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先祖供養ってなんだろう

ああ、もうすぐ子どもの夏休みだ。
あっというまだ。一年が飛ぶように過ぎて行く。日々、懸命に泳いでいる。そして気がついたらこんな沖に流されている。なにをしようとしていたのか、どう生きようとしていたのか。
わかっていると思ったことを、やはり見失っている。
こういうことは、毎日、毎日呪文のように自分にたたき込んでいないと見失うのだなと思う。
それくらい人は忘れっぽい存在だということだ。

大将のお母さんが昨日、亡くなった。
お通夜の手伝いに行こうと思って電話してみたが、故人の遺言で密葬にするそうだ。
しかも、火葬場がどこもすごく混んでいて、ずいぶん先にならないと火葬できないから、病院の霊安室に保管してもらうのだそうだ。
やはり、こんな蒸し暑い不安定な季節には人はたくさん死ぬのだろうか。ちょうど新盆でもあるし、あの世がとても近く感じる。それでも、通夜も葬式もないと、なんだか気持ちのおさまりどころがなくて、
「よかったら、今夜、いっしょにお通夜しない?」
と、誘った。
「写真を飾って、いっしょにお通夜しようよ。生きてる者のわがままだけど、お別れができないと、なんか淋しいから……」

先祖供養というものについて考える。
日本には古くからある思想だ。私の家は、父が長男だが、その父の長男である兄も死んでいるので、私は父、母、兄、祖父母、の位牌を預かっている。そして、お寺の檀家となって供養をしているが、私はすでに他家に嫁いでいる身。私が死ねば、もう供養をする者はいなくなる。長男によって継がれて行く日本の家族制度では、長男が死ねばその時点でお家断絶なのである。女に生まれた私としては、だって女だもんという言い訳で、嫁に出た以上もう責任が消える。それでも、私が死ぬまでは、せっかくお墓があるのだからお寺とのつきあいは続けていこうと考えていたが、これがまあめんどくさい。

父が一月に亡くなって、そのあと初七日、四十九日、さらに新盆の施餓鬼供養、秋には藤供養、そうこうしているうちに一周忌である。そのたびに、お金がかかる。
私の家族は父、母、兄、死んでいるので、父の供養と兄の十三回忌が重なると、一人当たりのご供養代が三万円、それが二人分で六万円のご供養代をお寺に支払った。これはつまり、お経をあげて供養を代行してもらうためにお布施である。六万円は出費である。仕事を休み、遠い父の実家のお寺まで出向き、親戚の人が来ていたなら精進落としの費用ももつ。
このご時世に、先祖供養をしっかりできるのはお金持ちだけだなあ、と思ったりする。
でも、先祖供養は年配の方のほうが熱心で、なけなしの年金をはたいてお寺にお布施を出すご老人がたくさんいるのだ。

父のお寺は曹洞宗である。曹洞宗といえば禅宗である。
禅宗と先祖供養はどういう関係があるのか?と疑問に思うが、お寺の経営を考えるうえで、どうしても先祖供養を抜きにはできない。先祖供養しないと収入がないという現実。しかし、先祖供養とはそもそも仏教の考え方ではなく、これは、日本の古い民間信仰が仏教と結びついて生まれたものである。なんてことを言っても始まらない。とにかく、細木和子さんも、江原啓之さんも、先祖は供養しないと出てくるみたいなことを平気で言うし、もしかしたら、それも事実かもしれないが、とにかく、ご先祖供養しないと、お寺からは「心ない」と思われるし、罰が当たりそうで気色悪いのである。

正直、私には先祖の霊がいるのかいないのか、わからない。
みんな死んだら成仏しているのだろうと思いたい。
沖縄などに取材に行くと、ほんとうに盛大に先祖供養をしている。あの気前の良さを見ると、自分がいかにも自分のことしか考えないセコイ人間に思えてくる。しかし、父方のじいさんばあさんなど、いっしょに暮らしたこともなく(父が勘当されていたから)、顏もよく覚えていない。それでも私が長男の末裔として生き残ってしまったのだから、生者として死者を奉る義務があるのだろうか。お盆になるといつもこのことに悩む。

死者というのは、生者と同じだという話を聞いた。
死んだから急に人格が変るとか、人間性が高くなるなんてことはなくて、生きてるときとほぼ同じ性格、同じ考え方をもっているそうだ。まあ実態がないのだから欲は減っているだろうが、霊になったからといって急に優しくなるようなものでもないらしい。だとすれば、私の先祖は相当身勝手でわがままだ。考えるとぞっとする。それでも、そのような人たちの残した気質、遺伝子がいまの私を作っているのだから、先祖を悪く言うことは自分に唾はくことなのだ。
難しいなあ。先祖の相手だけでもよくわからないのに、そこにお寺がからむのでますますわからない。わからないことに巻き込まれるのは取材で修行、そう考えて、巻き込まれるしかないのだが……(笑)
by flammableskirt | 2008-07-15 11:58