林年」の特集番組を撮影するためです。
屋久島に行くのは三年ぶりで、いまからわくわくしています。
川で泳ぎたいなあ。森も歩きたいなあ。
オフが一日しかないからできることは限られてしまいます。
それでも、うれしい、気持ちが落ち着かない日々を過ごしていたので、ほんとうにうれしい。
あの森は私にとって島まるごと巨大な神社みたいです。

屋久島から戻って翌日は、湯河原のサマースクールです。
このブログを見て都内から申し込んでくださった方がいらっしゃいます。
ありがとうございます。幼稚園で雑魚寝ですけど、びっくりしないでくださいね。
巻上公一さんもいらっしゃいます。
子どもたちといっしょに丸1日、歌ったり踊ったり温泉に入ったりしてたのしみましょう。
屋久島かの珍味をおみやげに買ってきます。
やっぱりさば節かな〜。オニオンスライスと混ぜて食べるとおいしいんだよね。

では、しばしの夏休みに出かけてきます。
by flammableskirt | 2011-08-16 17:07
 核兵器を非人道的なものとして決めつけるならば、その他の通常兵器は人道的なのか。核戦争は反対で、普通の戦争は賛成ということなのか。廃絶すべきはす べての兵器とすべての戦争とすべての軍隊ではないのか。そのことを非現実的として笑い飛ばすのならば、最初から平和を口にしなければいいのだ。(丸山健二)

 二十代の頃に熱中して作品を読み続けた尊敬する作家・丸山健二さんの言葉がリツイートされて私のタイムラインに現われました。
「最初から平和を口にしなければいいのだ」という強い口調に、一瞬、たじろぎました。短い分だけtwitterの言葉は強くなる。この言葉は強いから、共感した誰かによってretweetされたんでしょうね。読んだ人に突き刺さる言葉だから伝播していく。
 この言葉は誰に向って語られているんだろうと考えました。
「すべての兵器とすべての戦争とすべての軍隊を廃絶することを非現実として笑い飛ばしつつ、平和を口にする不特定多数の誰か」に向って、丸山さんは「最初から平和を口にするな」と言っているんでしょうか。なんだか少し違う気がします。
 本当に丸山さんが伝えたいことは、そういうことじゃないんじゃないかなと感じてしまう。もちろん私は他者の思いはわからない。他者は永遠の謎です。でも、誰かに何かを表現して伝えたいから作家は書くし、たぶん、呟くんだと思う。その伝えたい意図とはいつも、書かれたものの背後、あるいは行間にあって、時として言葉が強すぎると隠れてしまう。短い言葉は強くなる。だから作家は小説なんていうまわりくどいものを書いて、その行間に思いを込めていくような、ほんとうに時間のかかることをして「言葉以前のもの」を伝えようとしてしまうのだと思います。
 非人道と人道には境界というものがない。丸山さんは、ほんとうはそのことを伝えようとなさっているのでは?と、ふと思いました。
 非人道的な行為、人道的な行為。この線引きをした途端に、もう見失ってしまうものがあるんです。人間のやることはすべて人間的であり、神的なものから悪魔的なものまで、およそ人間がやることは多様で極端で矛盾していてはかりしれない。それが、かつての丸山さんの小説のテーマのように私は思っていました。人間が口にする平和も人間が口にする戦争も、なにもかも、人間という器に盛られてしまうと、意識の自己都合によって組み立てられた言葉の世界の虚構となるのです。

