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「わたしのすがた」雑感

フェスティバル・トーキョー
「わたしのすがた」飴屋法水のインスタレーションを観てきた。
 場所は「とげ抜き地蔵」にほど近い巣鴨〜西巣鴨近辺に散在する三軒の古い民家。
古いと言っても「古民家」という古さではない。昭和を感じさせる……という雰囲気。一軒はかつて医院だったようだ。
すでに終了しているので、思い切りネタバレでも大丈夫だと思うのだが、この作品は観客が地図をもらって一つひとつの家を探して歩く……という形式になっている。最初に目にするのは、小学校の校庭に空いた大きな穴だ。えぐられて土が露出している。
 次に5分ほど歩くと、廃虚に近い民家にたどりつく。
そこで地図をもらい、さらに歩くと、ちょっと新しい民家にたどりつく。この家には懺悔の部屋がある。
それからけっこう歩くと巣鴨駅付近に古い医院があり、この医院の中はかなり暗い。ペンライトを借りて、中を歩く。一つの部屋に入る。するといきなり土の山がある。部屋いっぱいの土の山である。当然ながら、土臭くて湿っている。
土の匂いを覚えているかな。胸にうっとくるようなえぐさがある。ちょっと埃っぽいような。それでいて懐かしいような。この土はきっとあの校庭の穴を掘った土なのだなと思う。土は露出されると生き物のような生々しさをもっている。私たちは土にアスファルトをかぶせてその上を歩いているし、土は植物に覆われるのでその肉のような本体は隠されている。だから、私はながいこと土のあの生物的なえぐさを忘れていたのだが、久しぶりに土は霊だということを思いだした気がした。このようにどかんと盛られると、一匹の妖怪が部屋を占拠しているように感じる。生き物としてエネルギーをもっているのだ。ただ、この土のエネルギーはとても病んでいるような気がした。土は病んだから病院に入院しているのか……と思ったら、なんか急に可笑しくなって、ここは妖怪病院だ!と思った。
土だけじゃなく、モノノケが入院している妖怪病院。なるほどそんな感じである。

実は、私は阪神淡路大震災の時にボランティアを志願して、地震から1週間目の三ノ宮に降り立った。大阪は日常の風景だったのに、神戸は崩壊していた。まだまったく復旧は進んでいなくて、かすかに余震も続いていた。あの光景は目に焼きついて忘れられない。被災者の安否確認のために崩れた家を一軒一軒回って歩いた。家財道具が道路に散乱し雨ざらしになっていた。あらゆるものがあられもなく剥き出しになり、露出し、あちこちの電信柱に「見るな!」「じろじろ見るな!」という手書きの警告が貼ってあった。その文字から激しい怒りを感じた。でも、若いカップルや、友人同士で見物に来た人たちが、倒壊して子供たちの服やおもちゃや本やふとんがゲロのように吐き出された家の前で記念写真を撮っているのを何度か見た。あんなすさまじい日常の崩壊した光景は見たことがなく、いまも自分の気持ちの在り方にとまどう。どう処理していいのかわからない。現実はいつもイマジネーションを凌駕する。あの地震の光景はそうだった……。私はまだあの光景を作品として描けない。
なので最初の民家は、早くに出た。こういう場所を命がけで歩いて回った日があったことを思いだすのがイヤだった。実際にこのような風景のなかに目に障害をもって被災した方が一人で暮らしていたのを見た。その時のなんとも言葉にできない衝撃も、まだ形にすることが難しい。もしかして自分は傷ついているのかな……と感じた。あまり壊れた家を見たくなかったからだ。

二軒目は、昭和の後半によくあった感じの洋風の家だった。
この家には、ノイズがあった。あの、飴屋さん独特の動物的なノイズだ。とても耳ざわりな感じなのにずっと聴いていたい。不思議な感覚。蛇口からしたたり落ちる水音や、虫の羽音のような……。ここにもっと腐った匂いがあったらなおいいのにな、なんて思った。私は臭いフェチであり、私のなかでは音は匂いに近しい。音がすると匂いがほしいと思ってしまうのだった。そうすれば、より喚起される記憶がある。記憶が立ち上がる。それが私に肉体に影響を与える。体温が上がったり下がったり、心拍数や、汗も、そして筋肉も外界からの刺激によって変化する。それを体験したいと思う。

