鬼海弘雄さんの新作写真集限定800部
2016年 03月 27日
ひたすら浅草に通い、人々を撮り続けた写真。ポートレイト。それも構図を計算し尽くし、人物だけを真正面からがっちりと捉えた写真。ヨーロッパの巡回個展も大入満員。メディアからも高い評価を受けた。これはマドリッドでの個展の映像。現地メディアが作ったもの。
本人はといえば、シャイで、頑固で、ナイーブで、優しくて、厳しくて、それらのじぶんの多様性を他人に見せることができる根本的な強さをもった人。
弱さは仮面をかぶるけれど、強さは多面を見せる。鬼海さんを見ているとそう思う。
最近、インドを旅してきた鬼海さんは帰国して「インド病だ……」と言う。鬼海さんの撮ったインドは、すごくいい。基本、彼の写真はモノクロ。なのに色がある。色が見える。モノクロだからこそ、見える、インドの色。美しい。写真の前を動けなくなるほど、いい。構図が最高だ。この瞬間をつかまえるのが写真家で、写真家はみんな予知能力者だ。
鬼海さんの風景写真は、私が知っている昭和の時代、劇作家・山崎哲さんが言うところの「人間の裏」を、風景に透かして撮っているところだ。表ではなく裏。
平成に入って、表現者が裏を捉えられなくなった。裏が消えた。フーテンの寅さんも、仁侠映画も、演歌も、美学があった。裏が消えたら表はなんと薄っぺらいことか。裏の美がある。そこを芸術が内包してこそ文化が深くなる。
頭が否定したところで美は美なのだ。つまるところ、美に表も裏もないのだけれど、頭が優劣をつけたがる。でも、からだは知っていて、裏の美と出会うと、生き別れた恋人と会った時みたいに、せつない。鬼海さんは、裏をがっつり捕まえて、妥協がないから、ヨーロッパで高く評価される。日本は、実に裏がいい。
今回の新作写真集は限定800部で、編集者がこだわりにこだわって作っている。版も大きい。印刷の上がりはかなり良さそうだ。印刷のいいものを見たいことのない人が増えた。印刷で写真がどれほど違うか、それは、良い印刷を見れば瞬間わかる。背筋がぞっとするから。印刷にこだわる印刷所と編集者の力がなければ、とうてい実現できない。どんなに社会がデジタル化しても、印刷は職人芸。刷り上がりが楽しみだ。
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