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もう一五年以上通っている美容院で……(考えてみたらこれもすごい)めったに外すことはないのだけれど、久しぶりに髪形が気に入らなかった。もう、とてつもなく気に入らない。誰がどう慰めてくれても自分的に気に入らない。髪をぐちゃぐちゃにかきむしっている私を見て、家族たちは、
「なにを言っても、自分が気に入らないものはしょうがないよね……」
と、傍観の構えである。

この人生で、美容院に行って髪形が気に入らなかったことなど、数え切れないほどある。しかし、何度経験してもやっぱりしゃくにさわるというか、気持ちがおさまらない。人間はどんなに、数え切れないほどの経験をしても、感情を制御することは難しい。腹立たしいものは腹立たしいし、ムカつくものはムカつくのである。わたしはそこで平然と「これくらいのことなんでもありませんわ」などという精神力を手に入れたいとはこれっぽっちも思っていない。よって、毎回、同じように、進歩なくムカつくのである。だから「できればムカつかずに生きたい」などという本を書いているのである。

多少なりもと経験によって手に入れたのは、ムカついたあと、どうするか……ということだ。ムカつくことは自然現象、おしっこしたくなるようなものである。がまんしてもしょうがない。が、ムカついた後に、どう生きるかは選択可能である。ムカついて怒った後は、さっさと忘れるのである。忘れるというのは実に素晴らしいことであり、一度忘れた怒りは、次に思い出した時は確実に薄まっているものである。

忘れるためにはどうしたらいいかと言えば、書くのである。ほれ、このようにブログにでもなんでもぶちまけるのである。書くとかえって鮮明になるような気がするが、感情を言語化するために左脳が働き、言語かという知的作業によって感情は次第に鎮静してしまうようなのである。ムカつきながら書いていても、書くことに集中しているとムカつきは持続できないものなのである。

というわけで、こうして書いているうちにしだいに、諦めというか、なんというか、だんだんどうでもよくなってくるのである。どうでもよくなるということは実に素晴らしいことで、髪に対するこだわりなど、実は私にとっては一瞬の出来事で、たとえばこれから風呂に入って蒸気で髪がぐっちゃになったら、もう別の髪形なのである。そして明日には寝癖がついてさらに別の髪形に変貌し、多少はまたムカつくかもしれないが、日が経てば髪も伸び、もともこもなくなるのである。

感情そのものを、どうにかしようとする人が多すぎる。感情はどうしようもありません。押さえてしまえば苦しくなる。それは体験するしかない。感情を体験することが生きているってことなんだ。感情を体験して、そのあとどうするか、についてならなにかできることがある。それは人間が選択してできることだが、この選択を、感情にまかせてやってしまうことが多い。

腹が立ったから人を憎んだり、恨んだり、蔑んだり……、やってしまうと、今度はその自分のとってもネガティブな行動や言動を正当化するために、わざわざ「腹を立てっぱなしにしよう」と努力し、イヤなことに執着することになる。多くの人はそうである。一度自分がとってしまった「行動」に対して、責任をとるために、ほんとは一時の感情である怒りを、永続的に維持しようと努力してしまうのである。この、すさまじい努力を続け「怒り忘れまじ」と必死で辛い感情にしがみついている人をたくさん見てきた。

ムカついて自販機蹴飛ばしたら自分が骨折して、自販機を置いていた酒屋を逆恨みするような、そういうスパイラルに入ることはままあるが、 ムカついたあとは、あんまり感情に執着しないほうが生きていて楽だなと思う。私はね。人は人だし、人は自分の生きたいように生きるのだから、おせっかいはやくまい。
さて、風呂にでも行って、頭洗うか。
by flammableskirt | 2010-02-26 17:09
2月10日の「パピヨン」の朗読会で、読者の方からブーケをいただいた。