三軒目に、土があった。
土は申し分なく臭く、えぐかった。
呑み込まれそうな土の前に立つと、自分が死体から蘇生したような気分になった。
あれは、妙に気持ちのいい体験だった。さっきまで、この土に埋まっていた、私はカブトムシの幼虫だ。だが土のポテンシャルはかなり落ちていた。無数の微生物たちも息絶え絶えな感じだ。大地と切り離されたために乾いたからだろう。早くもとの場所に戻りたがっている。あの穴へ。
帰り際に建物を振り返ると、裏庭に飴屋さんが立っていた。飴屋さんは西陽を浴びて建物の一部のようだった。あの人も妖怪なんだな、と思った。
by flammableskirt | 2010-11-30 11:26
湯河原発達障害と友に生きる会「色えんぴつ」主催の講演会。
私の友人で、同じ生年月日の!毎日新聞社の編集委員、野沢さんが来てくれます。
同時にバーベキュー親睦会も。お子さん連れもOK.託児ありです。
お母さんもお父さんも子供さんも、みなさんでご参加くださいませ!
この会、開催にあたって、湯河原の商店のみなさんが、バーベキューのための現物支給してくれました。
ご近所のみなさん、発達障害の子供たち、親御さん、みんなで楽しく過ごせたらいいな〜。
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by flammableskirt | 2010-11-22 12:49
今回は討議方法を変えてみます。
より多くの人と意見が交わせるように考えてみました。
請うご期待です。
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by flammableskirt | 2010-11-22 12:43
スピリチュアルという現象について考えている。
今週末に朝日カルチャーセンターの「死生学」の連続講座の一つを担当することになっている。そのお題に「スピリチュアル」という言葉を冠しているので、自分なりの考えをまとめようと、いつも頭の隅にこの言葉を置いているのだ。

つい先日、気功の合宿をした時もその話題が出た。
このあいだ、あるシンポジウムにゲストとして呼ばれて講演をしたのだけれども、そこに聴衆として来ていた何人かの知人が「あの会のスピリチュアルなムードはちょっと……」と言葉を濁すのである。
それで、どう「乗れないのか」について詳しく質問してみた。
「そうですねえ、なんというか、みんな一緒にハッピーに……みたいな、ハートフルな感じが苦手というか……」
「もう、すごい笑顔で語りかけられてひいちゃいました」
「いきなり知らない人と手をつなぐとか、なんかやっぱり抵抗があるし……」

 そういう「なんとなくダメ」という意見をさらに突っ込んで聞いていったとき、ある方がとても面白い意見を言ってくれた。
「つまり、あんなにハッピーで、みんなと仲良くできて、こうすればほら、霊的によくなるでしょう……と言われると、なんだかそれが出来ない自分はダメだな、みたいな気持ちになっちゃうんですよね。ようするに、こっちの気持ちの問題なんだろうけど。私はああいう風にはできないんですよ。やなんですけど、そうしたほうがきっと平和なんだろうってことはわかる。だけど、なんだか違うような気もする。躊躇しているんだけど、躊躇している自分はダメな人……っていう、そういう雰囲気があって、自分を否定されている感じがしちゃうんで、引いてしまうのだと思う」
「なるほど、そして、ダメなんですと表明すると、逆に同情されちゃう感じ?」
「そうそう。ああ、まだ霊的な成長の途中なのね、みたいなこと言われそうで(笑)なんか、ちょっと、カチンとくるし、その反面、カチンときている自分もダサいなと思うし……。とにかく疲れちゃうんですよね」

