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by flammableskirt
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縄文のメデドゥーサ

縄文のメデドゥーサに会いに、小淵沢まで行ってきた。
この恐ろしい蛇の髪の姿の背面は、童女のような優しい姿をしている。
女神の二面性を表現しているこの土器。実物を見るとさらにすごい迫力。
蛇、蛙、そして月、縄文時代中期における人間の精神性は、
現代人の潜在意識に生きている……。

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by flammableskirt | 2010-04-21 16:02

チューリップという美

昨年末に、ネットショップで大安売りをされていたチューリップの球根50個を購入。
大慌てで庭に植えて、あれから4ヶ月。花が咲いた。
きれい。チューリップはとにかく種類が豊富で、香りもよい。
そのことを教えてくれたのはtwitterで知り合った年下の友人。
チューリップの美に目覚めました。
来年は百個くらい植えてみたい。

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「バレリーナ」バレリーナのような優美な花。
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花びらの内側が白くて外が赤いのは「ペパーミント」
by flammableskirt | 2010-04-21 15:57
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御柱は、この巨木自体が神様なのではなく、立てて初めて神様の依り代となるものです。曳航中に木の上に乗っかったりできるのも、まだ木が神になっていないからなんだと思います。

昔むかしは、落とし坂を落とすのは「御柱」だけで、その上に人間が乗ってすべり落ちるようなことはなかったそうです。でも、いつしか人間が乗るようになり、なんとなく勇壮さを競うようになったのは、神に対する傲慢かもしれませんが、でも、そのように競い合うことで祭そのものが活気づき今まで続いてきたのだから、良し悪しは決められないと思います。存続のためには、人間的な名誉心を満たすことは必要なんでしょう。そうでなければ、つまらないし。その時代時代で変化していっていいものだと思います。変化と退廃は違うと思うんですね。御柱に関わる人たちは命がけですから、命がかかっていることにおいて真剣であり、このお祭りは魂を失っていないと感じました。実際、斜面はほんとうに急で、崖のように見えました。特に雨が降った後だったので滑って怖かったです。私は早々にリタイアしてしまいました。

間近で見ていると、崖からぼーんと突き出した御柱は、やっぱり男根みたいに見えてしまいます。落とす前にいろいろ前戯のようなものがあり、男たちが揺らしたり、木遣り衆がないてみたりと、この間合いがけっこう長いのです。そしていよいよ、気分が高まってきたところに、ドーンと御柱が落とされる。柱の鼻先に乗っている人は「ハナ」と呼ばれ、下まで落ちずに乗り切れば、次の御柱までの6年間はヒーローです。落とされた御柱は、再び人々の手によって曳航され、また、里曳きといって村内を曳かれ、最終的に神社の社の四隅に立てられます。このとき木は「御柱」となって、神が降りてくる場を形成します。神を孕むようになるわけです。

そもそもお宮自体が子宮のようなものであり、そこは神が降りてくる場であったはずです。その四隅にさらに御柱を立てて、そこに特別な場を形成させるのだから、たぶん、木といものが神を引き寄せる聖なるものである、という古い信仰があったんでしょう。宿り木という言葉もありますが、木に魂や神が宿るという考え方は、能登半島や島根などに広くあり、私が取材した能登では「タブの木」に魂が宿るという言い伝えが残っています。

また、能登半島にある縄文真脇遺跡には、日本最大のウッドサークルの遺跡があり、10本の木の柱を立てた中央で、霊送りをした形跡があるのです。柱を立てて、魂を送る。その風習は遠くシベリア地方にもあり、木はアンテナ、神との交流の場として考えられていたんだと思います。最初はそれを、天に繋ぐものだろうと思っていました。でも、最近は考えが変わりました。木は天ではなく地と深く関わっている。つまり、霊界は天にあるのではなく地中にあり、木は地下と人間を繋ぐものだったのではないか……と。私たちは目に見える木の姿しか見ないけれど、木は実はものすごく深い根で自分を支えている。地下世界こそが生命がやってくる異界だったんだなあ……と、そう思うのです。そのことを縄文の人たちはきっと知っていたんだ……と。