今日が26日だから、すでに二週間以上も過ぎているというのに、このブーケの花たちが本当に元気で美しいのだ。今日も花瓶の水をとりかえながら、夫と二人で「この花はほんとうに元気がいいね」と話しあった。
「花屋さんの処置が良かったんだね」と夫は言う。
「私は、きっとこの花をくれた人が『いつまでも田口さんを喜ばせてね』って花にお願いしたんだと思う。その思いが伝わったから花はがんばって咲いているように思う。花って、人間の感情に敏感だからね」
とても春らしいブーケで、ガーベラのピンクとチューリップのピンクが愛らしい。見ていると心が浮き浮きしてくるようなアレンジだ。私の寝室にずっと咲いている。
お花をくださった方、ほんとうにありがとう。ほら、こんなに元気に咲いていますよ。けなげでしょう?
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それから、今朝、庭から折った椿の花はガラス瓶に活けてみました。底に敷いてあるのは新潟の翡翠海岸で拾ってきた石です。
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スノードロップ、これは近所のパン屋さんのクーポン券でもらった器に植えてみたスノードロップです。かわいらしいつりがね型の花が咲きました。泣きたくなるほど可憐です。球根は二五〇円でホームセンターで購入。沖縄で拾った珊瑚で土隠しをしています。
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寒い冬の編み物シーズンももう終りですね。今年はいっぱい編んだなあ。冬の最後の作品になりそうな、リストウォーマーとミニスカーフ。輸入もののカラフルな毛糸が大好きでネットの安売りで見つけてはちょこっとずつ買っています。
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ちまちまと、今日も生きています。ささやかな幸せなんて手あかがついた言葉だけれど、手あかをつけたのは、きっとそれを知らないメディアの人たちです。女子には現実の『ささやかな幸せ』があるから、だから、女子は元気なんだと思う。最近は乙女男子もいるので、ちょっと頼もしい。
by flammableskirt | 2010-02-26 11:12
雑誌「風の旅人」の執筆陣の飲み会があり、東京に出ていた。
池袋のうどん屋さんでしばし談笑する。
中心になっているのは、映画監督の小栗康平さんと、立教大学教授の前田英樹さんだ。前田さんと黒澤明監督の「白痴」という映画の話になった。私はこの「白痴」という映画がとても好きなのだが、「白痴」は黒澤作品のなかでは全く当たらなかった映画で、この映画を好きだという人とあまり出会ったことがなかったのだが、前田さんは「白痴が黒澤作品の中では一番好きだ」と聞き、盛り上がってしまった。

白痴は、ドストエフスキーの「白痴」という小説を、かなり原作に忠実に作っている映画で、舞台は北海道の札幌である。不思議な映画で、この映画の舞台がいったいどこの国なのか見ているとわからなくなる。私にとっては無国籍映画に近い。前田さん曰く、
「白痴は黒澤作品のなかではめずらしい恋愛映画である。それも実に観念的な恋愛映画である」
さすが学者さんは端的な言葉で言い表すと唸った。その通りである。「白痴」は恋愛映画であり、しかも情念ではなく、観念的な恋愛映画なのである。そして「観念的な恋愛映画」というものを昨今、まったく眼にすることがなくなったゆえに、なんだか妙に新しいのである(私にとっては)。

「こういう小説を書きたいんだよなあ。ドストエフスキーの「白痴」じゃなくて、黒澤明の「白痴」みたいな小説。そういうのが好きなんだよなあ、私は」
と、言うと、前田さんは人なつこい笑顔で、くったくなく「書けますよ」と断言した。
それが「いやー、田口さんなら書けますよ」というおべっかではなく、かと言ってポジティブシンキングの押しつけがましさもなく、実にすっきりと、さらっと、しかも確信に満ちた「書けますよ」だったので、なんだか本当に書ける気がしてきた。

人生というのは、不思議なものでこういう、なんのてらいもない、私の小説になど責任も関心もないような人のひと言が「ぽん!」と背中を押すときがある。そういうひと言というのは、ふいに来る。前田さんは、私が書こうが書くまいが、どうでもいいのである。ただきっと「書けるよ」と思ったから口にしただけなのだと思う。でも、このさりげなさはやっぱり凄いと思うのである。

以前に、板橋禅師という80歳を超える禅僧、私に言わせればとんでもない狸おやじ、これはホメ言葉である。一見、実に人当たりがよくにこやかで冗談ばかり言っているが、目はヤクザの親分のように鋭くて怖い、そんな禅師と対談をしたのだが、同じことがあった。

