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 深く静かな人 佐藤初女さんを思う

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 深く静かな人 佐藤初女さんを思う
 田口ランディ


 若い頃からずっと働いている。特に作家になってからは家事や育児を夫にまかせて外に出ていた。
 最も仕事に追われ生活から遠かった時期に、私は佐藤初女さんと出会った。執筆と出張ばかりの日々。でも、それは私にとって「社会的な成功」の証であり、華やかな毎日に満足もしていた。
 それなのに、初女さんにお会いした時、自然の中に暮らし、季節の食材で料理をし、ていねいに生きているその姿にコンプレックスを感じた。
「あんな面倒なことが私に出来るわけがないわ」と、思った。同時に、自分は生活を失っているという、女としての淋しさに気づいた。初女さんの発する輝きに嫉妬すら覚える。しっかり暮らしている人はなんと凛として美しいことだろうか、と。
 まだ若かった私は、暮らすということを見下していた。初女さんはそんな私に「できることからやっていけばいいのよ。なにごとも手抜きをせずに、やさしくそっとね」と、教え諭してくれた。
 初女さんが岩木山の麓に「森のイスキア」を建て、全国から訪ねてくる人たちを受け入れるようになったのは七十歳を過ぎてから。好奇心旺盛の初女さんは八十代から農業に興味をもち、ゆくゆくは酪農もやってみたいと語っていたと聞く。
 亡くなる直前まで、今を生き、前しか見ていなかった。
 初女さんの生き方は徹底していて妥協がなく、手抜きはいっさいしない。悩みを抱えた人が訪ねてきたらご飯を共にし、枕元に電話を置き夜中でも話を聞いた。私は初女さんに「そこまで他者に奉仕して苦しくはないですか?」と、質問をしたことがある。
 クリスチャンの初女さんは「私は、生活が祈りであり信仰だと思っています」と静かに答えた。信仰を持たない私にはそれがどういうことなのか、よくわからなかった。
 交流が十五年を過ぎ、私も五十代半ばを過ぎてようやく、初女さんの教えが腑に落ちてきた。
 ただ、ぼんやりと家事をするのではなく、大根を切るときも、味噌を溶くときも、青菜をゆがくときも、ていねいに集中して行う。そうすることが、頭から悩みや愚痴を追い払い、心を清めてくれる。心がさっぱりしていると、自ずと他者や生き物の姿に目が届くようになり、慈しみや、感謝の心が湧いてくる。体が老いて、若い頃のように働けなくなって、生活の大切さが身にしみてきたのだ。
「そういえば、禅僧の方たちは修行として飯炊きや掃除をしますね。女には修行は必要ありませんね」
 そう言ったら、初女さんは笑っていた。
 おととしの秋に対談をしたときは、足がずいぶんと弱られて車椅子で移動されていた。それでも、講演の演台に立つときはしっかりと自分で歩き、丁寧にお辞儀をなさった。いつもじっと周りに気を配り、訪ねて来た人の手をそっと両手で包み込む。その仕草はほんとうに優しく美しいものだった。どんな時も人を受け入れていく。悲しみに寄り沿う。でも、おせっかいや同情は言わない。寡黙で粘り強い方だった。
「私は我が強くてとても初女さんのようなことはできません」と言うと「私だって同じですよ……」とおっしゃった。
「初女さんにも、我はあるんですか?」
 と、私は思わず聞き返してしまった。それなら私と初女さんの違いはなんだろう。そのとき、気づいた。
「我があろうとなかろうと、どう生きるかは自分が決めているんだわ……」と。
 初女さんは、亡くなる直前まで「覚悟」することを身をもって教えてくれた。今どき、覚悟を教えてくれる人などいるだろうか。諦めても流されても生きていけるのに。
 なにがあろうと自分はこのように生きる。
 しっかりと定めて、そこからブレない。ただそれだけのことを示した初女さんが、たくさんの人たちを勇気づけてきた。行為とは力、姿こそ真実、そう思う。
「私はなにもたいしたことはしていません。生活をしているだけですよ」
 そうかもしれないが、どう生活するかをはっきりと決めて、覚悟をくくって貫いた。人間が一生でできることは限られているけれど、その限られた生を、どこまでも深めることができる。
 初女さんの生き方は、深さという言葉でしか表現できない。暮らすことに深く深く入っていき、いのちの源まで行き着いた方。深く静かな人、それが、佐藤初女さん。

 7月15日に「いのちのエール 佐藤初女さんから娘達へ」の講演会を開催します。
by flammableskirt | 2016-06-17 12:54