 すべての核兵器と戦争と軍隊の廃絶は、もし「廃絶」しなければならないのであれば、それはまた別のベクトルの権力とご都合主義の行使であり、そこには軋轢と対立が生じて、再び戦禍はぶり返し人と人は争うことになるでしょう。願うべくは、自律的な決断であり「自ら棄てる」という決意でしょう。他者はどうあれ「私は棄てると決めた」という決断ができないのであれば、他人の意見に従っての廃絶など、一時しのぎのガマンかもしれません。
 でも、棄てることも、廃絶することも、使うことも、大もとは人間の意識が決めていて、その意識はなにかを基準にして働いている。思考は言葉で行われるたいへん抽象的な脳内活動です。丸山さんのこの発言も丸山さんの脳のなかで、あるイメージによって喚起され紡ぎ出されてきたものです。たぶん虚構です。
 人道的、非人道的、廃絶、非現実、平和、戦争、核兵器、軍隊、短い文章のなかにこれだけのタームが挿入され構成されているこの「tweet」を、私は一度、徹底的に突き放してみようと思います。なぜなら、私は私の上の世代の人たちから、常に同じような言い回し、同じような口調や単語で、抽象的な議論を挑まれてきました。それに対しての反論ができないできました。
 ですが、もう反論はしないと決めたのです。反論すれば同じ土俵に上がることになる。これらの言説は「ある種の価値観から見た正しさ」によって支えられ、伝えられようとしてきました。かつてはそれは「左翼的」などと呼ばれていました。そしてそう言ったとたんにまた、足元をすくわれます。左翼も右翼もはっきりとした実態のない相対的な言葉で、都合によっていかようにもメディアから利用されてきたタームなのです。

 批判されるべき「人間」は存在しません。悲しいかな人間はなんでもありなのです。神でもあり悪魔でもある。わけがわからない。人間という種に対してあるのは常に架空の前提、架空の批判です。
 この言葉の虚構性を味わいつつ、そのうえで、ああ、なんという空疎な言葉の羅列であるかを味わいつつ、それでも、この方が求めているなにか奥深いものと、私が求めているものは、もしかしたらつながっているかもしれない。
 それを確認しあう対話は成り立つのかどうか。
 ダイアローグとはここから立ち上がってくる、唯一の、創造的な現実認識への方法論ではないかと思っています。インターネットは出会いと再会のためのメディアです(by@metakit)。ダイアローグのために人類がついに創造したメディアだと思っています。
by flammableskirt | 2011-08-15 10:56

 先日、出版社の方と打ち合わせをした時のこと。
「こういう状況のせいかもしれませんが、真面目な固い本が売れているんです。本はいま、わりと売れているんですよ。みんなが地に足の着いたものを求めているのかもしれないですね」
 というお話を編集の方から聞いた。

 多くの人たちが、2001年から2011年の十年の間にとても「内省的」になり「世界の在り方」と「自分の在り方」を重ね合わせ、渾沌とした矛盾だらけの世の中になんとか理性で挑もうとしている。私にはそう見える。
 そのようななかで、変わらないのは政治状況のほうで、政治に携わる人たちはいまだに若年層に対して「政治に興味がない」とか「選挙に行かない」などと小馬鹿にしたことばかり言っているのだ。

 今日は終戦記念日で、戦争終結から66年が経った。
 私の中学生の娘が「まだ、戦争からたった66年しか経っていないんだね」と言っていたことが印象深い。その通りだ。たった66年。私は半世紀を生きてきたので、戦後から今までにどのようなことが起っていたかおおよそ見てきた。その時代時代のムードを肌で感じてきた。

 かつて、ディープ・エコロジーの思想家のジョアンナ・メイシーが「絶望こそが希望である」と言っていたけれども、その言葉のやるせなさと真実が初めて、ようやく、身体的な実感を伴って……まさに、身にしみる。今年、私は生きてきた半世紀のなかで最も、希望を直感する。それほどの絶望的な状況であるという闇の深さがあって、ようやく夜明けの予感を山の端に感じているような、そんな気持ちだ。夜明けは予感でしかなくて、まだ世界は暗い。その暗さゆえに予感を孕んでいるという、バランスを失えばすぐに絶望の淵に転落してしまいそうな希望の予感。