そして、もしかしたら地上と天界、宇宙つまり抽象世界をつないでいるのは根をもたないかわりに、想像力という翼をもった人間なのかもしれないです。
by flammableskirt | 2010-04-14 17:48

御柱祭に行って来ました

あまりにハードなお祭りだったので、参加するだけでへろへろで、写真が撮れてません。
つくづくカメラマンとかジャーナリストはできない、無理、才能まるでなし、と思いました。
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写真は、曳航と行って、御柱を突き落とす坂まで、御柱を運んでいるところ。前後ではたくさんの氏子さんたちが、太い縄を引っ張っています。御柱の上にはこんな風に子供や女の人が乗ったりして、男衆がそれを長い棒で曳いていくのです。

無知な私は、御柱とは、単に急坂の上からデカい丸太を突き落とすだけのお祭り、くらいに思っていたのですが、実際にハッピを借りて御柱を曳くところから祭に参加させてもらうと、ぜんぜん自分が思っていたお祭りと違うことがわかりびっくりしました。やはり、何事も体験してみなければわからないものです。

地元の友人、石埜さんの言葉の通り、このお祭りは山の民のお祭りです。山の民、特に林業を生業とした男たちの仕事スキルがすべて盛り込まれています。山から巨木を切り倒し、それを人力のみで曳いていき、里の神社に建てるまでの工程、縄を編んだり、結んだり、重たいものを長距離運ぶ技術、それらすべてがお祭りとして伝承されているのです。だから、この地の人たちは、いまでも、山で生きることができるはずです。多くの地方で失われてしまった、自然のなかで仕事をして生きるスキルを、お祭りという形で完全保存し、伝えているからです。

いろんな土地を旅して、その土地と共に生きていくために必要だった文化、特に男性の文化が死んでいくのを見ました。熊を獲るのは生きるためです。熊を食べなくてよい豊かな生活になれば熊を獲る必要はありません。だからマタギと呼ばれた人たちが伝えて男文化は消えていこうとしています。でも、熊を獲る……という行為のなかに、自然のなかで弱い人間が生きていくために遠い遠い先祖から受け継いできたさまざまな智恵が、タペストリーの模様のように細かく細かく織り込まれているのです。一つの文化が消えることは、その模様の喪失でもあります。それは相互に関連しあっていて、天候から解体、地質学から植物学と多岐に渡り、しかも生きた智恵であり、その土地に沿った智恵です。もし消えてしまったら、また一から学ばなければならない。かといって、形だけを伝承して頭でわかったところで、もう智恵とは言えないものに変質してしまいます。

諏訪の人たちは、その繊細な山の民としての生活スキルや文化を、お祭りという形で未来まで繋ごうとしたのかもしれないと思いました。御柱はものすごく危険な祭です。でも、もしこの祭を危険だからと言って、近代的な発想でもって「安全」を追求してしまったら、この文化の継承はできなくなるのかもしれないと思いました。でも、そのようにして消えようとしている祭はたくさんあります。秋田のナマハゲなどもそうです。子供のトラウマになるから、という理由で以前のような危険を犯さなくなりました。それはほんとうに、その土地の人たちにとって有意義なことなのか。よそ者の私が口をはさむことではないかもしれないけれど、改めて、祭りって、大切なんだな、いろんな意味があるんだなあ、と思ったのです。

それにしてもすごい人でした。総勢25万人の人出があったと聞きました。交通規制が厳しく、祭の会場である山までのシャトルバスも運休、私は初日、諏訪に午後に着いたところすでに交通規制で道路が封鎖されており、山道を峠越えして、二時間ほど歩いて祭りの村まで向かいました。たぶん、ふつうの人なら封鎖された時点で諦めて、諏訪湖を観光して帰るしかないだろうと思います。かなりハードなお祭りゆえ、下準備なしで行くのは冒険に近いかもしれません。二日間、フルに参加して、意識が朦朧となるくらいへろへろになりました。とにかく歩く歩く歩く。

