中野でのアール・ブリュットの講演、さまざまな仕事上の打ち合わせと取材……そしてまた週末になだれこみ、福島に行って戻って来た。
ほとんど9月からずっとイベントや海外出張の慌ただしい日々が続いており、自分のキャパシティを超えて人と会っているため、頭も心も混乱している。混乱している……というか、ちょうど湖面に風が吹いてざわざわさざ波立っているあの感じである。木立に風が吹いて葉が一斉にざわついているあの感じである。それが続くと皮膚も頭の表皮もざわざわして、毛穴がとんがっているような落ち着かない気分になる。全体に頭に血と気がのぼり、足下がふわふわして、安定しない。私はもともと気が頭に上りやすいので気功を始めたのだが、生活のリズムは完全に崩れ、平均睡眠時間は四時間くらいになり、気功など、とてもできる状態でなくなる。気ぜわしくなり頭に気が上がると、あのゆったりした動きに精神が耐えられなくなるのだった。
でも、そんな日々のなかで11月11日のドストエフスキーの誕生日に、両国のカイシアターで観た「白痴」の舞台は、現世のつきあいのなかでおぼれている私を、一瞬だけ「もう一つの場所」へ戻してくれた。ドストエフスキーは偉大だと思う。残念ながらこの舞台は13日で終了してしまった。東京ノーヴィレパートリーシアターのみんな、そして演出家のアニシモフさんに心からお礼を言いたい。ほんとうによい舞台を体験させてもらった。
「白痴」のテーマは、その翌日に移動した福島での出来事とも深く関わっているように感じた。12日の夜に、私は新白河で、水俣からやってきた漁師の緒方正人さんと合流し、翌日、いっしょに飯館村の友人を訪ねたのだった。
緒方さんは、私にとって特別の人である。どう特別なのかうまく言葉にはできない。緒方さんを初めて「見た」のは、水俣湾の埋め立て地で上演された能「不知火」の公演の夜だった。この能は作家の石牟礼道子さんが、水俣事件で垂れ流しにされた有機水銀によって亡くなったすべての生命の鎮魂のために書き上げたもので、有機水銀のへどろを隠蔽した埋め立て地で上演された。そのとき、水俣病の患者でありこの地に生きる人間として精霊舟を流し海に祈りを捧げていたのが、杉本栄子さんと緒方正人さんだった。私は群衆のなかから、この二人が海に祈る姿を見ていた。実は翌日、友人のはからいで二人に会ってお話を聞く段取りとなっていたのだ。が、しかし、お二人が海に向って祈る、その姿のなにかこう……迫力というのか、尊厳というのか、美しさというのか……とにかく圧倒的な霊性のようなものに、ただただもう畏れおののき、とてもこんな人たちに今の自分が話を聞くなどおこがましく恥ずかしい……と感じて、約束をキャンセルして逃げて帰って来てしまったのである。その緒方さんとやっとお会いできたのは、それから一年後のことだった……。
私は杉本さんと緒方さんには、人間としての覚悟のくくり方というのか、もうまったく、お会いしていると自分がぺらぺらのうすっぺらい、幽霊のようにすら感じてしまい、会うたびに恥ずかしくおこがましく、情けなく、、身が縮むような思いだった。それでも、お二人はとてもよくしてくださった。
緒方さんと、お会いするのは五年ぶりだったろうか……。あまり体調がよろしくないと伺っていたので、水俣に行く機会があってもお訪ねしていなかったのだ。その、緒方さんと今回、福島でお会いすることになって、久しぶりにゆっくりとお話をする時間を得た。と、言ってもせいぜい三時間程度なのだが……。
緒方さんは、「もうひとつの世界」の言葉を、この世界の言葉に翻訳して話をしてくれる。だが、この世界の言葉に翻訳されてしまうと、言葉はどうしてもこの世界、つまり現代日本に流通している意味の制約を受けてしまう。それゆえ、緒方さんの言葉は、たぶん、緒方さんが伝えようとしていることの10分の1くらいに薄まってしまうように思える。それがもどかしい。ふつうに聞き流してしまえば、緒方さんの言っていることは「とるに足らないこと」になってしまう。とくに、都会のなかに緒方さんを連れてきて、聴衆の前に引き出してマイクで声を拾ってしまえば、あちら側の世界の言葉は、この世界ではとてもあやふやになってしまうのだった……。
福島での講演会で、緒方さんの第一声は「私は魚の代表としてここにまいりました」だった。
その言葉を、聞いている人たちはどのように受けとっただろうか。たぶん、動物愛護的な感覚の延長で受けとったのではないか。ああ、この人は魚も生命だから大事にしようという考えの人なのだな……と。だが、そうではないのだ。
海まで数メートルという場所に家を立てて漁師として生きてきた緒方さんにとって、海も魚も私たちの思い描くものとはまるで違うのだった。
