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作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
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諏訪の思い出

もうずいぶん昔のことにように感じるけど、二週間前の週末は諏訪でした。
御柱が運ばれて下諏訪社に立っているのを確認してきました。
ごつごつしているところが、野生を感じる。これを運んだんだよな〜。
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中沢新一さんの「精霊の王」にも登場するミシャクジ、発見。めったに見れなくなった……というのも、最近はマニアに盗まれてしまうので鍵をかけて保管しているとのこと。この神社は「まさか!?」と思う場所にあり、ミシャクジも小さいので見ることができたのだと思う。だんだん、神様も住みずらい世の中になった。
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諏訪に住むコスプレおたくの女子から、ヘアリボンを拝借。生まれて初めて、なんだか女給さんみたい。ちょっとうれしい感じ。やっぱりコスプレ願望って誰にでもあるんだよな。ご主人様〜と言ってみたい。ほんとはゴスロリも一度やってみたいのだ、雨宮処凛さんみたいにさ(笑)
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諏訪を散策中に発見したこの標識……というか、地面に書かれた注意書きはなんだ? さすが諏訪。動物と人間の対称性が生きている。
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最後に諏訪とは全く関係ないのだけれど……、いよいよ枯れたランの花。これはどうみても、祈りを捧げる天使に見えないか? どうしてこんなすごい形の花が咲くのか……。ランは謎の花だ。
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by flammableskirt | 2010-06-30 14:51

広島の思い出など

広島の平和公園に向かって歩いていたら、広島太郎さんとばったり!
なにしろ、いま現代美術館で行われている都築饗一さんの個展のポスターを飾っている有名人。思わず写真撮ってもらいました。もちろんご本人の許可をもらい千円払いました……。
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アートに優しい町、横川町。芝居小屋やミニシアターのある町。星の道通りは小雨に濡れてきれいだった。夜、ここで串揚げをつまみにお酒を飲みました。
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朗読劇「少年口伝隊一九四五」
脚本 井上ひさし 演出 山口望
2010年7月3・4日に広島市まちづくり市民交流プラザで上演される「少年口伝隊」の通し稽古を見学させてもらいました。すごい熱気。主人公の三人の少年の個性が光っていてとても良かった。大人から子どもまで楽しめるすばらしい舞台に仕上がっていました。すでにチケットもかなり売れているとのこと。チョーおすすめです。知らなかった戦後のエピソードが満載。そして泣ける……。
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ちなみに、都築さんのポスターの広島太郎さん。
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by flammableskirt | 2010-06-29 17:13

広島に行って来ます

湯河原発達障害支援フォーラムの翌週には、諏訪発達障害支援フォーラムに行き、シーズの武山さんのところで講演をしてきた。お互いの「発達障害の会」に相互乗り入れしたということだ。

まったく違う地域の人たちと交流することで、共に大変に参考になった。特にシーズからは土田さんや大木さんなどの男性陣も参加してくれたため、湯河原フォーラムはとても盛り上がった。湯河原の場合はまだ男性の参加者が少ない。これからは当事者のお父さんをどう巻き込んでいくか。イベントを考えようと思う。

諏訪で、縄文土器の形象を研究している田中基さんに諏訪大社を案内してもらう。梅雨の晴れ間を縫うようにして、あちこちハードに歩き回ったため疲れたが、たいへん勉強になった。田中さんの説明がいいんだ。諏訪のダイナミックな古代アニミズムが実感として伝わってきた。興奮して家に戻ったら、それまでのイベントの疲れもあって、どかっとすごい疲労が押し寄せてきて、疲労のために眠れなくなった。身体が怠くて痛くてのたうちまわる。
こういう疲労は久しぶりで、家族に身体をなでてもらってようやく寝つく。なんだか身体の中で別の生き物が暴れているみたいで、ベッドの上でもどたんばたんと寝返りを打ち続ける。

これはやばいと思って、翌朝は気持ちを鎮めるために、気功をする。ほんとうなら毎日続けることなのに、こうして具合が悪くなったときだけ慌ててする。情けないなあと思いつつ、気功、続いてヨガで身体のストレッチをすると、次第に落ち着いてきて、仕事場で珍しく午睡してしまった。その日は家に戻るとまた寝て、今度は懇々と寝続ける。翌日は朝風呂に入ってまた気功……。ようやく疲れが抜けてきたが、年を感じる。ロクなもんじゃねえ。まったく。