年のせいか、今も筋肉痛で辛いです。


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by flammableskirt | 2010-04-14 17:26

映画「降りてゆく生き方」公開一周年記念イベント
きっと見つかる新しい生き方
「生き方の祭典」

■日時:4月18日(日)
【午前の部】11:00(開演)/10:30(開場) ⇒終了予定15:00
【午後の部】15:30(開演)/15:00(開場) ⇒終了予定19:30

■スペシャルゲスト:
武田鉄矢(主演)、苅谷俊介(出演)、木村秋則(奇跡のりんご)、寺田啓佐(寺田本家23代目当主)、向谷地生良(浦河べてるの家)、篠田昭(新潟市長)、山之内義一郎(森をつくった校長)、熊木杏里(主題歌)
ほか


各地で自主上映会が進んでいる「降りてゆく生き方」の公開一周年イベントが行われます。
この映画は制作プロセスそのものが、いまどのように生き方を選択したらよいかを問いかけてきます。
まずは、初めての方は制作コンセプトはで読んでみてください。

私は昨年の今ごろ、月乃光司さん率いる「壊れ者の祭典」といっしょに朗読会を開催。同じ時に同じ新潟でこの映画の先行上映会があり、モデルともなった「べてるの家」のみんなが来ていたのでいっしょに上映会に参加。ついでにシンポジウムまで出席してしまったのでした。縁あって観たこの映画は、現代社会の様々な問題をてんこ盛りにしてありました。芸術性を求める映画ファンにとっては「説教くさい映画」と言われそうですが、私はこの映画のなかに流れる製作者の「どうしてもこれを伝えたい」という、意気込み、執念のようなものを感じ、この映画の宣伝に協力することにしました。伝えたいことを、たくさんの人に、わかりやすく伝える方法として映画という手法が選択され、コンセプトのもとに作られている。
まず、コンセプトありき。そういう映画があってもいいじゃないか!と思ったのです。

この映画は、地元で地域活性化に取り組み方たち、地方のシャッター商店街をなんとかしたい、地場産業を回復させたい、地元の野菜を売りたい、そんな人たちにはぜひ観てほしい映画です。たくさんのノウハウが詰っています。これからは農業だ!と思う方もぜひ観てください。

今回のイベントは、ゲストがユニークです。知っている人なら知っている……という、ディープな人たちばかりです。たとえば「奇跡のりんご」の木村秋則さん、べてるの家の向谷地生良さん。まったく新しい生命観や人生観を提示している人たちなので、知らない人はぜひこれを機会に触れてみてください。当日は私も出席しています。誰でも参加できます。映画の上映会もあります。

ちなみに、私は「降りてゆく生き方」はしたくないです。なんだか降りっぱなしみたいで抵抗がある。
わざわざ自虐的にそこまで降りなくていいじゃなかと思うわけです。へたれだからね。
「降りられる生き方」でいいと思っています。
単なる言葉の問題かもしれない、へりくつみたいだけれど言葉を扱う私には大事なことです。
数年前に東京大学で「べてるに学ぶ降りてゆく生き方」というイベントがあったときも、
私は「降りたくない」とシンポジウムで発言し、この言葉にこだわってしまいました。
いざという時に一段か二段、降りられたら、それでいいじゃないかと思います。
そのほうが自然じゃないかな。
そういうことも、一度ゆっくり、監督の森田さんとお話してみたいです。
by flammableskirt | 2010-04-09 17:11
パリで開催される「アール・ブリュット ジャポン展」のオープニングレセプションに出席するため、パリに行ってきた。
http://www.art-brut.jp/

出品された作品の作家さんや、そのご家族といっしょにイベントやパリ観光ツアーにも参加してきた。
開催初日の美術館はすごい熱気で、たくさんの外国人・日本人ジャーナリストや美術関係者であふれ返り、私ですら頭がくらくらするほどだったけれど、自閉症、ダウン症、統合失調症などの作家さんたちは、マイペースであった。長い空の旅で具合が悪くなったのは健常者のほうであり、彼らはじっと環境の変化に耐え、落ち着いて、思慮深く、時には無邪気で、時には頑固で、とにかくマイペースで、慌てず騒がず、なんだか生きることを遊んでいるように見えた。

