福島県知事選挙について考えてみました

「福島県知事選で議論が盛り上がりますように!」

■いきなり身近になった福島県知事選

「実は、うちの兄が福島県知事選に出ることになりました」

 ……と、友人の中畑美代子さんから電話をもらった時はほんとうに驚いた。中畑さんは青森に住んでいる古い友人。2011年の震災のあと、福島県の子供たちを長期間の林間学校で自然体験をしてもらう「ふくしまキッズ」のプロジェクトを始めた時、シンガーソングライターの彼女に「ふくしま」という曲を作ってもらった。その曲は「ふくしまキッズ」のテーマソングとなり、DVDにもBGMとして使われた。福島出身という彼女の福島への思いが溢れた美しい曲だった。
まあ、そんなわけで中畑さんとは福島つながりだったけれど、彼女のお兄さんが岩手県宮古市の市長を三期つとめた政治家だったことは全く知らなかった。

「びっくりしたと思うけれど、ランディさんにはご報告しておこうと思って……」
人間の縁とは不思議だなあ。いきなり福島知事選が身近に飛び込んできた。
現職の福島県知事が不出馬表明をしていることは知っていた。まだまだ大きな問題を抱えた福島県を引っ張っていくのは誰なんだろう。福島県民ではないにせよ、毎年「川内村自由大学」を開催し、福島県の人たちと交流したり「ふくしまキッズ」の活動を通して、ふくしまの子供やお母さんたちと繋がっているので、これからの福島が気になる。

中畑さんのお兄さんって、どんな人かな、と思った。
宮古市長を三期もつとめているなら、岩手での知名度は高いだろうけれど福島では無名。なぜ、わざわざ地盤のない福島県知事に立候補する気になったのだろう。なんにせよ、本人にお会いして話を聞いてみなければ、なにも発言できないな。
「私、お兄さんにお会いしてみたいなあ、明日ならちょうど都合がつくのだけれど、こんなに急では無理かしら?」
そう言うと、中畑さんは「え? ほんとうに? 兄も喜ぶと思うわ。でもお忙しいのに大丈夫なんですか?」と、とまどい気味だった。

■このままでは福島はやられっぱなし

タイミングよく、翌日の夕方なら時間を作れるというお返事をいただいたので、九月三日に福島に向った。福島は東北新幹線に乗ってしまえばわりと近い。政治というものになるべくかかわりたくないと思っていた。でも、なにか巡り合わせのようなものを感じて、とりあえずどんな方で、何を考えているのかお会いしてみたいなと思った。

中畑さんと一緒に現われた、熊坂義裕さんは1952年福島県生まれ。内科のお医者さんで岩手県宮古市で内科医院を開業していた。1997年に宮古市長に就任し三期をつとめて、次期の岩手県知事と目されていた方らしい。風貌は、中学校の教頭先生という感じ。朴訥な印象、偉そうな雰囲気がまるでない。気さくすぎるんじゃないか、というくらいふつうの方だった。

少し話をしてお互の緊張がとけてくると、だんだんと熊坂さんの個性が現われてきた。
「どうして、福島県知事に? 熊坂さんは福島県での知名度は低いですから、岩手県知事に立候補したほうが良かったのでは?」と、率直に質問すると、熊坂さんは「福島はふるさとですから」と、声に力を込めた。
「私は宮古で震災を経験しました。知りあいもずいぶん亡くなりました。私ももうちょっとで死ぬところでした。生きていたのが不思議なくらいですよ。もう目の前まで津波が迫っていましたから……。あの時、死んでいてもちっともおかしくない。そういう状況だったんです。ですからね、私にはもう怖いものはなにもないんですよ。震災で原発事故が起こって、福島は大変なことになりました。自分に残された命、どうしても福島のために働いて使いたい、そう思ってしまったんですね。だって、このまま福島がやぱれっぱなしでは、悔しいじゃないですか。福島県知事選は、私が出なければ、これまでの流れを変えられない、そう思って出馬したんですよ」
 これまでの流れ……というのは、たぶん、政府主導型の政策ということなんだろうな、と理解した。
「では、熊坂さんは福島第一原発、第二原発は廃炉に、というお考えですか?」
「そうです。このような事故を起して、再稼働はありえない。福島で原発を稼働させることは二度としない。私はそういうつもりです」
「なるほど。先頃、政府が三十年間中間貯蔵施設とする……という案を提出してきましたが、それに対してはどうお考えですか?」
「保障の問題も含めて、非常に曖昧な対応。政府のいいなりにはなってはならない。だいたい、三十年後に県があると思いますか? とっくに道州制になっていますよ」
 そういう考えの方なのか、痛快だな。
「福島は震災と原発事故でたいへんなダメージを受けています。復興するにしてもお金が必要、だから中央とのパイプの強い人を、という風に市町村の首長は考えるんじゃないでしょうか」
「私もずっと市政に携わってきましたから、そのへんの駆け引きというかは、よくわかっています。ただね、原発被害対策に関しては総見直しをしたいのですよ。私は医者ですから、そして、ずっと社会福祉政策の充実を掲げて政治に取り組み、それを実践してきましたから、いのちとくらしを優先した県政を行っていきたいんです」
「そうですか……、でも、熊坂さん、もし副知事が出馬を表明したら、たぶん勝ち目がないかもしれないですよ……」
「いや、私はそうは思っていない。福島にはいろんな思いの人がいる。自分たちの声を代弁する人間が出てくれば、風は吹くと信じています」