 戦後を「たった66年」と14歳の中学生が言うリアリティ。
 彼女が生きてきたこの14年間でも、ほんとうにいろんなことがあったのだ。そして日々、あり続けるのだ。いま、インターネットが当然のように家庭にあり、twitterで世界結ばれ、みんなが指先でスクロールさせながらスマートフォンで情報を得る時代を生きている娘が、第二次世界大戦が終った焼け野原の映像を見ながら「たった66年しか経っていないんだね」と呟いている。その「たった……」という娘が感じている、ある種のリアリティに関して、私は大人として敏感にならねばと思う。

 たぶん娘は66年前の日本人と自分との間に、なにかしらの大きな断絶、違い、を直感しているのだ。だがそれは言葉にはならず、もやもやとした曖昧な感覚として身体が感じとっているだけ。その身体がようやく発している、かろうじての言葉として「たった66年しか経っていないんだね」を受けとろうと試みてみる。

 戦後の記録映像を見ながら、娘はきっと「日常のもろさ」を漠然と感じていたのではないか。様々なヴァーチャルに囲まれて育ち、来年の高校受験のために受験勉強しながら「これはほんとうにずっと続く現実なのかな?」とどこかで疑問に感じ、しかし、そんな疑問をもったところで来年の高校受験という「確定されたかに見える未来」に向って進んでいかなければならない自分。ほんとうに高校受験はやって来るのか? それは確かなのか? 
 明日どうなるかわからない……という自由さを、娘は戦後の映像に見ていたかもしれない。日常なんてぶっ壊れてしまって、明日はどうなるかわからない。そこから、もう一度世界を再構築して、そして「たった66年」で今の社会がきっちりとでき上がってしまっている。
そのきっちりとでき上がったかに見える社会も、地下のプレートがちょっとズレただけで、崩れるということを目の当たりにしながら、娘はゴロ合わせで歴史年表を暗記していくわけである。そういう自分の日常は「退廃した未来」であると、子どもたちは感じていないだろうか。私はそんなことをふと思った。

 私は娘になにを伝えたらいいのだ……。2011年以降を生きるために。
 「確定された未来などない」
 それを生き方として子どもに示さなければと思う。いま「こうであることが、ずっとこうであるということはない」と。だからこの瞬間に集中せよと。自分で考え、学び、今この瞬間を創造していくこと。過去の延長線上にあるような予定調和な未来を、未来だと誤解してはいけない。もし過去から点線で続く未来であれば、それはほんとうの未来じゃない。未来が私とは関係なく、私の外に展開しているものだと思ってはいけない。私が展開して未来に成り続ける……そのダイナミックな変化こそが未来であり、未来とは現象なんだ。国語辞典にだまされてはいけない。いいかい、未来は名詞じゃない。未来を、自分も含めた現象として感覚でつかみとってごらん。
 未来というのはね、どうなるかわからない……という不確定なもの。だからそれはどこかに在るものじゃない。いま、全世界の人々によって展開され生きられていることがらであり、だから未だ来ないものとして認識されるけれど、実は向こうから来るのではなく、私たちがこちらから「生きる」ことで創造し展開させ続けているから、来ないように見えているだけなんだ。常に自分も関与しているんだよ。いまを創造し展開し続けていくことが「生きている」ってことだ。だから、未来とは生きるっていう動詞と同じ意味なんだよ。
by flammableskirt | 2011-08-15 08:01

現実を直視すること

音楽家の大友良英さんのブログを読みました。
大友さんの言葉はいつもまっすぐだ。言葉がすうっといろんな障害物を通過して私の中心まで届く。
なぜだろう、大友さんだって同じ日本語を使っているのにな。いったい言葉って、なにが違うんだろう。文法も同じで、ほとんど日常的な単語を、どちらかといえば簡単な単語を使って、大友さんの言葉は構成されているのに、それでもすうっと突抜けていく力がある。言葉って不思議だなあと思う。
大友さんの言葉は、その透過性ゆえに求められているのだと思います。強い言葉じゃない。無理強いの言葉でも、脅す言葉でもない。でも、突抜けてゆく。