「どのような時代にも、その時代が人を生むのです。いまが混とんと絶望の時代なら、その時代のなかから必ず突破するための人材が現われてくるものだ」
というお話をなさって、私は「そんなものかなあ……」と思いつつ「それはどんな人なんでしょうか……」と呟いたら、板橋さんは、さらりと、しかしドスのきいた声で言ったのである。
「あなたがおなりなさい」
「わたしがですか? まさか……」

そう言いつつ、そうだよなあと思ったのである。「誰が」ではなく「私が」やるのである。他人に頼るのではなく、自分もそこに関与していくのである。微々たる力であっても。
「書きたい」ではなく、書けばいいのである。
私は他人を変えることができないが、自分を動かすことはできる。自分の身体だから。自分で意識して、自分でなにかを始めることができる。いくらでも。たった今この瞬間から、それは可能。すでに可能、もう実現しているのである。

でもまあ、そういう感覚はすぐ忘れるし、この感覚がもっている全能感みたいなのはすぐに思い込みやオカルトと結びつきやすくて危険である。だから、感覚は永続しない。忘れる。
でも、また思い出すのである。誰かのひと言によって。
出会いは、素晴らしいなと思う。
誰かのひと言、それは突然やってくる。
そして、間合いをはかってこのひと言をすらっと言える人は、やはり達人だなと思う。
前田さんは真陰流の武道の達人である。
こういう人たちは、無心で間が読めてしまうのだろう。さくっと、心に言葉が入る。
すごいな、と思う。
by flammableskirt | 2010-02-25 11:01
最近、やっと10年単位でものが考えられるようになってきたのは、10年という年月がどの程度のものなのかを、5回経験してやっとおぼろげに把握したからだった。

最初の10年は、時というものをほとんど意識せずに過ごした10年だった。
その次に10年もそうであった。
20才から30才になったとき、初めて人生が有限であることにうすうす気がついた。
30才から40才の10年間は、あまりにもいろんなことがありすぎた。
親兄弟が死に、子供が生まれた。
40才から50才になるとき、確実に死を意識し、そして10年で出来ることの面白さを知った。
もっと若い頃から10年かけてなにかしよう、という発想をもっていたら別の人生を歩んでいたかもしれないけれど、それはいまさら言ったところでどうしようもない。気がついたのが今なのだから、今からやるしかない。
10年かけようと思えばたいがいのことは出来る。確信する。
だが、いったい自分はなにがしたいのか?だ。

さて、私の人生、もし長生きしたとしても80才までに30年。
70代で死ぬとしたら、10年はたった2サイクルだ。

10年という年月が、リアリティをもって自分のなかに意識できる今、ようやく日々の一秒一分が細かく割れて見える。その集大成が10年であること。毛糸編みの一針、刺し子の一針の蓄積が10年であること。

そして、自分がこの10年をどのように企画し、実行しようが、自由であること。
生きることを自分が企画編集できる国、時代に生まれていることのすごさに、びっくりするのである。

金があろうとなかろうと、学歴があろうとなかろうと、この10年を毎日、なにをして、どうやって生きるのかは自己選択である。自分が選べる。選んでいいのだ。制約はあるかもしれない。だが、制約がない状態なんてそもそもない。

どのような制約のなかであれ、人は自分の個性にそって自己表現が可能だ。可能ではないと思っている人以外は、可能なのだ。それは、死刑囚という非常に制約された環境で生きている人たちと接すると実感する。二度と外には出れないという環境のなかで、人はどれほどクリエイティブに自己表現し、生きたいように生きるか。生きようとしている人はそれをする。しない人はしない。それもまた選択の自由だ。
日々をどう生きるかを、自分で決める。それが、じりつというんだろう。

でも、若い頃はほんとうにわからなかった。10年という歳月のリアリティが、なかった。
リアリティのないものは、企画できない。

人間は自分にとってリアルなものとしか、関われないようにできている。
たとえそれが、他人にとっては荒唐無稽であっても、自分がリアルに感じるものだけが、私を動かす。
そのリアルも、自分が作っている。自分が望んで何度も自分に見せて言い聞かせたものが、自分のリアルになっていく。もちろん、他人に作られたリアルもある。