■本人が思うほど知名度はなし
 
熊坂さんと別れてから、私は中畑さんと、福島在住の友人と三人で夕ご飯を食べに行った。福島在住の友人に「今度、知事選に立候補する熊坂さん」と紹介したけれど、きょとんとしていた。知名度的には絶望的なんじゃないか……。熊坂さんは、福祉や医療の分野の様々な諮問委員や理事をしているから、自分としてはそれなりに知名度があると思っているかもしれない。知っている人は知っているだろう。でも、一般の福島県民にとっては「誰?」って感じなんだろうな……と。

翌朝、私は福島県の別の友人に電話をかけて「今度の知事選、どう思う?」と聞いてみた。「知事選?ああ、鉢村さん出てるけど、あんまり評判良くないね。でも他にいなければ彼かなあ、福島は基本的に保守だからね」
「鉢村さんって評判良くないの?」
「なんかいろいろ身辺に問題があって県連も割れたらしいよ」
「ふーん、ねえ、熊坂義裕さんって知ってる?」
「熊坂? よく知らないなあ……」
やっぱり、その程度なんだなと思った。
それでも、鉢村さんはあんまり評判が良くないということは、これからの知名度を上げれば熊坂さんの当選もありなのかな、と思った。
それにしても、福島県の人があまり知事選に興味をもっていないのが意外だった。もう政治に期待をするような気力もないのかな。それとも、選挙はこれからなんだろうか。政治のことに疎い私には現状がよく把握できない。

■意外なところでお名前が……

福島で熊坂さんに会ってから二日後、鳥取県の米子美術館で開催されるアール・ブリュット展で講演するために米子に行った。そこで滋賀県でアール・ブリュットを推進している社会福祉関係の方々と合流したとき、偶然にも鳥取で熊坂さんの話題になった。
「熊坂さん、知っていますよ。滋賀にも社会福祉フォーラムで講演しに来てもらったことがある。熊坂さんは社会福祉に関してはかなりがんばっていましたからね。特に早い時期から発達障害の問題と取り組んだりしていて、福祉にとても意欲のある方ですよ」
「そうなんだ……、福島知事選に出馬されるんですが、福島では知名度イマイチみたいです……私の友達はみんな知らない」
「岩手でがんばっていた人ですからね。よく福島で出る気になったなあ」
「このままじゃ、福島の人たちがないがしろにされっぱなしだ、って言っていました」
「熊坂さんは、お医者さんですからね。もともと彼は糖尿病とかの専門じゃなかったかな」
「あー、それは生活習慣病だから、日常の大切さをわかってる人なんでしょうね。きっといまの福島を見ていられないんだな」
「なんにしても、一本気で、ちょっと面白い人ですよね、子供みたいに純粋で」
「そうそう、だから、そんな正直で大丈夫かなって思っちゃうくらい(笑)」