気がおさまったら、ようやく雑事が手につくようになってきて、慌てて週末の出張の準備をする。今日からまた旅から旅だ。今日は明治大学で打ち合わせがあり、明大のそばのホテルに泊まる。明日は朝から姫路に向かい、姫路で「生老病死を超えて」という渋いタイトルの講演を終えてから、広島に入る。

広島在住の友人でミュージシャン、春駒さんと会うためだ。春駒さんとはこの夏、いっしょに長崎の「水辺の森音楽祭」に参加することになった。……というか私が一方的に春駒さんを誘ったのである。春駒さんはおじいさんが被爆している。ものすごいパワーの持ち主で地域の誰よりも早くがれきから家を立ち上げたそうだ。そのおじいさんを謳い上げた強烈な賛歌「その男ヨシオ」は、一度聞いたら忘れられない最高に楽しい歌だ。ぜったいに、この歌を長崎の「水辺の森音楽祭」で歌ってほしい!と思い、電話して「一緒に参加しようよ〜」と呼びかけたのだが、この私の突然の電話に驚くでもなく「いいっすよ〜」と二つ返事で乗ってくれた春駒さんは、やっぱりすぺしゃるいい男だと思う。

そんなわけで、音楽祭に向けてたぶん最初で最後の一度きりの打ち合わせを広島でするために広島に行くのである。私の詩にも曲をつけてもらって、私も歌うぞーとはりきっているのだけれど、どうですか、みなさんも一緒に参加しませんか? 水辺の森音楽祭。
ただひたすら、歌って、歌って、歌うことで慰霊するという、シンプルな音楽祭です。
http://www.nagasaki89.com/

また、広島を修学旅行する子どもたちのために新しい「修学旅行用広島ガイド」みたいなものを書こうと思っている。広島っていうとただ暗い顔をして定番コースを歩くという感じだけれど、点ではなく、時空間を含めた広島の有り様を知ってほしいなと思っている。原爆で固定された蝶の標本のような広島ではなく、過去から現在へと続く大きな流れの中で重層的に広島を観てほしい。そこから浮かび上がってくる「なにか」を感じてほしい。そう思っている。原爆ってなんなのか、戦争ってなんなのか、答えを簡単に出さないでほしいんだ。

まあ、そんなわけでそのための広島取材。twitterで広島のタウン誌を作っている方と知り合ったので、ぜひ現代の広島を感じてみたいし、それから、広島に住んでいる私のドイツ語版の翻訳者の楠カトリンさんともお会いして、ドイツ人の目から見た広島についても聞いてみたい。

今回も新しい人と出会う旅になりそうだ。広島でなにが起こるかな。とりあえず、激辛つけ麺とおこのみ焼きとオレンジジュースは飲みたい。
by flammableskirt | 2010-06-25 12:50

カスピ海ヨーグルトを作っている。品川駅の駅ビルで種を売っていたので購入。
お客さんたちの朝ごはんに提供したら大人気だった。牛乳を入れておくとヨーグルトになっている。嘘いつわりなく、私の体質には合ったようで便通、すこぶるよい。つぶつぶいちごのジャムや、黒みつ、メープルシロップなど混ぜて食べると、あっさりおいしい。

土日で、お客さんの数は十数人……。中谷恭子さんと二人で買い出しに行って毎日料理を作っておもてなし。特に土曜日は子育て支援フォーラムの打ち上げで、色えんぴつのメンバーのみんながやってきて宴会、夜中まで。諏訪の発達障害のNPOの武山さんも交えて、炸裂、女トーク、いやー、みんな酒強いなあ。かつて向かうところ敵なしだった酒豪の私もさすがに年とともに飲めなくなり、アラフォーなお母さんたちの若さに圧倒された。そうだよ、私もあの年頃にデビューしたんだもの。パワーがあったはずだ。

twitterで見たよ〜という人もたくさん来てくれた。ありがたい。

パソコン通信を29歳の時に初めて、ネットワーク歴は20年だが、昨今のネットの急激な変化にそろそろ対応するのがしんどい年になってきた。twitterはかつてのパソ通のフォーラムの掲示板とよく似ているので馴染みがあるのだが、昔は知らない人からつまらない突っ込みを入れられてもていねいに対応していたのに、いまやその気力が失せた。たぶん、そこまでして他人によく思われたいという気持ちがなくなったんだろうなあ。

ipadもすぐ買うつもりだったのに、やめてしまった……。というのは、手に入れてまたそれを使いこなしたりアプリをそろえたりするような膨大な時間のために動いたり歩いたりする時間が削られるからだ。だいたいなにができるのかは想像できる。それで自分がなにをするかも想像できる。頭を休めるためには、あたらしいコミュニケーションツールは必要ないと思った。私はちょっと疲れている。それはtwitterとかiphoneを自分の生活のなかに組む込むために無理をしているからだ。楽しければいいが、これ以上は苦痛だ……。