緒方さんは自分の国は「生国」であり、それは魂の還る国であると言う。生国、つまり魂がやってきた場所、命が生み出される場所、それが自分の国であり、制度国家として日本は、もう一つの国であるが、自分は制度国家としての国は信じていないし、その国とは今生でのおつきあい程度と考えていると語る。自分の国は生国である……と。この生国という言葉にはとても重層的な意味が含まれている。それは生みの国であり海であり、同時にあの世であり、同時にすべての生命の発生の場であり、この世界の背後に存在する見えない世界をも示す。そして、緒方さんは、その「生国」に生きる魚として、自分は言葉を発していると語っているのである。
魚とは、もちろん海にいる魚類でもあるし、同時に、海という広大な無意識のなかを泳ぐ魂の象徴でもある。キリスト教においては、キリストが人間として描かれる前は魚として描かれていた。人間は子宮のなかにいるときは肺呼吸をしておらず魚のように羊水を泳いでいる。生物は海から陸へと上がってきた。魚もまた重層的なイメージとして多様な意味をもち、それを曖昧に感覚的に受け止めなければ緒方さんの言う「私は魚として発言する」という言葉の指し示す「こと」は伝わらないのである。緒方さんは言葉を記号として使わない。緒方さんは「こと(事)のは(波)」としてことばを使うのである。だから緒方さんが「海」という時、海は「海という出来事」である。緒方さんが「魚」というとき、魚は名詞としてものを指していると同時に「魚という出来事」を指している。つまり、神話的な言葉の遣い方をするのであるが、それはたぶん現代人にはほとんど理解できないかもしれない。
制度国家である日本の言葉をつかって、魂の国である生国の出来事を伝えることは容易ではない。それでも、緒方さんは「魚として語る」として宣言して、壇上に立ち、マイクに向って話し続ける。そのおのれの言葉にどれほどの不毛を感じているか……。きっと翌朝にはぐったりと落ち込み疲れているのではないかと思う。
「白痴」という芝居のなかで、主人公である公爵(白痴の青年)が、自分は言葉を語るべき人間ではないと嘆く。自分の言葉はいつも不適切で、自分の言葉は周りの人間たちの行為を否定するどころか「無」にしてしまうからだ……と。だから、言葉を語ってはいけない人間なのだと……。
緒方さんの言葉が、容易に受け入れられないのは、緒方さんの言葉を真っ向から受け止めたら、私たちは発狂するからである。緒方さんの言葉はこの制度国家日本に生きている私の、根底の部分を根こそぎひっくり返し、それがいかに幻想であるかを暴き、そして、私の存在意義をぶち壊してしまう、いわゆる「次元の違うことば」なのである。だから、それを理解しようと努力すれば努力するほど、自己矛盾に入り、自己を問い続けることになる。そして私は「無」になってしまう。緒方さんのような存在を、ドストエフスキーは「最も美しい人間」として「白痴」という作品に描いたのだ。彼らが尊く美しいのは、彼らが「別の世界」の大切さをよりどころとして生きているからであり、それを私たちは「無垢」と呼んできた。でも、イノセントは同時にこの現世の価値観に生きる人間にとっては、あまりにも危険であるから、その存在は「とるに足らないもの」とされてきたのかもしれない。
緒方さん自身が、「狂う」という体験を通して苦しみもがきながら、十数年もかかってようやく許されたという……つまり「生国」の籍に入ることを。「わかっていても、なかなか許してもらえんかった。苦しみから逃れることができなかった、どうしてもこちらに引き止められてしまう、いかしてもらえんかった。ほんとうに、辛かった」と語っていた。私は緒方さんを通してかろうじて、緒方さんが住まう「生国」という存在をかいま見る。その国は私がかつて生まれた場所であることに間違いはないのだが、その国に入ることをいまだ許されてはおらず、その国への憧れゆえにやはり苦しい……。その場所へ近づこうとするはかない試みによって、あちらへ、こちらへと旅を続けているのだが、その旅もまた、自分がしているのか、させられているのか判然としない。気がつけば電車に乗って、どこかに向っているのだが、いつも「もうやめたい」と思っている自分がいる。それなのに、身体は動いているし、一銭にもならぬことにお金をつぎこみ、それを書くわけでもありゃしない。どんどん貧乏になるばかりだ……。やっぱり少しずつ変になっているのかもしれない。
でも、緒方さんに会うと、そっちへ行きたいと思ってしまうのだった。どうしようもなく、もう一つの国、生国に戻りたい……と。