正直なところ、きっと具合が悪くなって病院のお世話になる人とか、部屋に引きこもる人とか出てくるに違いないと勝手に思い込んでいたのだけれど、そんなことはなかった。彼らの親ごさんたちは、それぞれの限界点を実によく心得ており「これ以上は無理」というところで、そっと人混みから抜けていく。雑踏が苦手な人が多いゆえ、オープニングの喧騒には一時間が限度らしく、ふと見ると多くの作家さんたちが、自分たちのバスへと向かって並んで歩いていた。モンマルトルの人通りの多い夕暮れを、並んで、連れ立って歩いていく障害者の集団は、なぜか風景に美しく溶け込んでいて、なんの違和感もなかった。懐かしい映画のワンシーンを見るような気持ちで、私はその風景を遠巻きに眺めていたのだった。

日本に帰って来て、知人からパリに行っていた理由を聞かれ、それに答えるのだけれど、その時にいつも私のなかにもやっとした思いが残る。アウトサイダーアート、について説明するときに、どうしても障害者という言葉を使わねばならず、障害をもった人が創作した芸術という言い方をしなければならず、そう言葉にしたとたんに、空気伝染するように相手の反応が伝わってくるのだ。

そこにはどうしても、憐憫が混じる。

もしかしたら私も最初はそうだったかもしれない。そうだったと思う。いやきっとそうだったのだ。何度も作品に接し、実際に作家の方やご家族に会ううちに「障害」という言葉のもつ意味が私のなかで変容していっただけなのだ。

当事者に会うと、いかに自分が勝手なイメージで相手を決めつけているかがわかる。そしてショックを受ける。なんというステレオタイプな発想しかできないのだ、と自分に唖然とする。

大使館のパーティで、タキシードを来て堂々と足を組んで椅子に座っていたダウン症の青年の所作は優雅で、フランス貴族のようだった。これは誇張ではない。最初に彼に会った時から、それを感じた。指先の動き、他人にゆっくりと目を向ける時に視線、人前を歩いていくときの手振り、運動が苦手と言われるダウン症だが、彼がその身体的障害のなかから作りあげた独自の所作は、一般人にはありえない優雅な気品を放っていつも私を魅了する。もちろん、それを彼は全く意図していないけれど、だからこそ美しい。その彼が描く絵画は大胆なデフォルメと力強い線、色使いでヨーロッパ人の絶賛を浴びていた。

私は彼の一日をつぶさにビデオに撮ってみたいと思った。あの動作を記録してみたいと。絵も凄いが、彼の存在、その動きが素晴らしいと感じたからだ。時々、光を見ている。彼は光と影が好きなのだ。太陽の光がテーブルに差し込み、グラスの水を真っ白なテーブルクロスに映し出す。水はきらきらと彩を描いて揺れる。その様をじっと視ている。たぶん、それを絵に描くのだ。あの光によってテーブルにできた影のフォルム、歪んで長っぽそくなった妙な形……。

相手に対して、好意、尊敬、という気持ちをもつところから人間関係は始まるのかもしれない。凄い!と思ってしまった相手の「障害」は、もう「障害」ではなく、なんだかそんなこと、ほんとうにどうでもいいもの、そう、それに対して興味も関心もなくなってしまうのだった。彼が絵を描くための手助けをすることが喜びになってしまう。してあげる、ではなく「なにかしらお手伝いさせてもらう」ことが、私にとって尊いことになってしまうのだ。

アール・ブリュットジャポン展は、理事の北岡賢剛さんをはじめ、スタッフの全員が「してあげる」という気持ちをもっていない。それがわかる。作家たちに敬意をもっているのだ。その敬意に動かされて働いている。でも、海外でのあの毅然とした、そして自然な立ち居振る舞いを見ていたら、きっと誰だって彼らにインスパイアされるだろう。