大友良英ブログ 
「フェスまであと一日」


プロジェクトFUKUSHIMA、いよいよ始動です。

ブログより抜粋

もう今のわたしの正直な気持ちは、県外の人には
「四の五の言ってないで福島に来いよ、来てみて見ろよ」
なのです。
それは福島はこんなに元気だ、大丈夫だ、なんてことを演出したいのでもなく、
かといって福島がこんなに危険だなどど言いたいのでもなく、
ただただ現実を見てほしいという気持ちなんです。
ネットやテレビの情報でごたごた言うくらいなら来たら現実がわかるから・・・という気持ちでもあります。
ここにはもう3月11日以前の日本はありません。3月11日以降の現実を見据えながら、どうやって生きて行くかという課題を常につきつけられながら、新しい日常をどう獲得していったらいいのかということに、毎日真剣に取り組んでいる・・・それがわたしが見て来た、そして今居る福島の現実です。そしてその現実は、決して福島だけの問題ではないとわたしは思っています。


大友さんが、音楽でやろうとしていることを、私は言葉を使った創作で表現しよう。
自分の得意とするもので、やっていくしかない。
わたしのやれることには限界があるけれど、やったことそのものには限界はないはず。
行為というのは、けっして自己完結するものじゃない。
人間の行為は、どのようなものであれ、なにかしら人を媒介にして伝わっていくものだ。そこには限界というものはきっとない。私一人の力ではないのだから。
だから、自分一人だとは思わず、自分のことをやるしかない。生きていくってそういうことかもしれない。

私の現実を直視すること。
判断や評価をしないで、そのままを見て、それをどう乗り越えるか考えてみること。
大友さんを自分のなかに映してみる。
私の現実は、そのまま福島の現実をつながっている。
私たちは鏡の向こうとこちらで向きあっている鏡像。
by flammableskirt | 2011-08-14 06:32

新しい人よ眼ざめよ

インターネットの質問サイトに「なぜ菅直人総理を退陣させたいのですか?その理由を教えてください」という質問が掲載されていました。この疑問は多くの方がたにとっての「素朴な疑問」ではないかと思います。

「外国人献金問題」や「震災対応の失策」など、複数の要因が列挙されており、全体的な指導力のなさが問われているようでした。つまり、菅直人総理が退陣すべきだという方々は「この人物には総理としての適性がない」と考えていらっしゃるようです。「ひとつひとつの問題、どれをとっても退陣要求に値する」とおっしゃっている方もいらっしゃいました。「海外での存在感のなさ」や「いつも疲れた顏をしていて自分の体調管理ができていない」など、ほとんど憶測での意見も多かったです。

それに対して「脱原発を表明しているから」という答えもありました。脱原発をはっきりと打ち出している菅直人総理は、原発推進派にとって不都合なので早く退陣させたいのだ、ということでした。

広島の平和祈念式で「脱原発」を表明した総理に対して、広島市長が不快感を示した、という新聞記事を読みました。「政治的なアピール」だという理由でした。

私は広島を長く取材していますが、広島には二つの顏があると思いました。よく知られている広島は国際平和文化都市としての広島で、反核を訴えています。もう一つの広島は、映画「仁義なき戦い」「仁義なき戦い 広島死闘編」で描かれたような広島です。戦後焼け野原となった広島に土地利権をめぐるヤクザの激しい抗争が起こります。この二つの映画は戦後の広島を考えるうえで貴重な歴史的資料でもありますし、映画としてもとても面白いです。