 この感じはすごくよくわかるのだ。
 私も乗れないほうだ。ノリがいいように思われがちだけれども、実はノリはすごく悪い。

 ちなみに私は、ライブなどで総立ちになって手を叩くのも苦手。サッカーの試合の応援も苦手。ウェーブとか、ほんとやりたくないのである。
 お祭りも苦手である。情熱的なことにノレないのである。
 そして、若い頃はノレない自分にコンプレックスをもっていて、わざとノリがいいふりをしていたところがある。ああいう場所でノレない自分は、心が解放されていない閉鎖的で、素直じゃない人間のような気がしてしょうがなかった。それゆえ、ノリノリの人を見ると「すごいな〜、自由なんだなあ、気持ちよさそうだなあ」と、そう思い、うらやましかった。で、ノレない自分は格好悪いと思いっていたので、過剰にがんばってノリノリのフリをして、ぐったり疲れているのだが、周りからは「ノリがいいわね〜」と言われたりしていた。
 でも、心のどこかで冷めているので、なんだか後味が悪いのであった。

 だんだん年をとって、五〇にもなろうという今になって、冷めながらノリノリという、難しい技ができるようになってきた。どこかで冷めつつも、それなりに愉快にやれる。というのは、自分というものを否定しなくなったからだと思う。冷めている自分を好きになったので、逆にノレるようになったのである。不思議なものだ。自分のダメ出しをしなくなれば、どうでもよくなることが多いということに気がついた。

 たとえば、みんなで「イマジン」を歌って平和を祈るとか、みんなで手を繋いで死んだふりをするとか、みんなで心を開いて抱きあうとか、やっぱり苦手である。みんなと私はなかなか一つになれない。なにかとても居心地の悪さを感じて、そういう場で「平和すら祈れない私はダメなんじゃないか」と思ったことが数限りなくあった。

 以前にアイヌのアシリ・レラさんと旅をしたとき、他の人たちはレラさんといっしょにアイヌのカムイノミに参加して祈ることができるのだが、私はだんだんそれができなくなってしまった。私はアイヌではない。その私が、アイヌのはちまきをして、アイヌのように祈ることがとても偽善的に感じて、なんだか違うような気がして、自分だけ列から外れるようになった。そいう時、とても自分に否定的になり、自分はダメなんじゃないか。祈ることもできない自分の心はとても狭くて、頑なで、意地悪なんじゃないかと感じていたのだ。

 そういう時に、アイヌの精神世界を研究している藤村久和先生にお会いして自分の気持ちを打ち明けたのである。すると、藤村先生はとても強く「それでいいのです」と言ってくれた。「祈りというのは、自分の言葉でするものです。あなたにはあなたの言葉がある。他人の言葉を真似する必要はない。自分で祈りの言葉を見つけなさい。それが祈りなんだよ」と教えてくれた。
 まったく同じことを、メキシコのシャーマンからも言われた。
「あなたの祈りがある。それでいいんだ」と。
 私の祈りとはなんだろう……。自分の祈りがわからなくて、それを探しているような十年間だった。祈れない……というのは、ほんとうに私にとって凄まじいコンプレックスだった。でも、いろんな場所を旅しているうちに、ようやく最近になって「祈る」ということにあまりこだわりをもたなくなった。知らないうちに自分がやっていること、あまり考えたり意識せずに出てくる言葉、行為を自分が受け入れるようになたのかもしれない。
 だからって、それを人と共有したいとか、強要したいとも思わない。私の祈りは私のものであり、真似されることはくすぐったいし、誰かといっしょにやると、なんだかもう違うものになってしまうからだ。しかもその場限りのもので、毎日のもので、すぐ忘れてしまうものでもあり、そんな大げさなことでもないように思えてきた。
 花を飾ったり、お茶をいれたり、掃除をしたり、洗濯ものをたたんだりするのと似たような行為にすら感じるのだった。