私のリアルが、社会通念にのっとっているのか、外れているのかも、実は自分ではよくわからなくなる。
自分が作り出した世界は自分にとって現実だから、それ以外のものが見えなくなる。
けっきょくなにもわからないし、なにが正しいとか悪いなどとも言えない。
私のごとき凡人が夢から目覚めることはないのだから……。

だから、夢を見ようと思う。
おもしろい、夢を。
十年一日の夢。
by flammableskirt | 2010-02-23 12:45
暖かくなったような気がするのだが、仕事場の温度計を見ると10℃。
夜の間の気温はあまり変わらない。温暖の差がないほうが植物には良いのであるが、ふうむ、暖かく感じるのは太陽が出ているせいか。たぶん外の気温は上がっているのかもしれない。

気功の合宿のあとは、しばらくは「もやもや」が消える。
だいたい、仕事をしていると頭ばかり使うせいか、頭のあたりにいつももやもやとした言葉の霞みたいなものが渦巻いている。それが離れない。なんとなく、急いている感じがあり落ち着かないのだが、それがすうっと腹の下のほうに下る。のぼせが取れるような感じだ。

今朝、海岸を歩きながら、久しぶりにホーメイの練習をしてみたら、すごく上手にできる。なるほど、ホーメイというのは上半身の力が抜けて、全身の重心がやや下っている状態だとうまく倍音が出せるのか。新発見である。そういえば、巻上公一さんの姿勢はいつも太極拳の姿勢である。彼は中国武道の達人でもあるのだが、あの声が出るのは、身体に敏感だからなのだな、とあらためて思う。

いい感じでみぞおちのあたりから声が出て、きれない高音が混じって気持ちよかった。なんだかまたひとつコツをつかんだような気がして、しばらくまたホーメイの練習をしてみようと思う。

身体の重心が下っているというか、足元がどっしりと意識できるというか、不思議な感覚だ。気功はほとんど座らない。騎馬立ちという姿勢はあるが、それも「立ち」である。お稽古中は立ちっぱなしである。腰に身体を乗せて大地にしっかり立つ。その姿勢がふだんは意識しない足の裏をとても意識させる。

足に意識が行くだけで、身体の重心は下がり、なにかこう自分が安定する。そうすると、細かなことが気にならなくなり、すごく気分が楽になるのだ。今日もまた、えもいわれぬ幸福感を感じる。足というのがちゃんとついている感じがする。ついこのまえまで、足がなかった。そうだ、私は幽霊みたいにふわふわしていたんだなと思う。いまは足がある。二本の足があり、この足で立っていると、満ち足りる。足りるという言葉に足が使われることを実感できる。なんだか足りているのである。

外に出て講演をしたりするときは、気を発するから、どうしても気は上に上がる。そして外へと向かって出て行く。出ることもまた快感である。問題はバランスなのだ。上がっては下がり、下っては上がる。伸びては縮み、縮んでは伸びる。

先生は言っていた。円を意識しなさい。伸び切ったもの、極まったものは弱い。太極とは極まらない状態。太極の型はすべて伸び切ってしまわない。円を意識して動く。

いつも、出し切って、伸び切って、切れて、のびてしまう私には耳に痛い言葉だ。
ひとつひとつ、ていねいに、時間をかけて、納得していこうと思う。
by flammableskirt | 2010-02-23 11:48

思えば、新渡戸道子先生との出会いは「縁」そのもの。
早池峰神楽の取材で訪れた早池峰神社。その社務所で雑魚寝をしていたときに、寝袋にくるまって隣で寝ていたのが新渡戸先生だった。翌朝、同室の者がそれぞれの素性を語り、新渡戸先生が気功を教えていることを知る。軽い気持ちで「教えてください」と言い、その場で即席の気功教室が始まった。

ほんの二、三十分だったと思う。先生の誘導で気功の型、六段をみんなで習った。

気功の先生にはそれまでも何人にもお会いしていた。でも、新渡戸先生の教え方は誰とも違い、とてもわかりやすく、明解で、しかも流暢だった。すっと身体に言葉が入ってくる。私が出会った先生はほとんどが男性だったため、女性である新渡戸先生ならではの「女の身体への理解」も新鮮だった。ひと目ボレに近い。それからは追っかけのように、お教室や合宿に参加した。