彼らのなかに混じって、一番挙動不審なのは、自分だと思った。笑い、しゃべり、あたりに気を使い、なにに焦り、なにに見栄を張り、なにに脅え、なにをしたいのか、一番わかっていないのが私だからだ。いまここにおらず、未来の心配をし、過去をひきずっている。

なんの事件も起きなかった。唯一、私が財布とパスポートをなくした以外には。
私は見失っている。なにかを。それを実感する旅だった。
by flammableskirt | 2010-04-09 14:46

もやっと君

今年ほど気温の温暖差が激しい年ってあっただろうか?と思うのは、私が年をとったせいか。
ほんとうに辛いのです。くるくると上下する気温差が。身体にぐっとこたえる。最低気温は去年とそう変わらないと思うのだけれど、上下の落差があるのですごく寒く感じる。私の部屋の冬の気温は13度前後でわりと安定しているほうなのだが、それでもこたえる。

こたえる……というのは具合が悪くなるということではない。なんだか身体に負荷がかかる感じだ。疲れるというか……。なんとなく消耗していて、しゃきっとしないというか、そういう感じ。ふつうに朝も起きられるし、ふつうに動けるのだが、身体のなかにもやっとした疲労がある。活動し始めてしまえば気にならない程度の、もやっなのだが。この「もやっ」は意識していないと、あんがいと精神状態もいっしょに「もやっ」とさせてしまう。

ところで「もやっ」とした若い人が増えたなあと思う。私はひそかに「もやっと君」と呼んでいる。
なんだか「もやっ」としているのだ。「ぼやっと」ではない。「ぼやっと君」は昔からいる。珍しくない。
「もやっと君」はもやっとしている。なにかが表現されないまま、もやっとしたガスの塊みたいになって、それが胸のあたりにあるのが見える。
「ぼやっと君」はぼやっとしているだけだ。しゃきっとすれば、しゃきっと君になる。
「もやっと君」はぼやっとはしていない。一生懸命である。だが、何を言われても「もやっと」している。
あのガスの塊がなんなのか、本人にもわからないみたいだ。
「もやっと」わからなさを抱えつつ、わからないまま動いている。

「ぼやっと君」には「ぼやぼやするな!」とカツを入れることができるのだが、「もやっと君」の扱いは難しい。
「もやもやするな」と言っても無駄だろう。こちらもどうしていいのかわからない。
「ねえねえ、もやっと君、そのもやっとはなんなの?」と聞いても、
「はあ????」
と本人も首をかしげてしまうのが「もやっと君」である。
「いま、なんかもやっとしてない?」
「はあ、そう言われてみると、もやっとしてるかもしれません」
「なんで自分がここにいいて、これをやってるかわかってる?」
「はあ、そう言われてもると、わかってないかもしれません」
「わからないことは、わからないって言ったほうがいいよ」
「そうですね、でもなにがわからないのかよくわかりません」
「不安だなあ」
「不安ですねえ」
みたいな感じの、もやっと君が、きっと新入社員になって、今年ももやもやしているんだろうなあ。
春だなあ。

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by flammableskirt | 2010-04-08 11:45

しらべはアマリリス

子供の頃、「アマリリス」という曲が音楽の教科書に紹介されていてよく歌った。ところが田舎育ちの私は、アマリリスという花を見たことがなかった。イメージのなかでアマリリスは小さな可憐な花だった。
40年も経って、初めてアマリリスという花の球根を購入し、アマリリスを育てた。私が思っていたよりもずっとゴージャスな花であった。小さいどころか、かなり大きい。外国人女優みたいな花である。だが、歌われるだけあって本当に美しい。すっかりアマリリスが好きになってしまった。この存在感がたまらない。花の種類も多く。まだ初夏咲きと、秋先のアマリリスが部屋で眠っている。どんな花が咲いていくのか、楽しみ。
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by flammableskirt | 2010-04-08 11:29