 スピリチュアルにこだわりすぎると、たぶん、その時点でもうなにかを他人に強要してしまうことになっているのかもしれない。こだわりを自分の裡におさめることができるのは、自分をよしとしている時であって、自分がこれでいいと思えない間はこだわりは自分から漏れだして他人を侵食しようとする。他人の承認がないと不安だからだろう。誰しも不安であるのだけれど、その私が私であることの不安をふと外してくれるのが、実は祈りの本質であるように思える。無為の行為であり、無為ということはつまり、とてもとるに足らないことであるのだ。かけがえがないけれどとるに足らないという、二律背反している私という中から、日々の行為が生み出されている。
 世の中は「あなたは唯一無二のかけがえのない存在」ということをあまりに強調しすぎているかもしれない。それはそうなのだが、かけがえがないほうばかりを大切にすると、なぜか祈りというものから遠くなることに気がついた。
 とるにたらない自分であることの肯定こそが、祈りと契りあっている。
 あまりにも「霊的なかけがえのないこと」に重きを置き、かけがえのない存在として自分や他者を尊重しすぎることは、たぶん、バランスが悪いのだろう。

 そんなに幸せでなくても、そんなによい人でなくても、とるにたらない存在であっても、それはそれでいいではないか……。下世話で、あくどくて、混とんとして、みみっちいこの世界でもそれはそれでいいではないか……。こんな自分でもいいではないか……と、思えないと、祈りは厳しい。自分を越えた高尚さの先にある愛や平和は、しょせんきれいごとだからだ。
 場の力は、弱さというフラジャイルなものを根拠に立ち上がる場合が多いように思う。
 弱いこと、とまどい、躊躇そういうものを共感しあうとき、不思議な場が形成され、そこに夢かもしれない愛や平和の幻影が、ふわっと立ち上がって、すぐ消える。
 逆に、愛や平和を謳い、みんなが一つだ!と叫べば叫ぶほど、場は熱狂的ではあるが排除的な雰囲気を帯びる。これは、とても難しい。いちがいには言えない。ようやく体験的に私が習得してきたことだが、ノウハウを説明もできないし、エビデンスもとれない。
 どう説明したらいいのかまだよくわからないが、土曜日までにもう少し、考えてみようと思っています。
by flammableskirt | 2010-11-22 10:55