先生は東京を離れて栗駒高原で生活しているため、お稽古を受けることが難しい。それで、栗駒まで出向いて行って、集中講義を受けたい……などと手紙を書いたりした。いまにして思えば、ずいぶんと不躾だった。だが、私は「習い事は気合い」という強い思い込みがあり、気持ちが盛り上がった時に一気に習得しないとモノにできない、と信じていた。だから気功も基礎だけを集中的に学びたいと思ったのだ。

そういう考え方事態がおよそ気功とはかけ離れたものであることを知るのに、およそ一年が必要だった。繰り返し先生の稽古を受けているうちに、どうも自分は間違っていた、気功というのはそんなふうに一気に習得するような類いのものではないようだ、と気づくのである。

気功太極拳の型はいたってシンプルであるけれど、それを家で日々、続けていくことはとても難しい。なぜ難しいのかを、おおざっぱに説明すれば、それは「ゆっくりすぎる」のである。

私の生活は、家に居るときはパソコンに向かって一日中文章を書いている。頭しか使わない。頭のなかが言葉でいっぱいになりチカチカしてくる。そのような状態の時の息抜きはインターネットで、twitterなど見ると、またそこにあふれ返る膨大なつぶやきを読み、頭のなかに電飾のような文字がチカチカ点滅する。血液は頭に集中し、手先足先は冷たくなり、肩が凝り、そして呼吸は浅くなる。そのような状態で一日を過ごす。

たまに、仕事に外に出れば、そこでは分刻みのスケジュールとなり、何十人、何百人の人と会うこともままあり、大きな声でしゃべり、あいさつをし、笑い、握手をし、また、頭の良いたくさんの人たちと対談、あるいは会談などし、やはり頭がフル稼働し、言葉が点滅し続ける。

そのような生活をしていると、気分はどんどん急いていき、口調も早口になり、頭の回転と同時に心臓の鼓動も早くなり、興奮気味の状態で夜を迎え、興奮冷めやらぬゆえに、酒を飲んでしまうのであった。こんな心身の状態の時に、気功はできない。どうしてもできない。やろうとして、立禅の姿勢をとってはみるものの、立ったまま黙って一分もいられない。ましてや、太極拳独特のあのゆったりとした、いわゆる鈍い動きは、とても耐えられないのである。ゆったりとした動きに心も身体もどうしても乗れない。苛々する。めんどくさくなる。かったるい。できない。流れを生むことができない。

そんなわけで、最後の合宿に参加してから4ヶ月も経つのに、私はまったく日常生活に太極拳を取り入れることすらできず、日々を送ってしまった。それで、考えたのが「自分が合宿を企画する」ということであった。定期的に自分が稽古を企画して先生をお呼びしよう。そして、いっしょに太極拳を続ける仲間を見つけようと思ったのである。

まずは、10年で内功八段錦をマスターする、という目標を立てた。10年あれば8つの型を習得できるだろう、と思った。一年に一つ、型を覚える。それなら出来るのではないか。短期で飽きっぽい自分が、このような目標を掲げたこと事態がすごい変化である。これも、先生と出会ったおかげなのだろう。気功を続けるうちに1年かけてやっと、私は自分の飽きっぽさと向きあう覚悟ができたようである。

ブログで募集したら、20人の仲間が集まった。それで、先週末に最初の合宿を行なったのである。挨拶の時に「私は10年かけて内気功八段錦を習得するつもりです。10年つきあっていっしょにやってください」と言ったら、多くの人が「おつきあいしましょう」と言ってくれた。ありがたいことである。これから10年、生きていれば年に一回か二回、顔を合わせていっしょに気功をすることになる。それだけのつきあいだが、それが10年続けばきっとお互いに学ぶことがたくさんあるだろう。その人の人生がどのように変化していくのかも知るだろう。緩いおつきあいかもしれないが、同じ師に学ぶことで、深い絆が結ばれるように思える。

そんな私に、先生はある言葉を贈ってくれた。
「ゆっくりは、怖くない。ゆっくりであることを怖れることはなにもないんです。遅いことは、怖くない。怖いのは、止まってしまうことです。止まらずに、動いていれば、ゆっくりは少しも怖くはありません。でも、もし止まってしまったら、それで終りなんです」

