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六ヶ所村スタディツアーを終えて

2016年から始めたスタディ・ツアーのコーディネイト。昨年は2回、岐阜県の瑞浪、北海道の幌延の「放射性廃棄物最終処分実験地」の見学に、そして今年は青森県六ケ所村のPRセンターで再処理工場の説明を聞き、高レベル放射性廃棄物の中間貯蔵施設内を見学してきました。2016年に、国の政策が「もんじゅ廃炉」の方向に転換し、それによって「高速増殖炉もんじゅ」を核とした核燃サイクル事業は、「夢のまた夢」くらいに遠のいています。もちろん、政府はいまでも「高速増殖炉の研究を続ける」と表明していますが、再び「もんじゅ」が稼働することはありえませんし、新たに「高速増殖炉の実験炉」をつくるという路線を、すぐに打ちだすことは不可能に思えます。現実的に「核燃サイクル事業」は縮小していかざるえないでしょう。再処理工場は来年には、国の安全審査をクリアして稼働するだろうと言われています。高速増殖炉で利用するためのプルトニウムを抽出するための再処理工場、ですが、高速増殖炉の実現が遠のいたいま、再処理が必要なのか。放射性廃棄物は直接処分でいいのではないか、という意見は当然、出てきます。放射性廃棄物を最終処分するために再処理のメリットはあるのか、ないのか。そのことを考えるために訪ねた六ケ所村でした。「もんじゅ廃炉」の方針が出た今、六ケ所村の情況も変わらざるえないのではないか……。村のひとたちはどう感じているのか、と、六ヶ所村の方たちとのダイアローグも、午後6時〜9時近くまで、その後は夕食を食べながらのお酒の席で、と続きました。「もんじゅってなに?」という方のために、ほんとうにざっくりと説明をします。もんじゅは、増殖炉っていう名前の通り、プルトニウムを増殖させてしまおうというすごい研究のためにつくられた実験炉です。だから国の管轄です。民間の電力会社が使っている原発というのは、濃縮ウランを原料にして、人工的に核分裂を起こし、そのとき発生する熱を電気エネルギーに変えて利用しています。もんじゅは、構造はふつうの原発と同じなんだけれど、「高速」の中性子を利用して原発から出たプルトニウムを再利用し、さらに増殖させてエネルギーにしようという、一石二鳥のような夢の実験計画だったのです。だから、「もんじゅ」の中では、プルトニウム原料を囲うようにウラン238が置かれています。なぜかというと、ウラン238は中性子を吸収してウラン239に変わる性質があるから。ふつうの原発は、ウランやプルトニウムの核分裂で飛び出した中性子(2〜3個が出る)のうち1個だけが次のウランにぶつかって核分裂の連鎖が起こって熱が出る仕組み。「もんじゅ」は中性子の一つを連鎖に使い、もう一つの中性子を周りのウラン239に吸収させようってわけ。するとプルトニウム燃料が燃えているのと同時にさらに新しいプルトニウム239が生まれる。原発の冷却水っていうのは中性子のスピードを落とすために伝われるのね。だから「もんじゅ」は冷却水は使わず、高速のまま中性子を使うためにナトリウムを使い、プルトニウムを増殖させてしまう。これは、理論的には凄いけど、想像しただけでも「危なそう」って思うよね。でも、日本は資源がないから「核燃料サイクル事業」の中核として、使用済み燃料を再処理して有効利用するためにプルトニウムを増やす「高速増殖炉」の研究が進められていたの。でも「もんじゅ」は事故続きで研究は進まなかった。ナトリウムの扱いが難しかったこともあるけれど、多くはヒューマンエラー、つまり人的ミスだった。人間が扱うレベルを超えたエネルギーだったのかな。だけど、始めてしまったものを止めることができなくて、「もんじゅ」はまあ、言い方は悪いけれど植物状態のままずっと延命措置を受けていた感じです。これは国の研究事業だからたくさん税金がつぎ込まれた。国の税金を使った事業をやって失敗すると、責任問題が生じるわね。豊洲の移転だって、いま問題なってる。「もんじゅ」も誰がここまで赤字を増やしたってことになるわけだね。当然、誰も責任を取りたくないから、逃げちゃうよね。なんとかうまく四方丸く収めて時間稼ぎをしていたところがある。それにね、もんじゅの地元の福井県の方たちは「夢の増殖炉」という危険を伴った実験を地元に受け入れて、それが社会の役に立つと考えて応援してきたわけだから、もんじゅの廃炉にはとても精神的な苦痛を感じていると思う。国も県民に対して約束が果たせなかったことになるよね。