原爆によって破壊された街の再開発だけでなく、広島はありとあらゆる場所が開発の対象となり、いまでは戦前の面影を残す町並みはほとんどありません。広島を歩きながら、なぜこれほどに街は「刷新」されてしまったのだろう?と不思議に思いました。戦災を免れた段原地区には昔ながらのいりくんだ路地に、骨董品展が軒を並べ独特の情緒ある景観を保っていました。この地区は最後まで残された古き広島でしたが、やはり大規模な再開発の対象となり、現在に至ります。被曝や反戦、反核とはまったく関係ない利権を巡る争いがこの街にはありました。この街のすべてを「新しく開発」することの意味はなんだったのでしょうか。復興や住民の利便性のためだけではないように思えました。

広島を取材しながら、広島の歴史を探りながら、広島から発せられる「平和」という言葉に、気持ちが苛立つようになったのは、広島が表明する「反核」も「平和」も、かっちりとした定型フレームのなかに収まってしまい、そこから脱することができない不自由さを感じたからです。

「原発」と「核兵器」は、いっしょに語ってはいけないものでした。それは、原発が導入された経緯、その歴史を見ればわかります。核兵器は危険だけれども、原発は未来のエネルギーで絶対に安全である……という触れ込みで、アメリカからすすめられて技術導入されました。一九五〇年代のことです。この時から、核と原発は分けなければいけなくなったのです。これは、国家とメディアとアメリカが三位一体となり、もちろん経済界も後押しして進めてきた国策で、原発は核の平和利用として「平和」の陣営に組み込まれました。いま、原発が決して「絶対安全」なものではないことが現実に証明されても、一度、枠におさまってしまったものから、容易に抜け出すことは困難なのです。

菅直人総理が「脱原発」を表明することに関して、私はそれを政治的アピールだとは考えていません。ただ、言葉は悪いですが「イタチの最後っ屁」のように、一発だけかまして、そのままどこかに行ってしまう……というのでは、なにかもう、それはあまりにむなしい。

当然ながら、現在も稼働している原子力発電にはたいへんに多くの人間がかかわり、原発関連事業が支えている雇用は、特に原発立地地域では大きいでしょう。いま原発がある地域の人たちは、原発導入時にもいろいろな混乱やストレスがあり、そして稼働時にも事故等の心配があり、それでも、地域ぐるみでそれを受け入れてきて現在に至るわけです。そういう長い時間をかけて受け入れてきたものを、いきなり「危険だからなくす」と言われても、とても困惑するでしょうし、これまでの苦労を、そしてこれからの不安をいったい誰にぶつけていいのやら、なんだか翻弄されっぱなしのような暗澹とした気持ちになるに違いありません。

私たちが生命の安全を守るためには、原子力の技術は必要です。現在稼働しているものが、解体され、最終的に放射能廃棄物の処分が決まるまで何十年もの長い時間が必要です。もし、この大事な専門分野に信頼できる技術者が研究者がいなくなってしまったら誰が安全を管理するのでしょうか。
原子力は存在します。いま現実に。日本がもし脱原発へと舵をとったとしても、この技術は必要になります。これから廃炉に向けて、膨大な税金が投入されていくとしたら、それはまさに国家事業であり、その経験を極め、蓄積しつつ、廃炉工学や廃炉事業を世界に輸出できるほどの水準まで高め、全世界の脱原発を牽引していくような、そんなビジョンが必要ではないでしょうか。原発の解体処理や、放射性物質の除染、処理に関して世界最高水準の国になることが、私たちの子どもたちにとって最も安全な道であろうと考えます。

物事が大きく変革するときは、たくさんの人が傷を負い、その人生を大きな流れのなかに巻き込まれ、苦渋の思いを味わうことになります。その余波がいったいどこまで及ぶのかは、誰も想像もつきません。蝶の羽ばたきが嵐を起すかもしれない、そういうつながりあった世界に生きている以上、なんらかの形で誰もが影響を受けるでしょうけれど、その影響の大小ははかり知ることができない。はかり知ることができない……という点においてのみ、人生は平等であります。

