田口ランディ Official Blog runday.exblog.jp

作家 田口ランディの新刊・イベント情報・近況をお知らせします。 


by flammableskirt
プロフィールを見る
画像一覧

2009年 06月 09日 ( 1 )

なまけもの

石川県にオタマジャクシが降っているという。
ゆうべ羽咋の高野さんから電話が来て「オタマジャクシがどこの国に棲息しているものが調べている」と言っていた。「オタマジャクシは生きているんですよ、ということはせいぜい十メートルくらいの高さから落ちてきたってものなのです」現在、野性時代という雑誌に「マージナル」という小説を連載しはじめた。舞台は石川県能登半島、テーマは「未知との遭遇」であり、毎日UFOについての資料をあさっている。なんだか妙なシンクロで笑ってしまった。ちなみに六月二十四日はUFOの日。

梅雨入りするらしい。どよんとした天気。でも最近、梅雨が嫌いではなくなった。なぜだろう。雨に濡れた緑が美しいからかな。みんな梅雨の雨を受けてにょきにょき成長する。植物たちは梅雨を楽しんでいるなあと思う。

生きているって、どういうことかと思う。たとえば、おとといのような講演のときに、いろんな悩みをもった人がやってくる。それぞれの人生のそれぞれの悩み。そのとき思うのは、人間は自分が問題にしていることしか見ない、という奇妙な脳のシステムのことだ。人間がなにかを考えるとき、当然ながらそれは常に自分が中心である。自分という中心をズラすことは不可能に近い。それでも、中心をズラして見なければ別の風景は見えてこない。だから、中心をズラすという訓練を積む。ミンデルなどは、ひたすら中心をズラすことをワークする。

今日は朝から娘が「三角定規がない!」と探していた。「深呼吸して落ち着いて探せば見つかるわよ」と言うと、「でも、何度も探したけどないんだもん」と言う。「ないと思って探すと、ないことを選択する。あると思って探せば、盲点に隠れていたものが見えてくるよ」と言っても、「だってないものはないんだもの」と言い張る。面白いなあと思う。娘は三角定規を探しているにもかかわらず「ない」ということに執着しようとする。そして「ある」とは思えないのに探している。子どもは特に一度「こうだ」と思い込むと、その思いに取り憑かれてしまう。
で、けっきょくのところ三角定規はなかった。見つからなかった。いまここにはない三角定規は、ここではないどこかにある。娘は三角定規のある場所を知っている。なぜなら彼女は「この三角定規を忘れないようにしよう」と手に取ったところまでは覚えている。そこから先、どうしたかを思い出せないというのだ。
「三角定規を忘れないように」という自己暗示によって「三角定規を忘れてしまう」のは自己暗示のかけ方に問題があると思う。「忘れる」ことを前提にしているから、ちゃんと忘れるところにしまうのである。「三角定規は引き出しのなかにある」と自分に言い聞かせて引き出しにしまえば、三角定規は引き出しの中にある。
だいたい「これを忘れないようにしなくちゃ」というものは、たいがい忘れるのである。それは「忘れる」という暗示のほうが強いからである。

娘を見ていると、単純なので、人間がいかに自己暗示をかけて生きているかがよくわかる。もちろん、大人でもそうだ。「がんばらなくちゃ」という自己暗示は「がんばれない自分」を保証してしまう。「がんばってるぞ」でいいのである。「やらなくちゃ」という自己暗示は「やれない」自分を保証してしまう。だからやらなくちゃ、やらなくちゃと思うほどやれないのである。「やりたい」「〜したい」もやれない自分が前提である。だから「やりたいんだけど……」できない。これらは、行動しないための自己暗示であり、行動とは変化なので、変化することはエネルギーがいるのでそんなめんどくさいことは、人はそもそもやりたくないのである。人は常に同じ状態を保ってなるべくパワーを温存するほうがリスクが少ない。

だから、ひきこもりの人が社会復帰しようと思ったら、規則正しい生活をして、規則正しい生活を恒常化させて安定させるしかない。安定すれば安定した状態に留まろうとする。よりリスクの少ない安定を作り出すことが大切で、毎日変化するような生活を避ければいいのである。

行動するのはほんとうにめんどくさい。基本的に私は出不精であり、物事がおっくうで根気がなく、新しいことが苦手だ。でも、そういう自分ではなかなかお金も稼げないし、仕事もできないので、気力でチャレンジしているのである。気力でチャレンジするとはどういうことかといえば、考えないということなのだ。行動する前に考えたとたん、いやになる。だから、思いついた瞬間にやってしまう。こうしないと何もできない。間髪入れないほど簡単である。考えれば考えるほどおっくうになるのだ。人と約束をするのも、約束を断わるのも、思いついたらすぐやれば気持ちの負担は少ないが、時間がたてばたつほどおっくうである。すぐやる、というのは行動力とは関係なく癖である。日常的にそれを癖にしてしまえば、恒常化し、その状態で安定化する。安定すれば人はそこを動かない。ほんとに人間っていうのは、なまけものなのだなと思う。
by flammableskirt | 2009-06-09 10:15