比佐子さんのこと

 黒岩比佐子さんが亡くなった。
 彼女とは二十代の前半に、同じ会社で机を並べていた間柄だ。私はその会社には一年半程度しか在籍していなくて、すぐに辞めて独立してしまった。だから、彼女とはそれ以降、あまり会う機会もなく、またたくまに三〇年近い時間が流れてしまった。それでも、若くていちばん貧乏していた時代の友人というのは、不思議なもので何年も会わなくてもすぐに気持ちが通じ合う。なにしろあの頃、私は貧乏だった。そして、比佐子さんもだ。
 今年の一月に、私の仕事部屋を訪ねてくれた時、彼女はもうガンの闘病生活に入っていた。私はガンの父を看取ったノンフィクションと、ガンそのものを題材にした医療小説を書いていたので、長期でガン治療の取材をしている。それなりにいろんなことを知ってはいたが、こういう場合、そんな知識はあまり役には立たない。比佐子さんはまだとても元気だった。そして自分の治療方法は自分で探していた。
 抗がん剤治療を受けながら、彼女は二冊の本を出版した。その、粘り強さ、がまん強さ、根気、根性は、彼女が二十代の頃からまったく変っていない。私は彼女を心の中で「ブルドーザー」と呼んでいた。そして、自分にはない、芯の強さをもった人間として尊敬していたし、同時に、自分が彼女に比べてあまりにあやふやで、根性なしで、いいかげんで、飽きっぽいことに恥じ、彼女の地道さを羨んでもいた。およそ、比佐子さんは私と対極にある人だった。私はそう思っていた。
 今年、念願の「パンとペン」(講談社)を出版して、彼女はとうとう力尽きたように入院した。そしてほどなく聖路加病院の緩和ケア病棟に転院した。私が最後に彼女と会ったのは、昨日の午後だ。彼女は穏やかだった。二人で仕事をしていた頃の思いで話が弾んだ。比佐子さんと私は最初の本の出版時期も近い。比佐子さんは、誰もが見落としてしまうようなテーマを選んで、こつこつと地道に資料を集め、膨大な本に埋もれて作品を生み出してきた。それは私が逆立ちしてもできない芸当で、やはり彼女のあの集中力、資料を読み込む根気強さ、地道さ、事実を追い求める誠実さに、私は劣等感をもってしまう。彼女の仕事を見るたびに、自分の曖昧さや、飽きっぽさをいつも反省させられる。そういう意味で、彼女は私の「師」だったとも言える。
 私たちの共通点は、とにかく二人とも書くことが大好きだったこと。書いていれば幸せだったこと。だから、いっしょに勤めていた頃は、二人で社内報を作り、手書きコピーで配っていた。「あの社内新聞をとっておけば記念になったねえ!」昨日はそんな話をしたのだった。
 私が帰ろうとすると、彼女は空中を泳ぐように手をさしだした。とても細い腕がこちらに伸びてきた。私はその手を握って「また遊びに来るね」と言ったけれど、なんだか、急に彼女が小さな女の子のように感じて、額に頬をすりすりした。あったかかった。その温もりを今も覚えている。
 今日、昼過ぎに訃報を受けたときは、正直、動転した。
 昨日会ったばかりだったから、まさかこんなに早く……と。
 病室に飾ったクリスマスツリー、たった一日だけの、クリスマスツリー。
 比佐子さんは、全身全霊で本を書いた。その情熱を私は最後に彼女から譲られたように思う。これからきっと、事あるごとに彼女を思い出す。諦めそうになるとき、根気を失うとき、もういいか……と思うとき、きっと彼女が心のなかで「まだまだよ……」と言うのだ。それがわかる。
 彼女は百年先まで読み継がれる本を10冊残した。
 凄い書き手だった。久しぶりに現われた正統的評伝作家。ノンフィクションの新鋭。ほんとうに残念だよ。
 だけど、比佐子さんは私に大切なものを残してくれた。とても、温かく、そして私が生きるうえで必要なものを惜しげもなく残してくれた。ありがとう、と伝えたい。
 私はもっとまともな作家にならなければなるまい。
by flammableskirt | 2010-11-17 17:25

睡眠、休養、運動

 先週末は東北地方を旅してきたのだが、特に印象に残ったのは、超能力者として有名なユリ・ゲラー氏といっしょに過ごし晩飯を共にできたことである。
  70年代にテレビに登場してから、様々な超能力を披露してきたユリ・ゲラーについて改めて説明する必要もないでしょう。私は初対面だったが、子供の頃からテレビで観て来たためか古い知人のように感じてしまった。
  ベッカムのような髪形にして、非常にスリムになった彼はもう60歳を越すというのに30代のような若さだった。肉は食べない。ベジタリアンで日本食をとても好む。醤油のボトルを持ち歩いていた。時間があれば走り、面白いものを見つければ写真をとり、twitterやフェイスブックにアップしていた。
 東京都内はほとんど徒歩で移動するという。とにかく歩く。歩く。歩く。長時間の車の移動は嫌いだという。まるでアスリートのような生活であり、集中力や直感力を維持するために、規則正しい生活と運動と食事制限というものがいかに大切であるか、またしても見せつけられたのだった。
 以前の彼は、世界中の大富豪との交流もあり過食気味だったそうだ。それで体調を崩したことをきっかけにして、今のようなライフスタイルにすぱっと移行したという。彼の行動には「タメ」とか「迷い」というものがほとんどないことも印象的だった。瞬間瞬間を生きているという印象。シンプルだが、迫力があった。そういうユリ・ゲラー氏と一日を共にしているうちに、私自身もそのビビットなエネルギーに感応しているような気分になった。
 このごろつくづく思うのだ。生きているということはまず体の中がすっきりしていて、軽く、やろうと思ったときにすぐ立ち上がれる瞬発力、気力があることがなにより大事だと。
 長いこと迷いの多い生活を続けてしまうと、なにかに迷っていることが日常になり、それがあたりまえの状態になる。どうしようかな、が常態となり、腰の重さは自分の性格だと勘違いするようになる。人間にはいろんな性格があるが、やろうとしたときにすぐ立ち上がれるかどうかは、性格とは関係ない。これはその時の気力と体力の度合いの問題なのだが、それを「性格」の問題としてすきかえがちなのだ。私はそうだった。粘着質だろうと、早とちりだろうと、のんびりやだろうと、そういうこととは関係なく「やるか」というときに「すっ」と立ち上がれないのは、体が重くて気力がないからなのであり、それがあたりまえのように感じてしまうと、もうそこから動けなくなる。動けないことを正当化する理由はいくらでもあり、石のように動かなくなるのである。
 そういう常態を人生で何度か経験してきた。逃げ出すために必要なのは、つまり、気力のために必要なものはシンプルだった。睡眠と休養と運動。誰もが知っている。誰もが知っているからないがしろにされる。睡眠と休養と運動をうまくコントロールして維持することで、気力も集中力も戻ってくる。年をとればとるほど、そうなのである。ユリ・ゲラーはそのことをよくわかっていて、ちゃんとそれを実行し、彼の直感力をベストの常態に維持していた。
 一日をていねいに生きるために必要な項目は、年とともに増えていく。でも、それをこなしていくしかないんだなと思う。私は、ていねいに生きたい。洗濯物のしわをのばしてきれいにたたむように、今日一日のすみからすみまでを、指先で触れながら、布から伝わる太陽のぬくもりを感じながら、ていねいに一日をしまいたい。そのために必要なことは、やる。
 まさに今年はそれを、自分の体に刻み込むような一年だったな。
 今週末は気功合宿。また、先生に合っていろいろ発見があると思うと週末が楽しみだ。
 気功合宿の仲間にも、この一年で私が見聞したことを、たくさん伝えたい。
by flammableskirt | 2010-11-15 16:21