もう同じ状況を続けたい人はいないはずなのです。もとより、続けられるわけもないのです。いやおうもなく大きな変化が起きつつあります。そんななかで、本来は社会を変革していかなければならない政治的な人たちが、もっとも保守的で保身に走っているように見えます。たぶん彼らが人生の目的としてきた「政治的な権力」というものは、優先順位としては「命」よりもプライオリティが上なのでしょう。そういうことはままあることです。

原発推進にしても、反対にしても目指しているのは「政治的な優位」であることが見てとれるとき、なにかとても不思議な気分になるのです。人は自分が見たいように世界を見るんだな。そして、考えて見れば政治という狹い世界で何十年も生きてきたような人たちは、反対だろうと賛成だろうと、時にはくっついたり離れたりして、ゲームのようなことを、国会議事堂という狹い教室で繰り返しているわけです。そもそも顔見知りで、会社の同僚のようなものです。あんがい私たちが思っているほど敵対なんてしていないんだろうな……。もっと、陰湿な心理ゲーム……、中学校のいじめのようなものが行われているのかもしれないな……などと空想したりもします。

私は、いま、次に総理になってほしい人なんて、いないんです……。総理候補……という方々をニュースで見ましたが、なんだかげんなりしてしまいました。もう、ほんとうにうんざりした気分になりつつ、三陸海岸や福島で出会った若い議員の方たちのことを思い出しました。30代の議員の方たち、ほんとうに毎週、福島に通い、あるいは何ヶ月もホテルに泊まり込みになって、現地復興のために働いていました。現場から見ていたら歯がゆい気持ちでしょうね。

できれば、若い方たちが中心になって、第三のまったく違う政党を立ち上げてほしいなあと思ったりします。若手の人たちが超党派で集まってほしいという気持ちが強くあります。いまは、そういう時期なんじゃないでしょうか。

この文章のタイトルの「新しい人よ眼ざめよ」は、大江健三郎さんの短編のタイトルからとっています。この短編集は、ウィリアム・ブレイクへのオマージュとして創作されたもので、絶望からの再生を予感させてくれるものとして若い頃に読みました。当時、あまりよく理解できなかったのですが、ウィリアム・ブレイクを読んでのち、今読み返すと、祈りにも似た、不思議な読後感がありました。
by flammableskirt | 2011-08-11 07:16
8月4日の長崎原爆資料館での講演会で、長崎市長の田上富久さんとお会いしました。
とても穏やかで、ふわりとした自然体の方ですが、裡には強い信念をもっていらっしゃるのを感じました。強い芯をおもちだから、自然体でいられるのでしょうか。強い……というのは、固い、強固……というのではないのです。もっとこう、言葉では言い表せない強さ。形あるものではなく、精神の自由さといえる強さかもしれません。

昨日の平和宣言をお読みになっていただければ、長崎に新しいタイプのリーダーが生まれたことがわかるかもしれません。この宣言のなかで、市長は「私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時」と語り、対立ではなく議論を訴えています。そして、はっきりと「原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要」と述べました。

また、「オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。」とアメリカに向って日本から明確な強いメッセージを送っています。

同時に日本政府に対して「アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。」と、たいへん具体的に提案しています。

また、私たちに対しては「「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。世界の街角で被曝の写真パネルを展示してください。」と提案しています。

誰に対して何を伝えるか……ということがとても明瞭なスピーチでした。
田上さんは、これから「被曝国日本」として世界の非核を牽引していくリーダーになられるのではないかな、と感じました。

以下に昨日の「長崎市平和宣言」をお伝えします。


今年3月、東日本大震災に続く東京電力福島第一原子力発電所の事故に、私たちは愕然としました。 爆発によりむきだしになった原子炉。周辺の町に住民の姿はありません。放射線を逃れて避難した人々が、いつになったら帰ることができるのかもわかりません。ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた被爆国の私たちが、どうして再び放射線の恐怖に脅えることになってしまったのでしょうか。自然への畏れを忘れていなかったか、人間の制御力を過信していなかったか、未来への責任から目をそらしていなかったか......、私たちはこれからどんな社会をつくろうとしているのか、根底から議論をし、選択をする時がきています。たとえ長期間を要するとしても、より安全なエネルギーを基盤にする社会への転換を図るために、原子力にかわる再生可能エネルギーの開発を進めることが必要です。

