形見をほどく

数年前に沖縄の友人、トリさんが亡くなった。本名はまさみだけれど、鳥みたいに自由だからわたしはトリさんって呼んでいたんだ。彼女が生きているとき、着物を二枚、わたしにくれた。その着物は何度か着たけれど、もうとても古いものでところどころほころんできていた。一度、屋久島で「旅」という雑誌の特集のために、大汗をかきながら藍色の麻の着物を着た。でも、もうさすがに着れない……。

こわしてなにかにしようと思っているうちに数年が経ってしまった。ずっと気になっていた。今月、洗って干して、着物をほどいて布にもどした。さて、なにに仕立てようかと思ったが、いつも身につけているものをと思い、もんぺと、下ばきを作ってみた。いわゆる女物のステテコのようなものだ。麻で作ったら風通りよく気持ちよいし汗をかいてもすぐ乾く。スカートの下にはくと快適だ。布はまだ余ったので、もんぺ風のパンツにしてみた。これは今はいている。やはり涼しくていい。

細々とした布も端ミシンをかけて、汗ふきにしたり、刺し子して小さな巾着にしたり……、毎日少しずつ形を変えて別のものにしている。

私は裁縫はまったく下手で、ミシンの使い方も忘れてしまい、娘の高校の家庭科の教科書を借りてミシンに糸を通した。それでも、なんとか縫えるものだ。糸をほどき、洗って、アイロンをあてて、別のものになるまでずっとトリさんのことを考えていた。

「まあ、あなたがそんなことするなんて、意外だわ」と隣で驚いているような気がした。最近じゃあステテコが流行っていると聞いたが、麻のステテコなんてなかなか売ってないだろう。しかも琉球絣だ。長年使われた布独特の肌なじみがあり、気持ちがよい。

なんでも買える。ユニクロでなら1000円以下でステテコも買える。縫う手間を考えたらムダかもしれないけれども、こうして、亡くなった友人のことを思いながらミシンを押す時間のかけがえのなさ……、墓参りにも行っていないがこれが私の供養だと思った。

ほったらかしになっていた着物を、なぜいまほどいて縫う気持ちになったのか……。布にさわっていると、これを少しずつ織った人の気持ち、塗った人の気持ちと自分が寄り添っている。

服は安く手に入るし、いまどきお古なんて誰も欲しがらないから着れる服でも大量にゴミとして捨ててきた。一ヶ月前に家中をひっくり返すほどの大掃除をして、二トントラック一台分のゴミを捨てた。そして、そのときモノはもうなるべく買うまいと思った。あるものでどうにかなる。どうにかしよう……と。

家のなかがずいぶんと整理されたら、あのトリさんの着物に意識が向いて、ようやくこれでなにかを作ろうと思ったのだった。

私は着物を着るので、多くの人から着物をもらう。「これ母のなんだけど、もう着る人がいないからもらってほしい。着なければ捨ててくれていいから」そう言われてもらった着ない着物がひと箪笥くらいある。

それも、毎晩少しずつほどいて、なにかにしていくこともできるかもしれない。うまく別の形になれば、別の人がもらってくれるかもしれない。そんな暇があるなら、原稿を書けと言う私もいるのだが……、人生って働けばいいってもんでもないだろう。

パンツひとつ縫えないで人としてどうだよ……と、なんか思うようになった……。そして、パンツって、すごく奥が深くて難しい(笑)
by flammableskirt | 2013-06-27 16:35

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