近況、雑記

いろんなことがあって、心拍数上がったり下がったりな日々。

霞町の自由劇場のあとにオープンしたライブハウス「新世界」の案内をもらう。
オーナーは「アダン」の河内一作さんで、以前はよくアダンで飲んでお世話になっていた。
「なんか面白いことやりたーい」と言う。それで、水辺の森音楽祭で知り合った長崎は佐世保のバンド「ハナヒトツ」の東京デビューを画策してみた。ハナヒトツの広海さんの連絡したら、即オッケーをもらう。
佐世保の「ハナヒトツ」はなんだか、すごくあったかくて、楽しくて、ソウルフルで、いい!
広海さんの歌声と、ジャンベがよく似合う。ぜったい東京のみんなに紹介して自慢したいと思った。
「ハナヒトツ」東京ライブは来年の2月13日に決定。
これからいろいろ準備しなくちゃ……。

……長編の脱稿があと50枚のところまできた。いい感じ。書いていてほんとうに楽しい。集中できる。
小説書くのってこんなに楽しかったっけ?という感じで書いてきた。このテンションで最後までいきたい。
焦らず、自分のペースで書き続けよう。

古い友人、作家の黒岩比佐子さんがガンで闘病している。
黒岩さんとは20代の時に同じ会社で同じ部署で席を並べていた。いろいろお世話になった。
若い頃の一番元気があって貧乏だった時代。私たちはUPUという会社で働いていた。
変な会社で、だけど、なんかすごく自由で楽しかった。
黒岩さんは、デビュー時期も私とほとんど同じ。彼女はノンフィクションですごく地道に仕事してきた。
やっと彼女の凄さが認められて、賞をもらったり、本がたてつづけに出ている時に倒れた。
彼女のブログに詳しいことは書かれています
講談社から出ている新刊「パンとペン」は重版が決定。
久しぶりに彼女の笑顔が戻った。
どんな時代であってもよいものは評価されるんだ。その証明みたいな本です。

今日から出張。
東北に行ってきます。
11月が駆け足で過ぎていく。一日、ていねいに生きているつもりだけれど、
見返すと荒い運針の軌跡。でこぼこ……。
ていねいに生きるのは、難しい。
by flammableskirt | 2010-11-12 10:23