私はこの人生で、同じような意味の言葉を何十回、何百回と聞いてきた。だが、それらの言葉が私を感動させることは一度たりともなかった。「のんびりいこうよ。あせらずに」それは、言い古されたフレーズではないか。
でも、先生が「ゆっくりは、怖くない」と、怖いという言葉を使ったことが新鮮であった。先生は中国語で引用されたのである。

そのとき、初めて私は、自分がゆっくりであることを怖れていたことに気がついたのである。なぜ、ゆっくりできないかと言えば、まさに、私は怖かったのである。なにが? なにかが。ゆっくりであることで失うものが、怖かったのである。でも、いったい何を怖れていたのだろうか? 不安や怖れというものがいかに根拠のないものかは、長年の経験からわかっている。だが、根拠がないからこそ、怖いのである。根拠があれば、それはそんなに怖くない。漠然とした不安であるから、逃れ難いのだ。

ゆっくりは、怖くない。怖いのは、止まってしまうこと。

その言葉を、あまりにも深く納得してしまい、自分自身が驚いた。なぜ私はこのような単純なことが、簡単なわかりきったことが、ちゃんと腑に落ちなかったのだろうか!と。そうだ、ゆっくりは怖くないのだ。ゆっくりであることに脅えたり、不安がったりする必要はなにもないのだ。ゆっくりでも、動いていれば、大丈夫なのだ。

たぶん、それは太極拳の動きを実際に経験し、その難しさを知ったことで、得られた言葉の納得なのかもしれない。言葉は虚であるが、経験が伴えば、虚は実となる。言葉が実態となり、リアリティをもってありありと感じられることを、納得と言うのであろう。このように、言葉がリアリティを帯びる経験を、これまで何度もしているが、でもその度に感動する。頭だけでわかっているつもりになっていた言葉が、実態あるものとして、ある触感をともなったものとして、身体に想起される体験は、ほんとうに素晴らしい。そのとき、初めて言葉の力というものを身をもって知るのである。

今年、新年早々に得られたこの、心身を伴った納得、これはまさにこの一年を生きるうえでのギフトであると思った。このように世界はいつも気前よく、ほんとうに信じられない偶然をもってして、人に必要なものはすべて与えてくれる。その奇跡を思うと、生きているということはまさに、これを体験するためのプロセスなのだと感じる。もちろん、このような思いもまた、日々の暮しのあれこれのなかに紛れ、消えて、忘れられていくのだが、それは、この素晴らしい体験をもう一度味わうためのプロセスなのだろう。忘れなければ、同じ体験は得られない。忘れるから、また思い出すのだ。この体験に留まり止まってしまえば、それでもう終りなのである。動き続けていれば、よいのである。

新渡戸先生は「みなさんが稽古を続けている限り、私は来ますよ」と言っていた。それはほんとうにすばらしい太極の生きた教えであり、それを仲間たちと共有できたことはまたとない喜びです。一人ではなく、みんなと分かち合えたことがうれしかった。

また、先生は「内気功は、自分がやらなければ誰も変わりにやってくれる人はいない。内気功は自分がやるしかない養生法であり、これは人間の自立心を養うものです」と言っていた。
まさにその通りであり、自分が自分のために自分でやり続ける、ということほど、自立心を養うものはないだろう。いろんな人の臨終を見てきたが、まさに死は最後に人間の自立心を養う試練であると感じる。およそ人間の人生に起こるすべての出来事、特にトラブルは、その人本人が自分の人生がどれほど理不尽で不公平であろうと、自分の人生に起こることをすべて自分で引き受けるという自立心を養うための修練であると思える。死はその最後のプロセスであり、死はそれを教えるものである。
 死と師が同じ音なのには、意味があるのだと思った。自立あるいは自律を教えるということに関して共通している。

じりつとは、自分のことが自分でできる……というような具体的なこととは少し違う。それについて書くとまた長くなるので、またの機会にするとして、でも、自立心を養うということは、何才になっても、必要なことだと感じる。私は自立していると思い込みがちだけれども、もちろん、自立しているときもあるが、そうでないときもあるのが人間というものなのだ。完全自立など不可能であるけれども、その不可能であることも含めて、諦めていることもまた自立なのであろう。