身体が「歩いてください、動いてください」と言っている。電子機器はどうしても立ち止まって、座って使う機会が多い。電車に乗っても目を休めることができない。視神経の疲れが肩凝りになって出ている。そういう年なのだ。目も老化している。パソコンで執筆するのだから、それ以外の時間はなるべく歩いたり、それから目を休めたりしなければならない。そういう生活のスタイルを作ろうと思う。これからの10年間をなにをやって生きるか、だいたいイメージができてきた。

ニューズウィークを読んでいたら、PCを大学の講義に持ち込むことを禁止するアメリカの大学が増えているという記事を見つけた。PCを使ってノートをとる大学生の成績が下るという統計結果が出ているそうだ。理由はパソコンに入力することに集中して、自分で深く考えることをしなくなるからだとか……。私もPCに打ち込んだスケジュールがどうしても頭に入らない。手でメモしたスケジュールは割とすんなり記憶できる。メモも手書きでないと思考できない。そういうのって自分だけじゃないんだな、と思った。

執筆にはパソコンを使うが、執筆のためのメモはすべてノートに手書きで作る。そうしないとうまく思考がまとまらない。手書きという工程がどこかに入っていないと、なんだかとりとめがなく、考えが立体化していかない。同時に編み物や、料理、掃除というような日常的なことをやっていないと、なにか、どうも、考えがひらべったくなって深めていけない。たぶん、脳の別の部分を使うということなのだろうけれど……。そのことを身をもって感じる。

新しいものを否定しないし、新しいツールには興味はあるが、体験的にそれをすべて取り入れていくと、破綻すると感じている。少なくとも私はそうだ。アナログで育った世代だからしょうがない。自分のやり方を模索する半年だったが、なにが向いていてなにが限界でなにを身体が求めているか、おぼろげに納得してきた。

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ところで、このランは地上に舞い降りた大天使みたいに見える。
すごい花だ。
by flammableskirt | 2010-06-14 11:13

クリスタルガイア

友人の狩野さんにつくってもらったクリスタルガイア。
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のぞくといろんなものが見える……。
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部屋にころがってると、かわいい。
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by flammableskirt | 2010-06-11 16:34
6月11日(金)~7月10日(土)まで、一ヶ月にわたって、東京池袋のジュンク堂の一階、レジ横の大きな壁面スペースで、「風の旅人」のキャンペーンが行われます。

  テーマは、「心を旅する、心と旅する」。

 創刊号から最新刊の第40号までがすべて展示され、掲載者の著書や推薦本なども紹介されます。「風の旅人」は私が一番好きな雑誌。私の連載をまとめた「聖なる母と透明な僕」も並んでます。池袋に行ったら、ぜひこの機会にジュンク堂へ来てください。
なにしろ「風の旅人」に日本に最後に残った唯一の本格的グラビア雑誌。本物の写真を追求している雑誌です。それでいて写真誌ではありません。ジャンルを越えている、それがこの雑誌の魅力なんだよって思う。編集長の佐伯剛さんは、もともと編集者ではありませんでした。「こういう雑誌を作りたい」という強い理念をもって、著者や写真家一人一人に手紙を出し、会って、雑誌の理念を説明し、一から作りあげてきました。私は、佐伯さんに会うと、編集者という仕事の幅の広さを思うのです。編集ができるから編集者ではないんです。編集はできてあたりまえ。プラスαの要素こそ大事なんだなあ……と。佐伯さんにはいつも「なにを訴えたいのか、なにを読者に見せたいのか」のその思いが強くあります。だから妥協をしない。広告も載せない。
 この雑誌に作品を掲載している人たちは、私も含めて、ほんとうに「風の旅人」が好きです。この雑誌には本来の雑誌のすばらしさがあり、ここに書くことでいつも自分のなかに新しい衝動がわいてくる。
そういう希有な雑誌です。