六ケ所村の人たちは、もんじゅが廃炉になって「もしかしらた再処理工場もいらないってことになるんじゃないか」って、やっぱり少し不安を感じたと言っていた。六ヶ所村は、日本の原発関連地域の中でも、事業主である原燃との関係が比較的うまくいっていて、村民の方たちのほとんどは、村に中間貯蔵施設や再処理工場ができることを納得し、原発は社会にとって必要なエネルギーだし、その一翼を担うことに誇りをもっている。そういう村の人たちが時間をかけて原子力というものを受け入れてきて、現在に至ることはあまり知られていない。反対をしているのは、外から村にやって来た人たち。村の人たちは歓迎はしないが「納得して受け入れているし、自分たちも原発のことを勉強し続けている」と言っていた。海外の原発施設にも見学に行って、そのうえで原発関連施設を受け入れてきたのは、福井県と同じだろうと思う。ただ「六ケ所村を最終処分地にはしない、というのは最初からの約束。再処理のための中間貯蔵も期限はしっかりと守ってほしい。ずっとここに置くことは、させない」とのこと。当然です。でも、高速増殖炉の建設が困難な現在、最終処分地の決定が急がれるのは、日本が「平和利用しないプルトニウムを持てない」という事情がある。もともとプルトニウムは原爆の原料として使用されたもの。核を持たない日本が、原料を持っていることを世界は許さない。平和利用しないなら、さっさと処分しなさいということになるわけです。日本は世界で唯一の原爆による被爆国で、プルトニウムが核兵器に使われたら何が起こるかを体験している唯一の国。世界のひとたちが、広島を訪れたときに資料館を見て受ける衝撃は凄い。あるアメリカの青年は「なんてひどいことをロシアはするんだ」と言った、この話は広島の語り部の人から聞いたけれど、加害当事者国の認識だってこの程度なのだから、ほんとうに原爆の被害って知られていない。戦後に日本人が原爆に使った原料で、放射線を出す原発なんかイヤだ、と大反対していたのは当然なのだけれど、マスコミと政府とアメリカの共同戦線による大々的な「原発は夢のエネルギー、クリーンで安全」というPRを信じてしまったのは、当時の日本があまりに貧しかったからだと思う。みんな敗戦してお腹をすかせていて、豊かになりたかったんだ。戦後の高度成長で都市部が豊かになっていくなか、東北は取り残された感じがある。出稼ぎに行かないと家族を支えられなかった六ヶ所村の生活を、地元の人から聞きました。灯のない真っ暗な村。でもことばのなかにその生活をほほえましく思う暖さもあった。敗戦から一躍、経済大国へ。それは素晴らしことだけれど、極端な成長は歪みを生むよね。なにかを犠牲にしなければできないことを日本人は成し遂げたよね。その犠牲に対して償わなければならない時期なのかもしれない。原発は、こんなにたくさんつくるべきではなかった。歯止めが必要だった。放射性物質が出ることはわかっていたし、その怖さも知っていたのだから。でも、成長とか、経済とか、そういうことが正義だった時代がずっとあったし、原発はいつもイデオロギーの対立の中で語られて、政治の道具みたいに議論に使われてきた。いま、政府が原発を推進しているのは、国民が原発推進の議員を選んでいるからで。いまや反原発の政党で力があるのは共産党のみ。民意なのだから仕方がない。同時に、いまほとんどの原発が止まっているのも、地震国にたくさんの原発をつくった結果として、安全が確保できないことが証明されたのだから、仕方がない。この矛盾した現実は「原発はいやだけけど、豊かでいたい」という私たちの心の現れそのものだと思う。現実ってほんとに正直だ。いろんな意味で、いま、原発はターニングポイントに来ている。それは誰が仕組んだということではなく、自然の成り行きとしてそうなった。運命のようにそうなった。いまなら、冷静に考えられそう。チャンスだと思うから、ダイアローグのためのスタディツアーを続けている。次の世代に渡す前に議論の土台だけでも作っておきたい。最終処分地をどこに決めるか、は、私が生きている間には無理な課題。どうやって決めるか、そのために何が必要か。どんな手順が必要か。それを提示したい。私と六ヶ所村の人たちとは、原発に対する意見は違う。でも、一点、合意できた。「ダイアローグしかない」と六ヶ所村の人たちは言った。何十年もこの村で、反対派や推進の事業者の方たちと対話し続けてきたその底力。「対話力」を感じた。ダイアローグが、最終処分実現への確かな道であることを、実感して戻って来た。
by flammableskirt | 2017-01-15 11:24