福島の原発事故が起きるまで、多くの人たちが原子力発電所の安全神話をいつのまにか信じていました。世界に2万発以上ある核兵器はどうでしょうか。核兵器の抑止力により世界は安全だと信じていないでしょうか。核兵器が使われることはないと思い込んでいないでしょうか。1か所の原発の事故による放射線が社会にこれほど大きな混乱をひきおこしている今、核兵器で人びとを攻撃することが、いかに非人道的なことか、私たちははっきりと理解できるはずです。世界の皆さん、考えてみてください。私たちが暮らす都市の上空でヒロシマ・ナガサキの数百倍も強大になった核兵器が炸裂する恐ろしさを。人もモノも溶かしてしまうほどの強烈な熱線。建物をも吹き飛ばし押しつぶす凄まじい 風。廃墟には数え切れないほどの黒焦げの死体が散乱するでしょう。生死のさかいでさまよう人々。傷を負った人々。生存者がいたとしても、強い放射能のために助けに行くこともできません。放射性物質は風に乗り、遠くへ運ばれ、地球は広く汚染されます。そして数十年にもわたり後障害に苦しむ人々を生むことになります。そんな苦しみを未来の人たちに経験させることは絶対にできません。核兵器はいらない。核兵器を人類が保有する理由はなにもありません。

一昨年4月、アメリカのオバマ大統領は、チェコのプラハにおいて「核兵器のない世界」を目指すという演説をおこない、最強の核保有国が示した明確な目標に世界の期待は高まりました。アメリカとロシアの核兵器削減の条約成立など一定の成果はありましたが、その後大きな進展は見られず、新たな模擬核実験を実施するなど逆行する動きさえ見られます。オバマ大統領、被爆地を、そして世界の人々を失望させることなく、「核兵器のない世界」の実現に向けたリーダーシップを発揮してください。アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国など核保有国をはじめとする国際社会は、今こそ核兵器の全廃を目指す「核兵器禁止条約(NWC)」の締結に向けた努力を始める時です。日本政府には被爆国の政府として、こうした動きを強く推進していくことを求めます。日本政府に憲法の不戦と平和の理念に基づく行動をとるよう繰り返し訴えます。「非核三原則」の法制化と、日本と韓国、北朝鮮を非核化する「北東アジア非核兵器地帯」の創設に取り組んでください。また、高齢化する被曝者の実態に即した援護の充実をはかってください。長崎市は今年、国連や日本政府、広島市と連携して、ジュネーブの国連欧州本部に被曝の惨状を伝える資料を展示します。私たちは原子爆弾の破壊の凄まじさ、むごさを世界のたくさんの人々に知ってほしいと願っています。「核兵器のない世界」を求める皆さん、あなたの街でも長崎市と協力して小さな原爆展を開催してください。世界の街角で被曝の写真パネルを展示してください。被曝地とともに手を取り合い、人間が人間らしく生きるために平和の輪をつなげていきましょう。

1945年8月9日午前11時2分、原子爆弾により長崎の街は壊滅しました。その廃墟から、私たちは平和都市として復興を遂げました。福島の皆さん、希望を失わないでください。東日本の被災地の皆さん、世界が皆さんを応援しています。一日も早い被災地の復興と原発事故の収束を心から願っています。原子爆弾により犠牲になられた方々と、東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表し、今後とも広島市と協力し、世界に向けて核兵器廃絶を訴え続けていくことをここに宣言します。

2011年(平成23年)8月9日                   長崎市長 田上 富久
by flammableskirt | 2011-08-10 10:15