「風の旅人」の創刊号からの遍歴を、この機会にぜひ見てください。


「風の旅人」編集長の佐伯さんのブログはこちらです
by flammableskirt | 2010-06-11 10:53
けっきょく、気に入ったゴム手袋は二枚撮れた。ははは……。日が暮れたよ。バカだね。私も。でも、なんかがわかった気がする、ゴム手袋をたぶん一生でいちばん見た。つまりあたしは、ふだん、なにもみていないってことなんだ……。そういうことですね。細江さん、ありがとうございました。

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よく見ること、よく見ること、よく見ること……。

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by flammableskirt | 2010-06-10 18:24

ゴム手袋を見る

というわけで……。
今日はなにをしていたかというと、ゴム手袋を撮っていたのである。仕事もせずに、天気が良いという理由で干したゴム手袋を眺めているうちにふと撮りたくなり、細江英公さんの言葉を思いだし、なんだかひたすらゴム手袋を撮るという、ふざけた……一日だったのである。

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そもそも、なんでゴム手袋なんか撮りたいんだか……。
わけわからんが、それは私のなかのなにかを刺激したのだろうし、理由などわからなくても問題ない。
よく見ろと言われたから、よく見てみた。あんがい面白いかもと思った。なにが面白いのかよくわかんないけど。でも、あたしってアホじゃない、なんでゴム手袋……と思いつつ。なんかやっぱりゴム手袋になにか感じてたんだなあ……なんて、でもそれってなんだろう……。

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まあ、ちょっとエロいかなあ……とか、でも確かにゴム手袋、最初は見てなかった。
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ぜんぜんみてなかったよなあ……ゴム手袋。なるほど……と思う。
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by flammableskirt | 2010-06-10 17:51

鬼と菩薩

「ゴム手袋の撮り方」という原稿を少し前に書いたのだが……。
写真家 細江英公さんとは数回しかお会いしたことはないが、そのなかでたいへん貴重な過去の写真集をみる
機会に恵まれた。恵まれた機会であるにも関わらず、細江さんの写真と接するたびに、ひどく憂鬱な気分に陥り、立ち直れないという経験をする。細江さんは天才であるので、その作品も多岐に渡っているのだが、たとえば「薔薇刑」や「鎌鼬」などの写真集は、みおわったあとに、穴を掘ってそこに飛び込んで死んでしまいたいような気分になる。あまりにも表現として強く、孤高であり、他の追随を許さない。作品の圧倒的な力。そういうものに私は強く憧れる。そもそも、つまんない作品を書いているし、つまんなことを言っているから他者から突っ込まれるのである。そういうものは表現以前であり、ここまでのものを描ければ、もう、他者はただ圧倒するのみである。もし、これらの作品の前でもまだなにか語ろうと思うバカがいるなら、それはほんとうのただのバカだと私は思う。
圧倒的な強さを表現できる人と、私はこの十年の間に出会い、身近に接し、その作品に触れる機会を得た。これは幸運に違いないのだが、表現者としては、ただもう唖然とし、ぶん殴られて血を流し、申し訳ありませんでした……と、穴を掘って身を投げるしかないのである。私はくずだ……と思う。自分のつまらなさを自覚してしまう。こんなつまらない自分がなにをやっても無駄だと思える。
だから私は細江さんは大好きだが、会うのは怖いし、作品を見るのも怖い。もう70歳を越している細江さんが、カメラを持つと人間ではない。鬼だ。

細江さんは、ふだんはにこやかないたって常識人であるのだが、カメラを持つと人が変わる。おぞましく、アンモラルとされることに踏み込んでいく。そういう表現のあり方はいま非常に難しい。特に刃を他人に向ける表現は「教育上」とか「倫理」という理由で忌み嫌われる。それゆえ、表現は自己へ自己へと向かっていかざるえない。外に向かうと一歩間違えばバッシングされる。表現にとってはたいへんややこしい時代になったと思う。とはいえ、私は1960年代に作家になっていたところで、私は今とたいして変わらないだろう。時代のせいじゃないのだ。私の弱さは私自身の弱さである。

対象に向き合うときの弱さは、いまだに私の弱さだ。私は人に気を使うし、遠慮する。傍若無人にふるまっているように見えながら他人にはたいへん気を使う。他人に踏み込めない。他人を暴けない。
結局、私が家族という題材を選んでしまうのも、家族は他人であって他人でないからだ。家族なら自分を許してくれると思うから家族を描く。だが、同じように他人を描けない。
他人が怖いのである。その弱さは私の内的弱さであり、作品とも呼応している。