とても素晴らしい体験の三日間でした。温泉も最高だったし、お食事もおいしかった。お天気にも恵まれて、梅見物も楽しかった。新しい仲間がたくさんできて、身体のこと、心のこと、有意義な会話ができたこと、なにもかも、かけがえのない人生の宝物です。 

先生、そして、来てくれたみなさんに心から感謝です。

追伸
今日は、お稽古をしました(笑)
by flammableskirt | 2010-02-22 17:22

焼き餅

実はお餅が大好きなのだった。
一年中、お餅を食べる。ちょっと小腹がすいた時とか、お昼がわりにお餅を一個焼く。お醤油をつけて海苔を巻く。ああ、おいしい。香ばしくて、しみじみおいしい。
お餅に味があるのか? 味と言えるほどの味はないが、お餅には香りがある。香りが味である。表面はカリカリでなければいけない。カリカリにしないと焦げた香りが立たない。なかもちもちでなければいけない。カリカリともちもちが混じりあって、これが焼き餅である。
そういえば、どうして妬きもちは「ヤキモチ」なんだろうか?
などと考えつつ、はぐはぐ食べる。
夏でも冬でも、食べる。

年末に餅つきをしてついたお餅を冷凍しておいたのだが、もうなくなってしまった。
しかたないので、スーパーのパックのお餅を買って来て焼いたのだが、ぜんぜん味が違う。なによりパックの餅は表面がカリカリにならない。すぐ焦げてしまう。もっと固くおせんべいみたいにきつね色になってほしいのになあ。やっぱり餅はつかないとイカンな。などと思いつつ、はぐはぐ食べる。
ああ、一個のお餅でなんて幸せなんだろう。
クッキーや、ケーキや、ビスケットでは得られない満足感。これは原料が米だからか?

そして、焼き餅に最も合う飲み物は、絶対に玄米茶である。
うわあああっ、玄米の香りがこれまた香ばしい。

そして、満足したところで、ちょこっと甘いものが欲しくなる。これ人の性。
和三盆のお菓子、小さな小さな白い和紙に包まれたかわいいお菓子をいただく。
しゅわあっと口のなかに優しい甘さが広がる。
砂糖の香りというのもいいものだ。和三盆は、野辺の花のような愛らしい香りがするお砂糖。
かすかな甘さ、いいなあ。甘さはひかえめのほうが、甘さがよくわかる。
甘いのを通り越すと、だる甘くなる。甘すぎるものを食べるとこめかみが痛くなるのは子供の頃からだ。

あれ。陽がいっぱい差してきた。
よかった。今日、夜に湯河原にやってくる人たちは、きっと今年最高の梅の花を見ることになるでしょう。
by flammableskirt | 2010-02-19 12:46

好みの男

私は日常では、突っ込みの強いサドっぽい男が好きだ。
なにかといじわるを言って、いじってくれる男に惚れがちだ。
この年になって、こんなに態度がデカいと、もう私をいじってくれる男がいなくて寂しい。
基本的に、ちょっといじわるいS男が好きである。

ところがネット上だと、その手の男が大嫌いである。
どうしてだろう。現実だと好ましいのに、文字だけでは不快だ。
もしかしたら会ったら惚れちゃうかもしれないのにな……と、
イヤミで辛辣な書き込みを読んでは不思議に思う。
やっぱりネットでは、そういう発言の色っぽさは伝わらない。
だけど、現実だと、多少、辛辣でイヤミなくらいの男がセクシー。
そういう人にいじくられて「なんだよ〜」などとじゃれあいながら飲んでみたいと思う。

現実には惚れるかもしれない男に、いつもネットでムカついている。
by flammableskirt | 2010-02-18 18:12

藤田まことさん

藤田まことさんが亡くなったそうだ。
もちろん面識などないけれど、藤田さんはよく神楽坂にある小さなホテルにいた。
そのホテルを私も好きで、東京に行った時に泊まったりする。小さなロビーに気持ちのよいソファがあって、そこでお茶をしていると、背の高い黒いコートを着た男の人が出てくる。俳優さんというのは独特のオーラがあって、立っているだけでその立ち姿が美しくはっとする。思わず見てしまう。それが藤田まことさんだった。
何度か、ずいぶん、そのホテルのロビーで見かけたから、たぶん定宿にしていたんだろうなあ。