■選手交代、ついに副知事が立候補

9月11日、評判が悪いと言われていた鉢村健さんが立候補を取りやめ、現職福島県副知事の内掘雅夫さんが立候補を表明した。
選挙の流れはここで一気に変わった。

私は、福島県で市役所つとめをしている友人に電話をしてみた。
「副知事の内掘さん、やっぱり出馬しましたね、副知事の評判はどうなんですか?」
「副知事は評判いいですよ、キャリアで頭がいい切れ者でね、首長たちの信頼も厚いんじゃないですか、大方は副知事になってほしいと思ってますよ」
 やっぱりそうなのか……と思った。
「でも、そうなるともう、副知事で決りってことで、ぜんぜん選挙は盛り上がらないですよね」
「まあ、そういう言い方もできますね。でも、いままでの経緯がわかっているから、周りはやりやすいですよ、副知事だったら。中央ともパイプが太いし」
そういう話を聞いているうちに、とっても複雑な気持ちになってきた。確かに、知事を補佐して震災以降、県政を支えてきた切れ者の副知事が知事になってくれれば、いろいろな政治的問題は解決しやすいのかもしれない。だけど、どうなんだろう、震災後からずっと細かく行き届いていなかった県民の生活とかいのちとか、子供たちの教育とか、そういうことは、えてして、政治的な流れのなかで無視されがちなんじゃないかな。
ふつうに暮らしている人たちのなかには、もっと、人間一人ひとりと向き合うような行政の在り方、いのちを重んじるビジョンを望んでいる人だっているのではないかしら。
「このまんまだと、副知事に決まりって感じですか?」
「まあそうでしょうね」
「それでいいのかなあ……」
「選挙を機会に議論が盛り上がるのはとてもいいことだと思いますけど、どうかなあ……」
「熊坂さん、どうですか? 面白い人だし政治手腕もあるみたい」
「あの人は、福島では知名度がなさすぎますねえ」
知名度か……。知名度って、選挙にはそんなに大事なものだったんだな。だからタレント議員が当選するわけか……。

友人の、南相馬の桜井市長に電話をかけて聞いてみた。
「熊坂さんとお会いしたんだけど、ご存知ですか?」
「会ったことはないけれど、まあ噂ではどういう人かだいたい聞いているよ。熱意のある人だね。だけど、熱意だけではなあ。それに知名度がなさすぎる」
「やっぱりそうなのか……」
「熊坂さんだったら、まだ俺のほうが知名度高いくらいだよ」
と桜井さんは冗談を言って笑った。まあ、ほんとうにそうだなと思った。

■優等生かやんちゃ坊主しか政治家にはならない

「ふくしまキッズ」の事務局長吉田博彦さんと、今後のふくしまキッズについて打ち合わせをしたときも、福島県知事選の話になった。
「知事選、副知事が出たら盛り上がらないでしょうねえ。熊坂さんにがんばってもらわないと、議論が全然盛り上がらず、いままでの体制がそのままでいいってことになっちゃいますね……。それが良い悪いではなく、選挙という機会に、声の小さい人たちの思いももっと表に出てほしいなと思うんですが……」
「まあ、福島の知事選は今後の日本に影響を与える選挙だから、ここで完全に現状追従で行くと、これからの政治の流れに影響はあるだろうねえ」
「内堀さんも、熊坂さんも福島県内の原発を全基廃炉する、という点では主張が同じなんです。ただ、熊坂さんのほうは、被害対策の総見直しを訴えているんですよ。経済復興よりも、福祉政策や医療の充実を考えている、そこが違うんだと思うんです。キャラクターも全然違うんですよ。内掘さんは、優等生タイプ、熊坂さんは熱血タイプ」
「ま、政治家というのはものすごい優等生か、はちゃめちゃな奴かどっちかしかなりませんよ、あんな大変なことは、そういう人間しかできないですからね」
なるほどな……と思いながら、私は悩んでいた。

■福島県知事選挙を応援したい

選挙運動は苦手。福島県民ではないし、現状で特定の立候補者を応援するほど福島の県政に詳しいわけでもない。でも、どうなんだろう、選挙が盛り上がらずに、いまの流れで副知事で決まり、というのは、私が出会ってきた子供たち、農家の方、お母さんのたちの思いがあまりにも反映されない感じがしてしまう。
どちらを応援しているというわけではないけれど、圧倒的な知名度の差で、議論が盛り上がらず、投票率も低かったりしたら、それはなにかしらよくない影響を他の地方に与えてしまうような気がした。
なので、私は福島県知事選挙を応援する、というスタンスをとることにした。福島県のことは福島県の方々が考えればいい。考える上で、岩手県で手腕をふるってきた福島県出身の政治家が、いち早く立候補を表明し、これまでの県政の流れを変えたいと主張していることを知ってもらい、考えるための参考にしてもらえればいいんじゃないか。

福島県知事選挙について、みなさんはどう思われますか?
私はこの機会に福島県内外で、様々な議論が盛り上がり、選挙が盛り上がり、誰が知事になっても、いろいろな声に耳を傾けてほしいと思っています。数の論理だけで、押し通してほしくないと思っています。そのために、選挙という制度があるのだと思います。
以下、私が縁あって御本人のお話を直接に聞いた熊坂さんのサイトです。
熊坂義裕 http://kumasakayoshihiro.jp/?page_id=2

2014年10月2日(木)19:00より福島県文化センター大ホールにおいて「福島県知事選挙公開討論会」があります。
どうか選挙が盛り上がりますように……。




 
by flammableskirt | 2014-09-22 13:59

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