細江さんは、ふだん、あんなに優しい人なのにどうして、対象と向き合うと情け容赦なくなるんだろうか……。
そのことを技術的な問題として捕えていたけれども、もしかしたらそれは「対象に対する理解」の問題なのかもしれないとふと思った。私は父や兄を理解していたから、あのように人から見たら情け容赦なく肉親を切り刻んで作品にしたが、私には愛情の表現であった。それと同じように、細江さんも対象を愛して理解しているからこそ、あんなとんでもない作品が撮れるのかもしれない。しかし、私は親兄弟になら無邪気に踏み込めるが、赤の他人にあんな真似はとてもできない……と思う。そこがもう自分の限界なんだろう。
「あなたが、やるんですよ」
と、細江さんに言われたことがある。いや、とても無理だ。私は人間を好きだが、でも人間をとても怖れてもいる。どうしても精霊のように無邪気にはなれない。恐ろしくて踏み込めない一線がある。そこを越えたら相手は邪鬼になり怒り狂って私を殺すかもしれないと思うからだ。その一線を私はいつも越えられないで、こっち側でいい人ぶって笑っているのだ。だから、凡庸なのだ。そのことをわかってしまうので、細江さんの作品をみるのはほんとうに辛い。

どうやって、鬼になるか……。
だが、鬼になるためには、菩薩であり天使でなければならない。
その、どちらも、私には自信がない。
アル中で死んだ父親が、夢に現われて、自分の十本の指をすべて切ってそれを私にくれた。
この指をオマエにやる、とそう父は言いたげに無言で指し出してきたあの指。
あの指を、首にかけて生きる自信がまだない。
by flammableskirt | 2010-06-10 17:08

ゴム手袋の撮り方

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私は写真が下手だ。だから、写真は撮らない。旅行に行っても写真は撮らない。なにを撮っても目で見た以上のものは撮れないし、とにかく自分の撮った写真がつまらなくてうんざりする。

少なくとも写真の好みはある。よいと思う写真はある。すごいと思う写真はある。写真が好きである。写真を見るのは好きである。だから撮ろうと思った時もあったが、あまりに自分が写真下手なのですぐにいやになった。

先日、四谷で天才写真家細江英公さんにお会いしたとき、細江さんのところにアメリカ人の写真家が写真をもって来ていた。私は細江さんが彼の写真を見ている隣に座っていた。一枚一枚、写真を眺めつつ、細江さんは独りごとをもらす。
「ああ、いいテーマだねえ。こんな面白いものがあるのに、なんでこんなにつまらなく撮るかなあ。この犬、この人間、いいのになあ……つまらないねえ」
私はその写真を見た。確かにつまらない。つまらないということはわかる。だが、細江さんにはどうすれば面白い写真になるのかもわかっているのだ。
さらに、写真をながら細江さんは呟いた。
「テーマはいい。テーマはおもしろい。でも表現が弱い。もったいないねえ」

細江さんが一人になったとき、私は思わず聞いてしまった。
「あのお、強い表現をするためにはどうしたらいいんでしょうか?」
我ながら子どもみたいな質問だと思ったが……。細江さんは「ん?」と私の顔を見た。細江さんは、相手の名前も覚えられないくせに、相手がなにを聞きたいのかは一瞬でわかる人だ。
「強い表現をするためにはどうしたらいいか……これはね、難しいんですよ……」
少し間を置いてから、
「対象をよく見ることだね。まず、対象をよく見て、どうしたらこの対象を表現できるか考える。深く考える」
でも……と、口には出さねど思った。細江さんはいつも考えていないじゃないですか。瞬間、瞬間、撮っているじゃないですか。その撮った写真はなぜいつも、あんなに強い表現となるんですか。やっぱりそれが天才ってものでしょうか……。それとも、細江さんだけの回路で考えているのかな。スーパーコンピュータみたいに。
「いいものを、たくさん見ることですよ。なにがいいのか、身体がわかるまでいいものをたくさん見ることです。まず、見なかったら、わかりませんから」
写真を見る機会は、この10年間、とても増えた。たくさん見ているかと言われたら自信はない。

すごく天気が良かったので、ゴム手袋を干した。その手袋がひらひらするのを見ながら、じっと見ながら、いったいこのゴム手袋をどう撮ったら強い表現になるのか、しばし、考えてみた……。が、やっぱり、わからない。
細江さんならわかるのか。あるいは、すでにテーマの設定からしてダメなのか(笑)

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by flammableskirt | 2010-06-10 15:02