あ、また、藤田まことさんがいる……と思う。

「昨日、ホテルで藤田まことさんに会った」と、家に戻っておばあちゃんに言うと、おばあちゃんはぎらぎらした目で
「はぐれ刑事か?」と言った。
そうか、役者さんって役柄で覚えられてしまうんだな。それはうれしいのかな。それとも哀しいのかな。
作家も作品で覚えられてしまう。私の作品は変態っぽいのが多いから私も変態みたいな女だと思っている人が多いらしい。そもそも女じゃないと思っている人も多い。どうしようもないけど、ちょっめんどくさい。なもんだから、私は「はぐれ刑事」と藤田さんを呼ぶおばあちゃんに、ややむっとしたりした。
「はぐれ刑事じゃなくて、藤田まことさんだよ」
「藤田まことだろ?」
おばあちゃんに悪気はない。おばあちゃんはふつうの人なんだ。だけど私は芸能人や有名人を呼び捨てにするのもいやだった。自分がよく呼び捨てにされて他人の会話に登場するのを知っているから。そして、それにちょっと傷ついたりするからだ。なので、家族が「藤田まこと」と呼び捨てにして会話していると、ちょっと哀しくなってしまう。そうされた藤田まことさんの心情になるからだ。
いや、藤田まことさんほどの人なら、他人が自分をどう呼ぼうがぜんぜん気にしていなかったのかもしれない。あれほど知名度があれば、そんなこと気にしていないかもしれない。
私は、妙に中途半端な「知ってる人なら知っている」程度の作家だから、自分が一般名詞化されることに馴染めないのかもしれない。

もう、あのロビーで会うこともないんだな。と思う。
人が死ぬということはそういうことだ。もう会うことがなくなる。
それだけだ。あとは変わらない。
by flammableskirt | 2010-02-18 14:42
寝てばかりいると身体がなまるので、少しずつ起き上がっている。
あさってから気功の合宿があるのでそれまでには回復したい。まだ咳が出るが、咳をすると腹筋を使うので運動になるな。

昨日、北村想さんのブログを読んでいたら、いきなり私の名前が出てきてどきどきした。
このあいだ北村想さんの「刹那の殺人」にリンクしたのだが、私のブログから北村さんをたどった読者の方から、北村さんが声をかけられた……という内容だった。関西に住んでいる足マッサージの仕事をしている方らしい。私は自分のブログを誰が読んでいるのかさっぱりわからない。コメント不可にしているのは、必ずブログ荒しをする人が現われるからだ。そういう人たちといちいち対応して消耗するのがイヤなのだ。そんなわけで、北村さんのブログを読んで思わず自分のブログの読者のことを知り、なんだかとても不思議な気持ちになったのだった。いったいその方は女性なのか男性なのかすら、北村さんのブログからはわからないが、技術は一流と北村さんが書いているので、誠実な仕事をなさっている方なのだろう。
もしかしたら、今日もその方はお仕事が終わってこれを読むかもしれないので、「いつも読んでくれてありがとう」とお伝えします。どこのだれかわからないけれど、ここに来て、私の心の声を聞いてくれてありがとう。ほんとうにありがとう。

本を書いても、読者と会うことはめったにない。ときどき手紙をもらうととてもうれしい。誰かのために書いているつもりはなかったけれど、誰かの役にたったと思うとほっとする。自分のためにやっていることだけれど、自分のためと人のためとをそんなに意地になって区別することはないのかもしれない。そもそも、どう読まれるかなんてわたしの計り知れないことなのだし。なんのために書くのか……という問いは、なんのために生きるのか、と同じように考えれば考えるほど堂々めぐりになって答えが出ない。でも、しょせん一人では生きられない人間のやることだから、誰かを必要としてしまうことを自分に許そうと思う。そして心から「ありがとう」と言う。そういう気持ちでこれからもやっていこう。
by flammableskirt | 2010-02-17 09:18